最終話 ようじょうする

「さてと、これだけ派手に光ったら流石に認識阻害の外結界も効かなくなる。人が集まってこないうちにやることはやっちゃおうか」


 ステラの張った《結界》が消滅すると、内部だった場所は高熱により地面がガラス化してた。

 《結界》の底辺に合わせて平坦にガラス化しているため、そういう風に整地されたかのようだ。


『ガラス化するくらい高熱が発生していたのに、既に常温に戻っているのはどういうことだ?』

「ああそれはね、熱自体も魔素として分解されてしまったのさ」


 アキの疑問をシアがそのまま中継すると、ステラからそのような答えが返ってくる。

 実際に目撃していなければ、ここに大量の隕石群が落ちてきていたとは信じられまい。


 蛇頭や深淵歩きの大群はもちろんあの巨大な腕も消失しているが、空中に浮かぶ黒い穴だけは健在だった。

 ステラは腰帯に括り付けてあった小瓶の栓を抜いて中身を一気にあおる。


「うーん、不味い。シアちょっと手伝っておくれ」


 霊薬で僅かに回復した魔力を使ってステラは〈世界網〉の補修を始める。

 《浮遊》を自らとシアにかけてふわふわと穴の元まで飛んでいくと、腰帯から別の小瓶を取り出す。

 シアに両手で器を作らせてから小瓶をひっくり返すと、中から緑色の球体が出てきた。


「魔力をこめてごらん」

「うわっ」


 シアが魔力を込めると緑の球体が掌の上でどろりと溶けだす。

 粘性の高いスライム状になったそれをステラが掬って〈世界網〉の穴に向かって塗りつける。


 それは穴の表面に浸透するようにして消えた。

 心なしか穴の暗さが薄まったような気がする。


「よしよし。これを一日に一回、十日ほど続ければ穴は完全に塞がるかな」


『ふむふむ。その緑のスライムは〈世界網〉とやらと同じ魔素成分でできた錬成物のようだ。ただ〈世界網〉への固着力が弱いようで、塗っては乾かしを十回繰り返す必要があるようだな。オーバーテクノロジーなナノマシンの俺様にかかれば、一回で十分な固着力を持つスライムを生成できるがどうする?穴の面積も小さいからシアの負担も少ないぞ。アンディ君の腕を生やすのに消費した量の一割未満だな」


「……」


 掌に乗ったスライムの成分を瞬時に解析したアキの報告に、シアは思わず黙り込んでしまう。


「どうしたんだいシア?」

「アキ、造って」

『あいよ。ついでに貼りやすいようにテープ状にしとくか。スライム状だと無駄に厚塗りになるからな。効率UPだ』


 何もない掌から、ずももっと緑色の養生テープが生まれた。


「てーぷって何?これどうやって使うのよ」

『その輪っかの端っこが途切れているだろ?そこを爪で引っ掻いて剥がして……そうそう、んで千切って穴を塞ぐように貼ると』


 アキの説明を受けながら作業するシアを、ステラが驚愕の表情で見届けている。

 顎が外れるのではないかと心配になるくらい、口をあんぐりと開けていた。


 シアがテープを貼り終えると先程のスライムと同様に消えてなくなるが、その下にあるはずの暗い穴も一緒に消えている。

 〈世界網〉の穴は本当に完全に修復されてしまったのだ。


『このテープなら同じ量でも数十倍の面積を補修できるぞ。余りはラヴィちゃんに渡しておけ』


「ん。師匠、これは十回分を一度で済ませられるやつなので、残りは良かったら使ってください。って師匠?おーい」


 シアが目の前で手を降ってもステラは穴のあった場所を見つめたまま硬直していた。

 癒しの力や驚異的な戦闘能力だけでなく、長年星守として活動しているステラの錬金術をあっさり真似するどころか上位互換、いや完成形をぽんと出された日には思考停止してしまうのも無理はないだろう。


