第17話
あれ程の醜態を晒したら、小太郎に合わせる顔がない。
なにが優等生の生徒会長だと幻滅し、嫌われてしまっただろう。
その事を思うと千鳥は死にたくなる程胸が苦しくて、翌日学校をズル休みをしてしまった。
規則正しい生活を心がけ、滅多に身体を壊す事のない千鳥である。
両親も何事かと心配したが、本当の事なんか言えるわけがない。
やましい気持ちになりながら下手くそな嘘をついたが、母親は深くは追求しないでくれた。
きっと、最近千鳥の様子がおかしい事に気付いていて、色々と察してくれたのだろう。
ありがたい反面、そんな優しい母親を騙す事が余計に胸を苦しくさせた。
大体にして、ズル休みなんかしたところで問題が解決するわけではない。
あんな事があった後だから、千鳥が休んだ事は学校中の噂になっているだろう。
小太郎にも迷惑がかかるかもしれない。
いや、かからわないわけがないのだ。
千鳥なりに精一杯迷惑が掛からないように周りを牽制してはいるが、一人の女子高生に出来る事なんかたかが知れている。
これまでふった有象無象、身勝手な好意や憧れを抱くその他大勢が小太郎に嫉妬や逆恨みの気持ちを抱いている気配は嫌という程感じている。
その事を思うと、申し訳なくて吐き気がしてくる。
でも諦められない。諦めたくない。諦めたら負けな気がする。
ここで引いたら、自分は一生まともな恋なんか出来ないだろう。
そんな意地みたいな気持ちで小太郎に迷惑をかけるのも心苦しい。
だが、好きな気持ちは本当だ。
今だって、自分が休んでいる間にモブ子とビッチが小太郎と距離を詰めていると思うと気が気ではない。
卑劣で卑怯な連中だから、ここぞとばかりに結託して、ある事ない事吹き込んで昨日の出来事を全部千鳥のせいにしているかもしれない。
いやしている。
していないわけがない。
なんなんだあいつらは!
なんで私ばっかりこんな目に!
酷いじゃないか!
どうして小森君はあんなのと比べて迷うんだ!?
どう考えたって私の方がイイ女なのに!
そんな風に考えてしまう自分も嫌だ。
そんなつもりはなかったのだが、モブ子の言う通り自分は内心で他人を見下していたらしい。
今回の出来事で、嫌という程それを思い知った。
認めよう。
自分は傲慢な人間だ。
心のどこかで、小太郎が自分を選ぶのは当然だと思っている。
あの二人と同列に比べられるだけでプライドが傷つき、嫉妬の炎が燃えさかり、耐えがたい怒りと屈辱で腸が煮えかえりそうになる。
醜い。卑しい。浅ましい。汚い。
そんな自分が小太郎に好かれるわけがない。
そう思って気分が沈む。
ズル休みなんかしなきゃよかった。
暇だから、考えたくない事をつらつら考え、自己嫌悪の底なし沼に沈んでしまう。
勘違いされがちだが、千鳥は前向きな人間ではない。
むしろ、思いきり後ろ向きな人間だった。
他人の目が気になって仕方ないし、なんだってすぐに悪い方向に考えてしまう。
だから必死に優等生ぶり、悪い事が起きないように良い子にしている。
ただそれだけの事なのだ。
あぁいやだ。
明日も休みたい。
でも小森君には会いたい。
でも合わせる顔がない。
怒ってたらどうしよう。
嫌われてたらどうしよう。
確かめたい。
確かめるのが怖い。
もうやだ、何も考えたくない。
なのに考えてしまう。
勝手に考えて勝手にイライラして堪らない。
あぁ小森君、小森君小森君小森君小森君。
鬱々とイライラと寂しさと不安に苛まれながら、頭からすっぽり布団を被って、以前小太郎に送って貰った自撮り画像を眺めている。
はにかんだ笑顔が物凄く可愛い。こんな可愛い生き物が存在していいのかと胸を掻きむしりたくなる。それで安心する。私はちゃんと小太郎君の事が好きなんだ。下らない意地で彼に拘ってるわけじゃないんだ。だってこの画像を見ているとこんなに胸が切なくなるんだから。
切ないのは胸だけではない。
左手で携帯を握りしめながら、千鳥の右手はお腹の下に伸びていた。
本日五度目のイケない遊びだ。
優等生はストレスが溜まる。気軽に愚痴を吐ける相手も周りにはいない。下手な事を言ったら言いふらされるかもしれないのだ。
だから自分で解消するしかない。
それで悪い癖がついてしまった。
学校一の美少女は、イライラするとムラムラしてしまうのだ。
ズル休みをして暇という事もあり、今日は一日中一人遊びに興じていた。
自己嫌悪の沼に溺れては自分を慰め、甘い快楽の果てにいくばくかの平穏を得る。
けれどすぐに、そんな自分が卑しく思えてまた自己嫌悪が始まり、自分を慰め……。
あぁ、私はなんて卑しいのだろう!
