29話-②

 迷うことなく一直線に走った場所には、大きな土色の蜥蜴みたいなモンスターがいた。

 全長二メートルくらいは優にあるそうで、六つの足も太く、巨大な牙が口から生えている。

「詩乃! 正面での攻撃はなしだ!」

「りょうかいっ!」

 いくら詩乃が素早いとはいえ、巨大な牙を振り回されてしまうと危険だ。

 それよりもメンバーの特性を利用した戦いをした方がいいと判断した。

 ひなと藤井くんが右側から回っていく。

「僕から先行するよ!」

 離れていてもスキル『超念話』のおかげで瞬時且つクリアに聞こえる。

 藤井くんが走りながら矢を撃つ。

 モンスターの後ろ足の付け根に矢が刺さると、痛そうに咆哮を上げた。

 少しズレただけで鱗に阻まれるのに、藤井くんの高い実力が伺える。

 詩乃がそのまま注意を引きつつ、ひなが尻尾に向かう。

 彼女の腰に下げられた鞘から一瞬で抜かれ姿を見せた黒い刀身がモンスターを斬りつける。

 直径一メートルくらいはある太い尻尾が、まるで豆腐を切るかのごとく本体から離れる。

 大きく怯んだモンスターに、詩乃がトンファーを振り回すと鎖が伸びてモンスターの顔面を直撃した。

 メンバー達のたった一撃ずつで巨大な蜥蜴がその場に倒れ込む。

 詩乃とひながハイタッチしている間に、まだ動くかもしれないモンスターを警戒する。

 まだモンスターが死んだふりをしているのは見たことないが、ダンジョン入門書には注意書きが書かれていたし、リーダーとして何よりもメンバーの安全が大事だ。

 動かないのを確認してスキル『解体』を使用し、すぐにスキル『異空間収納』に素材を回収する。

「リーダー? どうするの?」

「一層なら油断しなければ大丈夫そうだけど初日だし、詩乃が先行。全員で追いかける」

「「「りょうかい!」」」

 イヤホンを外している詩乃は、迷うことなく近くのモンスターに向かって走る。

 次から次へとモンスターを倒していく。

 詩乃は一度も無理することなく、誰よりも先にモンスターの注意を引き続ける。さらにモンスターが怯まないかぎり武器を伸ばして攻撃をしたりもしない。

 藤井くんもひなも無理をして突っ込むのではなく、しっかりタイミングを計りながら動いている。

 普段から師匠の元で稽古を受けているし、戦い方を話し合ったりもしたおかげだ。

 パーティーは一人が崩れるとみんなが崩れてしまうのは、斉藤くんのパーティーを見ていてもよくわかったし、黒鉄先生も『特別教育プログラム』でそう教えてくれた。

 一人一人が強いからそれぞれ走るのではなく、お互いの背中を預け合う。

 後ろからみんなの活躍を見守ることしかできない俺だけど、このパーティーにいることを嬉しいと思う。

「あ~! 日向くん! そっちにも!」

「ああ! こっちは俺が時間を稼ぐ! 先にそっちを頼む!」

 後ろから現れたモンスターと対峙する。

 巨大なモンスターに委縮してしまいそうだけど、今まで戦ったモンスターの中にはこいつよりも強そうなモンスターもいた。

 暗闇のダンジョン『ルシファノ堕天』で戦ったティラノサウルスや大熊モンスター。モンスターではないけど師匠と朱莉さんと斗真さんの一撃も凄まじいものだった。

 それと比べると不安はない。

 大きな黄色い目が俺を睨み付ける。

 次の瞬間、大きな牙を振り回して攻撃してくる。

 師匠との稽古を思い出す。最初こそ瞑想ばかりだっただけど、師匠の教えに間違いがあるとは思わなかったし、辛いとも思わなかった。

 その後、師匠やひな、詩乃とも手合わせした際にいろんなことがわかるようになった。

 特に師匠の動き。

 スキル『武術』を獲得したからといって真価を発揮することはできないことを学んだ。『武術』が『武王』に進化したときだって、師匠からは力の持ち腐れと言われるほどだった。

