Rewind ~再会~

雪月風花

第1話  Rewind ~再会~

 読者諸兄は、子供の頃好きだった子に大人になってから再会して、あれ? っと思ったことは無いか?


 『昔はあんなにカッコよかったのに』と、記憶との乖離かいりにガッカリするとか、あるいは逆に、『こんなに可愛かったっけ?』と、ドギマギするとか。

 それを一般的に、思い出補正と言う。


 今まさに、オレが味わっているのがそれだ。

 

 だって、小学校を卒業すると同時に親の都合で海外に引っ越していった幼なじみが十年以上経って戻ってきたと聞いたら、キミならどんな想像をする?


 触れれば壊れそうなほど線が細く、生ける人形のようにはかなげで、学校一の美少女の名を欲しいままにした女の子の帰還だ。

 普通なら、さぞかし美人になっただろうと期待するだろう?

 ましてやそれが、幼いながらも将来を誓いあった仲だったならば――。



「わたし、変わった?」


 ギシっ。

 オレの二十年モノのベッドがきしむ。


 十五年振りに再会した幼なじみ、天野弥生あまのやよいは、ベッドに座りながら上目遣いにオレを見た。


「まぁ、十年も経てば……」

「十五年」

「……十五年も経てば、色々変わるさ。オレだって、最近腹がたるんできたしな。いいんじゃないの? 成長のあかしってやつで」

「良かった」


 ミシっ。

 色褪せ、あちこち歪みの入ったオレのベッドが、嫌な音を立てる。


 弥生が嬉しそうに微笑む。

 そうして見ると、成長はあれど、別れたときとさほど印象に変化は無い。


「で? 今後の予定は? しばらくこっちに住むの?」


 オレは缶ビールを開けながら弥生に問い掛けた。

 一階から、久々の再会を祝い合う両親ズの笑い声が微かに聞こえてくる。

 

 弥生の親父さんは海外への転勤を終え、今回の異動で再びこの街で暮らせるようになった。

 定年までは、もうずっとこっちに居られるそうだ。

 お袋さんも、一人娘の弥生も、当然一緒。

 十五年前同様、一家は隣の家に住むことになる。


「お父さんの異動が決まってすぐ、わたしも会社に異動願いを出してたのよ。無事それが受理されてね。ほら、わたし一人っ子だから、結婚まで両親のそばに居たいし。会社はここから電車一本で行けるしね。でも、できればそろそろ永久就職したいと思ってるんだけどな……」


 弥生がチラチラ、オレを見る。


「永久就職ねぇ。ほぅほぅ、そんなお相手がいたのか」

「ひっどい! みつるクンのことだよ! 約束、忘れちゃった?」

「いや、忘れてはいないけど。……まだそれ、生きてるのか?」

「わたし、ずっと充クンのことだけ想っていたのに……」


 オレは飲みかけのビールを机に置くと、ベットに腰掛けて悲しそうな顔をする弥生の隣に座った。

 途端にオレにもたれ掛かってくる弥生の頭を、優しく撫でてやる。


 ミシミシっ。

 二十年も使用し続け、そろそろ耐用年数も限界を迎えつつあるオレの古ベッドが断末魔の悲鳴を上げる。


「一つ聞きたいんだけど……」

「なに?」

「いつからそんな?」


 弥生が目をパチクリさせる。

 

「そんな? 何が?」

「なんかこう……貫禄かんろく? が出たよね?」


 そうなのだ。

 全体的に可愛い感じは失っていないのだが、多分、体重が三桁いっている。

 肉のせいか、顔のパーツが全体的に内側に寄っている気もする。


 乱暴に触ったら骨が折れそうな、骨粗しょう症こつそしょうしょうかと見紛みまがうほどに細かった弥生の面影おもかげは、今、肉にはばまれて影も形も無い。   

 弥生が苦笑いを浮かべる。


「ほら、別れ際にさ、充クン、『もっと食べて肉をつけろ』って言ってくれたじゃない? 『そんなんじゃ骨が折れるんじゃないかと怖くて抱き締めることもできない』って。だから必死に体質改善したの。そしたら食べ物が美味しくて美味しくて。気付いたらこうなっちゃった」

「え? オレのせい?」


 元が可愛いから太っても可愛いのだが、ちょっと残念な感じではある。

 ――痩せたらもっと可愛いのに。

 

