28話-②
「あ~! あれ食べたい! ひなちゃん、あれ行こう?」
「うん。私も食べてみたい~」
二人が選んだのは屋台風の作り方の店で、奥からは美味しそうな香ばしい香りが周囲に広がっていた。
「おじさん! たこ焼き、十人前!」
「十人前!? お嬢ちゃん、そんなにたくさん食べるのかい?」
「……?」
詩乃がガバッと振り向いて俺を見つめた。
「あ。ごめん」
すっかり念話を送るのを忘れた。
【十人前!? お嬢ちゃん、そんなにたくさん食べるのかい?】
詩乃がニコッと笑って、またおじさんの方を向いた。
「大食いの仲間がいてたくさん食べるし、おじさんが作るたこ焼きが美味しそうなんだもん」
「がーははっ! それは仕方ないな。じゃあ、十人前作るか!」
「やった! 出来立てだ~」
「おじさん。頑張っちゃうぞ~!」
透明なガラス越しに見える鉄板に素早く油を塗り、ボウルを取り出して何かを掻き回す。
みんなでおじさんの動きを目で追う。
鉄板に白い液体が注がれるとジュワッと音を立て、美味しそうな香りが立ち上がる。
俺達だけでなく、周りの視線もおじさんに集まった。
「お嬢ちゃんが可愛いから大きめのタコにしておくぞ!」
「やった~! でも私より、こっちのひなちゃんの方が可愛いですよ~」
「うむ! 隣のお嬢ちゃんも後ろのお嬢ちゃんも可愛いから、もっとサービスしちゃおう!」
みんなの視線がひなから藤井くんに集まった。
「…………僕は何も言わないよ」
役得なのかそうじゃないのかよくわからないけど、藤井くん的には食べ物でサービスされるなら女性と見られても問題みたいだ。
藤井くんの食への貪欲さは見習いたいものがあるな。
おじさんの華麗な手捌きで焼き上がったたこ焼きが次から次へと紙の皿に移されていく。
「へい。お待ちどさま!」
「美味しそう~! ありがとう! おじさん!」
「おうよ~」
たこ焼きが美味しそうだからなのか、はたまた違う理由でからかはわからないけど、周りの人達の視線がこちらに集まっている。
そんな中、詩乃がたこ焼きが入った紙皿を持って、真っ先に俺の前にやってきた。
「はい! 日向くん」
「いやいや、詩乃達から食べていいよ」
「うう~ん。こういうのはリーダーからと相場が決まってます~」
「初めて聞いたんですが……」
「今私が考えた! それとも、あ~んする?」
「いただきます。ありがとう」
詩乃ならやりかねない。
心なしか恵蘭町でよく向けられる視線が感じられる。背中がぞっとする冷たいものだ。
「はい。次は
「ありがとう!」
熱々のたこ焼きを貰って、すぐにふ~と息をかけては口の中に頬張る藤井くん。
後ろからは「今、くんって呼んだよな? 男なのか?」とひそひそ話が聞こえてくる。
「熱くないのか?」
「ん? 熱いよ~」
「口の中……大丈夫なのか?」
「ん。だいひょうふ~んあ~おいひ~」
藤井くんが食べている姿を見てるだけでお腹いっぱいになれる気がする。
とはいえ、自分の手の中にある美味しそうな匂いに食欲が勝てるはずもなく。俺も冷ましながら口の中に大きなたこ焼きを入れた。
口の中に甘いタレの濃さと青海苔の爽やかな香りが広がる。
パリッとした皮の中は想像以上に柔らかくて口の中ですぐに溶けた。そんな中でもコリコリとしたタコが存在感を出して、全てがバランスよくとても美味しい。
それぞれの素材でも美味しいけど、こうして一体になることでより美味しくなれる。どこか探索者パーティーがみんなそれぞれ支え合うのが頭をよぎった。
「ひなちゃん~美味しいね~!」
「すごく美味しい……!」
「おじさん! 最高~!」
「おうよ!」
ニカッと笑いながら親指を立てるおじさん。
十人前もあっという間に作ってくれて、俺達が囲う立ちテーブルにはたこ焼きだらけになってしまった。
それらを美味しそうに食べる俺達を見てか、食欲にそそられた周りの人達もたこ焼き屋の前に並び始める。
頬っぺがふっくらとなって美味しそうに食べている藤井くんを見れば、誰しもが食べてみたくなると思う。きっと行列に一役買ったのは間違いない。
当の本人は列など気にせず、テーブルいっぱいに並んだたこ焼きを美味しそうにひたすらに食べ進めた。
「おじさん! ごちそうさまでした~」
「「「ごちそうさまでした」」」
