32話-①
■第32話
翌日の朝になった。
今日も軽めにランニングしていると、黒鉄先生とパッタリと会った。
「先生。おはようございます」
「おはよう」
また先生と並んで走る。
「先生。女神島の勉強会ってどんな会なんですか?」
「ん? 校長に誘われたのか?」
「はい」
「ほお~今年は日向になったのか。中々すごいじゃないか」
「やっぱりそうなんですか……?」
「ああ。ここ数年は選ばれた生徒がいなかったからな」
「え!? いなかったんですね……」
「くくっ。そんな感じだと詳細は聞いてないみたいだな。まあ、詳細と言っても女神島で強い探索者達に教えを乞うというべきか授業を受けるというべきか、気を張ってやらないといけないものではないさ。ただ――――」
「ただ……?」
「集まっている連中がな。最前線で戦っている探索者達だからな。そいつらを前にして萎縮してしまう生徒も少なくない。だからそいつらに負けない強い意志を持った生徒だけ送るようにしているんだ。君の周りだと神威朱莉と神楽斗真の両大将も行ってたみたいだぞ」
何となく、あの二人なら怖じけない姿が目に浮かぶ。
「簡単なことではないだろうけど、良い経験になると思うし、Sランク潜在能力を持つメンバーを抱えたパーティーだ。いずれ最高峰ダンジョンにだって行くのだろう?」
「まだCランクでやっとですよ……?」
「彼女達の力をキープしているのだろう? 本気を出せばCランクダンジョンだって制覇できるんじゃないのか?」
「それは……多分そうだと思います」
ひなの絶氷の力を全解放するだけで、あたり一面のモンスターが一瞬で凍ると思う。
「彼女達の力だけでもそうなるんだ。いずれそういうところに行くのは覚悟しておかないといけない。だったらそういう最前線で戦っている連中と会って来ればいい。あの島も一度は見ておくといいさ。外国人と普通に話せるのは中々できる経験じゃないぞ~」
「あはは……前向きに検討します」
「うむ」
そう言いながら先生は大きな手で俺の背中を優しくも力強く叩いた。
ポンと押された背中は――――もし父さんが近くにいたらこんな感じなんだろうか? と思わせてくれる。
朝の日課を終わらせてシャワーを浴びてから、出掛ける時間に合わせて部屋を出た。
寮のラウンジで藤井くんと合流して、一緒に神威家に向かう。
「藤井くん? 今日はどこに行くんだ?」
「ん~秘密!」
「あはは……」
ポーションのお返しとか言っていたけど……どこに行くんだろうか?
神威家でひなと詩乃と合流して出掛ける。
誠心町からバスでしばらく移動する。
前の席にはひなと詩乃が並んで座り、窓の外を眺めながら話している姿を後ろから見つめていると、遠足に行く気分だ。C3に行くときは狩りだったりとみんなの緩んでいる表情は見れないから。
「あ、次に降りなきゃ」
隣に座っていた藤井くんが身を乗り出して俺の横にあった停止ボタンを押す。
ふわっと藤井くんの爽やかな香水の香りがした。
後ろから「最近の若い子は人の目も気にしないで……」とおばあちゃんの嘆く声が聞こえた。
いや……藤井くんは……男なんです……。
バスを降りて少し歩くと、大きなビルの前で藤井くんが足を止めた。
「今日の目的地は、ここだよ!」
ビルの上には――――『ベルナース魔道具屋』と大きな看板が掲げられていた。
「魔道具屋? ここって藤井くんの家の会社だったけ?」
「そうそう。さあ、入ろう」
看板や建物の大きさに圧倒されながら藤井くんの後を追いかける。
自動ドアから中に入ると、日本ではあまり聴き馴染まない音楽が流れていて、英語の歌詞が聞こえてくる。
広大な店内には無数のショーケースが並んでおり、ずらりと魔道具が並んでいる。
そこには日本語と英語の表記の説明と値段が書かれている。