自分で自分が情けなくなるが、やめる気にはなれない。
だって気持ち良いんだもん。
必死に自分を慰めている間は余計な事を考えずに済む。
一人遊びをしている時だけは、頭を空っぽにして大好きな男の子の事だけを考えていられる。
「ふ、ふ、ふぐ、ふぐぅ……。小森君、好きだ、小森君、好き、好き、好きだぁ、う、うぅっ!」
あぁ、直接彼に触って貰えたらどんなに良いだろう。
そう思いながら五度目の絶頂を迎えようとしたその時。
携帯に愛しい男の子の名前が表示され、大音量の着信音が響き渡った。
「うわあああああああああ!?」
ビックリして危うくおしっこをちびりそうになった。
というかちょっとちびったかも。
トイレに行くのすら億劫で、おしがましながら励んでいたのだ。
まったく、なんてタイミングでかけてくるんだ!?
いや、それどころではない。
驚いて通話アイコンに触れてしまった。
「も、もひもひ!? ちゅ、ちゅるかわれふ!?」
軽くパニックになりながら電話に出る。
パジャマとパンツを膝までずり下げながら好きな男の子と電話している!?
『小森だけど……。大丈夫? お休みだって聞いて、心配で電話したんだけど……』
『だ、大丈夫! ちょっと気分がアレなだけだから!?』
アレってなんだ!? もう、まともな言い訳なんか全然出てこない。
小森君が心配して電話してきてくれた!
嫌われてなかったんだ!
それだけで、千鳥は天にも昇る気持ちだった。
救われた気持ちになりつつ、頭の中の悪い子がいけない事を考えてしまう。
こ、このまま触ったら、ダメかな?
ダメに決まっている。
で、でも、途中だったし……て、バカ! なにを考えているんだ私は!?
『本当に大丈夫? なんか息が荒いみたいだけど』
ドキッとして心臓が冷たくなる。
やっぱりだめだ。
そんな変態みたいな事をしているとバレたら、今度こそ嫌われる。
「ほ、本当に大丈夫だから。その、病気とかじゃなくて、気持ちの問題で……」
『うん。昨日の事だよね。それでちょっと話がしたいんだけど。お見舞いに行ってもいいかな?』
それでちょっと話がしたいんだけど。お見舞いに行ってもいいかな?
それでちょっと話がしたいんだけど。お見舞いに行ってもいいかな?
それでちょっと話がしたいんだけど。お見舞いに行ってもいいかな?
千鳥の中で小太郎の声がリフレインした。
『もしもし? 千鳥さん? もしも~し?』
「もちろん良いに決まっている!?」
『うわぁ!?』
思わず叫んでしまい、小太郎が悲鳴をあげた。
「す、すまない!? う、嬉しくて、つい……」
『う、うん。それじゃあ今から行くから、お家の場所教えてくれる?』
「わ、わかった……。き、気を付けて来てくれ……」
通話を切ると、千鳥はお尻を丸出しにしたまま暫く茫然とした。
小森君がお見舞いに来る?
マジで?
試しに頬を抓ってみるが、夢から覚める気配はない。
「……いやっっっっったぁああああああああああ! うわぁ!?」
ベッドの上で飛び跳ねると、脱ぎかけのパジャマが足にひっかかり、頭から床に落ちた。
「ちーちゃん? どうしたの~?」
心配そうな母親の声が下から響いてくる。
「な、なんでもない! お、友達が、お見舞いに来てくれるって!」
ドアを開けて一階に叫ぶと、母親はなんとなく察してくれたらしい。
「どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう!」
熊みたいに部屋をウロウロすると、千鳥はハッとした。
「こうしてはいられない! と、とりあえず、お風呂に入らないと!?」
昨日だってちゃんと入ったが、もう夕方だし、朝から五回もしてしまったのだ。
臭いと思われたら絶対に嫌だ。
それにほら。
なにかあるかもしれないし。
なにが?
知るか!?
千鳥の頭は完全に浮かれポンチになっていた。
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