「理想」を求める先

大きなプロジェクターに映像が映し出される。

当時の記録と思える映像には逃げ惑う人、頭を抱えて苦しむ人、突然倒れる高齢者などが撮影されている。

先程教官だと名乗った男が指示棒を手にしながら、俺達の前で声を張る。

「5242年4月7日。

その日、日本人の6割が死亡した。

事件の発端は、「バーチャル世界」として存在する「ARデーターベース・ヘヴン」にて起きた大型の浸蝕型バグの誕生。

「ソレ」が誕生した瞬間に日本人全員のテクノロジーチップが感染、制御不能に陥った」

教官は手の中にあるリモコンを操作して次の資料を表示させる。当時の死亡者数とその原因、テクノロジーチップとの因果関係が判明している数をグラフにしたものだった。

どれも入隊時の筆記試験で出てきた基礎的な内容で、大変つまらない。

欠伸を出さないように噛み殺し、教官の話に耳を傾ける。

「若年層にはテクノロジーチップを用いた洗脳を仕掛け、50代以上の年齢のテクノロジーチップ保持者は脳に直接ウイルスを流し込まれ即死。

ものの10分で我々は甚大な被害を受けた。

当時の政府は事態を重く受け止め、「ヘヴン」の機能を停止し信頼回復を急いだがこれが悪手だった。

日本全土のコンピューターを始めとする電子機器の全てが感染していた為に、「ヘヴン」以外の場所から偶発的に小型、中型バグが現れ洗脳ウイルスの拡散を開始した。

ヘヴンは現在、ARデーターベースの中で唯一の国際指定の危険領域となっており、「女王」が居る侵蝕区域から約300km離れた第13拠点に三日後の十四時。君達、新人ダイバーは転送される予定だ」

教官は俺達を見ながら、慎重に言葉を選んでいる様子だった。

プロジェクターに映された少女は黒髪で、赤いリボンで髪を一束に纏めている。服装は黒の布地に赤色のラインが加えられたセーラー服で、膝下まで伸びているスカートが災害による風で揺れていた。

外見だけ見れば、市街地区にいる一般人のようにも見える。

そんな彼女の何処に「女王」の素質があったのだろうか。

「「女王」の名は秘匿されている。

君達が彼女の名前を口走ればその情報から「女王」による浸蝕を受ける。君達が昇級し、然るべき立場になれば自ずと全貌は見えてくる」

教官の目は冷ややかで、俺達に期待などしていないと言った様子だった。

そんな風に見られるとムカつくな。

思わず手を握り込んだ時、隣の席から手が伸びてきて俺の腕を摘んだ。

声が出そうになって必死に抑える。それと同時に解散が言い渡され、皆が席を立ち始めた。

「ッてえ……!何すんだよカルセイン!」

隣に居る幼馴染を怒鳴りつける。彼は銀色に輝く美しい髪を揺らし、金色の瞳を細めて笑うのだ。

「悪いね。まあ、僕も気持ちはわかるから落ち着きなよ」

新しい極東支部の制服に身を包んだカルセインは俺たちの年代には無い落ち着きがある。

席を立って微笑む姿は百人は振り返る様なイケメンで、俺が女だったら惚れていただろう。

そんな感じの優れた容姿なのもあってカルセインは女子隊員からの視線が凄かった。

だけど女子に言い寄られてもカルセインはいつものように笑みを浮かべて、曖昧ではない返事をしている。

「僕には約束した人が居る……ねえ。その為に極東までよく来るよ」

「ダイバーの素質もあったからね。それに黒髪の背の低い女の子なんて見つけやすいのはここくらいさ」

教官に指示されるまでの自由時間は自室で過ごす事になっている。

カルセインが歩き始めた隣を陣取りながら、今日の夕飯はなんだったかと考えたものの彼の探す女の子がどんな子なのか気になった。

「なあ、お前の好きな子ってどんな子なんだ?」

俺の問いにカルセインは足を止めた。顎に手を当てたりして考える素振りもなく照れ臭そうにしながら彼は笑みを浮かべる。

「背中の開いたワインレッドのドレスと魔王を殺せる様な剣がとても似合っていて、チーズタルトが大嫌いな素敵な女の子だよ」

カルセインの口から出たとは思えない単語に俺は暫く口を大きく開けることしか出来なかった。

「彼女と僕は、これから先も離れられないからね」

ふと持ち上げられた彼の手。視線が注がれているのは左手の薬指だ。

カルセインの惚気には何処か胃に来る重さがあってそれ以上何か言っていた気がしたけれど、聞き流して部屋に向かった。


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ヤンデレ勇者が世界を救ったあとに @Koge_p_pp_

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