メイドの正体を暴きたい

赤花椿

 メイドの正体を暴きたい

 豪邸の一室にて仕事机に肘を乗せる主人と、美しいと言わざるを得ない黒く長い髪を後ろで結わえたメイド長が向かい合う。

「他のメイドたちが手に負えないと嘆いていてね。すまないけど君に息子の世話役を頼めないかな?」

「かしこまりました」

 主人の頼みに対して、表情を一切変えることなく目を瞑り聞き入れるメイド長。

 その姿はまるで美しい人形の様。否、言葉を話せるあたりロボットと言った方が適当かもしれない。

「うん。よろしく頼むよ。アンナ」

「はい。このアンナ・セザール・カタリーナ・チェチリア・クララが必ずやご主人様の期待にお応えします」

 奇麗なお辞儀と共に、メイド長アンナは部屋を後にした。


 廊下を歩くアンナは、誰の目がないところでも表情が一切変わることはない。

 別に彼女はキャラ付けをしているわけではなく素がこれなのだ。

 アンナがここに来たのは五年前。突然ここに雇ってほしいと押し掛けたのが始まりだった。

 別のところでこれといって仕事をしたことはない彼女は勿論、最初からメイドが務まったわけではない。

 先代メイド長にいろいろな仕事をご教授してもらったからこそ、今こうしてメイド長にまで上りつめたのだ。

 五年が経過した今も、同僚たちから気味悪がられてしまっているところはあるが、信頼も得ているのは確か。

 そして、先代メイド長から期待され五年もここで働かせてもらっているからには、主人からの頼みはきっちりこなさなくてはならない。

 ある部屋の前に立ち止まったアンナは、扉に向かってノックをした。


     :


