31話-①
■第31話
翌日もC3へやってきた。
今日も探索者はかなり少なく、入口前には俺達以外は二組しかいなかったが、問題はそのパーティーのうち一組のパーティーが顔見知りだった。
「ちっ!」
俺を見てすぐに舌打ちをするのは、他でもない凱くんだ。
しかもその傍にいるメンバー達も俺を見てしかめっ面に変わる。
「おい、見ろよ。姫様の従者野郎だぜ」
「くっくっ。昨日は素材売りのパシリにされてたしな。ひゅ~従者様かっこいいぜ~」
「俺も姫様にパシられてぇ~!」
俺を嘲笑う彼らは、斉藤くんの元パーティーメンバーの三人だ。
そういえば、昨日みんながダンジョンを見ながらムッとしていたのって……。
「日向くんはパシリでも従者でもありません!」
「おお~怖っ~虫姫も従者のためなら怒れるんだな~」
「何も知らないくせに……!」
このままでは喧嘩になりかねないので、急いで詩乃の前に立って、彼女の視線を切る。
「詩乃。落ち着こう。言い争っても何も良いことはないから」
「ぎゃははは! 王子様はかっこいいね~レベル0だっけ? 最底辺探索者で荷物持ちの癖に姫様の前では王子様なんだな~」
声は出さないけど、ひなの全身から溢れる絶氷が数倍に膨れ上がっている。
怒り過ぎてもはや泣いてしまいそうな詩乃。
藤井くんも怖い表情で彼らを睨む。
この状況を何とかしないと……。
高笑いをしている相手の隣に、怖い形相で俺を睨み付けている凱くんが見えた。
あの日までは凱くんも他の人のように高笑いをしていたが、今の凱くんはどこか思い詰めたような、余裕のない表情をしている――――俺が今まで見てきた凱くんからは想像もできないくらいに。
「凱くん。パーティー組めたみたいだね」
「っ! ふ、ふざけるな! てめぇに心配される筋合いはねぇ!」
「し、心配なんてしてないよ……ただ、凱くんくらいすごい才能を持った人ならすぐに組めると思っていたから……その……運悪く骨折してしまっただけで……」
「てめぇなんかに心配される程俺は落ちぶれてねぇぞ! おい! もういいだろ! こんな雑魚に構っていてもつまんねぇだけだ! さっさと行くぞ!」
「へいへい~」
怒る凱くんに、彼らはニヤケ面で俺を見ながらダンジョンへと消えていった。
「みんな、ごめんな」
「どうして日向くんが謝るの!?」
「俺がもっとちゃんとしていれば……」
「日向くんは十分に頑張ってるよ!」
「……ありがとうな。詩乃。ひなと藤井くんも」
みんなまだ納得いかないようで、ムッとした表情でC3へ入った。
ダンジョンの中の気候は外とは関係なく変わることがないので、昨日同様に熱風が俺達を出迎えてくれる。
だいぶ離れたところで巨大トカゲと戦闘を始めている凱くん達が見えた。
詩乃が「私達はあっちに行こう!」とすぐに先導してくれて、今日の狩りが始まった。
最初こそみんな昨日のような連携で戦っていたけど、普段冷静沈着なひなが鬱憤を晴らすかのごとくモンスターを攻撃して、それに触発されたのは詩乃と藤井くんも必要以上に攻撃を加えていた。
まあ……物や人に当たるよりはいいだろうけど、自分達のことよりも俺のことでここまで怒ってくれるみんなに嬉しくも申し訳ない気持ちになる。
二十体目を倒した頃にようやくみんなが落ち着き、深い息を吐いた。
「ひなも詩乃も闘気はどうだ? 疲れないか?」
「そこまで疲れはしないかな? もう慣れちゃった?」
「私も慣れたよ」
「すごいな……」
師匠が言うにはSランク潜在能力の加護を持っている人は、普通の人よりも闘気がたくさん使えるらしい。同じレベルでもかなり違うみたいだ。
「疲れたらすぐに言っていいからな? たくさん狩るのが目的じゃないから」
「「うん!」」
みんな水を飲んで一息ついてから、また狩りを始める。
華麗な連携であっという間に倒し、俺が回収してを繰り返していく。