詩乃に合わせて一緒に挨拶をする。
忙しく焼いているおじさんがまたとびっきり笑顔で親指を立ててくれた。
「次は飲み物~!」
また迷うことなくひなの手を引いた詩乃が向かったのは、少し商店街を奥に進んだところにあったカフェだ。
そこも外の席があって、俺と藤井くんは外に座って待っていて、その間に詩乃とひなが中に入る。
程なくして店員の言葉を詩乃に伝えるひなの念話が届いた。
「ふふっ。ひなたさんも上手だね」
「元々ああいうのが好きだって言ってたような……?」
「そうなの? 初耳だね」
「ああ。ひなはあまり自分の事を語ろうとしないしな。いつもの雰囲気を見ると『氷神の加護』のせいなんだろうな……」
「強すぎる力はときには毒にもなるからね。詩乃さんもね」
二人とも力によって人生が翻弄されたのは知っているし、それが良かったとは一切思わないけど……少なくとも力があったから形はどうであれ二人が心から友人になれたのは悪いことばかりではなかったと信じたい。
しばらく待っているとひなと詩乃が大きな飲み物を持って来てくれた。
「はい。こちらは宏人くんのね。こっちは日向くんの」
「「ありがとう」」
「ふふっ」
「ん? どうしたんだ? 詩乃」
「だって、こういうところでひなちゃんや宏人くんと普通に会話ができると思わなかったから~ちゃんと自分の声が届いてみんなの声が届いて嬉しいな~って」
「そうか。そう思ってくれたらきっとスキルも喜んでくれるさ」
「スキルが喜ぶ?」
ん……? 自分で言っておきながら少し変だな。でもどうしてか加護だけでなくスキルにも意志があるのではないかと、そんな気がした。
だって、いつも困ったときに俺を助けてくれるスキルは、俺を助けたいという意志の強さを感じるからな。
「念話はずっと詩乃に届いて欲しいと頑張ってくれたからな。今日進化したのもみんなの声を届けたいと思ってくれたからだと思う」
「それって日向くんがじゃなくて?」
「俺もそうだけど、俺だけの力ではないんじゃないかな。だって、それはすでに出来ていたことだから。ひなや藤井くんの言葉を届けるのが億劫だとか思ったこともないし」
「ふふっ。それならとても素敵だね。でも日向くんのスキル達ならそう思ってくれてそう」
ひなと藤井くんも「うんうん」と納得したように頷いた。
ふと思い出したのはスキル『絶氷封印』。最初に覚えたとき、ひなに使ってあげたら彼女が楽になるんじゃないかと思ったとき、使ってはいけないと思った。スキルがそう話した気がしたから。
だからこそ今でもひなにスキルは使ってないし、ひなが普通に生活できず絶氷をどうしてもコントロールできなくなる最悪なパターンじゃなければ、使うつもりはない。
ゆったりとした時間を過ごしていると、詩乃が俺にスマートフォンを向けながら「日向くん。動かないで~」と話しながら写真を撮った。
「凛に?」
「うん。凛ちゃんにお願いされてるからね~いいでしょう?」
「ああ」
というか、コッソリ隠し撮りみたいなことも何度もしているし、もう気にならなくなった上にそれが妹のためであると知ってるから、見て見ぬふりをしている。
詩乃がコネクトでメールを送ると、瞬く間に返信が届いて「お兄ちゃん、すごくかっこいいってさ~」といたずらっぽく笑う。
そんな楽しい時間を過ごして、容器に入った飲み物が全てなくなって店を後にする。
また商店街を歩きながら次はどこに行くか物色する詩乃。
前を歩いていたひなと詩乃だったが、ふと、ひなが足が止めた。
彼女が向いている視線の先には、一枚のポスターが掲げられている。
美しくも派手な着物。それを着ている綺麗な女性。肌を真っ白に染めた姿は一目見ただけで強烈なインパクトを与えるものだ。
「ひなちゃん? どうしたの?」
「あっ! ごめんなさい」
「ううん。もしかして歌舞伎に興味が?」
詩乃が言った通り、ポスターには大きく歌舞伎という文字と俳優の名前が書かれていた。
ということは俺が女性だと思った着物の人は、男性ってことになるのか。
化粧のせいなのか、とても男には見えないし、綺麗な女性にしか見えない。
「昔、すごく好きでお母さんとよく見に行ってたんだ」
「そうだったんだ!」
