31話-②

 翌日。

 ひなと詩乃と一緒に登校して、詩乃が隣のクラスに向かうのを見守ってから、ひなと一緒にクラスに入る。

 丁度入口の前の席には凱くんが座っていて、いつもなら目を合わせないようにするけど、今日は目が合ってしまった。

 顔に血管が浮き出ている程に俺を睨み付けている。

「てめぇに助けられてねぇ……」

 後ろから俺にしか聞こえないくらい小さな声が聞こえてきた。

 ひなと席が前後だから一緒に席に向かう。

 今でもひなはクラスの中でも輝いていて、男子生徒達の視線が集まる。

 午前中の授業の間の休憩時間。

 いつも前の席のひながこちらに振り向いて、何気ない会話をする。

 詩乃がいると彼女が一番の話の花を咲かせるのだが、こうして二人っきりになると、ひなの方からよく話しかけてくれる。

「日向くん。凛ちゃんから連絡きたよ~」

「凛から?」

「ほら、綺麗な花があったって」

 ひなのスマートフォンに映し出されていた写真には色とりどりの花畑の中央にポツンと咲いていた一輪の向日葵が写っていた。

「夏らしくなってきたよね。うちの学校の花壇にもあるのかな?」

「あとでダンジョンに向かうときに探してみるか」

「うん!」

 ひなが笑うだけで周りが明るくなるのを感じた。

 授業が始まって前を向いたひなは、後ろからでもニコっと笑っているのが伝わってくる。

 小さなことかもしれないけど、そういうもの一つ一つが大事だなと改めて感じられた。

 次の休憩時間。

 またひなとたわいのないことを話していると、クラスの後方で女子達のひそひそ話が聞こえてきた。

「今日の荒井くんっていつにも増して怖いよね」

「うんうん……朝からずっとピリピリしてるし、何かあったのかな?」

「いつも傷だらけだし、今日もそうだもの……隣のクラスの人が言っていたんだけど、Aクラスの危ない人達とパーティー組んだって」

「聞いた聞いた。最初はかっこいいと思ったのに、悪グループに入っちゃったのね」

「だって……ね。身長も高いし、顔も良いし、才能もあるし、神威さんと付き合えるのは荒井くんだけだと思ったのに、無視されたんだよね?」

 凱くんは地元でも人気があったし、昔からみんなの中心にいたのを覚えている。

 俺なんかとは……真逆の存在だった。

「神威さんって……鈴木くんにしか目がないからね。あんなどんくさそうな男のどこがいいのか私にはさっぱりわからないや」

 どんくさ…………でもそれは事実……だよな……。こんなにたくさんモンスターを倒してもレベル0のまま強くなれてないからな……。

 でもスキルのおかげで少しは役に立てているのならいいな……。

「あ~そういえば、隣のクラスにも無視する女いて、神威さん達と仲良いんでしょう?」

「えっと、虫姫だったかな? 授業中でもイヤホンで音楽聞いてて誰とも口を聞かないんですってね。先生すら無視するしね~」

 やっぱり詩乃は……そういう風に見えているんだな……。それも当然か。耳栓をしていないと大変なのは周りに言わないようにしてるから……。

「虫姫も鈴木くんが大好きみたいだし、美女ってダメ男が好きになるのかな?」

「きっとそういうに違いないね!」

「神威さんのパーティーってもう一人いたよね? 藤井ちゃん?」

「うんうん! 藤井ちゃん! 小さくてかわいいよね~同じクラスになりたかったなぁ~」

「四人ってそれぞれ付き合ってるのかな? 神威さんが鈴木くんで、虫姫が藤井ちゃん?」

「え~虫姫が鈴木くんと腕組みしていたって噂もあるよ? もしかして……」

「もしかして……」

 急に声のトーンが下がって気になってしまう。

「鈴木くんと藤井ちゃんが!」

「きゃっきゃっ!」

「あれ? 荒井くんが鈴木くんに怒っているのって……!?」

「実は鈴木くんを――」

「取り合う――」

 …………。

 ジョシノハナシハムズカシクテヨクワカラナイヤ。

「日向くん? どうしたの?」

 ひなが目を丸くして俺の顔を覗いていた。

「な、何でもない……」

「変な日向くん~」

「あはは……」

 それから今日の最後の授業が始まり、何事もなく終わった。


 少し暑い中、また屋上で天幕を広げる。

 そんな中――――

「あ~涼しい~」

 幸せそうに声を上げる詩乃。

 目の前には美少女二人がぎゅっと抱きしめ合っている。

 傍から見れば素晴らしい絶景にも見えるのだが、その理由が理由だ。

「詩乃ちゃん? 冷たくない?」

「丁度いい~冷たくもならないかな~」

「それならいいけど……詩乃ちゃんからいい香りする」

「ほんと? ひなちゃんからもいい香りするよ~」

 冷房の代わりにひなに抱き着いたら涼しいんじゃないかって説を唱えた詩乃。実施した結果は見ての通りのようだ。

 そんな中、詩乃が目を細めて俺を見つめる。

「ひ~な~た~く~ん~」

「ん?」

「日向くんも~やってみる?」

 一瞬、自分の腕の中にいるひなを想像してしまって、顔が熱くなるのを感じた。

「い、いや……」

「え~ひなちゃんじゃ嫌なの?」

「そんなわけあるか! そ、そういうのは男女ではよくないと思う……」

 ふと、クラスで噂話をしていた女子達のことを思い出してしまった。

 右手に詩乃、左手にひな。それを抱きかかえる自分。

 …………。

 いやいやいやいや!

