第3話 レシーヌさんの後悔

 金貨20枚をホクホク顔でながめる僕。金貨を磨いて部屋の中で飾りたい。そう思ったけれど、それはさすがに自重した。


 ガイゼルさんの特別なお仕事の後、相変わらずの生活を続けていたある日の昼。 


 僕は『準備中』の立札をドアノブにかけてお昼ご飯を食べて、いつも通り、今日の朝の売り上げを計算する。お釣りの間違いはないようで、よかったよかったと安心する。


 けれども、お客様はやってくる。お昼休みのご飯が済んだ後の食休みの時間中。


 準備中の立札を見てもなお、ノックを2回、間をあけてさらに4回リズムを刻む。いつものリズム。


なつかしい空。沈む太陽。振り返るは想い出ばかり。その果てに何を望むか見てほしい」


 思い詰めた女性の声だった。


「空は何色? 頼れるものは月明り。それでも進む覚悟はあるや、それともいなや?」


僕は合言葉を返す。


「空は闇。月明りでは足りない道標みちしるべ。記憶が欠けても構わない。道案内をしてほしい。」


 僕は、どんな方なんだろうとお客様に想いをめぐらす。


「合言葉を言えるということはあなた、本気なんですね?」


 僕は、できれば来ないで欲しかったこの方の来店理由をぼんやり考えて、ドアを開けてお店の中へ招き入れる。


「えぇ、本気です。私には記憶を失う事になったとしてもどうしても会いたい男性ひとがいる」


 僕は女性の意志を確認する。


「依頼料は、びた一文まけません。お支払いはできますか?」


「私に払える金額ならいくらでも払います。今はなくても必ず払いに参ります。」


「一応、念のため伝えておかないといけませんね。あなたに会いに来てくれるかどうかはわかりません。そしてあなたの会いたい人があなたの望む答えを言ってくれる保証はありません。魂の言葉です」


 それに耐えられますかと僕は問う。何度も何度も繰り返してきた言葉だ。


嘘偽うそいつわりの言葉は返ってきません。あなたが会いたいというお相手の方の本心です。建前もありません。亡くなったお相手の方の本心が魂から告げられる。それでも望む答えが帰ってくると信じる理由はなんですか?」


  若い女性の冒険者の方のようだ。けれども、使い古した装備品を身に付けている。金髪黒眼で整った顔に引き締まった体、そして隙のなさそうな物腰。


「私はあの人を愛している。そしてどうしても謝りたい。最期に話しかけた言葉が、今の私の後悔になっている」


女性は震える声で答え、


「今、私が払えるお金はこれだけです」


といって差し出したのは金貨2枚。だから僕はいつも通り金額をり上げた上で条件を付け加える。


「金貨3枚でお引き受け致します。けれども、あなたが冒険者としてクエストをクリアして稼いだお金でなければ引き受けません。当然、あなたが身体を売ったお金ではお引き受けできません。ここがとても重要です」


と言いにくい話だけれど、僕は念入りに釘を刺す。


「なぜですか? お金をお支払いすれば、そのお金をどう稼ごうがあなたにとっては関係ないことでしょう?」


と、身体を売るつもりだったのかどうかは分からない。けれど、クエストクリアの条件がお気に召さなかったらしい。


「簡単です。二度と会えない人に会えました。その時、あなたは身体を売ったことに負い目に感じませんか? どうしても会いたかった相手と負い目を感じてまともに話ができるんですか? 全てを相手に話せるんですか? その時になって後悔しませんか? 僕が心配するのはその点です」


 心当たりがあったのか、女性は唇をかみしめる。


「僕がいつも考えているのは魔法の30分で後悔しないか? それだけです。どんな結果になるか分からない。予測もつかない。ならば、できる限りの準備をして望みたい。それが僕の『ルナトシア魔導具用品店』のルールです」


 女性はため息をついた。


「言いことは分かります。でも、あなたには関係ないことでしょう? 私がどうなったとしても」


「後悔しないですむか? の人数には『お客様』と『呼び寄せるお相手』ともう一人、『僕自身、ルナトシア』が含まれるんですよ? 僕が色々と口出しするの理由もお分かり頂けましたでしょうか?」


「……分かりました。お金はギルドのクエストの成功報酬から支払います」


 女性はちょっと憮然ぶぜんとした顔をしているけれど、ここは本当に重要なのだ。会いたい相手が愛する男性ならなおさらだ。


 相手は魂だから、裏表なく男性が相手をののしる言葉も、逆に相手を心から心配する言葉さえも出てしまう。罵られる覚悟をしていた女性だって、心から相手の男性に心配されたら決意はらぎ、後悔してしまうものなのだ。


