第2話 ガイゼルさんの後悔

 そして僕の日常は過ぎていく。1週間経っても2週間経っても、ライアに会わせてくれと言ったガイゼルさんは現れなかった。僕はこういうこともあると思って、いつも通り魔導具を売るお仕事を続けていた。


 どうしても会いたい人に会えたからといって、必ずしもそれが良いとは限らないと僕は思っているからだ。


 そんなことを考えて4ヶ月ほど経った頃だろうか? ライアに会いたいとけ込んできたガイゼルさんは傷だらけ、まさにボロボロになって僕の前に姿を現した。


「約束の金だ。これでライアと会わせてくれるんだよな? 間違いないんだよな!?」


 金貨20枚を入れた袋を叩きつけ、必死の形相のガイゼルさんににらまれた。その姿と覚悟を見た僕は


「はい。必ず会わせて差し上げます。僕にできる全力で」


と答え、


「このまま午前2時まで待ってすぐに会いたい」


というガイゼルさんの申し出に、僕は「かしこまりました」と静かに頭を下げ了承するのだった。



 すぐに魔導具の点検をして準備をしていった。この魔導具の使用には細かい調整が必要だ。けれども、あのガイゼルさんの様子を見れば金貨20枚を稼ぐのに4ヶ月、それこそ不眠不休で無理をしてクエストをこなしてきたのだろう。


 僕が無理をする理由としては充分すぎる。びっくりするにも充分だし、頑張る理由としても充分だ。まさしくお釣りが出るレベルだ。


 だからこそ午前2時までに、絶対に準備を間に合わせガイゼルさんの望みを叶えないといけない。一度使ってしまったらやり直しはきかない。1分過ぎてしまったらその1分は戻ってこない。けれども、終わるのは午前2時からの30分までと決まっている。


 準備が2時3分に完了したとしたら、その3分は永遠に失われた3分間になってしまうのだ。27分しか会えない。その3分で解決できたかもしれない問題は、もう二度と解決しないままになってしまう可能性すらあるのだ。


 だから念入りに魔導具の調整をする。絶対にミスは許されない。このガイゼルさんのためにも亡くなったライアさんのためにも、そして僕自身のためにもだ。



 そして魔導具の準備はだいたい整った。時計の針は午前1時47分を指している。午前2時まであと13分。最終調整の残り時間としてはぎりぎりだろう。だからもう1秒も無駄にはできない。

 

 僕はガイゼルさんに


「ライアさんと話したいことをまとめておいてください。30分なんてあっという間に過ぎてしまいます。後悔しないように絶対です。話したいこと伝えたいことを、全てメモしておくべきです」


とだけ言い残し、僕は魔導具の最終調整にとりかかる。ガイゼルさんは、僕の言った通り言いたいことをメモをしてくれているようだ。それを見て安心した僕は全力で細心の注意を払いつつ、なおかつ急ぐ。


そして午前2時の2分前ガイゼルさんに


「ここに『ライアさんに会いたい』と頭にライアさんを想い描いて呼んでください。ライアさんがその声に応えてくれれば、魂がこの魔導具に30分だけ降りてきてくれます。そしてここを耳に当ててください。この部分からライアさんの声が聞こえてくるはずです。ライアさんに話しかけてあげてください」


 僕の言葉に戸惑いつつもガイゼルさんは魔導具に耳を当て


「ライア! 俺は君に会いたい! どうしても話したいことがあるんだ!」


と声を振り絞った。そして午前2時の時計の知らせが部屋に鳴り響く。そしてその魔導具からライアさんの魂の声が聞こえてくる。ガイゼルさんにとって、まさに魔法の30分が始まった瞬間だった。



 この魔導具には注意点がある。二人の会話は僕には筒抜けになってしまう。僕も二人の会話を聞いてしまうのは正直、心苦しいが魔導具に何かしらのアクシデントがあった場合は命を失う可能性もでてきてしまう。


 その時、対応できる人間がいなければ、下手をしたらこの二人の魂はどこにも行けずに無くなってしまう。僕も何とかできないかと色々試したのだけど、これだけはどうしようもなかった。


 二人だけでしか話したくない内容も、他人に聞かせたくない話だってあるだろう。だから「ごめんなさい」と心の中で謝っておく。僕にできるのはこれだけだ。あとは二人にお任せだ。


 限られた時間だ。長いようで短い30分になるだろう。けれど、二人に残された本当に最後の30分なのだ。時間の延長は……一切ない。


「ガイゼル……元気にしてる? 女の子と遊んでない? 私を忘れてない?」


とライアさんと思われる人から声が届いた。綺麗な声だ。ちょっとガイゼルさんにヤキモチやいているのかも?