「日向くん……どういう想像してるの?」

「な、何でもない……それより、そのままだと二人ともご飯が食べれないんじゃないか?」

「う~ん。日向くんと宏人くんに食べさせてもらう?」

「……それはちょっと」

 ひなもちょっと困ってそうだ。

 絶氷が発現した直後にスキルで融解させているけど、たった一瞬でも周りに冷気を放つ。

 融解を少し遅らせれば、ひなから放たれる絶氷によって周りを冷却できる……? でもそんなことをしたら、ひなが食べようとしてる料理も全部凍ってしまうし、詩乃が近付いてしまってケガをしてしまう可能性もある。

 氷を融解させるのは簡単だが傷を癒すのは難しい。

 またポーションを使うとみんなから何を言われるかわからないし……どうしたものか。

「う~ん。ひなの絶氷を少しだけ出せれば、周りが一気に涼しくなると思うんだけどな。でも全身から出しちゃうと危険だしな……」

 詩乃がニヤニヤしながら俺を見つめる。

 これは本気で考えないと詩乃なら本気でやりかねないな……。

 ふと、藤井くんが天幕の上を見つめて呟いた。

「日向くん? ここを絶氷で少し凍らせたらダメかな?」

「少し凍らせる……?」

「絶氷ってほんの少しあるだけで十分涼しくなるし、ここをちょっとだけ凍らせれば涼しくなったりしないかな~って」

「それいいアイデアだな! ひな、ここ少し凍らせてくれるか?」

「うん!」

 詩乃に抱き着かれているひなが立ち上がる。

 頬をぷくっと膨らませた詩乃が俺を見上げる。

 天幕に向かって手を伸ばしたひな。

 スキル『絶氷融解』を緩めると、天幕の鉄棒部分が凍った。

 屋上に夏の優しい風が吹くと、周りに冷たい風が広がる。

「わあ~涼しい~! ひなちゃんありがとう~」

「上手くできてよかった!」

 また気兼ねなくくっつく二人を藤井くんと見守る。

 少し足りないところをみんなで補い合うってやっぱりいいな……!

 丁度そのタイミングで扉が開いて校長先生と黒鉄先生がやってきた。

「「「「こんにちは~」」」」

 やってきた校長先生が上を見つめた。

「君達……面白い力の使い方をしているわね」

「これからどんどん暑くなってきてそろそろ屋上は厳しいかなと話しになったんです。これだと涼しくいられて夏でも屋上で食べれそうです」

「ふふっ。みんな仲が良いのね」

 校長先生はどこか懐かしむように俺達を見回す。

 今日もみんなで一緒に昼食を堪能した。

 食べ終わって、片付けをする際に、天井に広がっている絶氷をスキルで消す。

 その姿を校長がじっと見つめていた。

「日向くん。それは君の力なのかい?」

「はい」

「…………」

「先生?」

「……何でもないわ。仲間を大切にすることよ。探索者は絶対に一人ではやっていけないわ」

「はい……! 黒鉄先生からもそう教わりましたし、最近になって身に染みてます。そもそも俺はレベル0で一番弱いですから……一人じゃ何もできませんから」

「そうかしら? 私には――――いや、それは自分が決めるのであって、誰かが決めるものではないわね。今日も美味しい食事をありがとう」

「おばさんにも伝えておきますね」

「ええ。よろしく頼むわ」

「ご馳走様!」

 二人が去って、俺達もすぐにダンジョンC3へ向かう。

 校舎を出て、校門に向かう大通りの両脇の花壇を見つけた。

「みんなあそこの花壇を少し見てもいいか?」

「花壇~? いいよ~?」

 うちの学校にも専属庭師がいて、こういう花壇を管理していたりする。寮の周りもそうだ。

 花壇に向かって写真を撮り始めるひな。

「日向くん~! ここにも向日葵があったよ」

「向日葵~? あ! 凛ちゃんから送られた写真?」

「うんうん。こっちのも送りたいなと思って、日向くんに話してみたの」

「いいね! 送ろう~?」

「うん!」

 俺達五人で組んでいるコネクトのグループに、ひなが取った写真をいくつか上げる。

 すぐに妹から『きれい~!』とチャットが届いた。

 花壇に向かって四人で並び、詩乃がインカメラで写真を撮って送ってあげた。

 離れた場所から凱くんの視線を感じたが、そのあとすぐにその場を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る