「ねー師匠ってば……!?落ちてるよ!《浮遊》切れかかってるよっ」

「……し、師匠としての威厳が」


『ラヴィちゃん意外とそういうの気にするのな』

「いやいや、あんな結界張ったりでかい隕石落としたりできないからっ」


 へこむ師匠をなだめすかしていると、《流星》の光を目撃した屋敷の使用人たちが集まってくる。

 行方不明だったアンドレイは気を失って倒れているうえに腕は変色しているし、屋敷にいるはずのシアルフィーネが何故かこの場にいて服はボロボロだしで、それはもう大騒ぎになった。




 ティタニエを治めるトーブス・レヴェンシアニスが不在中に起きた大事件に、いったい何人の使用人の首が物理的に飛ぶのかと危ぶまれたが、そこは第一位階冒険者〈流星〉ステラがなんとかしたらしい。


 なんだかんだでナノマシンを過剰使用してしまったシアは数日間寝込んでしまう。

 体調が回復して部屋から出られるようになった頃には、屋敷はすっかり日常を取り戻していた。


「シアルフィーネ様。もう領都に戻られてしまうのですね」

「え、ええ。体はすっかり良くなりましたので」


 今日は養生を終えて領都へ戻る日だ。

 侯爵家令嬢に相応しいドレス姿のシアが貴族モードで立ち振る舞っているが、その笑みは引き攣っている。


「シアルフィーネ様に救われたこの命、残りの人生をもって恩に報いる事をここに誓います。今すぐお供をしたいところですが、まだまだ力不足。シアルフィーネ様のお側に居るに相応しい力を手に入れるまで、暫しの猶予を頂きたく」


 見送りのアンドレイが跪き、シアの手の甲に口づける。

 森での事件を切っ掛けに、アンドレイの性格は豹変してしまった。


 シア的には助けたことへの感謝の気持ちは受け取るが、お前は誰だと言いたくなる。

 気色の悪い豹変ぶりに鳥肌が止まらないシアは、言葉を飲み込んでアンドレイに背を向けてしゃがみ込む。


「ねえアキ、アンドレイ様の腕を治した時、頭も治した?」


『いいや、頭はピンピンしてたから何もしてないぞ。まあ脳を弄って思考をある程度コントロールできなくもないが、権利関係の処理が面倒だからなあ」


「そんなことできるんかい」


「シアルフィーネ様?」

「なんでもありません。それでは御機嫌よう。さあマリス行きましょう」


 おほほとおとがいに手を当てて、笑いながら従者のマリスを連れて馬車へと乗り込む。

 暫くは見送る人々に向かって窓から手を振っていたが、見えなくなった途端に座席に浅く座りぐでっとした。


「はあ疲れた……。本当にアンドレイ様はどうしちゃったの」

「元々根は真面目な方なんだと思いますよ。シアルフィーネ様に助けられて覚悟が決まったようですね」

「勝手に決めてくれていいけど、付き纏わないで欲しいなあ」


 マリスの言う通りシアが絶体絶命のアンドレイを助けたことにより、真面目な彼はその恩を返す覚悟を決める。

 自らの身をもって体験した奇跡に感動しシアを崇拝するようになっていた。

 親の仕事を引き継ぎたくないから手段として目指していた剣の道が、シアに尽くすために必要な目的としての剣の道に変わった瞬間である。


 ちなみにシアが癒した、というか生やした腕にはナノマシンが多分に残存している。

 アキの制御下から離れるため性能は落ちるが、シアのように身体強化の副作用をアンドレイに与えていた。

 これにより剣の腕が更に開花、大成するのだが……それはまた別の物語だ。


「師匠も私に会わせるために星守の仲間を集めるとか言って先に帰っちゃうし、領都に戻ったら戻ったで大変そう」

『師匠の修行も再開だな』

「神学校に入学する準備もしなければなりませんね」


「うっ、なんか養生続けたくなってきたかも。いや駄目だ。今戻ったらアンドレイ様いるじゃん。うがーー--!」


 馬車内でもだえるシアの令嬢らしからぬ奇声が、馬車の外まで響いていた。

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養女になった幼女、養生先で養生する 忌野希和 @last_breath

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