 魂は良くも悪くも、絶対に嘘がつけない。優しい嘘もついてくれない。だからこそ、なおさら後悔してしまう。人間って不思議だけどそういうものだと僕は思う。


「かしこまりました。それであれば僕も何の問題もございません」


 そして今しがた思い出したかのようにさらに僕は話を続ける。


「僕は注意点を話しました。あとはお金の話です。金貨3枚、びた一文まけません。そして前払いが鉄則。でも、前払いであればいつ払うのも自由です。すぐに魔導具を使わなくても大丈夫。何年前に払ってもらっても構いません。もちろん魔導具を使う直前でも大丈夫。よろしいですね?」


「ええ。分かりました。私も特に問題はないです」


と女性は答える。


「いつ払ってもらってもいいですが、僕が死んでいたら当然、あなたのご依頼はお受けできません。事前に払い終わっていてもお金は返ってきませんし、会いたい人にも会えないままです。それでもいいですね?」


と僕は念には念を押して確認する。


「分かりました。大丈夫です」


 僕は次の説明をする時が、一番心が痛むんだけどお仕事なのでしょうがないと割り切って話す。


「あとはお二人だけでお話がしたいとは思いますが、何かアクシデントがないとは限りません。ですから僕はお二人の会話を同じようにお聞きします。ですが僕がお二人の話に横から入ってお邪魔をすることはありません。お二人の魂を守るためです。お二人の話を聞いてしまうことをお許しください」


 二人っきりで話したいよねとは僕も思う。僕だったら絶対そう思う。


「……分かりました。他にあの人に会う手段も私にはありませんから」


 それを聞いた僕は


「あなたの名前を教えてください。」


「私はB級冒険者のレシーヌです」


「ありがとうございます。僕の名前はルナトシアと申します。以後お見知りおきを」


と答え、そして


「それならレシーヌさんは、お相手の方と話したいことをいつまでかかっても構いません。まとめてきてください。先ほどお話したように、前払いさえして頂ければ、日付はいつもでも構いません。ただし時間は午前2時からの30分だけ。」


「本当に30分だけしかないのでしょうか? 何か特別に伸ばす方法はないのですか?」


「ないんです。この30分だけが幽世かくりよと一番近づく時間なんです。この時間しかありません。遅れたらそれだけ話せる時間は短くなります。いいですね?」


その言葉を聞いて若干、悩んだ様子を見せたレシーヌさんだったけど「分かりました」とうなずいた。


 その返事を聞いて僕は


「それではレシーヌさんのまたのご来店を心よりお待ちしております」


と僕は丁寧に頭をさげた。レシーヌさんは表情から感情は読み取れない。そのまま無言で思い詰めたような顔をして帰っていった。


 そして月日は流れる。いつものように。僕は毎日しなければならないことをひたすらこなす。


「日常業務は平和な証拠。24時間! たたかーえますよ! いくらでも~いくらでも~!」


と適当なメロディと共に鼻歌を歌いながら、それは厳しいブラックだと思いつつ、食後の休憩を楽しみ、午前中の会計の計算を済ませる。


 ご飯を食べて食後はまったり休んで、のんびり休憩。今日の昼は何の作業をするかなぁと思い、頬杖ほおづえつきながら予定を組み立てていた。


 買い物でも行くかなと僕は思い立った。『準備中』の立札を『外出中』に変更する。どこに行くかなぁと考えて、お店をふらふら散策しようと決めたのだった。


 お店の休憩時間はいつも2時間たっぷりとってある。特別なお仕事が入るといけないからだ。


 対面で話をする必要があるし聞かれたくない話も出るだろう。だから時間を指定してノックをする回数を決め合言葉を用意する。


 それは秘密にしたい依頼主と、余裕を持った状態で話を聞きたい僕の希望をうまく嚙み合わせるための方法だ。


 だから割と時間はある。街の様子も気になるし、僕はふらふらとお店を冷やかしで見て回るため出かけるのだった。


 街は色めき立っていた。収穫祭も、もうすぐだ。もうこんな時期かと考えた。あっという間だったな。冬が来ればもう新しい年明けだ。


 収穫祭も毎年のお決まりの行事と言える。水分をたっぷり含んでいるジューシーなトマートーという野菜をみんなで投げ合い、来年も良い実りをと神に祈るのもいつものことだ。


 神様はほんとにいるかどうかは分からない。会ったことがないからだ。でも「悪魔はホントにいるんだよってね」と水たまりを飛び越える。僕は収穫祭に想いをせながら色々なお店を物色する。そして串焼きの露店を見つける。お昼は食べていたけれど串焼きの匂いを吸ったらお腹がぐぅと鳴ってしまった。せっかくだし僕は6本買うことにした。