『硬度ブレード。魔力量500。魔導率60秒。¥600,000』
少し刃が細めに作られた剣が目に入った。
「気になる?」
詩乃が横からひょっこりと顔を出した。
「魔力量とか魔導率とかあまり聞いた事がないから、そこが気になって」
「うんうん。魔道具って、魔石を使って魔力をチャージして使うのは知ってるよね? 魔力量はチャージできる魔力の量の数値だね。高い方がいいんだけど、その分重くなるからその目安にもなっているんだよ~」
「へぇ~貯蔵タンクみたいな感じか」
「うんうん。魔導率というのは、魔力を1使ったときに発動できる時間の長さを表示しているよ。詳しくはいろんな公式があるみたいだけど、わかりやすく魔力1で使える時間秒数に統一されたみたい」
「確かに……重要なのはどのくらいの時間使えるかだもんな」
「うんうん。極小魔石で魔力は十回復して、小が百、中が千、大が一万だね。まあ……魔力充填にその分時間がかかるけどね」
「なるほどな。ダンジョンの中で魔力を充填させるのは難しいから、入る量も大事になるわけなんだな」
「そうそう。私もひなちゃんも発動させるときは極力最小限にしたり、いろいろ工夫はしてるよ?」
確かに詩乃の武器が当たる直前に光るのを何度も見ているし、以前彼女自身もそれっぽいことを言っていたのを覚えてる。
「やっぱり詩乃はすごいな」
「えっへん!」
ドヤ顔をする詩乃がまた可愛らしい。
そんな俺達をジト目で見つめる藤井くんに、クスッと笑ってしまった。
「さあ、奥に行くよ~二人とも~」
「は~い」
週末だからなのか、それともいつもこんな感じなのかはわからないけど、広々とした店内には多くの人達が魔道具を見ている。
ガヤガヤした店内をみんなで移動する。
通り抜ける際に店員達が藤井くんに深く頭を下げる姿が見えた。
一番奥にあるカウンターのところに着くと、少し気怠そうにしている白髪が目立つ男性がテーブルに頬杖のまま店内をボーっと眺めていた。
「店長。おはよう~」
「ん……宏人坊ちゃまじゃないですかぁ……」
「あちゃ……今日はエネルギー切れなのか」
「はぁ……」
気怠そうなまま溜息を吐いた店長は、微動だにせず藤井くんをちらっと見る。
「坊ちゃま……メンテナンスの日でしたっけ……?」
「ううん。違うよ? 今日は紹介したい人がいるんだ」
藤井くんが俺の隣に立つと、店長の怠そうな視線が俺に向いた。
「僕のパーティーメンバーなんだ」
「ふぅん……」
「日向くん。ごめんね。こう見えても腕は一流というか……うちの魔道具屋で一番と言っても過言ではないんだけど、こんな感じで自分がやりたい仕事以外は興味を示さないのよね。だから左遷されて日本支部に飛ばされたのよ」
「えぇ……僕はただ……やりたい仕事をしたかっただけでぇ…………はあ……」
「あはは、でもやる気になるととことんやるタイプだから信頼していいよ! 僕のマジックウェポンも彼が作ってくれたんだ」
どこか嬉しそうに話す藤井くん。
きっと昔から店長との繋がりは深いものなんだろうな。
「それにしても日本語上手だね? 日本人ではないっぽいけど」
「店長はイギリス人だね。昔、日本語を覚えろって言った人がいて、すごく珍しい素材を持ってくるから日本語を一瞬で覚えたんだよね?」
「そうですね……はあ……あの人はどこで何をしているのか……日本に来れば会えるかもと思ったのにぃ……ぃぃぃ…………」
がっくりとうなだれる。
「素材は手に入らないけど、日向くんには興味出るんじゃないかな?」
「ん……どうでしょう……」
ニヤリと笑った藤井くんが、店長の耳元でひそひそと何かを話した。
「…………」
「どう?」
店長の目付きが鋭いものへと変わった。
「坊ちゃま? いくら坊ちゃまでも、僕に冗談を言うなら怒りますよ?」