「まぁいいよ。オレの、弥生への気持ちは変わってない。改めて、ここから彼氏彼女を始めよう」

「はい!」


 弥生が満面の笑みを浮かべる。

 太ったのなら、痩せさせて元の美少女に戻せばいいだけの話だ。 

 オレは微笑んで、弥生にキスした。



 それから半年。

 オレと弥生は順調に交際を続けたものの、弥生のダイエットは遅々ちちとして進まなかった。

 運動させたり食事制限を頑張ったりと色々チャレンジするも、弥生の百キロある体重は一キロたりとも減らなかった。 


 このままではウェディングドレスが入らないと二人して悩んでいたある日、オレはたまたま会社帰りに寄ったリサイクルショップで、年季の入った金色のグレイビーボートに出会った。

 

 グレイビーボートとは何か。

 ひと言で言うと、レストランとかで出てくるカレーのルーが入った容器だ。

 こすると魔神がポワポワっと煙と共に出てくるランプ。アレだ。

 

 なぜだろう。オレは迷わずソレを購入した。

 カレーはお玉でご飯に掛ける。

 形状から言うと、文房具その他、小物入れに使うのにも適していない。

 油を注いでヒモでも出したら本当にランプ代わりになるか、甚だ疑問だ。

 ましてや、魔神が出てきて願い事を叶えてくれる、なんてことを信じるほど純粋では無い。


 つまり、結論としてオレにこんなもの必要は無いのだ。

 なのに、何でオレはこんなものを買ったのだろう。 

 そして、オレは何でまた信じてもいないのに、自宅に帰るとすぐハンカチでランプを無我夢中になって擦ったのだろう。

 スーツを脱ぐ時間すら惜しんで。



「お金とか当たりの宝くじとか、金関係は出せないんですよ、専門外なんで」


 ムキムキな筋肉。ターバンを巻いた頭。青を基調とした衣装。濃いアゴヒゲ。

 実にテンプレな感じのオジサン丸出しの魔神が煙と共に出てきて、腰を抜かして驚くオレに向かってそう告げた。

 だが、口調は丁寧だ。


「三つの願いって言えばかねだろう? だったらお前、何ができるんだ」

「過去でも未来でも、三回だけ好きなところに行けます! ただし、十分間で戻されますけど」

「……それに何の意味があるんだ?」

「故人に言えなかった思いを伝えるとか、どうです?」


 オレは考えた。

 亡くなった祖父母に会えるというのは、いい話ではある。

 だが、しょせんは過去の人だ。


 お別れはとっくに済ませてあるし、ここで感傷に浸ったところでこれからの人生にプラスになるわけでは無い。

 ましてや回数制限がある時間遡行じかんそこうの機会を費やすほどのことでもない。

 ではどうするか。


「じゃ行ってらっしゃい、ミツルさん。パラッパラー!」

 

 魔人の掛け声と共に、オレは十五年前に跳んだ。



 オレは相変わらず自分の部屋にいた。

 多少散らかっているが、間違いなく自分の部屋だ。

 注意深く部屋の中を見回すと……。


 あったあった、目当てのモノ。

 カレンダーだ。

 そこには、アニメ『中央通過ドリルロボ』のカレンダーが貼ってある。

 ご丁寧に平成十九年と書いてある。 

 いやはや懐かしい。


 ちなみに、今のオレの部屋に貼ってあるカレンダーは花束の写真だ。

 別にオレの趣味なわけでは無い。

 弥生によって、それまで貼ってあったグラビアアイドルの水着カレンダーと強制的に交換させられただけだ。


 オレはついでに部屋に掛かっていた鏡を覗き込み、ちょっとだけビックリした。 

 そこに写ったオレは、小学生のオレだったからだ。


 と、窓の外から声が聞こえた。

 そっと窓を開けてみる。

 夕焼けに染まる家の庭の木の陰で、小学生のオレと、同じく小学生の弥生が話をしていた。

 

 見た瞬間、オレには分かった。

 これはあの、別れの挨拶のシーンだと。

 ここで、オレたちは小学生ながら初めてのキスをした。

 そして、翌朝早く天野家は引っ越していく。

 どうやら、思った通りの時間帯に移動できたようだ。


「ヤヨイ。今度会うときまでにちゃんと食って、もう少し太っておけよ。そんなに痩せてたんじゃいつ骨が折れるかとドキドキして、抱き締めることもできないからさ。約束だぜ」

