29話-①
■第29話
翌日の朝、いつものルーティングをこなしてから、変わらずに神威家にやってきた。
珍しく積極的に演劇を見に行きたいとおばさんを説得する昨日のひなの姿が思い浮かぶ。
メイドさんに出迎えられて、一緒にひなの部屋に向かう。
相変わらず庭にポツンと置かれた部屋は存在感があるな。
扉が開いてひなが少し恥ずかしそうに出て来た。
いつもの制服から変わり、少し薄着で肌が透けて見えてしまうんじゃないかと心配になる。
「日向くん……ど、どうかな?」
「っ!? す、すごく似合ってるよ……」
「そっか……えへへ……」
いつもの制服から夏制服に変わっただけで印象がまるっと変わるものだな。
後ろでメイドさんがニコニコしているのが感じられて、急いで彼女の部屋の中の絶氷をスキルで取り除く。
それにしてもいつもよりも絶氷が多いのは、ひなの感情に呼応して絶氷がより溢れているからだ。もちろん、今でも。
スキルの範囲内なら心配はないんだけど、俺がいないときは少し心配だ。
ひなとリビングに着くと、いつも先に待っていてくれる詩乃が出迎えてくれた。
「あ~! ひなちゃんの夏制服! 可愛い~!」
「ありがとう!」
それにしても詩乃はあまり変わらない……?
俺の視線に気づいたのか、ニヤリと笑った詩乃が目を細める。
「日向く~ん? 何を想像しているのかしら?」
「な、何でも……い、いや、詩乃は夏制服じゃないんだなって」
「私は動きやすい制服がいいからそういうオーダーメイドをしているからね。普段から夏制服みたいなもんだから~」
確かに詩乃の制服は動きやすい作りになっていて、通常の制服と比べて露出も多めだ。
「日向くんの夏制服も似合ってるよ~やっぱりシャツだけの男子もいいね~」
「うんうん。日向くんもすごく似合ってる」
「あはは……二人ともありがとう」
今日から衣替えだからみんな夏制服になる。
いつも着ている制服が変わるだけで新鮮な気持ちになるのは不思議なことだなと思うけど、変わらない日常が始まるのだと思うと少し残念な気持ちにもなる。
神威家でも衣替えのようでメイドさんの制服も薄着になったし、おばさんもいつも着ている着物が夏仕様になっていた。
午前中の通常授業が終わり、俺はひなと一緒に屋上にやってきた。
「今日もいい天気だね~」
「そうだな。そろそろ暑くなるし、外で食べるのは厳しくなりそうだな」
まだ本格的に暑くなっているわけではないが、開放的な屋上でもそろそろ暑くなるのを感じる。
俺とひなだけならこの暑さは気にしなくてもいいんだが、もう二人の仲間を思えばそろそろ何とかしないといけなさそう。
「屋上で食べれないのは残念だね……」
「ひなはここは好きなのか?」
「うん! いつもは壁がないと不安だったけど、ここに来ると日向くんがいてくれて、空も遠くも好きなだけ見れるから! 日向くんはあまり好きじゃないの?」
「いや、俺もここが好きだな。雨が降ったときでもここで集まってみんなで昼食を食べるのも、俺にとってはかけがえのない時間だから。今までこんなことはしたことがなかったから」
「そっか……ふふっ。何だか秘密基地みたいだね?」
「四方八方開かれてて誰でも入れるんだけどな」
「それはそうね。ふふっ」
暑くなったときのことを考えて事前に買っておいた天幕を広げる。
程なくして詩乃と藤井くんも来てくれて、すぐに手伝ってくれた。
天幕が完成して、その下にレジャーシートを敷き、座卓を設置して弁当を広げる。
そのとき、扉が開いた。
「先生~!」
いち早く気づいた詩乃が元気よく手を振る。
それに合わせて俺達もそちらに向かって挨拶をした。
「あれ? 以前ダンジョンにいらした先生?」
「おう。
「よろしくお願いします~私は詩乃です! こちらはひなちゃん、宏人くん、日向くんです~」
詩乃が素早く自己紹介してくれたおかげで、距離感を感じる事なく先生もすっとこちらに入ってこれた。
それはそうと……先生の名前、今日初めて知ったな。
「うちの校長がいつも邪魔して悪いな」
「私を子供みたいな言い方はやめてくれ」
確かに校長先生と黒鉄先生が並ぶと……親子に見えるんだよな。
「先生もご一緒にどうぞ! ひなちゃんもいいよね?」
「うん! 食べ物はたくさんあるから大丈夫!」
「それはありがたい。お邪魔するぞ」
いつも四人で賑わうところに二人加わって六人で座卓を囲む。
黒鉄先生の体が大きいのもあって少し狭くなったが、その分みんなとの距離が近くなって、これはこれの良さがある。
「あ~! 写真一枚撮ってもいいですか? 二人も一緒に~」
「私は構わないわ」