「もちろん。僕だって――――店長に冗談なんて言わないよ。ちゃんと彼は信頼してるから連れてきてるし、自信もあるから」
「…………後ろのお二人も仲間ですか?」
「うん」
「いいでしょう。みんな裏に入って」
急に人が変わった店長からカウンターの内の側に招かれて、奥にある扉から裏に入っていった。
広い倉庫があって、無数の魔道具が乱雑している。
中には誰一人おらず、ここに入る入口というのも店からの入口しか見当たらない。さらに窓も存在せず換気扇が天井にいくつか付いているだけだ。
「さあ、貴方の力を見せてもらいましょう」
店長はそう話しながら、倉庫の一番奥にある不思議な剣の形をした鉄の塊を渡してきた。
ひょいっと渡されたそれを受け取ると、見た目通りのずっしりとした重みを感じる。
「変な形の武器ですね~? 店長」
誰に対してもフレンドリーな詩乃が俺を持つ鉄の塊を眺めながら呟いた。
「まだ未完成なものですが、非常にじゃじゃ馬のマジックウェポンでしてね。作ったのはいいけど、あまりにも重くなりすぎて誰も使えないんですよ。それに起動させるともっと大変になるんです」
「日向くん? どう?」
「どう……と言われても何ともないかな? 重いくらいかな? マジックウェポンってどう起動させればいいんだ?」
「大体は握るところにボタンみたいなのがあったりするかな?」
詩乃に言われたまま、握っている柄部分や長さ三十センチくらいしかない分厚い刀身部分をくまなく探してもボタンみたいなのは見当たらない。
持ったまま動かしてみても何も変わらない。
「…………」
「やっぱり何もかわらないな。店長さんこんな感じでいいんですか?」
「…………」
「店長さん……?」
「くくくっ……くく……かーははははっ!」
「店長さん!?」
急に大笑いする店長の声が倉庫に響き渡った。
「あ。スイッチ入ったみたいだね」
「スイッチ……?」
「ふふっ。日向くんが気に入ったってこと」
「日向さんと言うんですね! 面白い! それを握ってもはや一分が経とうとするのに、無事に立っていられるとは!」
…………いや、ただ重いものを持っているだけなんだけどな。店長さんってもしかして、こういう流れが好きだったりするのかな?
「日向くん~それ私も持ってみていい?」
「ああ。気を付けてな。重いから」
「うん!」
横向きにして優しく渡す。
受け取った詩乃は、表情一つ変えずに簡単に持ち上げる。
結構重かったと思ったのに、やっぱりレベルが高い人は力も強くなるんだな……。
「あ。これやばいやつ」
「詩乃!?」
「はい。日向くん。返すね」
そっと俺に返してくれた詩乃は、そのまま崩れるようにひなに抱き着いた。
「うぅ……」
「詩乃ちゃん? 大丈夫?」
「水ぅ……」
「はい。もう準備しておいたよ」
「ありがとぉひなちゃん……」
詩乃は一体どうしたんだ……?
そこまで顔色が悪いわけではないし、心配するほどではなさそう。
「日向さん! 貴方は素晴らしい!」
「え、えっと……あ、ありがとうございます?」
「さあ、それを持ってここに立っていてください」
「は、はい」
言われた通りに不思議な板の上に立たされて、鉄の塊を持ったまま次の指示を待つ。
その間に藤井くんや詩乃達がニヤニヤしながら俺を見つめていた。
何だか……こういう風に見られるとくすぐったいというか……。
そもそも俺は今何をされているのだろうか?
「日向さん。どこか気持ち悪くなったりは?」
「大丈夫です」
「その魔道具を上に掲げてみてください」
「こ、こんな感じですか?」
「おお! いいですぞ! 次は――――」
それからしばらく店長に言われた通り、いろんなポーズにさせられた。
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