30話-①

■第30話





「ほぉ……日向。また腕を上げたな?」

「師匠? 全然強くなってませんよ……?」

 だって俺のレベルは未だ0のままだ。強くなっていない。

「くっくっ。今日の狩りは思いっきり戦えたみたいだな?」

「はい! 師匠が教えてくださった闘気を使ってみました! 俺ではとても勝てそうにないモンスターを簡単に倒すことができました!」

 もし『愚者ノ仮面』を使ったのなら、勝つことも可能だったと思う。闘気を使った自分でも『愚者ノ仮面』の身体能力向上や黒雷の力には遠く及ばないからだ。

 それでも素手で倒せるようになったのは、他ならぬ師匠が教えてくれた闘気のおかげだ。

「人には使うなと教えたあれだな?」

「はいっ! あれです!」

「かっかっかっ! もうあれを使いこなしたのか。やるではないか」

 そう言いながら師匠が俺の背中をバーンと叩いた。

「し、師匠……痛いですよ……」

「がーははっ! では次の闘気を教えてやる。ひなた。詩乃。お前達も次の闘気を覚えろ」

「「はい!」」

 いつもの訓練所から外に向かう。

 そこには弓道場があって、藤井くんが弓を撃っていた。

「あれ? どうしたの?」

「次の闘気を教えてもらうことになったんだ」

「へぇ~」

「宏人」

「は、はいっ!」

 藤井くんは師匠が少し苦手みたいで、いつもかしこまってしまう。

「両足はだいぶよくなったが、太ももがおろそかになっているのぉ」

「太もも……ですか?」

「膝より下で体を支えることは上手くなった。いっぱしの探索者としては申し分ない。次のステップは崩れた体勢での打ち込みじゃ。次はバク宙をしながら撃ってみろ」

「はいっ!」

 藤井くんがウォーミングアップを始めてバク宙を始める。

 跳ぶ度にふわりと揺れる彼の髪が波を打ち、美しく感じる。

 その間、師匠は黒い鉄球をいくつも持って来てくれた。

「ひなたと詩乃はこの鉄球を受けろ。これから俺と日向で投げるぞ」

「投げるんですか!? てか危ないですよ!?」

「バカモン! モンスターの攻撃はこんな鉄球なんかと比べ物にならんわい!」

「それはそうですけど……」

「次の闘気は――――防御の闘気だ」

「防御の闘気……」

「お前が覚える闘気とは違うが、ひなたも詩乃も自分の武器に闘気を纏って強化させることができるようになった。C3のモンスターくらいじゃ相手にすらならなかったじゃろ?」

「はい。ひなの一撃で分厚い尻尾も簡単に斬れて……詩乃の一撃も凄まじかったです」

「うむ。闘気は強化が主な力だが……一番効果があるのは防御じゃ。強力な一撃を持つモンスターの前では我らの鎧なんぞ意味が無い。それが我々の弱さじゃ。日向。お前もそれくらい知っておるじゃろ?」

「は、はい……」

「儂はCランクのモンスターごときに噛まれても痛くも痒くもない。それはどうしてなのか。それこそが闘気の真骨頂。鋼より強い鎧となる闘気の力じゃよ」

「鋼より強い鎧の闘気……」

「ひなた! 詩乃! これから想像するのは自分の体を覆い守ってくれる闘気じゃ。相手の攻撃を武器で跳ね返すイメージのまま闘気を扱うのじゃ!」

「「はいっ!」」

「日向。鉄球を投げてやれ。軽くな」

「は、はい」

 女の子にこんな鉄球を投げることに罪悪感を覚えてしまうけど……二人が強いことは知っているし、師匠にも考えがあってのことだと思う。

 俺はゆっくり鉄球を詩乃に向けて投げつけた。

 ボールのように飛んでいった鉄球を詩乃が受け止める。

「バカモン! 鉄球の速度をいなして取るんじゃ闘気の力じゃないじゃろ!」

「は、はいっ! ごめんなさい!」

「次はひなたじゃ」

 ひなに向かって投げると、同じく受け止める。

「バカモン! 体を強化せずに受け止めたら痛いだけじゃい!」

「は、はいっ!」

「よし。日向。休まず投げてやれ」

 受け止めた鉄球はこちらまで転がしてくれて、また俺が投げた鉄球を受け止める。

 そんなやり取りを三十分程繰り返して休憩となった。

 隣にはバク宙を繰り返して汗だくになっている藤井くんがいる。

「ひなちゃん。手見せて」

「うん」

「真っ赤……」

「そのまま受けちゃうとどうしても……」

 真っ赤に染まったひなと詩乃の手に心が痛む。

 二人なら簡単に取れるけど、投げられた鉄球を取るのが目的ではないからそれができない。となると受け止めることになって、言葉を変えるなら――――直撃となる。

 いくら弱く投げたと言っても離れたところから投げられた鉄球だ。痛くもなるだろう。何か……良い方法はないのか?