「分かった、ミツルくん。わたし、ちゃんと食べて太るね」


 十二歳のオレが、弥生から離れて自宅に入った。

 十二歳のオレは、そのままこの部屋に戻ってくるだろう。

 読み通り、トントントントン、っと階段を上がってくる音が聞こえる。


 過去の自分に会うわけにもいかない。

 どんな事態が発生するか分からないからだ。


 窓の外を見ると、別れの余韻よいんひたっているのか、まだ弥生がそこにたたずんでいた。

 オレは一瞬の判断で、自室の窓から飛び降りた。


「え? ミツルくん?」


 オレは、ヤヨイの前に降り立った。

 見ると、十二歳のヤヨイが涙で目を真っ赤にしている。

 可愛い。 

 お人形さんのようだ。


「ヤヨイ、言い忘れていたことがあった」

「な、なに?」


 ヤヨイが目を擦りながらオレを見た。


「さっき言ったことの補足になるんだが、食べて肉を付けるのはいいが太っちゃダメだ。適度な運動と組み合わせてバランス良い肉体を作り上げるんだ」

「……ミツルくん、フィットネスジムのトレーナーさんみたいなこと言うのね」


 ヤヨイがキョトンとしながら言った。  

 あまりに意外なことを言われたからか、目がまん丸くなっている。


 と、そのときオレは身体に微妙な違和感を感じた。

 地震ではない、何か微細びさいな揺れを感じる。

 一瞬でオレは悟った。

 魔人の説明通り、十分じゅっぷん経って戻るときが来たのだ。


「じゃ、ヤヨイ、さっき言ったこと忘れるなよ。将来絶対お前をオレの嫁さんにする。未来で会えることを楽しみにしているからな!」


 オレは呆然と立つヤヨイを残して、急いで自宅の玄関を開けた。

 次の瞬間、オレはお袋に声を掛けられた。


「充……、あんたそんなところで何やってんの。あぁあぁ、足元、土だらけじゃない。外に出るならサンダルくらい履きなさいよ」


 オレは自分の足元を見た。

 スーツのズボンから紺の靴下が覗く。

 どうやらオレは無事、現代の自分の家に戻ってきたようだった。

   


「ね、今日は食があんまり進んでいないみたいよ? 大丈夫?」

「あぁ、うん、ちょっとな」


 今日は、仕事帰りに弥生と待ち合わせをしてデートをすることになっていた。 

 オレは、あの時間干渉じかんかんしょうによって弥生がどう変化したかドキドキしていたのだが、結果は斜め上のモノだった。

 弥生のぽっちゃり体型は、痩せるどころか逆三角形になっていた。

 胸の膨らみはどこへ行った?

 それは、おっぱいじゃない。胸筋きょうきんだ。


「弥生……なんかこう今日は一段と……マッチョだね」

「そう? この前ジムで勧められたプロテインの効果かしら。いいでしょ」


 弥生は、ニカっと笑った。

 笑いが、なんかこう……おかしい。

 思った以上にショックを受けているのか、パスタを巻こうとするオレのフォークが震える。 


「ほら、子供の頃は痩せてたじゃないか。なんでそっち方面に転んだんだい?」


 オレは思い切って弥生に聞いてみた。

 ――何を間違えたんだ? オレは。

 弥生はクスっと笑った。


「充クンがお別れのときに言ってくれたでしょ? バランス良くって。それまで体力も無かったから、必死にトレーニングに励んだの。そしたらハマっちゃって、ハマっちゃって。そうだ! 来月、ボディビルの大会があるんだけど、応援に来てくれる?」