「他の女となんか遊んでないよ。ライアを忘れることなんてある訳ないさ。この30分を勝ち取るために4ヶ月クエスト三昧ざんまいさ。採取クエだろうが護衛クエだろうが同じ目的地に行くまでにできるクエストを全てこなした。あんな効率のみを考えた面倒なこと金輪際こんりんざい、お断りだ」


とガイゼルさんは笑った。ライアさんもそんな苦労してるガイゼルさんの様子を想像したのか


「私もそこにいてガイゼルと一緒に旅をしたかったな……」


 そう呟いた。悲しそうな声だった。その言葉を聞いたガイゼルさんは


「そうだな。俺もライアと一緒に旅をしたかった。今回の金策の旅は俺一人のシングルライフだ。話をするやつもいない。いつもいた仲間も誰もいない。ほんとの一人旅だ。金貨20枚をみんなは俺にくれると言ったが、俺の都合で俺の失敗が原因だ。断ったよ」


 悔しそうに話をするガイゼルさん。そんな後悔の言葉を聞いたライアさんは


「そうなんだ。頑張ったね。えらいえらい」


と、小さく笑いながらガイゼルさんをめた。


「ほんと、えらいよな。俺ってさ。今までもこうしていればライアが死ぬなんてなかっただろうにな」


 そこにあるのは後悔だ。死んだ人への懺悔ざんげでもある。それを伝えられる場所。それを伝えるための場所でもある。


「これからだってきっと大丈夫だよ。まだ間に合うよ。ほんとに取返しがつかなくなるのはガイゼルが死んでしまった場合だよ」


「……ほんとにさ。みんなをまとめるのにも苦労してたF級冒険者の頃に戻りたいよ。S級冒険者になってもやることは何も変わらないのにな。敵が強くなろうが、自分が強くなって、みんなからいくら凄いと言われようが、することは何も変わらない。本当に変わってしまってたのは、俺の増長した自尊心だけだった」


自嘲じぎゃく的な笑みを浮かべるガイゼルさんだった。拳を握りしめている。外は小さな雨音も聞こえてくる。


「でもほんとに凄かったじゃない。ガイゼルはたいしたことないって言うけど、みんなには真似できないことを成し遂げたんだよ? それは、ほんとに自信をもっていいんだよ?」


 ライアさんはガイゼルさんのことを心から心配しているのだろう。頑張ってメンバーをまとめてきたガイゼルさんを誇りに思っているのだろう。


「それでライアを失うんじゃ、俺は何を守りたかったのか分からない。何を目指してたんだか分からない。俺は冒険者になりたいと思った自分の本当のきっかけを忘れてた」


と、ガイゼルさんは悲しそうに呟いた。ライアさんのことを本当に愛していたのだろう。だから無理をしてでもお金を稼いできたのだろう。ライアさんに、ただ会いたいと願ってだ。


「ガイゼルの冒険者になりたいと思ったきっかっけって何? 私、聞いたことないな。その話」


と本当に好奇心をもったのか、ライアさんの魂は話の続きを聞きたがった。そんなライアさんの魂の言葉に、ガイゼルさんは余計なことを話してしまったと僕にすら分かるくらい戸惑っていた。


「いや、えっ。ん、まぁな……ほんとに忘れてなければこんな後悔なんてしなかっただろうとは思うんだ」


と、悩んでいるガイゼルさん。話すかどうか踏ん切りがつかないようにも僕には聞こえた。


「え~なになに。ガイゼルが話をしぶるなんて珍しい。聞きたくなくても、一人で勝手にべらべらしゃべってたのに。もったいぶってないで教えてよ」


ライアさんは心から知りたいようだ。魂は本心以外、語らないし語れない。それはこの魔導具の特性だ。嘘偽りない本当の声なのだ。


「そんなに笑うなよ。俺が冒険者になりたいと思ったきっかけは……」


とガイゼルさんは話していいのか迷っているようだ。そんなに重要なことなのだろうか?


「それは何?」


 ライアさんは先を促すように、早く知りたいと揶揄からかうように興味津々きょうみしんしんのご様子だ。けれども


「……お前にいい恰好かっこうみせたかった」


と、ガイゼルさんの言葉を聞いて


「何それ。今になっていうこと? 本当に……涙が止まらないんだけど」


と答えるライアさんの声は震えていた。魂に涙があるかは分からない。でも悲しみも嬉しさも喜びも全てを感じているようにも僕には思えた。


「ほんとにな。俺も後悔と涙が止まらないよ。なんであの時、俺は周りが見えなくなっていたんだろうな。いつも通り戦えていればあんな雑魚に後れを取ることなんてなかっただろうに。王女様を守る自分の行動と注意力が散漫さんまんになっていた自分の甘さを後悔してるさ。」


とガイゼルさんは涙を流しながらライアさんに話していた。ライアさんが死んで後悔しか感じてなかったんだろう。あの時こうしていれば……人は誰もがそんな言葉をつぶやきそして懺悔ざんげする。


