32話-②
「大変なことはしてないのに、何だかどっと疲れたよ……」
倉庫だと思っていたところは、店長専用の工房だった。
魔道具の残骸が散乱していた工房を三人が素早く片付けしてくれて、工房の奥のテーブル周りが綺麗になった。
そこに持って来た紅茶などを並べてみんなでテーブルを囲う。
「店長も紅茶どうぞ~」
「もう少しだけ!」
「ダ~メ~」
大きな設計図が置かれた大きな机に向かっている店長を、強制的に引きはがして連れてくる詩乃。自分よりも体の大きい店長を軽々と持ち上げる。
「あぁぁぁぁもう少し作業をぉぉぉぉぉ」
「ちゃんと休む時は休まないといけないんです! 頭を休ませるのも大事! だから一服してください! 日向くんのためにも!」
「うぅ…………」
椅子に座らされた店長は諦めたように紅茶を飲み始めた。
年齢差はずいぶんあるけど、どこか詩乃がお姉ちゃんで、怒られている弟みたいだ。
そんな二人が少しほっこりして笑みがこぼれる。
「ん……? 美味しい……頭が冴える感じがする……」
「集中力を増してくれる紅茶なんですよ~」
「なるほど……これはいいですね。ちょうどコーヒーが飲みたいと思っていた頃でした」
「さあ、甘めのお菓子もありますからどうぞ」
「ありがとうございます」
落ち着いたのか店長の顔も少し緩くなった。
「店長。俺が持っていたあれは何ですか?」
「そういえば、説明がまだでしたね。日向さんは魔道具をどれくらい知っていますか?」
「えっと……あまり調べたことがなかったので……」
「そういう方が多いでしょう……魔道具は魔石に込められた魔力をエネルギーにして動くのは知っていますね?」
「はい」
「そのエネルギーは女神の力として特殊な動き方をします。おかげで魔道具はいろんな力を発揮します。硬化や矢を生成したり、火を纏ったり、当たったところが爆発したりと……我々人知では測れない力です」
店長の言うこともわかる気がする。
ひなの刀も斬る時に特殊な力が働いている気がするし、詩乃の武器もそれぞれ属性に対応した攻撃に、藤井くんの弓は矢を必要としなかったり、それはスキルがなければ人の力では成し得ないものだ。
「ですが……我々人は不思議な力を放つこともできます。氷を産む者。火を放つ者。様々です。それはある意味――――我々の体内に魔石と同じ力があるのではないかと思ったんです」
「人の体内に……?」
「ええ。魔道具も魔石の魔力を引き出して力に変換する。ならば人の中にある魔力に似た力を引き出して力に変換する方法がないかと考えたんです。あの武器はそれを実現するためのものです。ただ……ちょっと欠点がございまして」
「欠点……ですか?」
「ええ。体内にある魔力に似た力を引き出すのはいいんだけど……今のところ……調整ができないんですよね。吸い上げ続けるというか……普通はあのまま無理矢理に持たせると命の危険があるんです」
「えっ!?」
「日向さんは持ったままでも平気のようでしたから、とても助かります!」
「あ、あはは……はは…………俺、生きていてよかった……」
レベル0だから……そもそもの吸い上げるものがないから平気だったんだろうな……。
「あれ、吸われる勢いが酷かったもんね。私は一秒くらいで諦めた!」
「詩乃さんでもそこまでだったんだ?」
「うんうん」
「ふむ……そちらの彼女も高い才能の持ち主なのですか?」
「Sランク潜在能力です~」
「それは素晴らしい! まさかSランクの方に会えるなんて驚きですね~」
世界的にもっと多いと思ったけど、意外とそういうこともないのか?
「やはりあの魔道具の魔導率の悪さが問題ですね……ふむ。どうしたものか。日向さんにもっと手伝って頂かないといけませんね」
「あはは……命が保証されるなら手伝うくらい簡単ですが……」
「…………」
何故目を逸らす!?
「アハハ! タブンダイジョウブデスヨ!」
急に片言になるのが怖いんだが!?
「日向くん。店長はこう見えても誰よりも人の命を大切にする人だから、無理矢理研究を進めたりはしないよ。たまにやり過ぎなところがあるけどね」
「そ、そうか……まあ、藤井くんが一緒に来てくれるなら大丈夫そうだしな」
「うん。みんなで一緒に来よう。と、その前にここに連れてきた理由をまだ言ってなかったね」
「あ……勢いに呑まれて忘れていた……」
「諸々の理由は省略して――――うちの会社の一番の腕を持つ店長ダニエルさんに、日向くんの武器を特注したくてここに連れてきたんだ! 店長もいいよね?」
「おお! もちろんですとも! ぜひ日向さんの武器を僕に作らせてください!」
目を光らせる店長と藤井くん。
ありがたい申し出だし、断る理由もないけど……そこまでしてもらっていいのだろうか?