「……お、おぅ、勿論だぜ」


 オレは弥生からボディビル大会のチラシを受け取りながら、引きつった笑いを浮かべた。



「お? 二回目の願い、使われます?」


 弥生とのデートから帰宅してすぐ、オレはランプを擦った。

 魔神が出てきて、オレの前に鎮座ちんざする。


「今度はどこ行きましょ。人間が絶滅した後の未来でも見ます? それとも恐竜観察ツアーでも行きましょうか?」

「どっちも結構だ。行き先は十五年前。前回と同じだ」

「はぁ、そうですか。分かりました。じゃ、いってらっしゃい。パラッパラー!」


 オレは魔人の掛け声と共に、再び十五年前に跳んだ。



 小学生に戻ったオレは、家の裏手に出現した。

 木に隠れながら、そっと庭を覗く。

 ちょうど、ヤヨイとの最後の逢瀬おうせを終え、当時のオレが部屋に帰っていくのが見えた。


 と、ガサっと何かが二階の自室から飛び降りる音がした。

 一回目の時間移動をしたオレが、十二歳のヤヨイの前に現れた音だ。

 声を殺して待つ。

 

 しばらくして、玄関の閉まる音が聞こえた。

 これで、一回目の時間移動をしたオレは未来に帰ったはずだ。

 オレは急いでヤヨイの前に行った。


「え? え? ミツルくん、あれ? どうして?」


 さすがに三度目の出現となると、ヤヨイも最初からキョトン顔だ。

 事態が飲み込めないのか、ヤヨイの表情に焦りが浮かんでいる。


「ヤヨイ。さっき言ったことだが、体質改善と称して身体を鍛えるのはいいが、筋肉を付けすぎるのも良くない。何事も程々に、だ。動きが鈍る見掛けの筋肉より、適度に引き締まった使える筋肉だ。くれぐれも忘れるな」


 それだけ言うと、オレは急いで裏庭に飛び込んだ。

 身体が微細な振動を始める。

 オレは再び、現代に戻った。



「えっと……なにか試合でもあるの?」


 一週間後の夜、オレの前に現れた弥生は、上下銀色のサウナスーツを着ていた。

 その目がギョロギョロと血走っている。

 頬が無惨むざんけて、全身が骨と皮のカタマリのように見える。

 ――今度は何を間違えたんだ? オレは。 

 食事を断られたオレは、代わりに弥生と公園のベンチに座って会話をすることにした。

 

「良く分かったね、充クン。試合は今週末。場所は後楽園ホールよ。チケット持ってきたから応援に来てよ」


 渡されたのは、女子のキックボクシングのチケットだった。

 水も断つほど、試合用の減量が大詰めに来ているようだ。


「なぁ、昔っからそんな趣味あったっけ?」


 オレはさり気なく聞いてみた。

 弥生がニヤっと、凄惨せいさんな笑いを浮かべる。


「何言ってるのよ。充クンが言ったんじゃない。見掛けの筋肉より使える筋肉だって。そこからよ、わたしがキックボクシングを始めたのは。最初はただのボクササイズだったんだけど、やったらハマっちゃって、ハマっちゃって」


 実に嬉しそうに話す。

 こう見えて弥生は、今の肉体の状態が気に入っているらしい。

 だが、考えてみれば、太っていたときもウェディングドレスが入らないことで困ってはいたが、太ってること自体は別に苦にしていなかった。

 マッチョなときだって、その筋肉を誇っていたくらいだ。


 骨が折れそうなほどガリガリに痩せたボディに、ブクブクに太ったボディに、ムキムキのマッチョボディに、ギラギラなカミソリボディ。


 オレは真剣に悩んだ。

 どれもこれも、オレの余計なアドバイスが発端ほったんとなっている。

 ならば、弥生の意志は、弥生にとっての本当の自分はどこにある?


 帰宅後、オレは再度魔人を喚び出した。

 オレは床に座布団を二枚敷き、ランプから現れた魔人と正座で対面した。


「お? 改まってなんですか? 最後の願いが決まったとか?」

「決まった。でもその前に、三つ願いを叶えて貰った後のことを聞いて無かったなと思って。やっぱり魂、取られるのか?」


 魔人がビックリした表情を浮かべたかと思うと、続けて大笑いした。


「あっはっは。やめて下さいよ、変なこと言うの。いや、実はワタシらのコレは学校の卒業課題なんですよ。だから、立場が逆なんです」

「逆? どういうことだ?」


 魔人が座布団に座りながら足を崩した。

 外国人テイストの顔をしているからもしやとは思っていたが、やはり正座は苦手らしい。


「よくいるでしょ? 『髪切らせて下さい』とか『占わせて下さい』とか言って街で声を掛けてくる人たち。あれと同じ。だから、『ワタシがアナタの願いを叶える』では無く、『アナタがワタシの実習を手伝っている』が正解なわけです。理解できました?」