夢中になって二時間程狩りを行ってダンジョンから外に出ようと移動していたときだった。
ちょうど向かいに別のパーティーが戦っている。
「またあの人達……」
ボソッと呟く詩乃。隣を見ると凱くん達がモンスターと戦っていた。
彼らの戦いは連携なんてものはなく、ただ力任せでそれぞれ好きなように攻撃をしている。
もっと連携すれば簡単に素早く倒せるのに――――と思ったけど、パーティーの在り方はその人達が決めることだし、俺が口を出すことじゃない。
ふと、凱くんの視線がちらっとこちらに向いた。
遠くだから聞こえてこないけど、舌打ちをしているように見える。
俺達の近くにもモンスターが現れて、詩乃達と一緒に倒す。
詩乃が注意を引いている間に、藤井くんが援護、俺とひなが横から近づいて攻撃を加える。
みんなが一撃ずつ与えると、ちょうどモンスターも倒れた。
俺も師匠から教わった闘気による攻撃を使ってる。これだと何とかここのモンスターなら倒せるようだし。
素材回収が終わって出口に戻ろうとみんなで移動しようとしたら、凱くん達がまだ戦っていた。
相変わらず凱くんは戦いの最中でも俺を睨み付ける。
俺達はそのままダンジョンを出た。
すぐに換金をして、凱くんのパーティーと鉢合わせにならないように少し急ぎ足で神威家に向かった。
◆
あの日から毎日のように彼らと鉢合わせになった。
午前中の授業が終わって昼食を食べてから向かうから、時間的にも鉢合わせになるのも当然だ。
時間をずらそうと提案もしたけど、それでは逃げた感じがして嫌だとみんなから反対された。
競ってるわけではないから問題ないと思うんだが……。
とはいえ、C3の一層に行けば出会うこともある。少し離れていても視線は感じる。特に凱くんからの睨みは相変わらずだ。
地元から来た幼馴染として仲良くできれば一番いいんだけど……昔からそういう関係ではなかったから、今さら難しいのかな……。
ちょうど現れたモンスターをみんなで倒したときだった。
遠くから「クソがああああ!」と凱くんの大きな声が聞こえてきた。
緊迫した声に驚いた視線を向けると、凱くん達が戦っていたモンスターの後ろからもう一体のモンスターが現れて挟み撃ちになっていた。
危ない! ――――そう思っていたときには、走り出していた。
「クソがっ! おい! こっちのやつは俺が抑え付ける!」
「わ、わかった! こっちのやつ急いで倒すぞ!」
「うわああああ! もう一体がやってきたぞ!」
三体目のモンスターに囲まれた凱くんのパーティーメンバー達はあたふたしながら、腰が引けてまともに動けずにいた。
急いで彼らが戦っていたモンスターに闘気の攻撃を加える。
「なっ!?」
「ヘルプに入る!」
「ふざけるな! レベル0のくせに出しゃばるんじゃねぇ!」
俺に向かって叫んだ凱くんだったが、モンスターは待ってはくれなかった。
凱くんの背中を突き刺そうと大きな牙を突き立てる。
「危ないっ!」
凱くんを突き飛ばす。
その反動で正面から突っ込んできた大きな牙が俺の視界を覆い尽くした。
――――やられる。
そう思ったとき、目の前の光景が一瞬で変わっていく。
渓谷荒野の少し赤い雰囲気の中に、美しいと思える輝く氷の壁が出来上がった。
俺を狙っていた巨大トカゲは、躍動感のあるまま凍りつけにされ止まったままとなった。
「日向くん!」
遠くから強烈な勢いの矢が一本飛んで来て、三体目のモンスターに当たる。今まで刺さるような矢ではなく、打撃音が響いてモンスターが後ろに大きくひっくり返った。
続けて到着した詩乃が、ひっくり返ったモンスターの腹部にトンファーの連撃を叩き込む。
一瞬の出来事だったけど、みんなの阿吽の呼吸でモンスター達を一瞬で制圧した。
探索者をやっていれば危険な目に遭うときだってある。
