SNSや動画配信じゃなく、人前で演じたい

影津

一話完結 

「十六歳のお誕生日おめでとう。彩花あやかちゃん」


 幼馴染の星本ほしもと夏美なつみが、あたしに六千円を手渡す。


「あんたも、今日でしょうが」


 あたしはそれを受け取らず、同じように財布から六千円を手に取って見せびらかす。お互いに祝うわけじゃない。


「もらっとくわ」


 夏美から六千円を分捕ぶんどる。


 それから、書類を公園内のベンチで広げる。あたしの吐く白い息が、乱立するスギ、ヒノキに吸い寄せられるようにして消えた。広葉樹林が枯れ落ちても、それら常緑樹が真冬の頭公園かしらこうえんを山吹色に彩っている。


 鳥を見るために人が、園内の井の頭池に集まっている。カルガモのほかに、ヒドリガモが今年は多く見られるらしい。


 あたしたちには興味ないあの人たちを、振り向かせるための権利を手に入れられると思うとニヤニヤが止まらない。


 書類の必要事項を記入していく。氏名欄に、小林彩花と星本夏樹の二人の名を。グループ名の欄には二人の芸名の「花のブランコ」を。もちろんあたしの名前の「花」から取った。


「これで提出できるわね。二人合わせて一万二千円。大道芸人として応募するわよ! もう、恥ずかしいとか人前に立ちたくないとか、言わないでよね?」


 何年も待ったんだから。井の頭公園で、大道芸人として出演できる資格が得られるのは、十六歳から。やっとこのときが来たんだ! そう公園で意気込んで、井の頭公園アートマーケッツのパフォーマンス部門に応募した。


 一か月後。


 落選した。審査員の前で演じたのは初めてで、二人ともガッチガチに緊張していたのも原因かも? はぁ、たった一か月の夢だったなんて。言わせない!


 あたしらが大道芸と出会ったのは中学のとき。


 武蔵野と三鷹を跨ぐ井の頭公園と言えば、土日祝日に開催されるマーケットが魅力的だ。ショッピングモールで洋服を買うことも楽しいけれど、ここで売ってるのは手作りの一点ものだけ。あたしは、引っ込み思案の夏樹が中学二年生にもなって、モールの人混みでうじうじしているのを見ていられなかった。じゃあ、どこならゆっくり買い物できるのよ! ってなったとき、井の頭公園のマーケットならいいんじゃないかなって。案の上、夏美は魅了されてしまった。


 同時に、そこへやってきていた大道芸人にも。大道芸なんて、小学生の頃に見たっきりだったから、あたしたち、面食らってしまった。ダイエットのために乗る、バランスボールのようなボールの上に人が乗って歩いている。中学にもなって、ボールの上に立ちたくなるなんて思わなかった。


 夏美が、実は普段からマジックの練習をしていた、なんてぼそっと言うの。なんでやりたいこと口に出さないの! って叱ってやった。あたしは、やりたいこと全部やってもクラスで一番になんかなれないんだから。だって、上には上がいるんだもん。テニスははじめから上手い人がいたし、バレーボールはチームなのに一人で目立つなって先輩が怒るし。


 そんな感じで、あたしは相手と競うスポーツに疲れた。だってあたしは自分を磨くスポーツがしたいもん。そんなときに、あたしは大道芸人が軽々と玉乗りするのを見てしまった。その瞬間、大人から子供まで笑う。これこれこれ! あたしが、小さい頃迷子になって泣いていたとき、自分が迷子だってことも忘れて夢中になった高揚感。


 あたしは燃え滾るパトスを源に、まずは皿回しから! と、百均で売ってるプラスチックの皿回しセットを買った。夏美も、趣味で集めていた百均のマジックグッズで挑んだ。スマホで音楽再生しながら演じた。





 それなのに、落選。夏美は落ちたことでほっとしているような顔をして、学校ではあたしを避ける。もう、絶対来年の審査には通ってやるんだから。




 高校二年になった冬。一年はあっという間だった。夏美とは仲直りした。あたしが無理やりあっちこっち引っ張って行って、夏美のやりたいことを探させてあげた。結局マジックに戻ってきたんだもん。夏美は図書館でマジックの本を借りて、勉強していた。また冬に、パフォーマンス部門へ再応募した。あたしは、井の頭公園を本番の舞台にするために、家の近所の武蔵野市立東部公園で練習することに決めた。女学院の隣だから割と女子大生が通るんだけど、誰も私を奇異の目で見ない。あたしが玉乗りしてるぐらいじゃ、華麗にスルーされるんだ。あたしは、目立ちたい一心で玉に乗る。


 学校で流行っているTikTokもやってみたんだけど、バズらない。顔出ししてまで、頑張ったのにもらったコメントはブス。待って、顔を見てもらいたくてTikTokやってるんじゃないから。


 SNSでの配信は芳しくない。女って容姿で判断される。見て欲しいのは容姿じゃない。あたしは「あたしのできること」を見て欲しいの。


 画面越しじゃ、本当のあたしは出せない。はじめこそ、あたしは動画配信でジャグラーさんやパントマイマーさんの演技を見て上手い!って思った。でも、そこに臨場感はなく、彼らにファンとしての声も直に伝えられなかった。大道芸はライブ感がないといけないはず。