 朝八時を回ったころ。

 この豪邸の主人の息子は、朝から悪だくみを実行すべく隠れていた。

「さて、今日は一発目から少し痛いドッキリを仕掛けてみよう。くくく」

 僕にとって最近のブームだ。

 世話役の使用人が困った時の顔を見るのが可笑しくてしょうがない。

 昨日まで僕の世話役をしていたメイドが、父に世話役を下りたいと直談判しているところを目撃した。

 父は優しい。メイドの言葉も聞き入れることだろう。

 となると、今日から世話役が他のメイドに代わるに違いない。

 ならばそのメイドも困らせてやろうではないか。

 大人になってこういうことをするのはみっともないが、僕はまだ一〇歳になったばかりで子供だ。

 子供はいたずらをするのが当たり前と許してくれる。

 存分に子供としての特権を生かし、困り顔を拝んでやろう。

 まるで子供向け番組で登場する悪者のような顔をして笑っていると、不意に扉がノックされ両手で口を押さえて声を殺す。

 ノックに対して返事をせずにいると、扉の向こうから声が聞えてきた。

「坊ちゃま? いらっしゃらないのですか?」

 その感情がないような声には聞き覚えがあった。

 メイド長のアンナだ。

 どうやら彼女が世話役になったらしい。

 彼女はメイドたちからも不気味と言われているのを耳にしたことがある。確かに話しかけてみても表情を変えたところは見たことがなかった。

 気になっていろいろと質問をしてみたことはあるが、帰ってくる答えは馬鹿にしてるとしか思えないものばかり。

 出身地はどこだと聞いても、何万光年先の星と返ってきたり。

 どうしてそんなにも名前が長いのかと聞いてみても、宇宙人だからと答えてきたり。

 何故、そんなにも表情が硬いのかと問うてみれば、人間の世界には不慣れだとか。

 年齢を聞いてみても五千二百二十一歳と帰って来たこともある。

 前に一度、彼女の名前を調べてみたことがあるが、四、五ヶ国語が混ざった名前で訳が分からなかった。

 世に聞く中二病とやらでもこじらせているのだろうか。

 そんな不思議の固まりのようなメイドが今日からの世話役。

 その時、ふとあることを思いついた。

 沢山のいたずらを仕掛けて、正体を暴いてやろう。ついでに弱みを握ることが出来ればそれをたてに困らせてやろうと。

 ならば今日はいつも以上にこちらも本気を出さなければ。

 二ヤリと口元をゆがませて、アンナが部屋に入って来るのを待っていると。

「坊ちゃま。入りますね」

 そう言って扉を開けて入って来た。

 僕が隠れている場所は扉を開けたときに影となる場所だ。

 そうそう気が付かれることはない。

 その証拠にアンナは部屋の奥にまで足を踏み入れて来た。

 これからいたずらされるとも知らずに。

 一発目に仕掛けるのは、輪ゴム鉄砲だ。

 と言っても割り箸ではなく手を使ったものになるが。

 この日のために昨日、一日中練習を行い完璧に仕上げた。

 狙うはうなじだ。メイドたちは髪を後ろに纏めているため、うなじがら空きとなっている。

 流石に顔を狙うのは危ない。もし目に入ってしまったなら失明しかねないため、それは僕の主義に反する。

 僕はあくまで相手に怪我を負わせることなくいたずらで困らせるのだ。

 さあ運命の時だ。輪ゴムをセットした手を前に出し、照準を合わせ狙いは定まった。

 発射。

 心の中でそう叫び。輪ゴムを固定していた小指を開く。

 輪ゴムはビュッと小さな音を立てて勢いよくアンナのうなじ目掛けて飛んでいく。

 狙いは完璧だ。そう確信してガッツポーズをとろうとしたその時。

 クル。

 アンナが後ろに振り返ってしまったのだ。

 その瞬間、マズイという言葉が脳内を支配する。

 輪ゴムはすでにアンナの目の前。このままでは顔に直撃してしまう。

 手を伸ばしたくとも輪ゴムの飛ぶ速度に追いつけるはずがない。

 終わった~。

 そう諦めかけたとき、シュバッ、そんな効果音が聞こえてきそうな速さで、アンナの腕が素早く動いて輪ゴムをキャッチした。

 言葉が出ない。

 あり得ない。振り返った時には輪ゴムはすでに顔の真ん前まで迫っていた。反応できるはずがないわずか数センチの距離だというのに、アンナは顔色一つ変えることなく止めたのだ。

 そして何事もなかったかのように、こちらに目を向けてくる。

「坊ちゃま。そちらにいらしたのですね。朝食にいたしましょう」

「あ、うん」

 呆気にとられながら、アンナと共に部屋を出た。


     :


 広い部屋。金持ちの家でしかお目にかかることはないだろう長いテーブルを前に、一人椅子に座って朝食を食べる僕。

 焼き立てのパンをむしゃむしゃと頬張りながら、先ほどの出来事を思い出す。

 先ほどは肝が冷えた。

 あと少しでアンナの顔に輪ゴムが直撃してしまうところだったのだから。

 だそれを防いで見せた。

 むしゃむしゃ。

 横に立つアンナを見る。

 彼女は美しい姿勢のまま目を瞑っていた。

 このメイドはただものではない。

 そうと分かればもっといろいろなことを試してみよう。

 口の中に頬張ったパンをオレンジジュースで流し込む。

「ごちそうさまでした」

「はい。では食器を下げさせていただきますので、自室でお待ちください。着替えを用意してまいります」

 椅子から降り部屋を出て、絨毯の敷かれた廊下を歩きながら顎に手を置いて考える。

 次はどんないたずらをしてみようか。

「よし、次は恥ずかしいいたずらで行こう」

 そう言って廊下を駆けていく。


    :


