迷い人の道標 ルナトシア魔導具用品店へようこそ!

冴木さとし@低浮上

第1話 魔導具職人の特別なお仕事

 僕はルナトシアという魔導具作りの職人です。生活に便利な魔導具を皆様にお売りするのが普段のお仕事です。でも特別なお仕事で『二度と会えない人と会わせてあげる』というお仕事もしています。


 魔導具用品店であるならば基本的には便利な魔導具を普及させる、これが本来のお仕事です。でも、とある魔導具で二度と会えない方と会わせてあげて、最後のお話をしてもらう。これが特別なお仕事のメインです。


 生きている人の心残りがなくなるように。亡くなった方の心残りもなくせるように。最後の会話をしてもらう。時間はきっかり30分。それ以上は魔導具の効力はおよびません。


 中途半端だったとしても強制終了です。その方とは金輪際こんりんざい、会えません。二度目はないです。さよならです。


 そうなってしまったら、後悔しか残りません。だから、話したいことが決まるまで僕はいつまでも待ちます。長い時間をかけてでも、話したいことをまとめて決めてもらっています。そうしないと中途半端で終わってしまう方が、あとを絶たないからなんです


 迷っているだけならまだいいです。けれど後悔の大きすぎる負の感情は、悪魔に狙われとらわれて格好の餌食えじきにされてしまいます。


 そのとき、その人に戦える力があればいいですが、そうでなければ悪魔に取り込まれてこの世には何も残らない。


 後悔、無念、呪い、怨念おんねんなどの負の感情が大きければ大きい程、悪魔にとってはごちそうなんです。

 

 そんな考えごとをしていたらお客様がいらっしゃいました。今日はなんの魔導具をお望みなんでしょう。ちょっとお話に行かないと。


「ごめんください。このランプがつかなくなっちゃって。夜、本が読めなくなって困っているの? 直してもらえないかしら?」


「いらっしゃいませ、お客様。何をしていたらランプがつかなくなってしまったんです? 思い当たることってございますか?」


「それが特にないのよ~。いつも通り夜につけて本を読もうとしたらつかなくなってしまったの」


と残念そうに話をするお客様。


「かしこまりました。ちょっと見せてくださいね。え~~っとここがこうなってるから……こっちに魔力が流れてるのかな? ……ん~~っと、はい! お客様。直りましたよ!」


 不具合の原因を見つけ修理が完了。


「あら! もう直ったの? あらあら本当ね。仕事が早いわね、あなた! さすがね!」


「ありがとうございます! ……でも奥様、申し訳ございません。このランプの購入記録によると私のお店で買われたもので、まだ1年も経っておりません。今回の修理代は頂けません。大変申し訳ございませんでした」


と僕は頭を下げる。たまに使った材料自体に不良品が混じることもあるし、それはお客様のせいではない。使っていた状態を聞いてみても変な使い方をしていた訳でもなさそうだ。それなら壊れた原因は作った僕の腕が未熟なせいかもしれないからだ。 

「あらあら、でしたら無料は悪いから、この『お知らせ魔導具時計』くださいな。私は朝がとっても苦手なの」


「ありがとうございます! では早速この商品を包みますね! 銅貨15枚になります」


 平民のお昼ご飯のお値段は銅貨3枚が一般的。高くてもせいぜい銅貨5枚前後だ。


 お店の信用も失わず、お客様も満足されて幸運にも僕の魔導具まで買って頂けた。幸先さいさきのいい朝の出だしだ。


「ありがとうございました!」


とお客様を送り出す。


「また来させて頂くわね」


との言葉に僕は自然に笑みがこぼれる。感謝を込めて


「またお越しくださいませ。誠にありとうございました」


とお辞儀をする僕だった。



 その後もお客様は後を絶たない。次々にやって来ては、修理の依頼や購入をしてくれる。ありがたいお話だ。せっせと仕事をこなして昼休みがやってくる。


 僕は『準備中』の立札をドアノブにかけてお昼ご飯を食べてから、今日の朝の売り上げを計算する。お釣りの間違いはないようだと、ほっと胸をでおろす。


 そんな毎日がいつも続く。それでいいのだと思っている。その方がいいのだとも思っている。


 けれども、お客様はやってくる。お昼ご飯のあとの時間。やってくるとしたらこの時間、僕は事前に決めている。


 準備中の立札を見てもなお、ノックを2回、間をあけてさらに4回リズムをきざむ。


なつかしい空。沈む太陽。振り返るは想い出ばかり。その果てに何を望むか見てほしい」


 男性の声だった。


「空は何色? 頼れるものは月明り。それでも進む覚悟はあるや、それともいなや?」


 と僕は返事をする。


「空は闇。月明りでは足りない道標みちしるべ。記憶が欠けても構わない。道案内をしてほしい」


 僕は、できれば来ないで欲しかったこの方の来店理由をぼんやり考える。ドアを開けてお店の中へまねき入れる。


「合言葉を一字一句の間違えないとは本気なんですね?」


と、僕は男に問いかける。


「あぁ、本気だ。俺には記憶を失う事になったとしても、どうしても会いたい女性ひとがいる」


「依頼料は、びた一文まけません。お支払いはできますか?」


「金貨10枚だ」


 ドンッ!と金貨10枚入った袋を机の上に叩きつける男。金髪の蒼瞳、無精ひげも生やしている。泣いていたのだろうか? 目が充血しているようだ。


 けれども身なりはしっかりした高そうな良い生地の服、そして装備品を身に着ている。冒険者かな? と、僕はそう思った。


 上級冒険者なら金貨10枚なら払えるだろう。だから僕は値段をり上げる。


「いいえ、足りません。相場は金貨20枚です」


それを聞いて男は目を見開く。


「そんな馬鹿な話があるか! 金貨20枚? 俺が聞いた相場と違いすぎる! 30分なんだろう? 割に合わない!」


「でも、それが僕の正当な相場です。それが嫌なら別の心当たりを探すといいですよ」


と僕は素気無そっけなく帰ってくださいと、そう告げる。


 男は拳を握りしめ、チッと舌打ちして


「安くはならないのか?」


と聞いてきた。僕は


「金額はびた一文まけないとお話ししたはずです」


と突き放し、そして続ける。


「一応、念のため伝えておかないといけませんね。あなたが会いたい人の魂が、あなたに会いに来てくれるかどうかはわかりません。そしてあなたの会いたい人があなたの望む答えを言ってくれる保証はありません。魂の言葉です」


「俺はそれでも構わない。ライアの本心が知りたいんだ!」


嘘偽うそいつわりの言葉は帰ってきません。あなたが会いたいというライアさんの本心です。建前もありません。亡くなったライアさんの本心が魂から告げられる。それでも、望む答えが返ってくると信じる理由はなんですか?」


「俺がライアを愛しているからだ! 他に理由がいるのか!?」


 真剣に話すこの男はライアさんを信じているんだなと僕は好感を持つ。それだけ愛していたんだろう。けれども、僕は注意点を述べる。


「ライアさんがどう思っているかは分かりません。本心は全く別かもしれない。全く違ったとき、あなたはその事実に耐えられますか? 望む答えが返ってこなくてもあなたは満足しますか? そして30分後、望む答えが返ってこなくてもそこで会話を終わりにできますか?」


と僕は確認する。なぜか?


「たとえ記憶を失うことになったとしても、答えを知りたい俺を止める理由になりはしない」


 男は真剣な顔つきで答えた。そう、リスクとは亡くなったライアさんとのあらゆる記憶がこの男から一切なくなってしまうことだ。僕がこの来訪を心から素直に喜べない原因でもある。


 ライアさんの記憶を全て失ってしまう。初めから、ただ何もなかったことになってしまう。出会ってすらいなかったことになる。


 そして亡くなったライアさんの魂は、もうどこにもいなくなってしまう。忘れ去られた魂は闇という名の混沌にちるのだ。呼び声に応えるライアさんの魂にもリスクがある。


 そして、混沌に堕ちたら最後、この世にもあの世にも魂自体が存在しなくなる。


 この男が僕に会いに来た記憶もなくなり、亡くなったライアさんの記憶もすっぽり依頼人からなくなってしまう。


 だからこそお金は先払い。会いたい人に会わせてあげても、記憶がなくなれば「そんなの知らない」と突っぱねられてしまうからだ。


 会いたくて会いたくて仕方なくて、ようやく会えて喜んだ。それなのに二人の話の結果次第では、ライアさんの魂は存在しなかったことになってしまう。


 楽しかった想い出も、辛かった想い出も何もかもなくなってしまう。それが僕が偶然、生み出したこの魔導具の唯一の欠点だ。


 だからこの仕事は特別なお仕事。失ったときのリスクがあまりにも大きすぎる。だから誰も知られないように時間を決め、ノックのリズムを決め、合言葉を決めた。決して手を出してはいけない、本来は禁忌きんきの魔術のわざだから。


