最終話 魔導具と合言葉と選定と。

 僕はいつも通り、「話したいことをメモしておいてくださいね」とレシーヌさんに話しかけた。


「えぇ。この前、聞いたから3ヶ月の間ずっと考えたわ」


 その答えに僕は満足して最終調整を続ける。


「ちなみにどなたに会いたいんですか?」


と僕はレシーヌさんに問いかけた。


「ラストルという傭兵団のリーダーね」


 そして午前2時の2分前、レシーヌさんに


「ここに『ラストルさんに会いたい』と、頭にラストルさんを想い描いて呼んでください。ラストルさんがその声に応えてくれれば、魂がこの魔導具に30分だけ降りてきてくれます。そしてここを耳に当ててください。この部分からラストルさんの声が聞こえてくるはずです。ラストルさんに話しかけてあげてください」


「ラストル、お願い応えて!」


 レシーヌさんは叫ぶ。それから午前2時を知らせる時計の音が鳴り響く。


「レシーヌ……どうした?」


 ラストルさんの声が返ってきた。第一段階は成功のようだ。相手が会いたくないと考えれば、魂が来るのを拒絶する場合もある。そういう場合は、僕はお金を全額お返しして「申し訳ございませんでした」とお話して平謝りだ。


 みんな僕に無茶な金額を提示をされて、それでもお金を稼いで来てくれたのだ。僕を信じて来てくれるのだ。その期待に応えられなかった場合は、その依頼者の方のせいだったとしても、その落ち込みようは見るにえない。


 だから僕はお客様に怒鳴られても、ののられても、謝るしかない。その時、魂が拒絶した等の下手な言い訳をしたら、お客様に生涯しょうがい残る心の傷になってしまう可能性もあるからだ。


 それは僕の望むところではない。だからそれならば、僕を信頼して、無理を重ねて、お金を集めて来てくれたお客様に怒鳴られるくらいで済むのであれば、その怒りと向き合うしかないと僕は思っている。


 その時に僕のできることなんて、ただ誠心誠意、謝ることくらいしかできない。命をかけてお金を稼いできてくれて、会いたい人に会えず落ち込んでしまう方に、かける言葉が僕にはみつけられなかったのだ。


 落ち込むよりも怒りで怒鳴どなる気力があるなら、その方がいいと僕は思っている。けれども、そういう時も本当につらいと思う特別なお仕事の一面だ。


 とはいえ、ラストルさんはレシーヌさんの呼び声に応えてくれた。魂が降りて来てくれたのだ。僕はほっと安心してしまう。けれども、本当の意味でのお話はこれからだ。


「ラストル……ごめんなさい。私があの時、あなたの言うことを聞いてさえいれば……私が独断で動かなければ、あんな結果にはならなかった」


 レシーヌさんは後悔を抱えて生きてきたのだろう。ラストルさんの魂を前にして声は震えていた。


「もう過ぎたことだ。気にするな。これから二度と独断で動かなければいいだけだ。もうしないと心に刻んでくれたなら俺はそれで満足だ」


 ラストルさんは優しく話す。


「私はそんなあなたに、『この戦場の好機が見えないなんて! あなたにリーダーの資格はない! ここは追撃してさらに相手を叩くべきところよ!』と傷つけた」


 レシーヌさんは泣いていた。


「もう過ぎたことだよ。過去にとらわれるな。前を見ろ、振り向くな」


 ラストルさんはレシーヌさんに生きろと言っている。それが分からないレシーヌさんじゃないだろう。


「私はあなたに謝りたかった。心から謝りたかった。私は独断で動いた。私の意見に賛同してくれる人を集めてまとめ上げて、敵の隙をついて敵を蹴散けちらした。私の作戦が正しかったと、そう思っていた」


「……確かにそう見える状況でもあったからな。レシーヌの意見に賛同した奴らだって同じように見えたんだろう。それならば、最初はレシーヌの意見だったとしても実際に行動したなら、それはそいつの責任だ……」


 指揮官としての冷酷さだろう。そしてレシーヌさんを心から心配した言葉だろうと僕は思った。


「でも、あれは敵の罠だった。敵を追撃し戦線が伸びたところを分断され包囲され、一人一人確実に殺された。私の独断で動いてみんな死んでしまった。あとから私たちの独断行動を聞いて、救出に来てくれたあなた達もみんな全滅してしまった……」


 レシーヌさんは声をあげて泣いていた。後悔を苦悩を、どこに向けていいのか分からない怒りも憎しみも。レシーヌさんの悲しむ心はどこへ向かえばいいというのだろう。


「それなのに私だけが生き残ってしまった。私はどうしていいのか分からない。死んでしまったみんなにも、みんなのご家族にもとてもじゃないけど、どんな顔をして会えばいいのか分からない。どう謝っていいのかも分からない!」


 泣き崩れるレシーヌさん。抱えた後悔は深かった。それを全て聞いたうえでラストルさんは応える。指揮官として冷酷な判断をするのかどうなのか。


「泥水をすすってでも生きろ。泣いても悲しんでも怒ったっていい。つらいなら傭兵稼業をやめてもいいさ。感情のままに生きろ。みんなに悪いと思うならこれからの人生を全て自分にけてみろ!」


「そんな……」


と戸惑うレシーヌさん。


「お前はそんな甘ったれた女だったか? いいか? レシーヌ。お前は俺の指揮下のメンバーを説得して戦場へ連れて行ったんだ。お前の作戦はみんなからも支持されるものだったんだ。それを信じてみんな死んだんだ。俺が育て上げた仲間がお前を恨むと思うか?」


「でも私は……私の判断は間違っていた! だからみんな死んだのよ!」


「俺は自分が育てた仲間を信じるよ。だからお前も信じている。戦場を共にした俺たちの仲間を信じてる。お前を恨んでるやつなんて1人もいないさ。むしろ、ぶん殴ってでも止められなかった自分自身の不甲斐ふがいなさをきっと後悔してるさ……俺みたいにな」 


とラストルさんは指揮官としてではなく、いくつもの戦場を共にした仲間の一人のとして話をした。そして、それはみんなの声だ。そう、この言葉は魂の言葉だ。ラストルさんは本心からこう言っている。嘘偽りのない言葉だ。ラストルさんの本心だ。けれども、レシーヌさんはこう語る。


「生きているのがつらい。私をあなたの元に連れて行ってほしい。連れて行ってくれないならば私は記憶を全て失って、あなたを忘れて生きていかないと私自身が壊れてしまう。命を削る毎日に私はとても耐えられない!」


 レシーヌさんの慟哭どうこくだった。けれども、悲しいかな魔法の30分は終わってしまう。あと少しで終わってしまう。


「ラストルお願い! 私を助けて! お願いよ!」


 ラストルさんはけれども黙ったままだ。そう、応えたくても魔法の30分は終わっていたのだ。


 泣き崩れるレシーヌさんは僕に願いを伝えてくる。


「振り返り見上げる夜空、道標みちしるべ、たどり着けない深い闇。記憶を消して。道案内をありがとう」


 それは記憶を消してほしいと願った人が唱える最後の合言葉。全てを忘れて生きていくと決断した人の合言葉。道案内は僕自身。記憶を消すのはあなた自身。見たくはなかった現実に、魔法の合言葉はそれでも二人に問いかける。そして二人に答えを指し示す。


 合言葉はその言霊ことだまを発動し、レシーヌさんは泣き疲れて、そのまま眠りにつくのだった。


 僕は「そろそろ収穫祭です。そのまま寝てたら風邪をひいてしまいますよ? 今日はゆっくり寝てください」と語りかけ、レシーヌさんにそっと布団をかけた。



 そして次の日、僕はレシーヌさんの声で目を覚ます。


「なんで記憶が消えていないの! なぜ私はラストルのことを覚えているの!」


 起きたレシーヌさんは叫ぶ。けれども、その答えはとても簡単。シンプルだ。


「魔法の合言葉の問いかけにラストルさんが覚えていてほしいと言ったから。レシーヌさんに覚えていてほしいといったから……」


 僕は淡々たんたんと言葉を紡ぐ。これで分かってくれるかどうかは、僕には分からない。伝わる人もいるだろうし伝わらない人にはきっと伝わらない。


「俺を忘れないでほしいと。そしたら俺は君の心の中だけでは生きていけるからと」


 だから僕はラストルさんの最期の言葉をそのまま伝える。嘘偽りのない魂の言葉を、そのまま話す。


「思い出してくれたならそこに俺がいるからと。君に寄り添って俺も共に生きていたいというからです。死んだって君に会いたいとラストルさんの魂が言ったからです」


 ラストルさんの想いが、どうかレシーヌさんに届いてほしいと思い僕は話す。レシーヌさんの死にたい、忘れたいと願う想い。それに反したレシーヌさんの記憶の中で生きてたい、覚えていて欲しい、ラストルさんの願う想い。


「その想いを僕は殺せませんでした。それでもあなたはラストルさんの願いを殺す? 殺したい? 忘れたい?」


 涙を流すレシーヌさんに僕はそれでも話し続ける。


「ラストルさんの最期の願いを殺したい? ささやかな願いを殺したい? 自分だけ楽になりたい? あなたを残してったラストルさんの想いはどこへいったらいいんです?」


僕は、辛抱強く話し続ける。壊れてしまいそうなのはレシーヌさんの心だ。壊れてしまったのはラストルさんの心だからだ。


「迷ってるのはあなただけじゃないんです。亡くなったラストルさんだって迷うんです。迷ってもそれでも、魔導具を通してあなたの呼ぶ声に応えて降りてきてくれたんです。ラストルさんはあなたが心配だったから。『あなたの心に寄り添いたい』ラストルさんの心は全て、この想いだけなんです」


 ラストルさんの最期の叫びはどこへ行けばいいというのか? 会えないと思っていた人と会えたのに、レシーヌさんに伝えたいことが伝わらない。「生きろ」という一言がどうしても伝わらない。そんな絶望はどこへ行ったらいいというのか?