 串焼きのタレは肉の味をより強調させる。とろっとした濃い目のタレの味が口の中で肉と絡んでまさに何とも言えない幸福感に満ちた味になる。僕の口に、串焼きを運ぶ手が止まるときは、買った串焼きを全て食べてしまった時だった。あと引くような、もっと食べていたい気分に包まれる。


 けれどもおいしいものを食べて満足しホクホクした気分で、お店の『外出中』の立札を外してドアを開ける。そしてお客様の来店を待つのだった。


 いつもの細々とした作業をしていると次々にお客様が来てくださる。それに対応してお話をして必要なら修理をする。


 そして初めてのご来店の時から4ヶ月経った頃だろうか? あのレシーヌさんが現れたのだった。


 前よりかなり鍛えらえているようだ。これは相当いろんなクエストをやってきたみたいだね。と僕はそっと感心した。


 けれども、そんなことは顔には出さずに


「いらっしゃいませ。レシーヌさん」


と声をかける。レシーヌさんはちょっと驚いた顔をして


「1回話をしただけで、名前と顔を覚えてるのですか? かなりの記憶力の良さですね」


と驚いてくれた。


「できる限り覚えるようにしてるんですよ? 特に合言葉を覚えてきてくれた方は。特別なお客様ですからね」


と僕もニコニコしながら答える。


「それではこれを。両替にお金がかかるので申し訳ないけど貨幣は、ばらばらです」


と渡されたのは銅貨、銀貨も混ざった合計で金貨3枚分のお金だった。何も問題はない。必死にかき集めてきてくれたお金だ。


 両替えのお金を集めるために、死ぬことだってある。何が起こるか分からないのが冒険者だ。それを考えたら当たり前の行動だと思う。


「ありがとうございます。ご希望の日はいつでしょうか?」


 お金が足りていたことに安心した様子のレシーヌさん。


「本日の深夜でもいいのでしょうか?」


「もちろんです。お金は受け取り、僕はいつでも構わないとお伝えした。僕もいつ死ぬかなんて分かりません。それを考えれば早い方が良いでしょう。後悔しないため、お話したい内容はメモをしておいてください」


 他に注意点がないかを僕は考える。特に忘れたことはないと思う。


「では本日の午前2時に致しましょう。そうですね……念のため午前1時30分前までに、ご来店頂ければ幸いです。早い分には何時でも構いません。遅れることだけはございませんように。ではご来店お待ちしております」


 そして僕は魔導具の準備に取り掛かる。これをこっちにつないで……この線はこっちにつないでっと。確認をしてみるが特に問題はなさそうだ。よしよしと僕は1人で満足する。


 うまい具合に魔導具は最終調整の段階に入っていた。そしてレシーヌさんもあと40分くらいかなってくらいでご来店してくれた。深夜1時20分に女性の一人歩き、いくら商店が並んでるとはいえ本日は終了しましたってお店ばかりが立ち並ぶ。


 けれども、危険だとしてもこの時間だけはどう頑張ってもずらせなかったし伸ばせなかった。でもおかげさまで準備は上場。あとは結果を御覧ごろうじろってね。


 この魔導具は一度使ってしまったらやり直しはきかない。1分過ぎてしまったらその1分は戻ってこない。けれども、終わるのは午前2時からの30分までと決まっている。


 準備が2時3分に完了したとしたらその3分は永遠に失われた3分間になってしまうのだ。27分しか会えない。その3分で解決できたかもしれない問題は、もう二度と解決しないままになってしまう可能性すらある。


 だから念入りに魔導具の調整をする。絶対にミスは許されない。このレシーヌさんのためにもレシーヌさんの会いたい人のためにも、そして僕自身のためにもだ。

そして僕は注意点をレシーヌさんに伝える。


「レシーヌさんが会いたい方と話したいことをまとめておいてください。30分なんてあっという間に過ぎてしまいます。後悔しないように絶対です。話したいこと伝えたいことをメモしておくべきです」


といつものように注意点を話しかけるのだった。

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