第16話 協力の対価は


 レジスはゆっくりと目を開いた。

 周囲には誰も居ない。木の板を張り付けただけの粗末な天井だけが目に入る。

 ゆっくりと上体を起こしたレジスは、自分がベッドの上で寝ていたことを理解した。途端に記憶が頭の中に流れ込んでくる。


 なんとか鬼人族のシュテンを撃破したが、レジスは全てのマグタイトを使い切ってしまい、詰め所に戻るとそのまま倒れるように眠りこけてしまったのだと思い出した。


 いつの間にか鎧が脱がされ、ゆったりとした麻の服に変わっている。誰かが着替えさせてくれたのだろうか。


 しばらくベッドの上でぼーっとしていると、ドアが開いてガーミンが入って来た。


「お! 目ぇ覚めた?」

「ガーミンさん。おはようございます」

「はい、おはようさん。もう夜やけどな」


 そう言えば窓の外は暗い。


「僕、丸一日寝てしまっていたんですか?」

「いんや。今日で三日目」

「三日!?」


 レジスは驚きを隠せなかった。そう言えば、喉がカラカラに乾いている。


「うん。三日。もう他の隊は本部に撤収したし、今は兵隊さんが後片付けしてはるわ」

「ハルトマン隊長は?」

「隊長はボスと打ち合わせがあるとかで先に帰ったよ。レジス達が捕まえたも連れてな」

「そうですか……」

「ま、飲みや」


 ガーミンが差し出してくれた椀には水がなみなみと注がれている。受け取ったレジスは、グビグビと喉を鳴らして水を飲んだ。

 喉の奥に流れ込んだ水が乾いた全身に染み渡っていく感覚がする。ただの水がこんなに美味いと感じたのは初めてだった。


 ガーミンに椀を返すと同時に、ドアが開いてアメリアが入って来た。


「あー! 起きてるー!」


 アメリアの後ろにはアイシャの姿も見えた。


「アメリア? 他の隊は撤収したんじゃ……?」

「ウチはサラ様がマグタイト使い切っちゃってダウンしてたの。あのサラ様が相討ちだなんて、やっぱり鬼人族って強かったのね」

「そうなのか……」


 確かにシュテンは強かった。レジスが撃破できたのは偶然に過ぎないと思う。

 レジスが戦いの様子を思い出していると、アメリアが突然得意げな顔になった。


「ま、そんな鬼人族をアンタみたいなザコが倒せたのは、私のサポートのおかげね」

「……ああ。本当にそうだな。ありがとう、アメリア」


 レジスが素直に礼を言ったことで、逆にアメリアが言葉に詰まった。

 レジスとアメリアはいつも顔を合わせれば言い合いばかりしていたから、こうして素直に礼を言われるとどう反応していいか分からない様子だ。

「なんか、調子狂うわね」とブツブツ言っているアメリアを尻目に、ガーミンがレジスの耳元で囁いた。


「アメリアちゃん、毎日レジスの様子見に来てたんやで。あんまり心配させたらあかんよ」

「ちょ、ちょっと!? ガーさん!?」

「うわっ! 叩かんといて! ホンマのことやんか!」


 アメリアとガーミンがじゃれ合う横で、レジスはアイシャにも礼を言った。


「アイシャも、ありがとう。二人が居なかったら僕は死んでたかもしれない」

「ううん。レジスもすごかったよ。最後のアレ、どうやったの?」

「最後のアレ?」


 レジスの脳裏に最後の全開射撃の光景が蘇って来る。だが、どうやってあの攻撃ができたのかは自分でも分からなかった。

 残った全てのマグタイトをぶつける。ただそれだけを考えていた。


 プライマーは強烈なイメージを持つことで新たな性能が発揮される場合がある。ハルトマンは離れた対象を斬れるし、サラは足からもブレードを出せる。

 レジスの射撃も、あるいはそうしたプライマーの性能が発揮されたものかもしれなかった。


「ま、ともあれ、レジスも無事に目覚めたし、俺らも帰ろうや」

「サラ隊長は?」

「サラさんなら、もう帰り支度はじめてはると思うよ」


 その一言で、レジスも起き出して帰り支度を始めた。

 とりあえず、終わった。

 そう思ったら、急に体が軽くなった気がした。



 本部に戻ったレジスは、酒場で意外な人物と再会した。


「はあい。レジス君」

「ヌ、ヌイヴィエム……さん?」


 アドラス帝国軍総参謀長のヌイヴィエムがギルドの酒場で酒を飲んでいた。

 ヌイヴィエムの隣には見知った男二人が座っている。ヌイヴィエムの側近達だ。

 何よりも驚いたのは、ヌイヴィエムを含む三人が軍服では無く私服で来ていたことだ。

 ヌイヴィエムはズボンとシャツだけの気楽な服装で、側近の二人は護衛も兼ねてか革の上下に剣を差している。

 だが、軍人という風情ではない。場所柄もあってか、どう見ても仕事を請けに来た傭兵の一団にしか見えなかった。


「何でこんな場所に? 帝都へ戻ったんじゃないんですか?」

「ちょっと一杯、飲んでいこうかなって」

「それにしたって、貴女ほどの方がこんな所でお酒を飲まなくても……」

「嫌いじゃないのよ。こういう気楽なお酒」

「そうですか」

「それに、あなた達のボスに少し話したいこともあったしね」

「ボスに?」

「ええ……。ま、そんなところに突っ立ってないで、あなたも座ったら?」


 促されてレジスもテーブルについた。

 相も変わらず見えているのか見えていないのかわからない細目だったが、服装のせいか以前ほど威圧感は感じない。さっぱりしたショートカットの黒髪は、どちらかと言えば親しみやすい印象を与えた。


