隠密同心。直方左近

吉田 良

出会い

一、


 十五夜の頃である。府中と日野の宿の間の辺り。多摩川の近くの、すっかりと色づいた

すすきの中に隠れている男が居た。


 身を潜めて、必死に息を殺している。

ただ、腕を斬られていて、痛みを堪え腕を押さえている。


「何処へ行った」


「手負いだからな。そんなに遠くには行けん筈だ」


 隠れている男を四人の修験僧姿の男達が探している。


「んっ、」


 血の跡を見つけた男が周りの男達に黙るように合図をした。


「向こうに、逃げたのかも知れんな」


 そう言って、周りの男達と遠ざかって行く

隠れている男は安堵して大きく息を吐いた。

 その時だった。


彦佐ひこざ


 突然、後ろから声を掛けられた。

 彦佐と呼ばれた男は驚いて振り向く


「おかしら


 周りの男達より少し背の低い、年配の男がにやりと笑っている。


「ざんねんだったな。手負いなのに見つかってしまって」


 彦佐は男達に囲まれた。

太腿も斬られていて、座ったまま足を引きずる。

 その姿を見て、にまにまと笑いながら


「逃げた忍びの行く末は知っておろうな」


 彦佐は観念を決め


「さっさと殺して下さいよ」


「はっ、はっ、はっ、」


 忍びの頭である。刀座とうざが笑い声を上げて


「簡単に殺す訳が無かろう。さんざん、苦しんでから死んで貰うわ」


「ちっ、」


 彦佐が舌打ちをした。


「ざんねんだよ。彦佐、お主の兄は小頭まで勤めたと云うのに」


「兄貴は仲間を逃がす為に、火盗かとうに斬られましたけどね」


「仕方が無い。それが頭たる者の務めだ」


「自分は真っ先に逃げたくせに」


「その事を恨んでおるのか」


「違いますよ。もう、盗賊は嫌になったんですよ。こんなのは忍びのやる事じゃ無い」


 刀座は剥きになり


「仕方が無いじゃろが。太平の世に忍びは、それほど必要とはされぬからな」


「そうだ。あんな山奥の痩せた土地では、

 一族を養えぬわ」


 他の忍びも口を挟む


「だからって、罪の無い商人達を殺しても良いんですか」


「証拠は残せぬのじゃ、仕方が無かろう」


 話しても無駄だと、それきり、彦佐は黙り込んだ。

 静かになったのを見て刀座は


「まあ、良い。人目のつかぬ所に運ぶぞ」


 そう言って、周りの男達に指示を出した。



二、


 その時だった。


「痛っ、」


 突然、男達の一人がこめかみを押さえた。


「どうした」


 こめかみに刃物が当たって落ちたのだ。

驚いて、男達が辺りを見渡すと


「んー、やっぱり、小刀は苦手なんだよな」


 一人の浪人が表れた。


「何者だ」


 刀座の問いに

 浪人は面倒臭さそうに首元を掻きながら


「直方左近。浪人風の侍だ」


「浪人風?」


「まあ、本当の浪人では無いからな」


「はあ、」


 刀座は呆れて


「浪人、さっさと消えぬと命は無いぞ」


「命が惜しいなら。ここには出てこんだろ!」


 言いながら左近はにやりと笑い


「まあ、俺は勝つけどな」


「ぬかせっ、」


 修験僧の一人が、二本刀で左近に襲い掛かった。

 左近は刀を抜いて、修験僧の刀を受けた。


「せい、」


 修験僧はもう片方の刀で左近を斬ろうとしたが、左近はかわしながら、受けた刀をそのまま滑らせて、修験僧を袈裟斬りで斬った。


「ぎぇ、」


 修験僧が倒れる。


二本刀にほんがたなは片手持ちだからな。今一つ、力が入らねぇんだよ。それに、二本になると短めの刀を持ちたくなる。

 だから、間合いが近くなって、一本の両手持ちの方が有利になる」


 得意げに、左近が講釈を垂れている。


「二人で同時に行け!」


 刀座の言葉に、残りの二人が刀を抜き、

 左近に対峙する。