 アンナに着替えを手伝ってもらった後。

「それでは十時までご自由にお過ごしください」

 一礼したアンナは、僕の着替えた服を持って部屋を出ていく。そしてその後に付いて行く。

「どうかされましたか?」

「外に行くの」

「今日は良いお天気ですので外で遊ぶには丁度良いですね」

 アンナの後ろに付いて廊下を歩く。

 外に行くのは本当だが、その前に仕掛ける。

 今からやろうとしているのはスカート捲りだ。

 前に他のメイドに試してみたが、あれは面白かった。

 きっと、アンナも硬い顔を崩して本性を表すに違いない。

 今だ。

 そう思ってスカート目掛けて両手をしたから上へ持ち上げようとした瞬間。

 スカートが避けた。

 正確にはスカートに手を掛けようとした途端、アンナが避けながら後ろに振り返って来たのだ。

 空振りした腕を上げたまま硬直していると、サッと腰を下ろしたアンナは代わりに僕のズボンをバッと下ろした。

 見事にパンツ丸出しとなってしまい、顔を真っ赤にしながら下ろされたズボンを急いで吐き直す。

「なにすんだー!」

「いえ、坊ちゃまが私のスカートを捲ろうとしたので、やられる前にやり返しただけでございます」

 アンナの言葉に反論できない。

 バレていた。

 アンナの前で口にした覚えはないし、後ろをとっていたはず。にも拘わらず華麗に交わしてやり返してきた。

 まるで後ろに目でもついているかのようだ。

「ち、違うからね! 虫がいたから追い払おうとしただけだからね!」

 咄嗟に言い訳をしてみるが、余りにも苦しい。

「そうでしたか。私もお坊ちゃまのズボンの中に虫が入ったのが見えたので下ろしただけです」

 アンナもそんなことを言ってきた。

 明らかに無理がある。それはこちらも同じなのだが。

「嘘つけ!」

「本当です」

「嘘だ!」

「本当です」

 こんなやり取りを十回ほど繰り返した。


 その後、僕は外でボールを使って遊んでいると。

 アンナは遊んでいる僕になど目もくれず、洗濯物が入った籠を持って物干し竿が設置されている場所に向かって歩いていく。

「よし」

 その声と共にボールを投げだして、アンナの後をこっそりと付けていく。

 次のいたずらを思いついたのだ。

 内容としては洗濯物を盗んで困らせるといういたって簡単で単純なもの。

 先ほどのスカート捲りは失敗したが、次は成功して見せる。

 アンナは気づいていないのか、物干し竿の前に立って洗濯物を一つずつ手際よく干していく。

 その背後からゆっくりと忍び足で近づいていく。幸い地面は芝生のため、相当なへまをしない限り気づかれることはない。

 廊下でのスカート捲りが失敗したのは、床が硬いため足音でバレていたのだろう。

 アンナの後ろに目があるはずがない。そう考えると、足音が原因であると理解できる。

 ゆっくりゆっくりと歩を進めていき、アンナとの距離は一メートルを切っていた。