 なるほど。確かにオレは、街でそんな声を掛けている人たちを見たことがあった。

 そういうことだったか。

 オレが得心とくしんがいった顔をしたからか、魔人が続ける。


「三つ目の願いを叶えたら、ランプはまたリサイクルショップにでも売って下さい。そしたらまた、運命に導かれた誰かが同じようにランプを買います。そうやって百人分の願いを叶えたら、ワタシは学校を卒業できるって仕組みなんです」

「そっか。大変なんだな。頑張ってくれ」


 オレは改めて、魔人と握手した。

 一見、オジサンに見える容姿をしているが、魔人の世界では若手ということだ。

 頑張って欲しいと、心底思った。 


「さ、話もまとまったことだし、最後の時間遡行、行きますか。どうせ行き先は同じなんでしょ?」


 魔人がウィンクする。

 どこからどう見てもオッサンな魔人だが、今のオレにはとても頼もしく見えた。


「パラッパラー!」


 魔人の掛け声に送られながら、オレは最後の時間遡行をした。



 最後の時間遡行をしたオレは、隣家の玄関前に現れた。

 天野家の玄関だ。

 ちょうどそこへ、十五年前のオレ、一回目の時間遡行のときのオレ、二回目の時間遡行のときのオレと、三人のオレと最後の逢瀬を済ませたヤヨイが戻ってきた。


「え? え? え? なんで? だってさっき……あれぇ?」


 今度こそパニクったヤヨイに、オレは話し掛けた。


「ヤヨイ、色々悪かった。今まで言ったことは忘れてくれ。どう変わろうとヤヨイはヤヨイだ。自由に、自分に正直に、好きなように生きてくれ」

「あの、ミツルくん? 何を言っているの?」

「未来でまた会えるのを楽しみにしている。じゃあ!」


 オレは、パニクる十二歳のヤヨイの頬にキスをすると、すぐさま現代に戻った。

 これで、普通に痩せた美女が現れるはずだ。

 


 現代に戻ったオレが自室に戻ると、座布団の上にランプが転がっていた。

 考えてみたら当然のことだ。

 オレがリサイクルショップに売るまでは、ランプはここにあるだろうさ。 


「予定通り、リサイクルショップに売ってください」


 オレの気配を感じたからか、ランプの中からくぐもった声が聞こえた。

 オレは黙ってランプを助手席に乗せて、車を走らせた。

 と、運転中、ランプからまたも声が聞こえてきた。


「確認しなくて良かったんですか?」

「なにを?」

「お相手さんの変化の具合ですよ。望んだ結果を手に入れられたのか、気になりませんか?」


 オレはハンドルを回した。

 程なくリサイクルショップに着く。


「それは次回、彼女と会うときまでのお楽しみとさせてもらうさ。会えなかった時間も、再会してからの時間も、ずっとオレは弥生を想い続けてきた。それは向こうもそうだろう。だから、どう変わったとしても弥生は弥生だ。全ての変化を受け入れるよ」

「分かりました。良い結末であることを祈っています」

「ありがとう。魔人も、次のご主人がいい人であることを祈っているよ」

「今までありがとうございました。……お元気で」

「あぁ。元気で」


 こうしてオレは、魔人と別れた。



 魔人との約束通り、リサイクルショップにランプを売ったオレは、弥生と週末のデートの約束をした。

 ガリガリで無く、ブクブクで無く、ムキムキで無く、ギラギラで無い、キラキラの弥生に会えるのを楽しみに、オレは週末を待った。

 