「世のことわりくつがえすならそれなりの代償だいしょうが必要です。でもラストルさんは生き返らない。たった30分です。あなたの声に呼び起されて魂が降りてくるだけ。それだけだって奇跡なんです。だからこそ、その『奇跡の代償』に、あなたの望みと『真逆』になる」


 と僕は話す。レシーヌさんは最初、死にたかった。ラストルさんを追って死にたかった。ラストルさんのところへきたかった。そして全てを終わりにしたかった。


「でも、あなたは死ねません。生きていくしかないんです。ラストルさんの魂の想いをかかえて死ぬまで生きていくしかないんです」


 僕はレシーヌさんの死にたいという願いを否定する。


「忘れられれば楽になるって思いました? 死んだら楽になれるって思いました?」


 僕はさらに続ける。「気づいて!」と心の中で叫びながら必死に話を続ける。


「レシーヌさんはラストルさんを忘れたいんですか? ラストルさんもレシーヌさんを忘れた方がいいんですか?」


 僕は再び問いかける。レシーヌさんの心のやわらかいところに問いかける。


「仮にあなたが死んで魂として降りてきて、ラストルさんが死にたいと言ったとしてレシーヌさんは「死んでいいよ」と答えられますか? ラストルさんを愛しているなら、苦しくても生きてって言いませんか?」


 何も反論できず、呆然ぼうぜんと聞いているレシーヌさん。


「ラストルさんに辛くても生き抜いてって言いませんか? ラストルさんに私を忘れないで! って叫びませんか? 我儘わがままだとしても自分を覚えていてほしいって必死になって訴えませんか?」 


 僕は再度、思い出してほしいと願って告げる。


「ここはそんな死者の想いを伝えるお店。ここで出会える魂は魔導具と合言葉によって選定される、そんな場所。準備中の立札をみて扉をノックをできる人は死にたいけど救いを求めている人。決められた合言葉を言える人は、今すぐにでも死んでしまいたいと願ってる人。けれども、死にたい人には真逆の地獄しか見せてあげられない悲しいお店。だから僕は払えるかどうか分からない、あきらめた方がいいかもしれないぎりぎりの金額を提示するんです。高いお金はあなたが断りやすくするための口実です」


 でも、僕はあきらめない。


「あなたの死にたいという願いと『真逆』になるからです。死にたい人には生きなさい。ノック、合言葉、そしてお金を払う手順を踏んでしまえば、あなたが想いの果てに何を望んだか見届ける。僕はそのための案内人であり道標みちしるべ。」


 僕は、僕の想いを伝える。ここで僕があきらめたら全てが終わってしまう終着点。旅の終わりになってしまうそんな場所。


「あなたの願いに応えられない。真逆の結果しか生まれない。それでも僕がこの仕事を続けているのは、今すぐ死にたい人と思う人に『生きて欲しい』と願うから」


 僕の本当の願いだ。魂の言葉だ。生きて欲しいというラストルさんの想いはレシーヌさんに届いているんだろうか?


 僕の話を聞き終えたレシーヌさんは、思い詰めた顔をしていたけど「ラストルに会わせてくれてありがとう」と言い残して帰っていった。



 僕は不安にられる時もある。僕は無駄なことをしていたんだろうか? と。死にたい人には死なせてあげた方がいいんだろうか? と。悩みは消えず迷いも消えず、僕の心はさまよい続ける。


 それから1年くらい経った後だろうか? 僕は教会に設置した魔導具の修理にうかがった。近くには孤児院があり、そこには子供たちがたくさんいる。親を亡くした、もしくは見放された子供たちがたくさんいる。


 その中に僕のお店に来て想い人の魂と会話をし、記憶を消してほしいと願ったレシーヌさんがいた。「ラストルに会わせてくれてありがとう」と言ってくれたレシーヌさんの姿を見つけた。


 そして今、子供たちと楽しそうに遊んで、穏やかな顔をして笑っているレシーヌさんを見ることができた。レシーヌさんのそんな姿を見た僕は、安心して小さく拳をぐっと握り一人でこっそり喜んだ。


 ちょっとづつでも生きる気力や笑顔を取り戻している。そんな人たちの光景を見るたびに、人には言えない特別なお仕事をやっててよかったと僕は思うんです。そんな姿を見ているだけで、僕はこのお仕事にとてもやりがいを感じます。


 こんな特別なお仕事をしていると表の魔導具用品店はとても楽しいお仕事です。けれども、どれだけキツイと思っても、この特別なお仕事を僕はいつまで経ってもめられそうにありません!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

迷い人の道標 ルナトシア魔導具用品店へようこそ! 冴木さとし@低浮上 @satoshi2022

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