 洗濯物が入った籠はすぐ目の前。

 タイミングを見計らい。

「今だ」

 子声で自分に合図を出して洗濯物に手を伸ばす。

 タオル類をつかみ取り急いでその場から離れようとした。

 グイ。

 自分の腕が誰かに捕まれ引き寄せられる感覚を全身で味わい、気が付くとアンナに両手で体を持ち上げられていた。

「……」

「……」

 互いの目が互いを見つめ合う。

 どう言い訳したものかと必死に考えていると、アンナはどこに隠し持っていたのかロープを取り出すと、僕を器用に物干し竿に括り付けた。

 その光景はまるでイカを干しているかのよう。

「え?」

「……」

 困惑で言葉が出てこない僕をそのまま、まるで何事もなかったかのように残りの洗濯物を僕の横に干し終えると、空になった洗濯籠を持ってアンナはその場から離れていく。

「待って! 下ろして! 下ろして!」

 僕はこのまま下ろしてもらえないと思い、最終的には大泣きして気が付いた時には自室のベッドに寝かされていて、時計を見てみればお昼を迎えていた。


 寝ぼけながらも昼食を済ませ、食後の美味しいクッキーを食べた僕は。

「坊ちゃま。勉学の時間です」

「嫌だ!」

「逃げても無駄ですよ?」

「絶対に嫌だ!」

 全速力で廊下を走り回っていた。

 他のメイドに笑われることなどお構いなしに大声を出す。

 これは毎日起きる日課のようなものになっていた。

 必ず午後は家庭教師の人が勉学を教えにやって来るのだが、部屋に縛られ長時間も嫌いなことをやるのはこのうえない苦痛。

 なのでいつもこうして逃げ回るのだが、最終的には捕まり勉強させられてしまう。

 だが今は勉強から逃げることに加え、追いかけてくるアンナからも必死に逃げていた。

 何故なら。

「坊ちゃま待ってください」

 真顔で走って来るのだ。

 顔色一つ変えず追いかけてくる姿が、マネキンが追いかけて来ているようでとにかく怖い。

 他のメイドたちが追いかけてくるときは、うんざりしたような顔、怒った顔、疲れきったような顔を見せるのに対して。

 アンナだけは表情が変わらない。

 そのため、最初は勉強嫌だ、で逃げていたのだが、アンナ怖いが勝っていた。

「ひっ! ひっ!」

 悲鳴が混ざった声を漏らしながら廊下を走っていると、曲がり角に差し掛かり人とぶつかるかもしれないことなど気にしてはいられず、速度を緩めることなく曲がり切って逃げ続ける。

 後ろが気になり走りながら先ほどの曲がり角を注視していると。

 ぬん。

 まさにその効果音が相応しいに違いない。

 アンナも速度を緩めることなく真顔で曲がり角から姿を見せる。

「うわあん! 怖いよ~助けてよ~」

 余りの恐怖に泣きながら走り続けた。

 その後、走り疲れてアンナに捕まったが大号泣により勉強は中止。

 勉強をやらずに済んだのは良かったもののそれ以上に怖い思いをしたのだった。


      :


