27話-③

 周りに人の気配がなくなり、田んぼが広がっている傍を俺と妹の二人っきりで歩いていく。

「…………」

「凛?」

「…………」

「どうしたんだ?」

「……お兄ちゃん、夜になったら帰るんだよね?」

「ああ」

「…………」

「学校があるし、ひな達も待ってくれているからな」

 今頃、すっかり仲良くなったひなと詩乃は二人で遊んでいるんだろうな。

 ムッとしたひなと音を断っている詩乃。でも二人なら心を繋いでいる友達になって、お互いに言葉を交わさずとも仲良くしているのが目に浮かぶ。

 ひなはまた無味の食事をしていると思うと、それだけは少し申し訳ないなと思いながら、早く何とかしてやりたいなと思う。

「私……あと十か月も待てないよ……」

「凛……」

「お兄ちゃんが誠心高校に行くって覚悟を決めて応援するって言ったけど……ひぃ姉やしぃ姉が毎日お兄ちゃんの姿を送ってくれたり、毎日お兄ちゃんと連絡を取っても……こうして会って笑ったりもできない……家に帰ってもお兄ちゃんは……」

 握っていた妹の左手をぎゅっと握りしめた。

「俺は……誠心高校に入ったことを後悔してない。こうして凛と会えないことは辛いと思ったし、ダンジョンに入ったのも…………強くなりたかったのも、凛と今日みたいにどこまでも一緒に自由に行けるようにしたかったから。俺がいることで凛の枷になりたくなかったんだ」

「枷なんてなってないよ! お兄ちゃん!」

 そう話す妹に、俺は首を横に振った。

 優しい妹だからこそ、本当にそう思っているのは知っている。でもそれが……ダメなんだ。

「ありがとうな。凛」

 異空間収納からさっき買ったばかりのネックレスを取り出す。

「お兄ちゃん……?」

「俺はまだひな達に遠く及ばないけど、でも自分ができることを少しずつ見つけていくつもりなんだ。ひなや詩乃、藤井くん、師匠……いろんな人に出会えて俺は今まで止まっていた夢に向かって歩き出せたし、今日、こうして自分が一番やりたかったことができるようになったんだ」

 今にも泣きそうな表情の妹が赤い夕陽に照らされている中、真っ白なチェーンを妹の首に掛ける。

 キラリと光を受けて透明な妹の肌にとても似合うと思う。

 手を伸ばしてチェーンから宝石を掛けられる輪を軽く持ち上げた。

 そして、もう一つ大事な物を取り出す。

 夕陽の中でもキラリと青く光り輝く水色の小さな水晶。

 ゆっくり妹に掛けてあげたネックレスにセットしてあげた。

「これはダンジョンで手に入れたものなんだけど、俺にとってはとても強い魔物で、でも絶対に帰らないといけないと思ったらすごく力が湧いて勝つことができたんだ。そのとき魔物が残した水晶で、これがきっと凛を守ってくれるんじゃないかって思ってたんだ」

 ゆっくり手を放すと、妹の鎖骨の下にちょうどいいサイズ感でキラリと存在感を発揮する。

「今日、生まれて初めて凛と二人で商店街を歩けて本当に嬉しかった。ここまで頑張ってきて本当に良かったと思う。みんなの力がなければ絶対に無理だったけど、ちゃんと頑張れば報われるというか……凛に贈り物だってできるようになったんだ」

 妹がネックレスの水晶を大事そうに両手で抱えた。

「だからね? 凛と会えないのは辛いけど……後悔はしていないし、ずっと離れたままじゃない。文字だったり声だった届くし、俺達の中には常に凛がいるから。焦らずに今は自分がやれることを精一杯頑張ろう?」

 とても泣きそうな表情で、大きく頷いた。

「ひなや詩乃に受けた恩も絶対に返したい。ううん。同じメンバーとして……何より、凛とこうして一緒に居られるようにしてくれたみんなに、俺ができることをしてあげたい」

「お兄ちゃん……何だか……変わったね」

「そ、そうか?」

「うん……昔からすごく頑張り屋だったのは知ってる。ちゃんと目標も持って……でも今のお兄ちゃんは……あの頃にはなかった希望と絶対に成し遂げたい強い意志があるもん……」