 審査結果の通知がメールで送られてきたのは年明け。合格だった。やった! 嬉しくて夏美をスカイプで呼び出す。


「あたしたち通った! もっと特訓しないと!」


「え、ええ」


 夏美が戸惑うのも無理はない。一年経って仲直りもしたけれど、夏美は早々と大学受験に向けて取り組んでいた。


「私……マジックと受験勉強の両立、できる自信がない」


「もう! せっかくつかんだチャンスなんだよ? あんたのせいで無駄にしたくない」


 しまった! あたしとしたことがつい、きつく言ってしまった。夏美は無言で通話を切った。

 



 初春。さすがに、一月から三月のパフォーマンスは堪えた。まず、人が集まらない中での孤独な出演に心が死にかけた。いや、あたしは楽しんでやったんだけどね。お客さんは手作りマーケットに集中していた。


 あたしは皿回しを卒業し、ジャグリング、三つの箱を空中に投げてキャッチしたりするシガーボックス、中国ゴマのディアボロができるようになった。夏美も元が器用なのでトランプマジックのほか、いくつもの輪を一瞬で合体させるリングマジックなどを習得していた。


 にも関わらず、人はまばら。十人いたかな……?


 十分ほどの演目が終わって、地面に置いた帽子に、一人の壮年の男性が千円札を入れてくれた。


「あ、ありがとうございます!」とあたしの声は上ずった。


「ありがとうございます!」


 夏美は、はっきりとした声でお辞儀する。


 男性は目を細めて言った。


「お嬢ちゃん。将来、これで食っていくつもりかい?」


 返答に困った。即答できない。


 男性は神妙な顔つきになる。


「路上生活しているのと変わらないと思った方がいい」




 桜の季節はなんと、大道芸は一切禁止だった! 人が多いからかな。待ちに待った五月がやっときた! あたしたちは、自分の出番がない土日も他のパフォーマーの演目を勉強がてら、見に来ていた。あのおじさんがいた! ピエロの格好でパントマイムをしていた。バルーンアートも作ってあげて、小さい子供にも大人気だった。


 男性の言葉をあれから考えてみた。あたしは、きっと大道芸一本では食っていけないだろう。それは、夏美もいっしょ。でも、やめる理由にはならない。


 お花見期間は活動できなかったけれど、もうあたしたちは表舞台に立っている。胸張って演技していいと思うんだ。


 演目が終わって男性は、あたしたちに気づいた。


「やあ、見てくれたんだね」


「ほんとかっこよかった。その辺のイケメン男子より」


「私は尊敬します。パントマイムって屋内でもできると思うんですけれど、こうして生で外で観れることに意味があると思います」


「夏美、うまいこと言う。ほんそれ」


 男性はハハハと快活に笑った。


「いや、僕の方こそ前回は酷いことを言ったね。すまなかった」


「いえ、本当のことでしょ?」


「僕はあの日、君たちに嫉妬して、あんなことを言ったんだよ」


 あたしと夏美は顔を見合わせる。


「君たち二人は、珍しい存在なんだよ。女の子の大道芸人ってのは、なかなかいないからね」


「ちょっと、待って。女だからって理由で売れるんなら、それはあたしの実力じゃない」


「ちょっと彩花あやかちゃん」


 男性には悪いけれど、あたしが認められたいのは「技」でなの。


「いや、演技には華が必要なんだよ」


「女性的な美しさ?」


「そうじゃない。スター性だ。簡単に言うと、惹きつける力。魅了と言ってしまうと、なんとも卑猥な感じがするがそうじゃなく、純粋に引力みたいなものだ。僕もおじさんになると、なかなか自分の本来の力を引き出せなくてね」


 引力。人を惹きつける力。あたし、それ、欲しい! 単純な思考をしてしまったが、夏美も同じことを思っているらしい。あの、引っ込み思案な夏美が食いついた。


「私達、まだ一年も経ってないですけど、ずっとやり続けられると思いますか?」

 男性は眉根を寄せた。


「なんだ、答えは出ているじゃないか。華、スター性ってのは、日本人は若いからってもてはやすが、実際はそうじゃない。遅咲きにはそれだけの価値ってのがある。継続だ。あのとき僕は、君たちが体力的にもきついことをしているのを見て、継続してきたんだなって分かったんだ。だから、華があると思ったんだよ」


 男性の言葉が嬉しい。もっと、頑張ろうと思えた。もっと、上を目指したくなった。井の頭公園でバードウォッチに来た人も、フリマに来た人も、あたしたちから目が離せなくなるような、大道芸人になってやる! 汗かいてでも、笑わせたいんだ!




 あれから、数年になる。今では全国各地からファンが、女大道芸人二人組を井の頭公園まで見に来てくれる。来てくれた理由は、あたしらが女だからじゃない。あたしたちが、「花のブランコ」としての活動を、名前が広まるまでやめなかったからに他ならない。パントマイマーのおじさん。ありがとう。大学生になった今も、続けてるよ。



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