 次の日、僕はアンナの後ろをこっそり付けていた。

 実は昨日の夜にもこっそりお菓子を盗み食いしに行ったのだが、当然のようにアンナが邪魔をしてきた。

 余りにもタイミングが良すぎると思い、部屋に監視カメラの類がないか探し回ったがそれらしいものは出てこず。

 布団の中で考えた。

 どうしてアンナにはいたずらをことごとく防がれてしまったのかと。

 やはりカメラを仕掛けているのか、それとも僕の服に盗聴器でも仕込んでいるのではないか。

 しかしカメラは探して見つけることは出来なかったし、盗聴器も先ほどくまなく探したがカメラ同様見つけることが出来なかった。

 考えても探しても、アンナが僕のいたずらを潰しきったわけが分からない。

 ここまで考えても思いつかないとなると考えられる可能性は。

「まさか超能力?」

 布団の中で呟きながら顎に手を当てる。

 もしくはアンナが人ならざる者の可能性も。しかし最近は技術が進歩してきていることもあり、雪男やチュパカブラ、ツチノコなどの存在もいないことが証明されている。

 つまり、世の中にそんなファンタジーな存在はいないということだ。

 ではアンナの正体は特殊訓練を受けた超人ということに。

 分からない。

 アンナは初めて会った時から不思議だと思っていた。

 人形のように変わらない顔。

 突然やって来たかと思えば短期間でメイド長になった。

 父さんもメイドたちの中でアンナに一番親しくしているようにも見える。

 友人のように。

 以前、父さんからアンナのことで聞いたが特に何もないとはぐらかされてしまった。

 アンナにもはぐらかされているし、なんだか気になってきてしまう。

 アンナの正体が何か知りたい。

 僕は決めた。アンナの正体を暴いてやる。


 ということで今に至る。

 朝はアンナに起こされるより早く起きるつもりだったのだが、不覚にもいつものように起こされてしまった。

 その後はアンナのことを観察しながら着替え朝食を食べ、遊ぶ時間もアンナの正体を暴くことに全力を尽くしている。

 だがなかなか尻尾を出さない。

 いつものようにメイドたちに指示を出しては自分の仕事をこなしている。

 他のメイドが仕事で失敗してもそれを冷静に対処して見せる姿は頼もしい。

 僕は首を振る。

 何を関心しているのか。アンナの正体を暴くために動いているのであって、決してアンナの仕事ぶりを見ているわけではないのだ。

 と、アンナは厨房に入っていく。

 朝食の時間は終わったばかりでお昼までにはまだ時間があるため、メイドの仕事はないはず。

 メイドちょうだけの特別な仕事でもあるというのか。

 気づかれぬよう後を追って厨房に入り、アンナが何をしているのか確認する。

 何やら棚から材料を取り出して何かを作り始めた。

 ボウルの中に材料を入れてかき回しては、ボウルから生地を取り出して引き延ばすと可愛らしい型抜きで生地を模り、それをオーブンの中に入れて焼いている。

 しばらく経過すると、香ばしくほんのり甘い香りが漂ってきてこの匂いには覚えがあった。

 いつも昼食後に食べているものだ。

 出来上がったのかアンナがオーブンからそれを取り出し、作っていたものの正体を見て目を見開く。

 それはいつも食後に食べえているクッキーだったのだ。

 てっきりコックが作っているものだと思っていたが、まさかアンナが作っていたとは。

 いつも美味しいと思いながらも何気なく食べていたそれをメイド長直々に作っていたなんて思いもしなかった。

 クッキーの手に取り出来栄えを確認していたアンナが口元を綻ばせた。

 笑った。

 いつも人形のように表情を変えない彼女が初めて笑った姿を目撃した。

 あんな顔を出来るのか。

 その顔はクッキーの出来栄えに笑みを作ったというより、違うことに対して笑ったように見えた。

 その後もアンナの後ろを付けながら正体を暴こうと試みるも何もこれといって何も変わらない。

 お昼の時間になり昼食を済ませクッキーを食べて、勉強から逃げて。

 夕方になっていた。

 自室の窓から外をぼんやりと眺める。

 勉強に疲れ、アンナの正体も暴けないままもう少しで一日が終わってしまう。

 収穫と言えば、アンナも普通の人のように笑うことが出来る。それだけ。

 人の後ろをこそこそ追いかけるのも飽きてきたころだし、もう諦めてゲームでもして遊ぼうか。

 そう思ったとき、窓の外で誰かが敷地の外へ向かう姿が目に入った。

 その後ろ姿は。

「アンナ」

 メイド服を身に着けたままで外に一体どのような用事があるというのか。

 これはついにアンナの秘密を知るチャンスなのでは。