「あはは……自分ではよくわからないけどな。こんな兄は嫌いか?」

「嫌いじゃないっ! 昔より……もっとかっこよくなって……昔のお兄ちゃんも大好きだったけど、今のお兄ちゃんもすごく大好きっ……!」

 胸に飛び込んできた妹の温もりが肌を通して伝わってくる。

 普段からしっかり者なのに、たまにこうして甘えたがるのが妹の良さだと思う。そんな妹に応えられるように、俺も強くならないといけないと思えた。

 そのとき、俺と妹のポケットの中身が同時に振動する。

 お互いに目を合わせて中身を取り出してみると、連絡用アプリ『コネクト』の通知だった。

『日向くんへ。今日はひなちゃんとずっと一緒に遊んだよ~♪ 凛ちゃんにもよろしくね!』

 と一緒に一枚に写真が添付されていた。

 沈んでいく夕陽を背に無表情のひなと、満面の笑みの詩乃。

 とても対比的な姿だけど、とても愛おしくて、表情だけではなく二人の深い繋がりを感じられるそんな一枚だった。

「お兄ちゃん。ママが早く帰って来て~だって。ほら」

 妹が自身のスマートフォンを俺に見せる。そこには美味しそうな料理を作っている厨房の写真が添付されていた。

「母さんが待っているな。凛。悪いけど走ってもいいか?」

「ほえ? 今から?」

「ああ。おいで」

 妹をお姫様抱っこする。

「ふふっ。えっへん! お兄ちゃん殿~ちゃんと安全運転で走るのですわよ~」

「ははっ。お嬢様~」

 何だか懐かしいやり取りをして、俺は妹を大事に抱えて走った。

 その間、俺のスマートフォンを受け取った凛が写真を覗き込んでいる。

「ひぃ姉、めちゃ無表情~あははは~しぃ姉はめちゃ笑顔なのに~」

 大笑いをする妹に釣られ、俺も顔が緩んでしまった。

 いつかこの写真が二人だけで笑顔に満ちたものになれるようにしてあげたい。そう思えた。

 ふと、斗真さんの言葉を思い出した。


 ――――「もし自分にスキルがあると知ったなら? そいつは――――」


 その問いに対して俺は「スキルを使いたがる」と答えた。

 今日……俺自身がまさにその通りだなと思い知った。

 妹と一緒に商店街を周りたい。そう心から願って生きてきた。でも恵蘭町ではそれが叶わなくて、俺は逃げるように……誰かに助けを求め誠心高校を選び探索者になった。

 紆余曲折あって俺はいろんなスキルを獲得して『絶望耐性』というスキルを獲得してからは、恵蘭町を堂々と歩いていても周りからの視線を何とも思わなくなった。

 斗真さんが話していたスキルを認知できた人は使わずにはいられなくなる。

 ではそれは悪いことなのか? と問われれば、俺は「違う」と答えるだろう。だって……今日の俺自身がそうだったから。ここが目標だったから。

 みんながスキルを認知して私利私欲を満たすために使う。それによって多くの人を混乱に陥れた過去がある。

 けれど、今日の俺と凛は幸せいっぱいで笑顔だった。

 写真に写っている二人はスキルがなければこうして心を通わせることができなかったかもしれない。俺も二人とパーティーを組んだりできなかったはずだ。辛いこともたくさんあったけど、今はそれ以上に楽しく幸せな毎日を送れている。

 おじさんもおばさんも師匠も朱莉さんもひなと笑顔で食事ができるし、斗真さんと詩乃だって昔より近づいたと思う。

 その全てが――――スキルのおかげだと思う。

 人々が滅びる寸前まで原因となった『スキル』。困った人々を救ってくれる力となった『スキル』。

 だからこそ俺はちゃんと『スキル』に向き合いたい。誰かを守れるように。

 妹を抱きかかえてしばらく走って家に着いた。それでも息一つ荒れない。

「もう着いた! タクシーより速かったね?」

「そうだな。夜になったら走って帰るけど、こんな感じだから心配しなくていいからな?」

「うん!」

 妹と一緒に実家に入る。

「「ただいま~」」

「おかえり~」

 入ってすぐに美味しそうな匂いが玄関にまで広がっていた。

 妹と一緒に手を洗ってすぐに母さんの調理を手伝う。

 俺はテーブルを拭いたり、食器を並べたりと、何気なかった一つ一つがとても楽しい。

「さっき商店街から出たって言ってたのに、帰り速かったわね?」

「お兄ちゃんがすごかった!」

「日向が? そっか~」

 鼻歌を歌いながら手伝う妹に母さんもクスッと笑う。

 凛が焼き物を手伝っている間、母さんが料理を運んでテーブルにやってくる。そして、小さな声でニヤニヤしながら俺の腕を肘でツンと押した。

「最近凛ちゃん全然笑わなかったのよ? さすがね。お兄ちゃんは~」

「あはは……」

「あのネックレスも日向が贈ったものでしょう?」

「うん」

「あの宝石は買ったものなの?」

「いや、俺がダンジョンで拾った物なんだ」

 母さんが不思議そうに顔をする。

「ふう~ん。あんな感じものがダンジョンで獲れるのね~都会はすごいわね」

「そうかな?」

「ふふっ。最近稽古も頑張ってるって言ってたし、先月来たときよりもっと逞しくなったわね」

 俺の胸板をペタペタ触る母さん。

「母さん。すくぐったいよ」

「うんうん……なるほど……日向。まだレベルは上がらないのよね?」

「ん? そうだね。まだ0のままだよ」

「レベルが上がっても碌に体も鍛えないでケガをしてくる探索者が多いのよね。その点、うちの息子はちゃんと体の筋肉量を維持していてえらい!」

「そんなに探索者が来るの?」

「そりゃ来るわよ。命にかかわるケガの探索者はあまり来ないけど、中にはもうケガで探索者はできない人もいたりするもの。日向も強くなることに焦ってはいけないよ?」

「わかってるよ。母さん。でも……俺はレベルが上がらないから強くなれないんだ」

「それもそうだったわね」

 柔らかい笑みを浮かべた母さんが厨房に戻り、俺も料理を運んだりして、テーブルいっぱいの料理がつい嬉しくなった。

「「「いただきます」」」

 久しぶりに家族だけでテーブルを囲ってご飯を食べる。

 いつもと変わらず、凛が楽しそうに学校であった事を話したり、テレビで流れるコメディアン達にみんなで一緒に笑ったり、とても楽しい時間を過ごした。

 楽しい時間はあっという間に通り過ぎ、時計の針が八を回った頃に、俺は実家を後にして、誠心町を目指した。

 晴れた天気で涼しい風に当たりながら、すっかり暗くなった世界を走り抜ける。

 そんな俺を、空に浮かぶ真っ白な月だけが照らしてくれた。


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【新規獲得スキルリスト】

【アクティブスキル】

『運搬』

【パッシブスキル】

『自然成長・微弱』『鑑定・微』

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