 だからこそ師匠やみんなの動きをよく見て、感じ取ったからこそ、スキル『武王』の力を少し理解した気がする。

 モンスターの大きな牙が――――まるで止まってるかのように見える。

 牙の攻撃をすれすれで避けると、相手に大きな隙が生まれる。

 このチャンスを逃す手はない――――が、モンスターは体の別な箇所で追加攻撃をするケースもある。それを見越して様子見をする。

 振りかぶった牙をもう一度振り回すところを見ると、続けて攻撃はないようだ。

 二度目の攻撃をすれすれで避けて生じた大きな隙に、右拳を叩き込む。

 攻撃に移る際に拳に小さな白いオーラのようなものが纏い、モンスターを叩きつけるとオーラが中の方に入っていく。

 これは『闘気とうき』と呼ばれているもので、体を強化したり、こうやって攻撃として使うことができるものだそう。

 師匠曰くレベルが上がると強くなるらしくて俺はレベルが0だから使えないものだとばかり思っていたけど、スキル『武王』のおかげなのか使えるようになった。

 今俺が使ったのは、相手の外部にはダメージを与えず、内側にダメージを与える技だ。

 モンスターの動きがピッタリと止まったのを見ると、何とか効いてくれたみたいで良かった。

 まだ動くかもしれないから注意を払いながらモンスターの様子を見る。

「日向く~ん? もう終わったよ?」

「こっちも何とか時間を稼げている!」

「ん? 違う違う。日向くんが相手しているモンスターが終わったよ?」

 ちらっと後ろをみると、みんながじーっとこちらを見守っていた。

 モンスターに近づいた詩乃がツンと人差し指で軽く押すと、巨体が倒れ込んだ。

「あはは……師匠が教えてくれたこの技、本当に凄いんだな」

 今日まではDランクダンジョンに入っていたけど、ずっとひな達が頑張ってくれたから試すタイミングがなかった。ようやく試してみたら、効果抜群のようだ。

「ふふっ。そういうことにしておくとして、リーダーもこれで戦えるね~」

「あ、ああ。一層なら俺でも何とかなりそうだ」

「うんうん。みんなで力を合わせて頑張ろ~」

「「お~」」

 詩乃に合わせて拳を上げるひなと藤井くん。

 手を引かれて詩乃と一緒に走り出す。

 モンスターを見つけて二人で注意を引きつつ、後ろからの援護から戦いが始まる。

 一人よりみんなと一緒に同じ敵に向かうと心強いなと思う。

 それから数時間程、C3の一層で狩りを続けた。


 ダンジョンを出てすぐみんなにスキル『クリーン』を掛ける。

 これをしないと詩乃とひなが離れていく。

 ひなは汗一つかいてないんだけどな……。

「わあ~楽しかった~!」

「いつもよりたくさん狩れたね」

「うんうん。日向くんが一緒に戦ってくれたからね~」

「俺!?」

 詩乃が俺をちらっと見て、何もなかったかのように続けた。

「そういえば、やっぱり探索者さん達……少なかったね」

「Dランクはまだ多かったのに……」

「イレギュラーってそう起こるものではないけど、どうしても近づきたくないのかな。おかげで伸び伸びと狩りができたけど、ちょっと寂しいね」

 一層で数時間戦っていて、見かけたパーティーは数組くらいしかいなかった。

 Dランクダンジョンならまだ各階層に何十組はいたんだけど、C3はくだんのダンジョンとしてあまり近づかなくなったようだ。

「こうなると素材は高くなるし、リーダーの財布がまた潤っちゃうね~」

「嬉しいのは嬉しいけど少し複雑だな……やっぱりみんなで分けた方が……」

「「「もらいません~」」」

 三人の迷いのない返事に、思わず溜息が出た。

 このままで本当にいいのだろうか……?

「日向くん~素材の精算はしてから帰る?」

「そうだな。素材を必要とする人もいるかもしれないから、精算してから帰ろうか」

「は~い。私達はここで待ってるね~」

「ああ。すぐに行ってくる」

 詩乃達が待っている間に、急いでC3前にある買取センターに入る。

 中も閑散として探索者が誰一人いない状況だ。

 自動買取機に向かい、今日手に入れた素材を一つも残さずに売る。

『デザートリザードの牙:2,500円(品薄により追加+2,500円)』

『デザートリザードの皮:200円(品薄により追加+200円)』

 大きな牙が需要があり高く売れるようだ。詩乃の予想通り品薄のために素材の値段も高くなっているな。

 一体のモンスターで牙二つ手に入るので、目立った傷がなければ一体で一万円も稼げることになる。

 詩乃達ととんでもないスピードで狩り続けたから、百体は軽く倒せている。つまり――――総額が百万円を超えた。

 Dランク素材は非常に安価でここまで高額にはならなかったのに、牙が高額でたった一日でこんなに稼げるなんて…………本当に俺一人でこんな額を管理していいのか?

 モヤモヤしながら自動買取を終え外に出ると、みんながムッとした表情でダンジョンの方を見ていた。

「ただいま。みんなどうかしたのか?」

「う、ううん! 何でもないよ! それよりどうだった?」

「ああ。詩乃が言った通り、品薄で買取額が二倍になってた。それで一つ相談なんだけど……」

「却下です」

「まだ何も言ってない……」

「買取額が高すぎてみんなで分けよう~って言うつもりだったでしょう?」

「やっぱり俺ってそんなに読みやすい顔をしているのか!?」

「うん!」

 詩乃と俺のやり取りを見ていた藤井くんがクスッと笑う。

「お金が貯まっていく一方で……あまりにも残高が増えすぎて……」

「いいんじゃないの?」

「このまま貯まり続けるだろうし、こんなにたくさん持っていても困ると言うか……」

「う~ん。じゃあ、何か大きい物を買っちゃおう?」

「大きい物か……」

 C3から神威家に戻る間、何か買いたいものがないか考えてみる。けれど、思いつくものなんてなかった。

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