31話-③

「あれ~? 今日はあの人達いないね~?」

 詩乃が耳を澄まして周りの音を聞く。

「さっき学校で凱くんの視線を感じたから、これから来るんじゃないかな?」

「う~ん。もしかして昨日のあれで怖くなったりして~」

「詩乃。あまり意地悪なことを言うもんじゃない」

「だって……あの人達、お礼も言わなかったし、日向くんを悪く言ってたし!」

「まあまあ……でもCランクダンジョンで狩りをする探索者が減ってる現状で、素材のためにも探索者が減るのは良くないよ」

「それはそうだけど……」

「でもいないのを気にしても仕方ないし、俺達も油断せずに行こう!」

「うん!」

 平日の最後の日だというのに、C3は相変わらず探索者が少ない。

 となると一層のモンスターの数も多めとなっている。

 水晶から入る『ルシファノ堕天』以外のダンジョンならモンスターの数はわりと少なくて、他のパーティーも近くにいるから危なくなったら助け合うところもあったけど、C3の閑散とした状況は、より戦いにくくしているのかもしれない。

「今日は少し戦い方を変えよう! 詩乃とひなが前衛でそれぞれ距離を取って戦おう! 大きい牙には細心の注意と、別モンスターに巻き込まれるのも念頭に置いて迷ったらとにかく後ろに向かって離脱!」

「「りょうかい!」」

「俺と藤井くんは二人をサポート!」

「りょうかい!」

 ひなと詩乃はすぐに駈け寄れる距離を維持しながら左右に分かれて走る。

 一か所に集まっているとモンスターに囲まれる危険性があるし、ひなと詩乃の実力なら一人でも十分に戦えると判断している。

 それにひなに関しては、スキル『絶氷融解』を緩めると絶氷による戦闘も可能だ。危険なときはそれも視野に入れながら戦い始める。

 モンスターの動きに慣れたのか、トカゲの頬に付いている巨大な牙を軽々と交わす二人。

 藤井くんもタイミングを見計らいながら矢による援護を続ける。

 俺もあぶれたモンスターに闘気による攻撃で倒しながら戻ったりを繰り返す。

 その日はいつもDランクダンジョンでやっていた布陣を試して、C3一層でも通用するのがわかった一日となった。


 神威家で夕飯をご馳走になって、詩乃を送り届けてから寮へ戻る。

 丁度学校の校門を通って寮に向かおうとした時だった。

「おかえり」

「うわあっ!?」

 影から女の人の声がして驚いてしまった。

 よくよく見ると、花壇の前の縁石に女性が一人座っていた。

「こ、校長先生!?」

「やあ。こんばんは」

「こ、こんばんは」

「いつもこの時間の帰りなのね?」

「はい。仲間を家に送って来てます」

「偉いわね。さて、もう夜ではあるけど、少し時間を貰えるかしら?」

「わかりました」

 意外な人が待っていてくれたんだなと思いながら、彼女の後を追いかける。

 そういえば読み出そうかと冗談で言っていたよな……。

 学校から少し離れた建物に入る。

 中に入ってエレベーターに乗り込み最上階に行く。

 そこにあった豪華そうな扉を開いて中に入ると、こじんまりとした部屋が現れた。

 確か中央校舎に校長室はなかったから、ここがそうかな?

 左右の壁面には、本がずらりと入っている巨大な本棚が並んでいる。

 サラッと覗いたタイトルは難しそうなタイトルばかりだなという印象だ。

「そこに掛けてくれたまえ」

「はい。ありがとうございます」

「紅茶でいいかな?」

「は、はい!」

 作ってくれている間に、部屋を見回す。

 古めの家具が目立ってて、どれも高級感があり、綺麗に保たれている。とても大切に使われているのがわかる。

「お待たせ」

 深紅色の茶が入った高級そうなティーカップを俺の前に置いてくれた。

「ありがとうございます」

 俺が知っている紅茶は透明さもあってカップの底が見えたりするが、校長が作ってくれた紅茶は底が見えないくらい真っ赤な色をしている。

 ゆっくり口の中に入れると、今まで味わったことのない深みのある香りが口の中に広がる。

「美味しい……」

「それは良かった。あまり出回らない紅茶なのよ。君は女神島のことは知っているかしら?」

「女神島ですか……教科書に載っているくらいなら知っていますが……」

 昔、ダンジョンが生まれたときに突如として現れたとされる『女神島』。

 その島は特殊な力が働いていて、本物の女神様が住んでいるとも言われているが、姿を見た者は誰もいないという。

 では女神島の特殊な力というのはどういうものか――――女神の力が働いていて、島内では“絶対の正義”が執行されているのと、全ての言語が統一される不思議な島だという。

「普通に暮らしていたら縁遠い島だものね。この紅茶はその島からしか育たない葉っぱから作れた茶よ」

「それって……すごく貴重なものなんじゃ……?」

「女神島に行けばいくらでも買えるけど、あの島で売られるものは流通が禁止されているから、そういう意味では珍しいだけよ。さて、今日来てもらった理由なんだけど」

「はい」

「毎年女神島では全国から選りすぐりの生徒達を集めて勉強会を開いているわ。勉強会といっても基本的には最前線のトップクラスの探索者達の戦いを見たり交流を目的とした会ね。そこに――――日向くん。君に参加してもらいたいわ」