 そう思ったら即行動。

 急いで階段を駆け下りて玄関に向かうと靴を履き替え、アンナの後追いかけた。


 車道では車が横切り、その横の歩道をアンナから一定の距離をとって後を付けていく。

 アンナの横を通り過ぎていく人たちは皆同様にアンナにくぎ付けとなっていた。

 その理由はアンナが美人だからではなく、メイド服という変わった身なりをしているからに違いない。

 流石に私生活でメイド服を着る機会など一般人には縁遠いもの。

 視線を集めてしまうのは仕方のないことだが周りはきっと、そういう趣味の人なのだと納得していることだろう。

 当のアンナは全く気にしてはいないだろう。そうでなければメイド服を着たままで出歩くはずがない。

 メイド服しか持っていないのか。それともメイド服が気に入っているのか定かではないが、今度聞いてみよう。

 そう思いながら尾行していると、アンナは曲がり角を右に曲がってすぐそこのお店の中に入っていく。

 お店の窓から中の様子を窺うと、そのお店はお菓子専門のお店だった。

 小麦粉から砂糖といった材料からお菓子作りに必要な調理器具まで豊富に取り揃えてあるようだ。

 お菓子の材料はいつもここで購入しているのだろうか。

 食材はいつも市場から直送なのに、お菓子の材料はわざわざここで買うのは何故なのだろう。

 だがまあ結局アンナにはこれといって秘密はないようだ。

 アンナが買い物を済ませてしまう前に帰らなければ、アンナの正体を暴こうと屋敷を抜け出したが、このことがバレてしまえば怒られてしまう。

 それだけは避けなければ。

 さて帰ろうと走り出して数分。

「ここどこ?」

 はて、自分は先ほどと同じ道を引き返したはずだ。そのはずなのにどうして薄暗い場所に来ているのだ。

 周囲には住宅街とその他建物が立ちなんでいる。

 日が入ってこない場所なのかうす暗く肌寒い。

 早くさっき来た道を戻ろう。

 急いで引き返して数分。

 まったく分からない。

 さらに奥に来てしまったのか。

 周囲を見渡しながら歩いていると、何やら音楽のようなものが聞えて来た。

 近くに人がいるのか。ならその人に助けを求めれば何とかなるかもしれない。

 そう思って音楽が聞こえてくる場所に向かうと。

 そこには明らかに柄の悪い集団のたまり場だった。

 人数は五人ほど。

 携帯から大音量でテンポの速い曲が流し。煙草を片手にうんこ座りをしている。

 そしてその五人に睨まれていた。

 威圧的な視線に僕の顔や身なりを嘗め回すように見ては、くちゃくちゃとガムを噛んだり、煙草を吸っては鼻から煙を吐き出す。

 その雰囲気に声を出すこともできず固まってしまう。

 と、黒いハットをかぶったぶかぶかの服装をした男が立ち上がってこちらに近づいてくる。

「ようどこのガキだてめぇ? あ?」

「……」

「口ついてんだろ喋ろよ」

「やめてやれよビビってんじゃん、ぎゃはは」

「「あははは」」

 後ろにいるお仲間も口を開いては皆で笑い声をあげている。

 するともう一人、煙草を吸っているフードをかぶった男が近づいて来た。

「おいガキ。てめぇどこ中? どこ中だよ。俺? ただいま喫煙中」

「「ぎゃはははは」」

「うまい! 上手いこと言うなお前」

 隣の黒いハットをかぶった男と煙草を吸っている男が何故か熱い握手を交わす。

 先ほどからこの人たちが何を言っているのか意味が分からないし、とにかく怖くて今にも気絶してしまいそうだ。

「なんか言えよ」

「!?」

 そう言いながら人差し指で額を突かれ、それが追い打ちとなってしまい僕は力なく地面に倒れ込んだ。

「ヤバ。こいつ突いただけで倒れたぞあははは」

「ビビりすぎだろこいつぎゃはは」

 地面に倒れこみ。僕が段々と意識が遠のいていく中でも男たちは笑いながら何かを話している。

「こいつに煙草吸わせようぜ」

「煙草鼻の穴に突っ込んで写真撮影~」

 と、朦朧とする意識の中で男たちが僕の後ろの方に視線を向けているのが見える。

「あ? 何だあいつ」

「あの女メイド服着てるぞ! 痛すぎ~やば~めっちゃやばい奴じゃん」

「すいませ~ん。ここコスプレ会場じゃないんですけど~あはははは」

 僕は意識を失う寸前で目は閉じたまま声だけが聞こえてくる。

 それでも男たちの感じが変わったような気がした。

「は? は? やばいやばいやばい!」

「なにあれ意味わかんねえって!」

「化けもじゃん!? 逃げろ逃げろ逃げろにげぎゃあああああああ」

 何やら男たちの慌てる声とぐちゃぐちゃという生々しい音が聞え、そこで完全に意識が途絶えた。


     :