「俺なんかにいいのか……?」
店長がテーブルをタンと叩きながら立ち上がる。
「俺なんかではありません! 日向さんは素晴らしい才能を持つ男! ぜひ僕に武器を作らせて欲しい! ただ、一つだけ僕と約束をして欲しい」
「約束……ですか?」
「僕が作った魔道具――――マジックウェポンを使って、罪のない人を傷つけるようなことだけはしないで欲しいんです」
「そんなこ――――」
店長の瞳の奥から深い悲しみに似た気配が覗けた。
詩乃が街の中を必死になって歩こうとして、イヤホンを取り出したあの日を思い出す。
路地裏で悲しげに笑う彼女の瞳の奥には、自分ではどうしようもできず、ただ諦めるしかできなかった彼女の今までの軌跡が見えていた。
今の店長も――――あの時の詩乃に似ている。
だからこそ、ちゃんと答えるべきだと思った。
「約束します。それに俺は誰かを傷つけるために強くなりたいわけじゃないから……ひなや詩乃、藤井くんと一緒に探索者を目指して、みんなと仲間としてこの先も一緒に進みたいと思ってます。ですから誰かを傷つけるために使ったりはしません」
俺の答えを聞いた店長は、にっこりと笑った。
「では早速日向さんに合う武器を探しましょう!」
「わかりました」
「普段はどういう戦い方をされてるんですか?」
「格闘が主です」
「格闘ですかぁ……探索者には珍しいタイプですね。あまり聞きませんな」
「そうなんですか?」
「はい。その昔、最前線で戦っていたカムイジゾウというトップクラスの探索者くらいでしょうか?」
「あ、おじいちゃんだ」
師匠の名前に誰よりも先にひなが反応する。
「おじいちゃん?」
「ひなちゃんのお爺さんが神威地蔵様ですよ~」
「おお! 生きる伝説のお孫さんでしたか! このパーティーはすごいパーティーですね! 日向さんがリーダーを務めるにふさわしいメンバーばかりですね!」
「あはは……どちらかというと俺が一番おまけですけど……」
全員が一瞬ジト目で俺を見つめる。店長まで、少し目が点になってる。
みんな、どうしたんだ……?
「店長さん! 日向くんの武器は最高に仕上げてくださいね!」
「任せてください!」
店長と握手を交わす詩乃。
それから店長は再度開発に取り組み始めて、それと同時に俺の武器も開発してくれることとなった。
何か難しいことを言っていて全く理解できず、全てお任せでお願いした。
せっかくの機会だから、武器というからにはよく使われている剣などになるのかなと思ったけど、店長曰く、普段戦っているスタイルに合わせた武器の作り方の方が良いらしい。
そうでないと武器を振り回すのではなく、武器に振り回されるという。
……うん。不思議と妙に納得してしまった。
俺の手のサイズだったり、身長だったり、体重だったりを一通り調べ終えて、初めてのベルナース魔道具屋を後にした。
お昼は藤井くんが食べたいと話した近くの中華料理屋さんにやってきた。
何度か来たことがあるらしく、藤井くんを見た瞬間に個室に案内された。
大量の料理をテーブルいっぱいに並べるからだろうな。
頼む料理も全て藤井くんにお任せすると、詩乃がカフェで注文する飲み物のように、普段聞き慣れない名称の呪文が続いた。
それを一句も間違えずに注文を受けた受付嬢がすごいなと思えた。
待っている間、ひなが口を開いた。
「それにしてもまさかあんな凄い人が日本にいるなんて思わなかったよ」
「凄い人? 店長のこと?」
「うん。魔道具製作業界では、ベルナース魔道具屋のダニエルさんと言うと凄く有名だよ?」
「へえ~そうだったんだ。最初はずいぶんとやる気のない人だなって思ったんだけどな」
それに藤井くんがクスッと笑う。
「店長って自分が好きじゃない仕事はしないからね。最近はより顕著になって、僕が日本に来るからって付いて来てくれたんだ。まぁ……半分厄介払いみたいな状態になってたけど」
「あれ? 藤井くんって日本育ちじゃなかったんだ?」
「生まれは日本なんだけど、子供の頃に両親の関係でイギリスに行ったんだよ。両親が日本人だからというのもあって、ずっと日系の学校とか通っていたから周りは日本人ばかりだったから帰国子女感も出なかったかな? まあ……全部が全部ではないから最初は戸惑ったことも多かったけどね」
「そうだったんだな……」
「うん。僕が関わっていた先輩達はベルナース魔道具屋紹介で知り合ってパーティーを組んでもらって、いわゆるパワーレベリングだったよ。おかげで強くなれたので感謝しているんだけどね。でも楽しいとかではなかったかな。それに比べると……今はすごく充実してて毎日が楽しいよ!」
「ああ。俺も毎日みんなと一緒に過ごして楽しい。レベルは上がらないからあまり戦力にはなれないけど……その分、自分でできることを見つけて頑張りた――――」
「それは大丈夫。日向くんは十分過ぎるくらいよくやってくれてるから」
「そ、そうか……?」
「うん。ひなたさんも詩乃さんもそう思ってるよ。ほら、二人ともずっとニヤケているよ?」
藤井くんに言われて二人を見ると、二人ともニヤニヤしながら俺達を見つめていた。
何だか……こそばゆいな。
「そういや……日向くん?」
「ん?」
「いつになったら宏人くんのことを下の名前で呼ぶの?」
詩乃にそう言われてみると、確かにそうだった。
そもそもひなも詩乃も……自分から呼び捨てにしてと頼まれているだけで……。
「い、いや……特に理由はないけど……」
藤井くんに助けを求めて見つめると、何やらいたずらっぽい表情を浮かべている。
「う~ん。じゃあ、僕も日向くんのこと、鈴木くんって呼ぼうかな~」
「俺はそれでも構わないけど……」
「…………」
「…………」
藤井くんとの間に微妙な空気が広がった。
っ!? ま、まさか……これって……!?
