第18話

 噂には聞いていたが、千鳥の家は立派な豪邸だった。


 高級住宅地の中でも他とは違う存在感を放っている。


 洒落た塀の向こうに見えるモダンな建物は、駐車場だけでも小太郎の家より大きい程だ。


 どうしてこんなお屋敷に住んでいる子が僕なんかを好きになったんだろう……。


 気後れして、改めてそんな事を思ってしまうが、小太郎は頭を振って余計な考えを追い出した。


 お金持だからといって遠慮するのは、貧乏だからと見下すのと同じ差別だ。


 そういうのは良くない。


 大事なのはお互いに好きか嫌いか、それだけの筈だ。


「……よし」


 声を出して気合を入れると、小太郎は画面の付いたインターホンを慣らした。


 応対したのは二十代くらいの茶髪の女性だった。


 垢ぬけた雰囲気で、見るからに陽キャのオーラを放っていたが、口調だけは妙に丁寧だった。


 母親という歳には見えないから、姉なのだろう。


 その割には、似ている所が一つもないが。


 気になって聞いてみたら、家政婦ですと返ってきた。


「家政婦さんっ!?」


 思わず小太郎は声に出して驚いてしまった。


 これだけ立派な家なのだ。


 そりゃ、家政婦の一人もいるだろう。


 住んでる世界が違い過ぎる……。


 そんな風に思いたくなくとも、浮かんでくる思いはどうにもならない。

 

 †


 出迎えたのは千鳥の母親だった。


 親子なのだから当たり前だが、千鳥によく似て美人だった。


 千鳥を大人にして、角を丸く削ったような、おっとりとした雰囲気の女性である。


「いらっしゃい。あなたが小森君ね。うちの子から話は聞いてますよ」


 朗らかな笑顔を向けられて、小太郎は恐縮した。


 いったいどんな話を聞いているのだろう。


 小太郎は千鳥の告白を断り、他の二人と一緒にキープしているような状態だ。


 そんなつもりはないのだが、そう言われれば言い訳出来ない状況である。


 そこまで知っているのなら、とてもじゃないが歓迎される立場ではないと思う。


 そこまで知らなくても、娘の告白を断った男がどの面を下げてお見舞いに来ているのかと思われいるかもしれない。


 ほとんどなにも知らないのか、余程人間が出来ているのか。


 気まずい思いを抱えながら、取り合えず小太郎は道中で買った手土産を渡した。


「つまらない物ですけど……」


 商店街のケーキ屋さんで買った、ごく普通のシュークリームだ。


 ただのお見舞いにお土産も変だと思ったが、千鳥が休んだのは十中八九自分のせいである。


 せめてものお詫びのつもりで用意したのだが、今になって小太郎は後悔した。


 大豪邸のお家の人に渡すようなお土産ではない。


 言葉通り、つまらない物になってしまった。


 千鳥の母親は無邪気に喜んでくれたが、小太郎の気持ちは俯くばかりである。


 大体この後、どんな顔で千鳥に会ったらいいのか。


 悶々としながらも、小太郎は千鳥の部屋まで案内された。


 案内が必要なくらいには広い家だった。


「それじゃ、あとはごゆっくり。なにがあっても、お母さんは気にしませんからね」


 扉の前まで来ると、千鳥の母親は含みのある言葉を残して去って行った。


 緊張しながらノックをすると、「は、入ってくれ!」と千鳥が答えた。


 くぐもった声は、カラオケルームの中から叫んでいるみたいだ。


 この部屋はちょっとした防音が施されているのかもしれない。


 事実、千鳥の部屋の扉は重くて頑丈だった。


 中に入って小太郎は呆気に取られた。


 広かったのもそうだが、内装が物凄くファンシーだった。


 全体的にパステルピンクで、至る所に可愛い系のぬいぐるみが飾ってある。


 最も目を引くのはベッドだった。


 桃色のフリルとレースで飾られた、お姫様みたいな天蓋付きの大きなベッドである。


 枕元にはずらりとぬいぐるみが並べてある。


 千鳥の姿は見えなかった。


 ホイップクリームみたいな白とピンクの掛け布団が不自然に盛り上がっている。


 その中に隠れているらしい。


 どうしょう……。


 小太郎は困ってしまった。


 ただでさえ豪邸で気後れしている所に、予想外のパンチを貰ってしまった。


 千鳥が少女趣味で悪い事なんか一つもないのだが、あまりにもイメージとかけ離れている。


 電話した時は怒っているようには感じなかったが、隠れているという事は本当は顔も見たくないくらい怒っているのかもしれない。


「……えっと、お見舞いに来たんだけど」


 様子を見るつもりで、とりあえずそれだけ言った。


 掛け布団の丸みがビクリと震える。


「あ、ありがとう。す、少し、待ってくれないか。こ、心の準備が、ま、まだなんだ……」


 布団の中から千鳥答える。


 なんの準備が必要なのかわからないが、小太郎は言われた通り待つことにした。


 手持無沙汰になると、不意に千鳥の部屋から物凄く良い匂いがする事に気付いた。


 石鹸とか芳香剤とか香水とか、そういった人工的な匂いではない。


 もっと生々しい、濃縮された女の子の匂いだ。


 それに気づいた時、小太郎は急に胸がドキドキしてきた。


 無性に恥ずかしくなり、いけない場所にいるような気になった。


 ドキドキするのは胸だけではなかった。


 バカバカバカ!


 悪い自分を叱りつけると、小太郎はブンブンと頭を振って学校の授業を思い出した。


 僕はお見舞いに来たんだ!


 ただそれだけ。


 それと、謝りに来たんだ!


 変な事を考えるんじゃない!


 バタバタしていると、不意に視線を感じた。


 ふわふわの大きな掛布団から目元だけ出して、千鳥がこちらを見つめていた。


「わぁっ!」


 驚いた拍子に、千鳥がサッと布団に隠れた。


 まるで臆病な小動物である。

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真面目が裏目に!? 学校一の美少女の告白を断ったら急に周りの女子から告白されて修羅ばりました。 斜偲泳(ななしの えい) @74NOA

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