終章 宝珠、燦然と光を放つ
第1話 燦珠、死者に祈る
でも──驪珠の魂が地上を見ていたとしたら、やはり我が子に
(やっぱり何をしても綺麗だわ。絵になるわ……!)
霜烈の後は、燦珠も跪いて驪珠のために祈った。魂の安らかなることを願い、勝手にその名を借りて演じたことを詫び、あともうひとつ、芸の上達を祈念する。……欲張り過ぎな気もするけれど、どれも心から驪珠に向けた想いだからしかたない。隼瓊が評した通り、《
* * *
廟の傍には、参詣者が
四阿の中、ひんやりとした石の腰掛に座り、初夏の風がほつれた髪を揺らすのを抑えながら、燦珠はそっと切り出した。
「
無言の掟が支配する後宮でも、その報せは稲妻より速く殿舎を駆け巡った。
艶やかな黒髪と黒衣に陽光を集めておいて、実に涼しげな顔で霜烈は軽く頷いた。燦珠と少し離れた場所に掛けているのは、例によって若い娘が云々を気にしているから、らしい。
「思い違いをしたこと自体は罪にはならぬからな。とはいえ、
「ええ……」
そう──瑞海王の死因は、毒を呷っての
(偉すぎる人は裁くことも難しいのね……)
「……私、
「仮定にしても畏れ多いことを口にするものだ」
しみじみと呟いた燦珠に、霜烈は軽く笑って答える。たとえ誰も聞いていなくても、戯れにも本当のことは口にできないと、ふたりとも承知しているのだ。
「陽春様も、きちんと
あの詐欺師は、陽春皇子を殺したのは先帝と皇太后だ、とも喚いたらしい。我が子を切り刻む化物どもの眷属が、どうしてたかが詐称を糾弾するのか、と。もちろん、自暴自棄による根拠のない妄言だと誰もが疑わなかったから、皇子がどのように切り刻まれたかまでは噂にも上っていない。
「ああ、そうだろうと思う」
霜烈が頷いたのは嘘ではない、と思いたかった。
「……天子様も怪しいと思っていらっしゃるのよね……? でも、隼瓊
つまりは、《
(大丈夫。私はちゃんと演じられるわ……?)
皇帝の追及さえ切り抜ければ、霜烈は霜烈として生きていける。その人生を、彼がどれだけ望んでいるかは分からないのだけど。少なくとも、陽春の名は完全に捨てられるはず。──でも、澄ました微笑の裏側が、まだ見えない。
「そなたはお褒めの御言葉を賜ることだろう」
「それはどうでも良いんだけど」
ばっさりと斬り捨てた燦珠に、霜烈はさすがに軽く目を瞠った。驚き以上の感情を引き出したくて、燦珠は単刀直入に踏み込むことにした。勇気をかき集めるために大きく息を吸って──言葉にする。
「これで、頼まれたことはできた、ことになるのよね? あの……貴方を死なせて欲しい、って」
「……ああ、そうだな。感謝している。心から」
不吉な言葉を恐る恐る口にすると、霜烈はやっとはっきり頷いてくれた。けれど、いつぞやの時のように跪いて欲しい訳ではなかったから、燦珠は激しく首を振って立ち上がりかけた彼を制した。
「そういうのは、良いから! それより、また唄って? ちゃんと、明るいところで
霜烈は先ほどよりも大きく目を見開いて、黒い瞳の色の深さを見せつけた。そうして、いかにもおかしそうに声を立てて、笑う。それだけで楽の調べになりそうな、耳に心地良い笑い声が新緑に響いた。
「そなたは本当にいつも変わらないな。……ずっと、そうであると良い」
真剣かつ切実なおねだりを笑われて、燦珠はむっと唇を尖らせた。何も彼女は目と耳の幸せのためだけに言っているのではない。これからの秘華園での日々に、霜烈も当たり前にいて欲しい。そう思うのは、そんなにおかしなことだろうか。
「……どうなの? 唄ってくれる? 舞でも良いけど……」
「この後すぐに、とはいかぬが、機会があれば、必ず」
やっと、はっきりとした言葉をもらえて、燦珠の声は弾んだ。きっと、顔には日が射したように笑みが浮かんでいることだろう。
「
霜烈の
念を押すようにじっとりと睨むと、霜烈は実に晴れやかな──とても綺麗な笑顔を見せた。目を細めて、唇に弧を描かせて。そして、歌うように囁いた。
「好きにするが良い」
そして、彼は立ち上がった。皇帝は、今はまた後宮で休むようになっている。その寝殿たる
* * *
執筆の裏話を2件、近況ノートに上げております。本編と併せてお楽しみください。
万寿閣のモデルである紫禁城の
→https://kakuyomu.jp/users/Veilchen/news/16817330652200681034
九族誅殺とはどこまでの親族? について
→https://kakuyomu.jp/users/Veilchen/news/16817330652269330683
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