「ええええ!? そ、それってすごく重要な会なんじゃ……?」

「国を代表するといっても過言ではないわね」

「だ、代表……俺なんかがそんな大役を……」

「本来なら今の高校生の中では――――神威ひなたか神楽詩乃でしょうね。でもあの二人に声をかけてもきっと答えはノーだと思ったわ。けれど、君が行くならどうかしら。あの二人は必ず君と一緒に向かうでしょうね」

「それは…………」

 校長のどこまでも深い黒い瞳が俺を見つめる。

 その奥にあるのは……野望……なのか? いや、そんなものじゃない。もっと違う質を感じる。

「最初こそ、あの二人を行かせるにはどうしたらいいかを考えていたんだけど……不思議と君を見ていると、あの二人より君に行って欲しいと思ってしまうのよね」

「俺に……ですか?」

「ええ。君が望むなら、君一人で行って来てもいいわよ。レベルが0で成長しない、こうして面と向かっても強さなんて微塵も伝わってこない…………なのに、君からは特別な何かを感じる。私は長年いろんな生徒を見てきたけど、君のような生徒は初めてよ」

 校長先生は一枚の封筒をテーブルに上げて、俺の前に押した。

「招待状。君はもちろんだけど、君の他にあと四人を同行できるようにしているわ。パーティーメンバーを連れて行くのもよし、他に自分が連れて行きたい人を誘うもよし、君が選んだ人なら誰でも構わないわ」

「そ、そんなに俺を信頼してくれるんですか?」

「あの二人とパーティーを組んでいるだけじゃなく、リーダーとなっている上に、Sランク潜在能力でもある『絶氷』をいとも簡単に消すことができる君なら、信頼しない方がおかしい……はずなのに、どうしてか君のレベル0というものは君を信頼しにくくしている気がするわ」

「信頼しにくくしている……?」

「君がとてもすごいのは頭ではわかっているつもりなのに、レベルが0であるから拒否反応が出てしまう。私は――――そういう感じの人を一人だけ知っているから」

「その人もレベルが0なんですか!?」

「ううん。彼はものすごくレベルが高いわ」

 まさか自分と同じレベルが0の人がいるのかと思って驚いてしまった。

 もしそんな人がいるなら……俺は何を聞くのだろうか? それとも同情を求めるのだろうか? それとも――――。

「君がレベル0であること。もしかしたら『女神島』に行けば何かわかるようになるかもしれないわね。あそこには人知を超えた女神の領域。君にも女神の加護が宿るかもしれないわ。レベルと言う名のね」

「っ…………考えさせて……ください……」

「ええ。焦ることはないわ。今月までに結論を出してくれればいい。もし拒んだとしても問題はないから」

「わかりました」

 もし俺にレベルが宿って強くなれるチャンスがあるなら、今すぐにでも飛び込みたい。

 自分が強くなりたいと明確に目標に決めたことなんてなかった。ただ漠然と実家の生活の足しになる探索者になりたい。そのために強くないたいとしか思ってなかった。

 こんな絶好のチャンスを逃す手はないはずなのに……本当に自分に受ける覚悟があるのかまだ言い切れない。

「たくさん悩みなさい。悩んで悩んで……それこそが我々人類を切り開いてくれた大事な気持ちよ。さあ、そろそろ夜も深まったし、ゆっくり休むといいわ」

「はい……紅茶ご馳走様でした」

 校長に挨拶をして、部屋に帰った。


 ◆


 鈴木日向が帰った後、校長は部屋から紅茶を片手に窓の外に浮かんでいる月を見上げた。

「…………レベル0……鈴木日向……強さが全く伝わらない……か」

 校長は大きく溜息を吐いた。

「どうしてあの子からあの人の面影があるのかしら……」

 彼女はどこか悲しげな瞳を浮かべた。

「シン……貴方は今どこで何をしているの……? 私達を……人類を見捨てたの?」

 しかし、彼女の疑問に返事が返ってくることはなかった。

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