 左近は正眼に構え。すっと、息を吐いた。


 二人が左右から同時に斬り掛かると

左近は進んでそれをかわして。振り返り、

また、斬り掛かって来た刀を弾いた。

 別の方から来た刀も弾いて、振り向きざまに半身をずらして一人の修験僧を斬った。


「ぐぇ、」


 残る一人が、すぐに斬り掛かって来た。

それを刀で受け、つばぜり合いになったが、相手を突き飛ばして、素早く進んで、逆袈裟で斬った。


「ぐぉ、」


 残りは刀座、一人になった。

 一瞬の出来事に彦佐は驚いている。


「凄い、うちの一族でも使い手ばかりだぞ」


 刀座も驚いたが、怒りの方が増している。


「おのれー、ゆるさぬぞ」


 刀座は、細長い仕込み刀を、二本抜いた。


「だから、二本刀は意外と不利なん。んっ、」


 思ったよりも、長い


「お侍様。気を付けて下さいよ。速いですから」


 彦佐は助言したが

 刀座が恐ろしい早さで左近を突き出した。


「ひぇっ、」


 左近は体さばきや刀で必死にかわす

 だが、何回かは体を突かれている。


「痛てーな。さすがは盗賊の頭だ」


「盗賊では無い。忍びだ」


 刀座が反論するが


「盗賊だろ、人殺しの!」


「死ねっ、」


 刀座が怒りに任せて、又、左近を突いたが


「だんだん慣れてきたぞ!」


 突いて来た所に刀を差し込んで、刀の動きを止めた。


「馬鹿め、」


 刀座がもう片方の刀で突いて来たが、左近は避けながら体を回して、袈裟斬りで刀座を斬った。


 肩の辺りを斬っただけで、致命傷では無かった。刀座は又、素早く突いて来たが、

左近は更に体を回して後ろに回り込み、

刀座の背中を袈裟斬りで斬る。

今度は致命傷だ。


「もう少し若かったら、勝てたかもな。

 だんだん、突きが遅くなってるんだよ」


 四人の修験僧姿の男達は皆、斬られた。

 すっかり、諦めていた彦佐も驚いている。

 左近のお陰で命を拾ったのだ。



三、


 当の左近はしゃがんで何かを探している。


「何をしているんですか?」


 彦佐の問いに


「さっき投げた。小刀を探しているんだよ。結構、高かったからな」


 彦佐は笑みを浮かべながら


「わたしのくないを、差し上げますよ」


「くない?」


「棒手裏剣ですよ」


「ああ、棒手裏剣な」


「どうして、助けたんですか」


「悪い奴らを斬った」


「悪い奴ら?」


「盗賊を倒すのは、隠密同心として当たり前だろう」


「隠密同心なんですか!」


「そうだ。言わなかったか?」


「言ってないですよ」


「そうか」


 左近は立ち上がると


「さてと、まずは立てるのか?」


 彦佐は足の傷を見せて


「片足なら」


「そうか」


 左近は手拭いを出して。彦佐の太ももの傷をきつめに縛り


「腕は大丈夫か」


「はい」


「そうか」


 そう言うと、左近はしゃがんで


「乗れよ」


 おんぶの仕草をした。

 彦佐は驚き


「そんな、おそれ多いですよ」


「いいから、乗れ」


 左近の強めの口調に


「すいません」


 彦佐はしぶしぶの左近の背中に乗った。

 左近は歩きだし


「行く当ては有るのか」


「ありませんよ。どっか、紹介してくれるんですか」


「まあ、隠密同心だからな。人、一人位は

 面倒は見れんだろ」


「雇って下さるんですか」


「まあ、考えてみろや」


 左近の肩に掴まりながらも彦佐は、この気さくな侍に、不思議と初めて会った気がしなかった。


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隠密同心。直方左近 吉田 良 @ryo1944

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