 ふと、闘気というのがどういうものか気になった。

 俺達は攻撃をするときに使ってきた。攻撃をするぞ……と思ったときに発動している。

 では鎧は?

 受け止めるぞ……と思ったときに発現させるのか? それってそもそも鎧なのか?

 武器は相手を攻撃するときに取り出すが、それまでは鞘に入れているのが普通だ。

 でも鎧というものはいつ誰かに攻撃されるかわからないから、身を護るために常に身に着けている。

「あ!」

「日向くん?」

「そもそもさ。鎧みたいな闘気なんだから、受け止めるときだけ闘気を使うのはそもそも間違ったことなんじゃないのか?」

「ん? どういうこと?」

「だって、常に身を護るための鎧なんだから――――」

「闘気をずっと使い続ける!」

 詩乃とひなが目を合わせると、休憩時間にも関わらず全身に闘気を纏うわせようと集中する。

「でも常時闘気発動って結構難しくない?」

 藤井くんが不思議そうな顔で聞いてきた。

「ああ。すごく難しいと思う。今までは攻撃の一瞬一瞬でしか発動させていなかったから。繰り返すと普段よりもずっと疲れやすいからな」

「そうだよね。僕はまだみんなみたいにできないからわからないけど、バク宙しながら動き続けていることになるよね?」

「感覚的にはそれに近いかな。もしかして師匠が常にランニングをしろと言っていたのは、そういう理由なのか? でもひなと詩乃は必要ないと言っていたけど……」

 そのとき、ひなと詩乃の体にいつものような薄いオーラが見え始めた。

「詩乃? どうだ?」

「鎧のイメージが難しい。攻撃のときは流し込む感じでやるから簡単だったけど、鎧って止めておかないといけなくて……難しいなぁ……」

「うん……上手くできない」

「宏人くんが矢に闘気を保たせられないのって、たぶんこのイメージだからなのかな。ひなちゃんも私も攻撃を流し込むから簡単だっただけで」

「なるほど……」

 俺も試してみる。

 体の奥にある闘気を表に出そうとしてみる――――が、出てこない。

「かっかっかっ! 不出来な弟子よの~日向」

「し、師匠……」

「闘気はまだ出せんのじゃな?」

「はい……師匠に教えてもらった技は使えるのに……」

「詩乃とひなたも少し掴めたようじゃな?」

「「はい!」」

「では、少しヒントをやろう。お前達が今まで教わって使った闘気は攻撃のための闘気。それに必要なのは――――爆発力じゃよ。だが鎧に必要なものは爆発ではなく安定したものが必要じゃよ。日向が言った通り、鎧は常に身を護るもの。それを攻撃のように爆発させ続けていたら保てないのは当然じゃ。だから出来る限り薄めに保たせるのじゃ」

「出来る限り薄く……」

 二人の体から溢れていた闘気がとんとん小さくなって、非常に薄い闘気へと変わった。しかも荒々しかった闘気ではなく、静寂で静かな波の発たない泉のような綺麗な闘気だ。

「ん……でもこれだけじゃない気がする。これはただ薄くしただけ……鎧……鎧……」

 二人を見守りながらどうすれば答えにたどり着けるのか一緒に考える。

 鎧のイメージ……。

 魔道具屋に行けば、探索者用武器だけでなく防具も売っていて、そこには鎧も売っているという。事前に鎧を見ておいた方が良かったのかも知れないな。

「鎧って中々イメージするの難しいよな……」

 そのとき、藤井くんが何かを思いついたように話した。

「あ! 僕達が着ている制服だって鎧なんだから、服とかでもいいんじゃないかな?」

 彼の言葉に詩乃達は何か気付きを得たように目をつぶり瞑想を始めた。

 一瞬闘気が揺らいで、より彼女達の肌にくっついた。

 体と闘気の境目がわからない程に。

「日向。ひなたと詩乃に鉄球を投げてやれ」

「はい!」

 言葉はいらなかった。

 ただ今の感覚を覚えるためにひなと詩乃は無言のまま、遠くに向かう。

 俺は両手にそれぞれ鉄球を握り、二人を目掛けてそれぞれ投げた。

 真っすぐ投げられた鉄球は彼女達の腹にぶつかる――――が、そこに鋼鉄の壁があるかのように金属の甲高い音を響かせながら弾かれた。

「全然痛くない!」

「日向くん、もっと投げて欲しい!」

「ああ!」

 それから何球か投げたが彼女達はいとも簡単に鉄球を掴むようになった。

 詩乃に至っては肘で打ち上げてから取ったりと、まるでボール遊びのように受け止めた。

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