 僕はたまたま失敗と偶然が重なって、この魔導具を作れてしまった。壊してしまおうかと思ったことは何度もある。けれども、僕はそれができなかった。


 だから普段は魔導具を売って生活費を稼いでいる。普通の魔導具用品店なら収支はちょっと黒字くらい。大きな黒字なんて狙えない。それでも、生活していけるならそれでいいと思っている。


 だからといってこの特別なお仕事にはお金では決して買えない。お金のみを求めていたら絶対に割に合わない……でも、この魔導具を通してしか経験できないものがある。僕はそれに気づいてしまった。


 だからこの特別なお仕事を続けている。


 ちょっと亡くなった方と話ができる。それだけでみんなが満足してリスクが何もないのであれば、この特別なお仕事を僕だって大きな声で宣伝する。「みんなに使ってみてください! こんなにすごい魔導具なんです!」と、自信をもって宣伝していただろう。


 けれども、亡くなった人に会って世間話を30分だけ話をしたいだけなのか? 愛する人の記憶を失う覚悟してでも会って話がしたい何かがあるのか? この条件から既に、僕たちはこの魔導具に試される。


 愛する人の記憶を全て失ってまで30分だけの魂との再会に、この男は何を賭けるのか? 何を話したいというのだろう。大きすぎるリスクを背負ってまで、亡くなった人の魂に何を伝えたいというんだろう。


 想い出にしておけばいいのに。失くしたことも気づかずに生きていくのは悲しいことではないだろうか?


 そんなことをこの男と話しながら、僕はぼんやり考えていた。


「僕は注意点を話しました。あとはお金の話です。金貨20枚、びた一文まけません。そして前払いが鉄則。でも、前払いであればいつ払うのも自由です。すぐに魔導具を使わなくても大丈夫。何年前に払ってもらっても構いません。もちろん魔導具を使う直前でも大丈夫。いいですね?」


 と言ってから、僕は思い出したように話をする。


「いつ払ってもらってもいいですが、僕が死んでいたら当然、あなたのご依頼はお受けできません。事前に払い終わっていてもお金は返ってきませんし、会いたい人にも会えないままです。それでもいいですね?」


と僕は念には念を押して確認する。


「分かった。文句はないさ。ライアにまた会えるというのなら」


冒険者風の男はそう言った。


「あとはお二人だけでお話がしたいとは思いますが、何かアクシデントがないとは限りません。ですから僕はお二人の会話を同じようにお聞きします。ですが僕がお二人の話に横から入ってお邪魔をすることはありません。お二人の魂を守るためです。お二人の話を聞いてしまうことをお許しください」


 このお話をする時がほんとに辛い。二人きりで話をしたいだろうし、僕だったら絶対に嫌だと思うからだ。


「ライアに会えるのなら問題ない。他に手段も伝手つてもないしな」


 それを聞いた僕は質問をする。


「あなたの名前を教えてください」


「俺はS級冒険者のガイゼルだ」


「ありがとうございます。僕の名前はルナトシアと申します。以後お見知りおきを」


と答え、そして


「それならライアさんと話したいことをいつまでかかっても構いません。まとめてきてください。先ほどお話したように、前払いさえしてくれていれば、日付はいつもでも構いません。ただし時間は午前2時からの30分だけ」


「ほんとに30分だけしかないのか? 何か他に方法はないのか?」


「ないです。この30分だけが幽世かくりよと一番近づく時間なんです。この時間しかありません。遅れたらそれだけ話せる時間は短くなります。いいですね?」


「ああ。分かった」


と返事を聞いて僕は


「それではガイゼルさんのまたのご来店を心よりお待ちしております」


と僕は丁寧に頭をさげた。決意を秘めた顔をしてガイゼルさんは帰っていった。

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