「それは仕方ないよ。隣には小さな王女様がいて守らないといけないかった。何に代えても守らないといけない存在がいた。この国の未来がかかってた。だから仕方ないよ」


とライアさんは震える声で静かに話す。ライアさんだって後悔してないはずはない。愛する人と生きていたい。それは間違いなく全ての人の願いだろう。


「そして俺が本当に守らないといけなかった、いいや、守りたいと思っていたお前に……逆に命を助けられ、その結果、お前は死んだ」


とガイゼルさんはライアさんに話を続ける。どちらを守るべきだったのか? 王女様を守ったガイゼルさんをライアさんは許しているし、それが正しかったと思っているのだろう。


「仕方ないよ。そういうめぐり合わせだったんだよ」


 だからライアさんから、ぽつりとそんな言葉がでてきたようだ。単なる運ではなく『巡り合わせ』と、そう言った。ライアさんは自分は死ぬ運命だったと考えているんだろうか?


「お前が死んで俺が助かるって未来が? 逆でよかったんだ。俺が死んでお前が助かる未来が、本当はよかったんだと今の俺はそう思うよ」


とガイゼルさんは本当にそう思って答えているのだろう。


 注意力が散漫さんまんになっていた自分の甘さを後悔して、ライアさんに救われた自分を情けないと感じているかのようだ。


「そんなことないよ? ガイゼルはこれからだってたくさんの人を助けていける。未来を救う、そんな存在にきっとなれるよ」


 そんな心の迷いを見て思うところがあったのか、ライアさんは励ますようにガイゼルさんを応援する。


「俺は本当に後悔ばかりだ。寝ても覚めても、ライアのことばかり考えている俺がいる。食事をしてもライアだったらこの味をどう言うだろう? この職人の仕事見てライアならどこを評価するんだろう? このダンジョンの敵の強さを見てライアならなんて判断するんだろう? そして俺はなんで素直にライアへの気持ちを伝えられなかったんだろうって、本当に後悔ばかりだ」


 ガイゼルさんは涙を流し、後悔を、迷いを、心の一番、やわらかいところをライアさんに告白する。そんなガイゼルさんの言葉を聞いて


「人はなんで失ってから気づくんだろうね?」


と、ライアさんはガイゼルさんに一つの疑問を呟いた。


「ほんとにな。なんでなんだろうな。俺が教えてほしいよ」


と、ガイゼルさんはライアさんとの会話を忘れないように、心に刻むように泣きながら答える。それを聞いたライアさんは


「それはね。今なら分かる。当たり前すぎて気づかないの。あって当然と思うから気づかないの。なくなることすら想像できないの。いえ、なくすのを想像するのが怖いの。だから、人は大切なものを失くしてからしか気付くことすらできないの。みんな弱いんだよ。だから仕方ないことなんだよ。きっと……」


 人の心の弱さゆえと、ライアさんはガイゼルさんをなぐさめるように話をした。仕方なかったんだよと。


「俺は強くなりたかったよ。強くなったと思ってた。でも弱かったんだな」


とガイゼルさんは呟いた。


「気付いたらそこから頑張ればいいんだよ!」


とライアさんは、しんみりした気分を変えたくなったのか急に明るく話しだした。


「明るく言うなよ。そんなに簡単に強くなれるかよ!」


とガイゼルさんも、その声に引きずられるようにして大きな涙声で返事をする。


 その後は沈黙だけが支配する。二人の会話がぴたりと止まる。そう、二人の時間はもう28分経過していた。残りはあと2分をきっている。そしたらもうお別れだ。二度と話はできなくなる。


「ルナトシア? 聞こえてるんだろう? 特別に返事をしてくれないか? 俺が許すよ」


との声に僕は


「なんですか? 特別って大切な2分でしょう。いいんですか?」


と心配しつつ話をする。あと1分も時間は残されていない。


「お前には聞かれたくない。だから悪いんだが10秒、俺に時間をくれ。10秒、耳をふさいでくれ」


「分かりました。10秒だけですよ?」


 僕は耳をふさいだ。その間の会話は二人だけのものだ。本来なら、立ち入ることすら許されない二人だけの聖域だ。


「耳をふさぎましたよ! あとはご自由に!」


 聞こえたかどうかも、耳をふさいでるから分からないけど僕は大声で話す。


「ルナトシア、ありがとうよ……ライア愛してる。今まで、ずっとありがとうな」


「私もよ。愛してる、ガイゼル。今まで楽しかったわ」


 そして時計の針は30分を指し示し、二人の魔法の30分は終わりを告げたのだった。



 二人がたった1分で何を話したかは分からない。でも会話を終えたガイゼルさんは満足そうな顔をしていた。気にはなったけれども、僕が耳をふさいでた秘密の会話の内容を、ガイゼルさんに聞くのはさすがに野暮やぼってものだろう。


「ありがとうな。ルナトシア」


と店を出るときニッとガイゼルさんは笑った。その晴れ晴れとしたガイゼルさんの顔を見て、この二人は実りある30分の魔法の会話ができたんだと、僕はそう思うことにしたのだった……

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