だからこそ常に冷静に考えながらパーティーメンバーに背中を預けられることが大事だと教わったし、俺もそう思ってる。
凱くんを助けに入っても、俺一人では助けられなかった。でも、ひな達ならきっと助けてくれると信じていたから。
「みんな。ありがとう」
「私は正直……助けたくなかったけど……リーダーの判断なら従うよ。すごく嫌だったけど!」
「あはは……ありがとうな。詩乃」
嫌われてるとはいえ同じ学校の生徒だし、探索者はお互いに困ったら手を差し伸べた方がいいと思うから。
そのとき、後ろから怒りが込められた大声が向けられる。
「ふざけるな! 俺はレベル0何かに助けられてねぇ! 勝手に飛びついてきて、姫達の力で助けただけでお前が助けたんじゃねぇぞ!」
「貴方ね……!」
不満を言いそうな詩乃を手で伸ばして止める。
「凱くん。勝手に割り込んでごめん。もちろん俺なんかじゃ無理だったよ。みんなのおかげだ」
「っ……!」
「他のみんなも大きなケガはないみたいだし、俺達はもう行くから」
ぷんぷんしている詩乃の背中を押してその場を後にする。
すぐに地面を叩きながら「クソがああああ!」と叫ぶ凱くんの声が聞こえてきたけど、振り向くことはせずに、その場から遠くに離れた。
離れたところにある大きな岩の上に乗って、みんなで水を飲みながら小休憩をする。
「みんなありがとうな」
「……日向くんってお人好しすぎるよ」
「あはは……でもモンスターに食べられるところをみんなに見て欲しくないし、俺も見たくないから。そんな理由じゃダメか?」
「ダメじゃないけど……日向くんならそういうところを含めて助けたのは知ってるよ。でもあの人達……助けてくれた日向くんに感謝の言葉一つ言わないのが本当に腹が立つ!」
「その気持ちだけで嬉しいよ。感謝を言われたくて助けたんじゃないし、元々そういう人達だって知ってたからいいんじゃないか? それより、さっきは助けてくれてありがとうな。ひな」
「ちゃんと届いて良かった」
モンスターを見事に一瞬で氷漬けにしたひなの絶氷能力。
不思議と戦いだと彼女の意志に呼応して、相手を凍らせてくれたりと、とても頼もしい力なんだけどな……でもこれって考え方によっては、絶氷能力はひなを守ろうと動いてくれているようにも見える。
彼女の意志に従ってちゃんと相手を攻撃する。でも感情に揺さぶられて誰彼構わず攻撃してしまうのが玉に瑕だ。
もしかしてひなの加護は……人の感情がよくわからなかったりするのかな? 彼女が困ったように感じてしまって助けてしまっているつもりだったりしないかな?
「絶氷の力を練習するのも大事かもな」
「でも絶氷って日向くんに消されているだけで絶氷自身はずっと動いているよ?」
「あ……そういうことになるのか。じゃあ、融解を続けていても練習はできるのか?」
「うん。絶氷自体は変わらないから」
「それなら話が早いな。師匠にも話して稽古の時間に絶氷を使う練習もしよう」
「絶氷を使う練習……」
「上手くなればきっと操作できるようになるよ。きっと」
少し不安な顔を浮かべるひな。
「絶氷……強くなってしまって、もっと多くの人を傷つけたりしないかな……?」
「大丈夫だ。なんたって今はひなの周りには仲間がいるからな。今日ひながしてくれたようにな。みんな仲間だからな」
「そうだよ~でも絶氷は私ではちょっと厳しいかな……あはは……」
「適材適所だし、絶氷は俺が何とかするよ。今はだけど。でももし困ってもみんなで何とかしよう。みんなで考えればきっと良い案だって思い浮かぶと思う」
「そうね。私もひなちゃんには前を向いて欲しいもの。私も頑張るぞ~!」
その日はそろそろ夕方に近かったこともあり、切り上げて神威家へと帰っていった。
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