秋刀魚頂上決戦

竹部 月子

秋刀魚頂上決戦

 お台所の竹ザルの上には、ふっくらと太った秋刀魚さんまが9匹、行儀よく並んでおりました。背中は深い海のように青黒く、腹もパンと張っていて、口先が黄色いのも可愛らしい。

 その上等な秋刀魚を目の前にして、3匹のネコが言い争っているようです。


 最初にミケネコがきっぱりと言いました。

「絶対に塩焼きニャ」

 それにかみつくように言い返したのはサバトラネコです。

「シャーッ! それでもネコのはしくれか! 刺身に決まってる」

 最後に白ネコが、ひとりごとのようにつぶやきます。

「煮つけがおいしいのに、にゃー」


 にゃにゃにゃっ! とにらみ合った3匹は、お互い一歩も譲りません。しかし、このままではせっかくの秋刀魚の鮮度が落ちてしまいます。

 そこでネコたちは、それぞれ自分がイチオシの食べ方で料理して、残り2匹を「ギャフン」と言わせたら勝ちという、お料理勝負をしようということに決まりました。


「調味料以外に、使っていい食材は一つだけ。わかったかニャ!」

 ネコのわりには細かいルールまで決めて、さぁ、秋刀魚の料理比べの始まりです。




 試食会場は、お庭に面した縁側です。

 ミケネコが七輪を使うというので、みんなで洗濯物をとりこむと、広くなった空は抜けるように澄んでいました。

 

 台所で調理を終えたサバトラと白ネコが縁側に顔を出すと、ミケネコは絶妙な火加減で、秋刀魚を焼き上げたところでした。

 皮がパリパリ、身がジューシーな焼き上がりは一朝一夕いっちょういっせきで、できるようになるものではありません。

「……においが美味しいのは、ズルいぞ」

 得意顔でウチワをパタパタしているミケネコに、サバトラが言います。

「基本にして、最強の風格だにゃ」

 白ネコも七輪から目が離せません。おかしらつきのまま、尻尾も焦がさず焼いた秋刀魚は、立派な魚体を丸ごと網の上に横たえていて、まさに威風堂々の様子でした。

「そして、ボクが選んだプラスワン食材は、カボスだニャ!」

 半割のカボスを手にしたミケネコが言うと、2匹はうっと言葉に詰まりました。

「大根おろしでは……にゃいというのか」

 うむ、とミケネコはうなずきます。

「大根おろしに、おしょうゆタラリもたまらないけど、どれか一つならこの脂の乗りまくった秋刀魚に添えるべきは、カボス一択ニャ!」


 焼き秋刀魚の香ばしい香りに、弱気になりそうだったサバトラネコは大きく首を振ってちゃぶ台の上に刺身皿を置きました。

 皮をひかれた身が銀色にピカピカと光っているものですから、皿に刀の先が並べてあるかのようです。

「まさに、刀のような魚。芸術点が高いニャ」

 サンダルを脱ぎ捨てて、ちゃぶ台にとびついたミケネコが、まぶしそうに目を細めます。

「そうとも、そして、刺身を切っただけの料理と思ったら大間違いだ」

 続けてサバトラネコは、三つの小皿を並べます。

「まずは山ワサビ醤油、次に小ネギとポン酢、最後にすりごま香るごまだれ。3種の味で楽しんでもらおう!」

 しょっぱい、すっぱい、あまからい、の必殺コンボに気圧された白ネコは少し考えてつぶやきました。

「山ワサビと、小葱と、ゴマ……?」

 調味料以外に使っていいのは一つだけのはずです。

「山ワサビと、ゴマは調味料だっ!」

 サバトラは言い切り、その様子がこの秋空の様に一点の曇りもなかったので、2匹はそうかもな、とうなずきました。


 よっこいしょ、と土鍋を持ってきて、最後に白ネコの煮つけの披露です。

「塩焼きや刺身に比べると、煮つけは缶詰のイメージが強いかもしれないにゃ」

「なんだ缶詰か」と油断した表情の2匹の前で蓋が開けられると、湯気とともに胸がキュンとなるような懐かしい醤油の香りが部屋を満たしました。

「なんだこりゃ……母ちゃん……っ!」

 サバトラはあまりのノスタルジーに、胸を押さえて天井を仰ぎます。

 醤油とみりんでつやつやと輝く秋刀魚の煮つけは、触れば壊れてしまいそうにほろほろに煮込まれていました。

「秋刀魚は美味いけど、骨が苦手な子も多いと思うにゃ。でも、煮つけなら骨まで柔らかでぜーんぶ食べられる。青背の魚の臭みがちょっと、という子にもお勧めにゃ」

 半身ずつお皿に盛り付けている白ネコに、ミケネコが尋ねます。

「もう一品食材は、使わなかったのかニャ?」

 ニャリンと企んだように白ネコは笑って、煮つけの上に厚切りのショウガを乗せます。

「これは秋刀魚の旨味と脂を吸った、薬味にしてメインを張るショウガにゃ。ワタシはこれだけでごはん3杯いけますにゃ」 

 白ネコの声に、応えるように炊飯器が炊きあがりを知らせました。


 では、実食。

 そろりと自分以外の作った秋刀魚を口にしたネコたちは、もぐ、もぐ、と味わって、しばらくの間、真剣な顔で目をつぶっていました。

 しかし箸を投げ出したかと思うと、3匹同時にひっくりかえり、声をそろえて「ギャフン」と言いましたとさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

秋刀魚頂上決戦 竹部 月子 @tukiko-t

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