「先日はお疲れ様。

 疑っていたわけじゃないけど、本当にあんな化け物が現れるなんて、この目で見た今も信じられない思いだわ。あの時、あなたが本当の事を打ち明けてくれなかったら、周辺にどれだけの被害が出ていたことか……」

「いえ、そんな……。

 こちらこそ、信じて頂いてありがとうございました」

「……それで、あの後あなた達の隊長に聞いたのだけれど、このアドラスには、あちこちに同じようなゲートが発生することがあるそうね?」

「はい。ゲートの発生を検知すれば、すぐに僕らが現場に向かいます」

「その仕事を、もっと堂々とやってはどうかと提案しに来たの」

「……?」


 レジスには今一つ話が飲み込めない。


「つまり、傭兵ギルド『タルミナス』に対して、帝国軍の正式な傘下組織としての認可を受けるように勧めに来たのよ。今回はたまたま私が現場に居たから全ての手配を私の権限で行えたけど、今後必ずしも同じことができるとは限らない。

 それに、帝国軍の名前を使えれば、今後の活動はもっとやりやすくなると思わない?」


 レジスは驚きを隠せなかった。

 軍の兵員を長期に確保する目的で大規模ギルドが帝国軍に認可された事例は過去にいくつかあったが、それだって戦時体制下の特例措置であり、異例なことだ。

 タルミナスのような中堅ギルドが帝国軍の認可を受けるなど、しかも戦時でもない平時でなどとは、異例中の異例と言える。


「それで、ボスはなんて答えたんですか?」

「断られちゃった。『今までの路線を変更するつもりは無い』ですって」


 あっけらかんとしたヌイヴィエムの態度にレジスは拍子抜けした。

 帝国軍ナンバー2の誘いを断るボスもボスだが、断られたことを気にもしていないヌヴィエムも大したタマだと思った。お偉いさんならば、自分の誘いを断るなど「プライドを傷つけられた」と怒り出してもおかしくない。


「まあ、そうは言っても、今後帝国内で同じような事件が起こる可能性があるのなら、私としてもこのまま放置してはおけない。立場上ね」

「それは、まあ、確かに……」

「だから、私の諮問機関として今後の活動を行ってもらうことになったわ」

「諮問機関……?」

「正式な軍の組織ではなく、私の求めに応じて専門的な見地からアドバイスをしてもらいます。特に、マグタイト関連、あるいはそれが疑われる事件について、ね」

「なるほど……」


 分かったような分からないような話だが、ともかく今後もヌイヴィエムとの付き合いは継続するということらしいと理解した。


「というわけで、今後ともよろしくね」

「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」


 ちょうどその時、受付嬢のリエンから「ボスからの呼び出しよ」と声を掛けられた。


「それじゃあ、これで失礼します」

「はいはい。またね」


 ヒラヒラと手を振ってレジスを見送ったヌイヴィエムは、気楽な調子に戻ってジョッキを口に運んだ。

 隣に座る側近の一人が「あの……」と遠慮がちに口を開く。


「本当に良かったのですか?

 ヌイヴィエム様の御命令でこのギルドを捜索することも出来たと思いますが……」

「いいのよ。無理矢理踏み込んだ所で、素直に情報を開示するとは思えないもの」

「ですが、異界の捕虜までこちらに預けてしまっては……。あの小娘を締め上げれば、技術情報を聞き出すことも可能だったのではないでしょうか」


 ジョッキをテーブルに置いたヌイヴィエムが薄く笑った。


「その捕虜が素直に吐かなければ意味が無い。そもそも、あの捕虜がプライマーの作り方を知っている確証も無い。

 でも、ギルド上層部ならば必ず知っている。

 あの技術は、必ず軍の物にしなければならないわ。いずれは私が管轄し、私の管理下で技術開発を行わせます。その為には、今はある程度良好な関係を保ちつつ監視しておいた方が得策よ。技術を押収する正当な理由が見つかるまで、ね」


「正当な理由……ですか」


「ハルトマン隊長の顔に見覚えは?」

「あの髭面の隊長ですか? いえ、特には……」

「そう……」


 それだけ言うと、ヌイヴィエムは再びジョッキを取り上げて口元に運んだ。

 残った酒を一気に喉の奥に流し込むと、「行きましょうか」と言って立ち上がった。

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