 アンナは扉の前に立つと、三回ノックして返事を待つ。

「どうぞ」

「失礼いたします」

 ノックをしてすぐに扉の向こう側から男の返事が返って来て、アンナは静かに扉を開けて入室する。

 そこには仕事机に置かれた書類と睨み会う自分の主がそこにはいた。

 時刻は午後六時を過ぎたというのに朝から仕事をしているようで、雰囲気からまだ終わりそうにない。

 だが主はアンナの姿を見るなり仕事の手を止めて視線を向けてくる。

「息子の様子はどうだい?」

「ぐっすり眠っておられます」

 その言葉を聞いて安堵の息を吐く主。

「不良に絡まれたと君から聞いた時は驚いたよ。でも特に怪我もしてないようで安心した」

「私の役目は坊ちゃまの身の回りのお世話と安全を守ることですので」

 当たり前のように落ち着いた雰囲気で口にするアンナを見ていた主は、息を吐き出し口を笑みの形にすると。

「それで? その不良たちはどうしたんだい?」

「……」

 人形の表情は何も変わらない。だがそれが答えだった。

「久しぶりの食事は美味しかったかい?」

「人は様々な物を口にしているせいか生臭くてかないません」

 わざとらしく口元を抑えるアンナに思わず鼻で笑ってしまう主。

「それにしては満足そうだね」

「腹を満たしたという満足感はあります」

「だが今後は控えてほしいね。この星では人を食べる習慣はないのだから」

「畏まりました」

 丁寧な会釈に頷いた主は部屋の中央に置かれたソファーに移動して腰を下ろし、アンナにも手招きをする。

「君も座ったらどうだい?」

「いえ、今はメイドですので」

 その答えに感嘆の笑いを漏らす主。

「今は誰もいないのだし本当の姿に戻っても問題はないと思うよ。それなら私も元の姿に戻ろうか? 今だけは昔のからの友人同士として話がしたいな」

「……」

 主の言葉に少し考えこんだアンナは黙って向かい側のソファーに腰を下ろした。

 そして先ほどまでの完璧なメイドのアンナとは雰囲気が一変する。

「じゃあ君の言う通り友人として振舞うわよ」

「構わないよ」

 アンナは主をジト目で睨みつけた。

「あんたもその口調やめたら? 違和感しかない」

「え? そんなに変かな? 仕事柄これが板についてしまったからね。でも違和感はないと思うけどな」

「大あり。昔のあんたを知ってる私から言わせてもらえば可笑しくてしょうがないわよ」

「え~」

 アンナからの容赦ない言葉に心外だと言わんばかりに肩をがっくり落とす主。いや今は一人のアンナの友人たる男。

 アンナは腕組みしてさらに言葉を続ける。

「ていうか、どうして私の告白の返事もせずに故郷を出て行ったのよ。しかも千年かけてようやく見つけたと思ったらこの星の人間とやらとくっ付いて子供まで作ってる始末」

 頭をポリポリと掻きながら必死に言葉を並べていく。

「いや~、あの時は故郷に嫌気がさしていたし、君の告白にまで頭が回らなくて」

「要するに面倒くさかったんでしょ」

「おっしゃる通りで」

 アンナには何も言い返すことが出来ない。

 だが、このまま文句を永遠と聞かされ主導権を握られ続けるのは嫌なので、男は自分から話を振る。

「この星は楽しいだろ? 多種多様なものがある。私はこの星に来てよかったと思ってるよ」

「別にこの星がどうとかはどうでもいいわ。貴方から返事を貰おうと思ったけど遠回しに振られてたし」

 そしてアンナはその代わりと指を一本立てる。

「あんたの息子を貰うから」

「構わないよ」

 迷うことを知らないような即答にアンナは目を見開く。

「人間の姿をした君は美人だからきっとあの子も喜ぶでしょ?」

「元の姿が醜くて悪かったわね」

「ははは、それは私も同じだよ」

 と、男は部屋の壁に設置された時計を確認して立ち上がった。

「さて、そろそろ夕飯の時間だ。準備をお願いできるかなメイド長」

 男の投げかけてきた言葉によって瞬時に先ほどまでのくだけた雰囲気からメイドのそれに戻るアンナ。

「はい。畏まりましたご主人様」

 メイド長と主は、二人一緒に部屋を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

メイドの正体を暴きたい 赤花椿 @akabanatubaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