「俺も構わないぞ。何に使うんだ?」
「可愛い妹が遠くにいて、毎日こうして送ってるんですよ~」
「ほぉ……? 神楽家に妹が?」
「みんなの妹です! ね~日向くん?」
「ああ。みんなの妹だ」
もしこのやり取りを見たら幸せそうに笑う妹が頭に浮かんだ。
「なるほど。日向は妹がいるんだな」
「はい。一個下です」
そのとき、不思議そうに目を丸くした校長が俺をじっと見つめた。
「日向くん」
「はい?」
「君には――――妹がいるのかい?」
「えっ? はい。実妹です」
「……? なるほど。ありがとう」
何か考えた校長は、何もなかったようにテーブルに並んだ料理に箸を伸ばした。相変わらず赤色の食べ物ばかりだ。
「校長。好き嫌いしたら大きくなれませんぞ」
「むぅ……私は子供じゃないぞ」
「はいはい。緑も食べましょうね」
「むぅ……」
何だか……本物の親子に見えてきた。
新しく増えた二人のおかげで、より楽しい昼食時間となった。
「日向達はこれからダンジョンに行くんだな?」
「はい。今日からCランクダンジョンに挑戦してみたいと思います」
「もうCランクダンジョンか。近くだと――――C3か?」
「その予定です」
「うむ。言うまでもないが、何かあったらすぐに逃げるようにな」
「はい」
藤井くんがあの日のイレギュラーの当事者であることくらい先生なら把握しているだろう。だからかそれ以上細かい事は言わなかった。
「美味しい昼食をありがとう。ご馳走様」
「今日も美味しかったわ」
「校長先生~口にケチャップついてますよ」
詩乃が素早くハンカチで校長の口元を拭いてあげる。
「ありがとう」
「いえ~校長先生、また来てくださいね?」
「うむ。また来る」
「毎日来てくれていいですからね?」
「うむ。毎日来る」
詩乃と校長のやり取りにほっこりする。
どこか掴みどころのない雰囲気の校長だけど、詩乃や黒鉄先生と一緒に居るときの彼女はとても可愛らしい女性の印象が強い。
二人も片付けを手伝ってくれて屋上に開いた昼食会場は終わりとなった。
「懐かしいな……」
Cランクダンジョンの入口を見た藤井くんがボソッと呟いた。
「藤井くん……大丈夫か?」
「うん。それにイレギュラーなんて滅多に起きるもんじゃないし……あの日は思い出になった日だから」
「思い出?」
「僕達が絶望に陥ったときに助けてくれた人がいたんだ。仮面を被っていて顔は見えなかったけど、ぶっきらぼうな口調だったけどすごく優しくて……あの人が駆けつけてくれなかったら僕もここに居られたかわからないんだ」
そ、それって……。
「だからいつかあの人に会ったときに、ちゃんとお礼ができるようにもっと強くなりたい。そのためにも…………僕はここに向き合わないといけないから。だから行こう。ダンジョンへ」
「……ああ」
あの日を越えるのは並大抵な精神力がなければ難しいと思う。
ニュースではあの日の被害者となった探索者達はもちろん、日本のCランクダンジョンに潜っていた探索者達も探索業を辞めた事が社会問題になってるそうだ。
それくらい藤井くんには達成したい目標があるんだと思う。
少し緊張しながらゲートを潜り、四人で初めてのCランクダンジョンへ入った。
入った瞬間、ふわっと熱風が俺達を通り抜けていく。
外も夏期で段々と暑くなったけど、それどころではない暑さだ。真夏の熱風よりも暑い。
「C3。聞いてはいたけど暑いね」
詩乃が同意を求めてひなを見つめる。
それに対してひなはずっと涼しい顔で「そうかな?」みたいな表情を浮かべる。
「そっか。加護のおかげで暑さもあまり感じないのか~! 以前にも日向くんとひなちゃんは寒くないって言ってたもんね。あれ? 日向くんも?」
「あ、ああ。俺もスキルのおかげなのか暑くはないかな」
以前朱莉さんと斗真さんの攻撃を受け止めたときに獲得したスキル『熱気耐性』のおかげか、熱風がただの風に感じる。熱風なのは不思議とわかる。
「うぅ……二人ともずるいな~宏人くんと私はもう汗が~」
「詩乃ちゃん? 水飲む?」
「飲む~」
ひなはマジックバッグから水が入った小さなペットボトルを取り出して蓋を上げて詩乃に渡した。それをもらった詩乃が勢いよく飲み干す。
「ありがとう~! よ~し、やっちゃうぞ~!」
武器を取り出してブンブン回しながら目を光らせる。
「ふふっ。詩乃さんはいつも元気だね」
「ああ。俺達も置いてけぼりにならないようについていこう」
走り出した詩乃を三人で追いかける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます