28話-①
■第28話
翌日。
昨日は実家から帰りにE90でポーションを集めておこうかなと悩みつつも、真っ直ぐ帰りコネクトを送らないと妹が寝なさそうかもと思い、そのまま帰った。
それもあって明るくなる前に起きたので日課をこなす。
初夏に入ったとは言えまだ朝方の過ごしやすく、優しい風がとても気持ちがいい。
いつもガヤガヤしている学校や寮の周りを静かに走っていく。
しばらく走っていると前方にランニングをしている人を見かけた。
彼も俺に気付いたのかそこで待っていてくれて合流する。
「おはようございます」
「おはよう。週末の朝からランニングとは珍しいな」
「少し早く起きたので、約束時間までにと思いまして」
「うむ。では一緒に走ろうか」
「はい」
一緒に並んで走る。
D86で危なくなった斉藤くんを助けてくれた先生。あの日、大剣を持つ姿は今でも容易に頭に浮かぶくらいには記憶に残っている。
「最近校長がそっちにお邪魔してるみたいですまないな」
「先生って校長先生と交流があるんですね?」
「一応はな。あまり生徒と関わらない人なんだけど、最近は珍しく昼にいなくなったりするからな」
意外な接点があるなと思う。
俺はまだ働いたことはないけど、母さん曰く上司と部下は分かり合えないと聞いたことがあった。
先生達だってそうだと思っていたし、校長先生は催し物には殆ど顔を出さないから。
「意外でした」
「くくっ。みんなから言われる」
「もし良かったら今度先生もいらっしゃいますか?」
「ん? いいのか?」
「もちろんです。ご飯はみんなで食べるとより美味しいですから。いつも美味しい弁当を作ってくださるメンバーのおばさんからも、いくらでも増えてくれていいと言われています。彼女も最近までは一人で食事をしていたんです。一緒に食べる人が増えるときっと喜びます」
「そうか。ならお言葉に甘えて今度校長とお邪魔する」
「ええ」
「日向も何か困ったらいつでも言ってくれ。これでも教師なんでな」
そう言いながら俺の背中を優しくポンと叩いてくれた。
今まで……誰かに困ったら言って良いと言われたことなんてなかった。誰しもが俺を避け続けていた……そう思うと、最後まで俺に視線を向けていたのは――――意外にも凱くんだなと思う。
まさか同じ学校に入学し、同じクラスになるとは思わなかったけど……。
ランニングが終わり、シャワーを浴びて寮一階のラウンジで藤井くんを待つ。
並んでいるソファに座りボーっとしていると、上の階から何人かの生徒が寮から出ていくのが見えた。
日曜日ということもあって、寮母の清野さんはお休みで、エントランスのカウンターには緊急連絡先が書かれた紙が置かれている。
こういうところでも生徒を第一に考えてくれる彼女の優しさが感じられる。
以前チラッと見えた彼女の探索者ライセンスはEランクだった。
若い頃に探索者を目指していたと風の噂で聞いたこともあったけど、きっとレベルが上がっても強いスキルが獲得できずに別の道を歩むようになったのかも。
彼女が今でも探索者の卵となる俺達を支えてくれて、多くの人のためになっていると思うと、とても素敵なことだと思う。
一人の男が階段から降りてきて、俺と目が合った。
「……ちっ」
会った瞬間に舌打ちをするのは――――幼馴染の凱くんだ。
「が、凱くん。おはよう……」
「てめぇ。俺に挨拶できるくらい偉くなったもんだな」
「挨拶は今までもしていたと思うけど……」
「ちっ! てめぇが俺に口答えしているその態度が気に喰わないんだよ!」
「ご、ごめん……」
イライラしているのか、顔がぐしゃっとなっている。
「朝からてめぇの顔を見ただけでイライラするぜ……!」
そのとき、後ろから現れた人が凱くんの前に立つ。
「何もしてない人に対してイライラするとか、君の態度の方がおかしいと思うけど?」
「何だてめぇは……」
「てめぇと呼ばれる筋合いはないけど、彼は僕の大事なパーティーメンバーだからね。そういう君こそ誰なんだよ」
「ちっ。あんなレベル0とパーティーだ?」
「パーティーにレベルは関係ないよ」
「はん! おかしなことを言ってんな。探索者はレベルが全て。レベルが強さに直結する。てめぇらがあのレベル0を荷物持ちに使ってるのはただ使いやすいだけだ!」
「……日向くんは荷物持ちじゃない。僕達のリーダーだよ。それに探索者には得意不得意があってお互いにそれを支え合うからこそパーティーなんだ。こんな横暴な君とパーティーを組んでくれる人なんていなさそうね?」
「くっ……てめぇ…………隣クラスの
「性別って関係ある?」
凱くんとバチバチと口喧嘩している藤井くんは、彼とずいぶんと体格の差があっても怖気付くことなく対峙する。
けれど、俺自身は未だ凱くんに向き合うこともできず、またパーティーメンバーに助けられることになってしまった。
向き不向きを補い合うのはその通りだけど……俺はいつまでも守ってもらうだけでいいのか? いや、いいわけがない。俺もパーティーリーダーとしてみんなと一緒に強くなっていきたい。ひなと詩乃ともそう約束したから。
ゆっくりと歩き、藤井くんの肩に手を上げた。
「藤井くん。ありがとう」
凱くんの視線が俺に向いて、舌打ちをしながら寮を出て行った。
その後ろ姿を見ながら鼻息を荒げる藤井くんが、少し可愛いと思ってしまった。
「まったく……失礼しちゃう。日向くんもあんな人と幼馴染って本当に大変だよ……!」
「あはは……でも他の人は昔からよく無視してたけど、凱くんだけは最後まで俺を気にしてくれた気がする」
「……日向くん? ダメだよ? それってイジメって言うんだから」
「大袈裟な気がするけど……でも今はみんながいてくれるから大丈夫。ありがとうな」
藤井くんは一瞬だけポカンとして、すぐに照れ臭く笑った。
俺達はそのまま寮を出て、神威家の屋敷に向かった。
神威家でみんなで朝食をご馳走になって、俺達は街に出かけた。
「え~あの人、まだ日向くんにそんな態度なの?」
藤井くんから朝の出来事を聞いた詩乃が可愛らしい顔がぐしゃっと嫌そうな表情に変える。
「詩乃さんも知ってる人なの?」
「うん。屋上で日向くんとひと悶着あったんだよね」
「私もそうだったよ」
ひなも小さく手を上げる。
三人は顔を合わせると俺を見て小さく溜息を吐いた。
「恵蘭町でもそうだったけど、日向くんって周りから不思議なくらい嫌われてるのよね。日向くんが何かしたとは思えないし……」
「理由がただレベルが0だからって、理不尽すぎるよ」
「あはは……みんな心配してくれてありがとうな。でも今はみんながいてくれるから気にしないし、恵蘭町でももう気にならなくなったよ」
「そういえば、昨日はどうだったの~?」
「妹と二人で商店街を歩いたりご飯食べたり遊んでとても楽しかったよ」
「そっか。少しだけ心配してたけど大丈夫だったみたいで本当に良かった!」
満面の笑みを浮かべる詩乃。
ひなと藤井くんも心配してくれていたみたいで、柔らかい表情を浮かべた。
メンバーのみんなにたくさん支えられてとても幸せなんだなと改めて感じられる。
「じゃあ、今日は私達も思いっきり遊んでいこう~!」
「「お~!」」
いつの間にか三人の連携力が高まっている気がする。
誠心町から少し離れて隣町に来ると、人で溢れている商店街がある。
そんなガヤガヤした商店街の入口に俺達が入ると同時に、周りの視線がこちらに集まる。
昨日の恵蘭町でも同じく俺と妹に注目が集まった。でも今日は違う。こちらに向けられる視線はひなと詩乃に向けられるものだ。
二人とも慣れているのか気にする素振りもなく、手を繋いだまま前を歩いて進む。
そんな二人を藤井くんと一緒に追いかける。
何にでも興味を示す二人はいろんな店に入っては初めて見る不思議なものに声を出して笑ったり、不思議がると店員さんにいろいろ説明を受けたりする。
それらを真剣に聞いているひなとタイミング良く合図をする詩乃を見守りながら、詩乃には常に念話で相手の言葉を届けるように心かける。
二人が店員と話し合っている間に、俺は藤井くんと隣の棚を見ながら話す。
「変な機械だな」
「ふふっ。最近流行ってるみたいだよ? 動画とかを空間に映し出してくれる機械で、これから通話とかにも使えないかいろいろ開発しているみたいだよ」
「通話か……これがあれば凛と顔を見ながら通話ができるって感じか?」
「そうそう。凛ちゃん喜ぶだろうな~」
喜ぶ姿が容易に想像できる。
まだ開発中みたいだし、こういう機会が普及してくれて離れた人とも簡単に顔を合わせる日も楽しみだ。今だと画面越しの声だけだからな。
そういや凛が何か思いついたって言ってたけど……あれは何だったのだろう?
「日向くんって今でも詩乃さんに念話を送っているんだよね?」
「ああ」
「僕と普通に話しながら離れたところでもよく聞き取れてるし、本当に感心するよ」
「あはは……少しでもみんなの役に立ちたいしな」
藤井くんが何故かジト目で俺を見つめる。
「またそんなこと言って」
「あはは……」
そんな目まぐるしい時間を過ごしていると、また頭にアナウンスが響いた。
《経験により、スキル『念話』が『超念話』に進化しました。》
超念話……?
俺と詩乃の間に繋がっていた念話が、詩乃だけでなく、ひなと藤井くんの四人にそれぞれが繋がった感じがした。さらに――――。
「ん? どうしたの?」
「いや、スキルが……進化したから念話がちょっと変わったかも?」
「うわっ!? 日向くんの声が耳の奥から聞こえてくる感じがする」
「本当だな。俺も念話を受けたのは初めてだからこういう感じになるんだな」
イヤホンをしていると頭の中で音楽が聞こえているかのような、耳の奥から藤井くんの声が聞こえる。
それと同時にひなと詩乃が話している声も全部聞こえてきた。
「「日向くん!?」」
驚いた表情で二人が走ってきて、何か訴えたそうな顔で俺の両腕をそれぞれ掴んだ。
「何だか進化したみたいだ。これなら二人ともお互いに話し合えると思う」
詩乃が大きく頷いた。
「でもこれだと秘密の話はできないね。詩乃さんの声もひなたさんの声も全部聞こえてくるし」
「確かに……それはあまりよくないかもな」
「秘密なんてないから大丈夫。あ……そういうときはスマホのチャットで話すから大丈夫!」
「その手があったな」
「でも本当に秘密にしたいことなんてないし、ありがとうね。日向くん。これでひなちゃんとも気兼ねなく話せるなんて……」
「ああ」
少しだけ泣きそうになった詩乃が、首を横に振って笑顔を浮かべた。
「じゃあ~気を取り直して、お昼を食べに行こうか!」
詩乃はひなの腕に絡み付き外に向かった。
「喜んでもらえて良かったね」
「そうだな」
「聞こえているわよ~?」
こちらに振り向いて、ウィンクをする詩乃がまた可愛らしい。
ムードメーカーである彼女が明るいと、パーティーメンバー全員が明るくていいな。
イヤホン型耳栓の新型が完成する前の一週間は休んでいたからか、より一層感情を表に出して見せてくれる。
商店街に出て周りがガヤガヤうるさくてもひなと詩乃の声だけはくっきりと聞こえてくるし、俺も彼女にひなとの会話を念話を送る必要がなくなったな。
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