 果たして。



 現れた弥生は、光り輝く美女になっていた。

 顔の美しさは勿論のこと、太っているときには無かったクビレが見事に復活していた。

 それでいて大きな胸。

 まさに、会いたかった理想の弥生がそこにいた。

 若干、肉食の匂いがしたが、これだけの美ボディを手に入れたなら自信も付くだろう。

 その程度の変化は、許容範囲だ。


 街を歩くと、弥生のあまりの美しさに、男どもが揃って振り返った。

 見せびらかして歩いているようで、オレの虚栄心きょえいしんは大いに満たされた。


 そんな弥生と夜デートを楽しんだオレは、最後に弥生をホテルに誘った。

 恥じらいの表情を浮かべながらも、弥生はオレに付いてきた。

 再会して半年。

 キス止まりだったオレは、ようやく次のステップに進むことになった。



「えっと……その……ソレは何でしょう?」


 オレは思わず、中学一年生の英語の構文のような、馬鹿丁寧な言葉で弥生に話し掛けた。


 ベッドに腰掛けて、ホテルのシャワーを浴びて浴室から出てくる弥生を待っていた興奮度MAXのオレは、モジモジ立ち尽くす弥生のバスローブを優しく剥ぎ取った。


 そこに現れたのは、かぶりつきたくなるくらい張りのある、大きくて綺麗なバストだった。

 まさに、美乳と呼ぶに相応ふさわしい。

 そして、キュっと締まった見事なクビレ。

 興奮を抑えつつ、更に下に視線を移したオレは、そこで思考停止した。


 弥生の股間に、そそり立つ肉塊にくかいがあった。

 血管が浮き出たそれは、非常に見慣れたモノだった。

 ――あっれぇ?


 一糸まとわぬ姿となった弥生が、恥じらいながらオレの隣に座る。


「充クン、あのとき言ってくれたでしょ? 好きなように生きろって。わたしね、ちょうどあの頃、BLにハマっていたの。知ってる? ボーイズラブ。しかも、ちょっとハードなやつ。ネットでBL本をいっぱい買い漁ってたらつい欲しくなっちゃって……手に入れちゃった」


 弥生がテレながら、オレにもたれ掛かる。


「ドコデテニイレタンデショウ」


 思わずオレの表情が固まる。


「モロッコ!」


 弥生が嬉しそうに言う。


「手に入れたのはいいけど、使う機会が無くて困ってたの。でも、ようやくこれで試せるわ。充クン、優しくしてあげるからね」

「えぇ……?」


 オレは一気に弥生に押し倒された。

 興奮した表情の弥生がオレに覆い被さる。

 

 オレのモノより遥かに大きく、たくましいソレが迫ってきた。

 それに反比例するかのように、しなびるオレの股間。


「や、優しくしてね」


 オレは震えながらつぶやいた。


「らめぇーーーーーーっ!!」


 そしてオレはこの夜、想像すらしていなかった方向にあった、新たな扉を開くことになったのであった……。


 そして翌日。



「というわけで、三回だけ時間移動ができるわけです。十分間で元の時間に戻されますけど。会いたい人とか、おられませんか?」


 たまたま入ったリサイクルショップで、わたしは魔人のランプを手に入れた。

 勿論、これっぽっちも信じてなどいなかったが、なぜか無性にそのランプが欲しくなったのだ。


 帰宅すると同時に部屋に引きこもったわたしは、まるで取り憑かれたかのように、ハンカチでランプを擦った。

 そうしたら、この魔人が煙と共に現れたのだ。


 驚きながらも魔人の説明を聞いたわたしは、じっくり考えた。

 小学校卒業と同時に親の都合で海外に行ったわたしは、つい半年前、ずっと会いたかった初恋の彼にようやく再会することができた。

 しかも、彼もわたしのことを想い続けてくれていたようで、結婚の約束まで交わしている。

 他に、今さら会いたい人などいない。


 それにしても、と、わたしは昨夜の彼との逢瀬を思い出した。

 わたしの股間に生えたモノを見て相当ビックリした様子だったが、最終的に彼は受け入れてくれた。

 さすがに初めての経験に、お尻がかなり痛そうだったが。


 深夜のホテル街を、ひょこひょこ、お尻を痛そうにさすりながら歩く様子は、とっても可愛かった。

 フフっと思わず笑いがこぼれる。


 そこでわたしは、ふと思った。

 ――小学校の段階から拡張を始めたら、もうちょっと楽にこなせるんじゃないかしら。


「よし。決まったわ、行き先が」

「ほ、どこでしょ。どこ行きましょか」

「行き先は十五年前のお隣の家。初恋の彼に会いに行くの!」

「十五年前……。初恋……。どっかで聞いたようなシチュエーションですな。ま、いいでしょ。じゃ、行ってらっしゃい、ヤヨイさん。パラッパラー!」


 魔人の掛け声に送られながら、わたしは十五年前に跳んだ。



 END

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