「うん。でも……私がもう見れなくなってしまって、お母さんももう見に行かなくなって……お母さん。今でもすごく好きなはずなのに、私が見れないからって我慢していて……」
「そんなことがあったんだ……」
「ひな。そういうことなら、俺も一緒に行こうか?」
「えっ……いいの?」
「もちろんだ。おばさんには毎日美味しい食事をご馳走になっているし、俺にも何かできることをさせて欲しい。それに――――」
「それに……?」
「凛とよくままごと遊びでモノマネをしていただけで、こういう演劇を実際に見たことがなくて、どういうものか見てみたいなと思ってな」
「そうなんだ! ぜひ一緒に見に行きたいな!」
「ああ。みんなで行ける日を合わせようか」
すると、詩乃が少し残念そうな表情を浮かべた。
「私はちょっと難しいかな……ひなちゃんとおばさんと行ってきていいからね!」
「あ……詩乃ちゃん……」
「そんな顔しないの。みんな得意不得意なんてあるし、私もこういう演劇は嫌いではないけど、得意でもないから。正直……どちらかというと、ミュージカルの方が好きだったりするんだよね~あはは。だから気にせずに行ってきていいからね! ね? 日向くん」
「あ、ああ。そうだな。代わりと言ったら何だが、詩乃との時間も何かで埋め合わせするよ」
「それがいい~! できれば凛ちゃんとデートしたいけど……ちょっと遠いし~」
「来月の連休中に遊びに来てもらうのもいいかもね? 日向くんが迎えに行ってくれたら安心だと思う」
「ひなちゃん! それナイスアイデア! 後で凛ちゃんに相談しよう~」
何だか予定がとんとん拍子で決まっていく。
一歩後ろに立っていた藤井くんを見ると――――どこか懐かしいような、どこか悲しいような、そんな目でポスターを眺めていた。
「藤井くん?」
「ん!? ど、どうしたの?」
「ポスターが気になるのか?」
「う、ううん! 何でもないよ。予定か~来月連休中は僕は少し難しいかもしれないな」
「実家に戻るのか?」
「そんな感じ。だから予定の約束はできないかな」
「わかった。藤井くんも何かあったらいつでも言ってくれ」
「うん……」
どこか無理に笑っている彼の表情が気になったけど、これ以上聞いても話したそうではないから無理に聞くことはやめておこう。
余程嬉しいのか、珍しくひなが演劇の良さについて話し始める。
やっぱり感情を思いっきり前に出したひなはとても明るい。
いつかみんながこうして自由な生活が手に入ったらいいなと思いながら、休日の残り時間を――――友人達と楽しんだ。
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【新規獲得スキルリスト】
【アクティブスキル】
『超念話』
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◆
太陽が山に差し掛かり、世界を赤く染めている中。
赤く染まった――――世界どこを探しても見当たらないような、不思議な建物が聳え立つ。
高さを測ることが困難なほどに高く、巨大なそれは、遥か下の地上に所狭しと並んだ工場が小さく見える程である。
そんな巨大な建物を遠くから見渡せるもう一つの建築物が存在する。
巨大な二本の柱によって支えられたそれは、広大な屋上が広がっており、そこには――――枯れ果てた植物がずらりと並ぶ。
端から端まで歩いても数時間はかかりそうなくらい広大な場所の中央に、一人の黒い何者かが赤い夕陽に照らされていた。
影人間。
そう呼んでも遜色がない程に辛うじて人の形のようなそれは、顔もなく表情が読み取れない。
だがそのとき、何もないと思われた顔にニヤリと口が開いた。
「見つけた……」
誰もいない枯れた庭園に響く女性の声。
彼女が向いている先には赤く染まった噴水があり、一人の女性が映し出されていた。
「――――ミ……リン!」
とびっきりの笑顔でスマートフォンを覗き込んでいる幸せそうな――――鈴木凛だった。
「やっとだ……やっと……全てが――――始まる!」
彼女は両手を高く上げる。
それに呼応するかのように空は真っ暗に染まっていき、夜が訪れた。
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