30話-②

「うむ。これなら十分通用するじゃろ。では次のステップじゃ。今度は儂が投げる。ひなた。詩乃。覚悟して受け止めるがいい」

「「は、はいっ!」」

「日向。よく見ておけ」

 そう話した師匠は、鉄球を二つ持ち上げ、軽く上に投げた。

 ゆっくりと上がった鉄球はすぐに自由落下し始める。そして、鉄球が師匠の両手に落ちた頃、師匠はゆっくりと両手の手のひらで二つの鉄球に――――触れた・・・

 叩くのでもなく、握るのでもなく、ただ優しく触れる。

 だが次の瞬間、強烈な音を響かせた鉄球は、放たれた弾丸のように二人に飛んでいく。

 二人とも咄嗟に両手をクロスさせて防いだ。

「ひな! 詩乃!」

 鉄球を受けた二人は大きく吹き飛ぶが、鉄球はぶつかった瞬間にその場から地面に落ちる。

 地面に鉄球が落ちると同時に二人も地面に転がる。

「だ、大丈夫!」

「私も……!」

 二人はすぐに立ち上がった。

 ただ防いだ両手は少し青い痣が出来ていたけど、あの衝撃で打撲くらいで済んだのは、むしろすごいことだと思う。

「よくぞ受け止めた。今の攻撃ならCランクダンジョンのモンスターの一撃くらいはあるんじゃろうて。二人とも今の感覚を忘れずに」

「「はいっ!」」

「日向」

「はい。師匠」

「今の、やれるかの?」

「……やってみます」

「うむ。最初は向こうにある鉄の壁に向かってやってみろ。ひなたと詩乃はこれからしばらく毎日その闘気を常に使い続けるように」

 ひなと詩乃が心配ではあるけれど、師匠はきっとそれも織り込み済みで俺に見せたんだと思う。

 ならば……それを忘れる前に実践するのが重要だ。

 左手で鉄球を持ち、いつの間にか弓道場の外に設置された鉄の塊に向けてから、右手の手のひらを鉄球に当てる。

 さっき師匠がやったのは投げる行為ではなかった。

 攻撃の際に闘気を打ち付けるかの如く、鉄球を撃ち付ける。

 そんなイメージを持って挑戦するが、闘気が一向に発現する気配がない。

「かっかっかっ! まだまだじゃの~」

「うぅ……難しいな……」

「当然じゃ。精進せよ。ただ、他のところで練習はしないように。ダンジョンの中でもじゃ」

「わかりました……!」

「さて、そろそろ夕飯の時間かのぉ~」

 あっという間に時間が過ぎて、もうそんな時間になってたんだな。

「ひな、詩乃、腕は……」

「だ、大丈夫! すぐに治ると思うし」

 青く痣になっているのが気になるし、そのままでも痛いと思う。

 すぐにポーションを二つ取り出した。

「日向くん!? ま、待って」

「ん?」

「それってポーションだよね? まさか私達に使うつもり……?」

「そうだけど?」

「ダメよ! そんな貴重な物をこんな痣程度に使ったら……もっと必要としている人のために使った方がいいよ」

 詩乃に同意するかのようにひなも大きく頷いた。

 確かに二人のケガは生活ができなくなる程ではないと思う。

 でも、ポーションはまた取りに行けばいいし、毎日数個は集めることもできる。

 どうすれば二人は使ってくれるんだ……?