「ご、ごめん。それはちょっと困るかもしれない」
ふ~んと鼻息を出した藤井くんが両手で頬杖をついた。
「そっかぁ……日向くんにとって僕は……」
「そ、その……あまり名前を許可なく呼ぶのは失礼かなって思って……」
「でも荒井くんは凱くんって呼んでるんだよね?」
「凱くんは……幼馴染というか、みんなが凱くんって呼んでいたから」
「ふう~ん。そういうことにしておくね?」
最近……藤井くんも詩乃の口癖が移った気がする。
いや、これからは宏人と呼ばないとな。こういうのも慣れていかないと。
「じゃ、じゃあ、これからは呼び捨てにしてもらうぞ?」
「いいよ~」
丁度宏人の返事の直後にノック音が聞こえて、店員が料理を運んできた。
美味しそうな匂いがする炒飯が大皿で運ばれてきて、続けてまた美味しそうな料理が入った大皿がいくつも運ばれて中華テーブルに置かれる。
テーブルの中央にある回転板を回して自分が食べたいものを取り皿に移して食べる。
最近は宏人と一緒に食事を食べる機会も増えて、こうして一度にいろんな味を楽しめるのは非常にありがたい。
神威家で作ってくださる料理もたくさんの種類を少量に分けてくれているから嬉しい。
でもたまには実家で食べたような大皿にメインディッシュがあって、みんなで分けて食べるのも好きだから、それぞれ良さがあると思う。
ピコンとひなのスマートフォンが音を鳴らす。
それと同時に俺のスマートフォンもブルブルと震えた。
そこには街に遊びに出掛けている凛が数人の友達と映っている写真が送られていた。
「凛ちゃんって人気者だね~」
俺と一緒にいるとみんな寄り付かないけど、俺がいないところなら妹は大人気者として、多くの人に愛されている。
「あ~これが日向くんが贈ったネックレスか~」
ひなのスマートフォンを一緒に覗き込んでいた詩乃が指を指している。
「凛ちゃんにすごく似合ってるね」
「うんうん! きっと周りから彼氏に贈られたプレゼントじゃないかって噂されそうね」
「ごふっ! 彼氏!?」
い、いや……凛なら彼氏がいても不思議ではないが……。
でも贈ったのは俺だから変な誤解をされないといいけど。
まあ、賢い妹ならきっと大丈夫だろう。
「私達も今日は思いっきり遊ぶよ~!」
「宏人くんの用事はベルナース魔道具屋で終わり~?」
「うん! あとはここに来たかったくらいかな? だから僕はもう終わりだよ~」
「わかった! 日向くんは?」
「俺もとくに行きたいところはないな」
「じゃあ、また四人でいろんなところに行こう~」
「あ、私……明日行きたいところがあるんだけど、いいかな?」
「行きたいところ? 今日じゃなくて明日?」
「うん。少し遠い場所だから、今から行って来ると夜になっちゃいそう」
「あ~ひなちゃんの家でご飯が食べられないのはもったいないからね!」
神威家の夕飯は美味しいのはもちろんだけど、何よりもみんなで一緒に食事をする楽しみがある。毎日一緒に夕飯を食べていても話題も尽きることがないくらい楽しい。
最近は師匠も夕飯を一緒に食べてくれるとおばさんも嬉しそうだったしな。
師匠……いつも一緒に食べればいいのにな。意外とひなが感情をコントロールして人から離れる選択ができたのは、師匠の背中を見てきたからかもしれない。
理由はわからないけど、あまり人と関わりたくなさそうにしてるから……。
ベルナース魔道具屋のダニエル店長も師匠は生きる伝説と言っていたし、もしかしてそういう目で見られるのが恥ずかしかったりするのかな?
食事が終わり、みんなで街を歩き回ったりして土曜日を満喫した。
次の更新予定
【WEB版】レベル0の無能探索者と蔑まれても実は世界最強です~探索ランキング1位は謎の人~ 御峰。 @brainadvice
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