黒歴史から逃げろ

村崎 キコ

第1話

 あいつがやってくる。逃げても逃げてもやってくる。せっかく忘れていたのに。俺を捕まえて襲いかかってくるんだ。


「うわぁぁぁぁ!!!」


 突然、男の人が叫び声をあげる。


「どうしましたか?」


 近くにいる人が驚いて心配そうに男の人を覗き込んで聞く。


「高校生の頃、お笑いブームに乗っかって学園祭で漫才をやった記憶がっ!!」


「ひぃ!」


 心配そうに聞いていた人が恐怖におののく。


「ダダ滑りして、教室中シーンとなって、空調の音まで聞こえてきたあの記憶がっ!!襲ってきやがった」


 そこまで聞く間もなく周りの人たちが逃げていく。男の人は胸を押さえて動けなくなっている。


「大変だっ!黒歴史がっ!黒歴史が襲ってきてるっ!みんな逃げろっ!!」


 男の人をおいてみんな我先にと逃げ出していった。





 テレビのニュースが流れる。


「最近、世界全土に広まる突然黒歴史に襲いかかられるという現象がついに日本にまで到達しました」


 僕、並野 平太なみのへいたは朝ごはんのトーストを咥えながらそのニュースを見る。


「ついに日本にまで来たのか。注意しないとな」

 お父さんが難しい顔をしながら言う。


「でも、気を付けたって黒歴史の芽なんて、もう持ってしまってるものでしょう?」

 お母さんが心配そうに言う。

 

 最近世界を襲っている黒歴史。黒歴史に襲われた人は廃人のようになってしまうらしい。僕もお父さんやお母さんがそんな風になってしまうと思ったら怖い。


「お父さんも黒歴史の芽を持っているの?」


「多少なりともみんな持っているものだ。お父さんは昔ゲームのヒロインに好きな子の……いや、今は止めておこう。黒歴史は事前に準備をしておくだけでも、襲われた後の経過が違うらしい。」


「平太も気を付けるんだぞ」

 お父さんが心配そうに僕を見る。


「僕は黒歴史なんて……」


「今はないかもしれない。でも、平太も明日で14才になるだろ。魔の年齢だ」

 僕は明日14才の誕生日を迎える。そんなに大変な年齢なの?


「こないだ海外の子でいただろ。15才だったけど、一年前に作った自作のラップの録音データで黒歴史に襲われた子が。14才は色々なものに憧れてイタいことが起りやすい年齢なんだ」

「何か挑戦したり、興味を持ったりしたらいけないよ。あとになって黒歴史が襲ってきちゃうからね」

 お父さんは念を押して僕に言う。


 学校に着いたら、今日は日本を襲う黒歴史について大切な話があるからと臨時で朝礼が開かれることになった。


「みなさんもニュース等で聞いている通り、この日本にもついに突然黒歴史に襲われる現象が入ってきてしまいました。体育の小林先生もその被害に遭い、しばらくお休みすることになりました。小林先生は高校時代に学祭でやった漫才の黒歴史で……うっ……うっ……」

 話している途中で校長先生か悔しそうに涙をする。他の先生もつられて少し泣いている。


 黒歴史ってなんてひどいんだろう。こんなにみんなに恐怖を与えて。


「そしてこれは国の機密事項なのですが、実はこの黒歴史が襲う現象はとある魔女によるものと言われています。そして今回、国からの指令でその魔女を討伐するため全国から14歳以下の黒歴史を持たない子達が集められることになりました。」

 校長先生の発言に周りがざわざわする。


 なにそれ、どういうこと?14歳以下の子達が黒歴史の魔女と戦うってことなの?


「今回、うちの学校からも五名選出されることになりました。少し前にIQテストを行いましたね。それは実は黒歴史ポイントを測定するテストだったのです。その結果から黒歴史値が低かった五名の生徒を選びました。」


 あのテストか。なんかおかしな質問が多いなと思っていたんだ。「自分の考えたキャラクターのイラストを持っていますか?」とか「闇の力という言葉に惹かれますか?」とか訳分からないものばかりだった。


 校長先生が名前を呼んでいく。

「まずは一人目、大海原 大河おおうなばらたいがくん」

 おぉ!という声が生徒からもれる。野球部キャプテンでエースの4番。熱血漢も相まって確かに彼には黒歴史なんて無さそうな納得の人選。


「二人目、桂 撫子かつらなでしこさん」

 やっぱりという声が聞こえてくる。美人で勉強も運動もできる才色兼備のマドンナ。裏ではみんな姫って呼んでいる。


「三人目は、工藤 丈くどうじょうくん」

 なるほどという声が飛ぶ。数学やITにめっぽう強い理系の天才、14歳ながら自分で会社も経営している子だ。黒歴史も計算でやっつけそうだ。


「四人目は、愛川にいなあいかわにいなさん」

 そうきたか!と誰かが叫んでる。

 ダンスの大会でしょっちゅう優勝している子だ。美人の桂さんとはまた違う愛らしいルックスは女子の憧れの的らしい。


「そして最後は並野 平太くん」


 え!?僕!?なんで?


 えー?という声がそこら中から聞こえてくる。そんなの僕が言いたい。思わず先生に聞いてしまう。


「何かの間違いじゃないですか?」


「間違いじゃないよ。黒歴史は、何も挑戦してこなかった子には出ないんだよ。君はその点でとても優秀だ」


 何もしてこなかったことが誉められる?確かにお父さんも何も挑戦するなって言っていた。それが安全だから。他の子は黒歴史にも打ち勝てそうな強さをもって選ばれてるのに僕だけこんな理由。


 そんなことないって言い返す?いや止めておこう。実際に僕は今まで何もやってこなかったし、挑戦もしてこなかった。何もしていないのに言い返したってただ恥ずかしくなるだけだ。


 悔しいけど奥歯をぐっと噛み締めて堪えた。



 そうして僕ら五名は黒歴史で襲いかかる魔女を倒すために集められた。僕は明日で14才になる。14才から黒歴史の芽を作る可能性がぐっと増えるからそれとも戦っていかなくてはならない。

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