 ふと、妙案を思いついた。

「これ、パーティーの資金で買ったものなんだ。だからたくさんあるし、みんなのために使えるなら使いたい」

 二人が不思議そうな表情で目を合わせる。

「ほら、メンバーがケガしたときに使うために買っておいたんだ。以前にもD86のときに二人が緊急用に使っていただろ? あれを思い出して購入しておいたんだ」

「……ほんと?」

「ああ。だからぜひ使ってほしい。今日だってたくさん稼げたし」

 そのとき、藤井くんが横から顔をひょっこり出した。しかし、その目はジト目である。

「日向くん?」

「ど、どうしたんだ?」

「それってさ。本当に日向くんが買ったやつなの?」

「あ、ああ」

「ふう~ん。今、いくつくらい持ってるの?」

「えっと……十個程買っておいたんだ」

「へえ~」

「ど、どうしたんだ?」

「詩乃さん。ひなたさん。せっかくだから頂こう?」

 俺の右手に握られていたポーションを手に取った藤井くんは、二人に差し出した。

「大きなケガじゃないし、二人で半分ずつ飲めば大丈夫だと思う。それでも贅沢なくらいだろうけど」

「じゃあ、三分割にして宏人くんにも飲んでもらっていいかな?」

「僕はそれでもいいけど……必要はないと思う」

「ん? 必要ない?」

「こっちの話。だから二人は早く飲んで~夕飯が待っているんだから!」

「ふふっ。わかった」

 藤井くんからポーションを受け取った詩乃が半分、残りをひなが飲んでくれて、青くなった痣や赤く腫れた手のひらも全てが綺麗に治った。

 それにしてもまさか藤井くんが背中を押してくれるとは思わなかった。

 ――――しかし、振り向いた藤井くんはニヤリした表情で俺を見つめる。

「ひ~な~た~く~ん? 後でお話があるんだけど、いいかな?」

「ひい⁉ お、おう……い、いいけど……」

「じゃあ、あとで部屋に行くね?」

「う、うむ……」

「よ~し、ご飯が待ってる~楽しみだな~」

 藤井くんの姿にふふっと笑った二人が続き、俺は不安を覚えながら三人を追いかけた。


 詩乃を家まで送り、シャワーを浴びてからスマートフォンを操作して藤井くんに連絡を取る。

 一分もしないうちに扉からノックが聞こえてきて、いつものパジャマ姿の藤井くんがやってきた。

「いらっしゃい」

「お邪魔します~早速なんだけど、日向くん」

「お、おう……」

 一体俺は何を言われるんだろうか……。

「僕――――いつもの紅茶が飲みたいな」

「紅茶か。もちろん構わないよ」

 部屋にある電気ケトルでお湯を沸かして、いつもの紅茶を淹れる。しかし、その間もじっと俺の挙動一つ一つを見てくる。

 湧いたお湯にティーバッグを入れて紅茶を作る。

「どうぞ」

「ありがとう!」

 紅茶を美味しそうに飲んだ藤井くんは、そのままニコッと笑って俺を見つめた。

「ど、どうしたんだ?」

「いつもの紅茶と少し味が違うね?」

「そ、そうかな? いつもと変わらないと思うんだが……」

「いつもはもう少し透明な味がするというか、紅茶のコクとはまた違った澄んだ甘水の味もしたんだけど、今日はしないね?」

「い、いや……いつもと同じ……」

「僕って大食いでしょう? 舌もちゃんと肥えてるよ? 僕が味を忘れるとでも?」

 そう言いながらぐいっと近づいてくる藤井くんが少し怖い。

「本当のことを言ってごらん~? 今まで紅茶の中で入れたものは~?」

「…………ポ、ポーション……」

「やっぱりね。何か変だなとずっと思っていたんだよ。日向くんが作ってくれた紅茶を飲むといつも調子がよくて、気のせいかなと思ったけど、やっぱりポーション入り紅茶だったんだね」

「あ、ああ……」

「日向くん。ポーションは買ったって言ってたよね?」

 頷いて答える。

「でもそれって変なんだよ」

「変……?」

「ポーション一個の値段は知ってる?」

「…………」

「やっぱり知らないでしょう。だって、知っていたら十本も買ったって言えないから」

「ポーションって……そんなに高いのか?」

「そりゃ……」

 藤井くんが右手の人差し指を立てる。

「百万円」

「ひゃ、百……」

「十本ってことは一千万円……日向くんがそう簡単にポンと買うとは思えないのよね。詩乃さんにひなたさんも同じことを思ったんだと思うよ?」

 ポーションが高価なものだとは聞いていたけど、値段までは調べたことがなかった。

 救急隊でも常備していると母さんから聞いていたのもあって、数万円もする高額品だろうと勝手に思い込んでいたのが仇になってしまった……。まさか百万円もする超高額品だなんて……。

「詳しく聞くつもりはないけど、ここら辺でポーションが手に入る場所は一か所しかないんだけど、日向くんには不思議な力があるからそれのおかげで集めやすいとかでしょう?」

「あ、ああ……そんなところだ」

「うん。それを聞けて良かった。ということは、今まで僕に隠してポーションを飲ませてたってことよね!?」

「待ってくれ。それは俺が勝手に……」

「でも僕は納得いかない! だから――――日向くんにちゃんとお返ししたい」

「え……? お返し?」

「うん。ポーションをそのまま買って渡してもいいけど、それでは日向くんが僕のためを思ってくれて作ってくれた紅茶を無下にするのと同じになっちゃうから……いろいろ考えたけど、一番いい方法を思いついたんだ。今週末はそれをする!」

「お、おう……」

「全く……ポーション入り紅茶とか聞いたこともないよ。日向くんってとんでもないことを思いつくもんだね」

「あはは……そのまま渡すわけにもいかなかったからな。毎日ボロボロになって帰ってくる藤井くんが心配だったし」

「そっか……ふふっ。心配してくれてありがとう。でも今度は隠れてポーションを入れたりしないでね? 僕は普通に淹れてくれる紅茶で十分だから」

「ああ」

 ようやく鬼のような形相からいつもの柔らかい表情に戻った藤井くんは、残った紅茶を飲み帰っていった。

 はあ……騙すつもりはなかったけど……こうバレてしまうと、どうしても後ろめたさを感じずにはいられないな。

 それにしてもお返しは何をするつもりなんだろうか。

 週末は楽しみ半分、不安半分となった。

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