第16話

「こういう場合、大島君だったらどうする?」


「チビ太を殺して俺が三人を幸せにする」


 忌々しそうに小太郎を睨むと、慧伍はしかめっ面で肉うどんをすすった。


 翌日の昼休みである。


 小太郎は困った現状をどうにかするべく、弁当を忘れた慧伍を追いかけて食堂にやってきていた。


「僕は真面目に聞いてるんだよ。ふざけないで真面目に答えてよ」


「うるせぇ。てか、なんで俺がチビ太の相談にのってやらなきゃならねぇんだよ」


「大島君ってモテるでしょ? 色んな女の子をとっかえひっかえして二股三股は当たり前だって聞くし。この手の問題について聞くなら大島君しかないかなって」


 昨晩必死に考えたのだが、頭がグルグルするだけで考えらしい考えは一つも浮かんでこなかった。小太郎には、複雑な女性問題に立ち向かえるような経験値が圧倒的に不足しているのである。それで、ヤリチンでモテ男の慧伍に助言を貰おうと思ったのだ。


「確かに俺はモテる。イケメンだからな。チビ太に対しても思う事は山ほどある。けど助けてやらねぇ。なんでかわかるか?」


「ケチだから?」


「ちがうわ! てめぇが嫌いだからだよ!」


 慧伍が食堂の長テーブルを叩く。


 同じテーブルでお昼を食べていた下級生がびっくりして怯えている。


「やめなよ。迷惑でしょ」


「てめぇのせいだろ!? チビ太の癖にモテやがって! しかも全員振って彼女候補でキープとか生意気なんだよ!」


「そんなつもりじゃなかったんだけど、やっぱそういう風に見えるよね……」


 義務感でお弁当を口に運ぶと、小太郎は深々と溜息をついた。


 小太郎としては、学校一の美少女が自分なんかに告白するなんてなにかの間違いだと思ってお断りした。暫く友達として一緒に過ごせば、千鳥も勘違いに気付くだろうと。


 そしたらあれよあれよと栞とリリカにも告白されてしまった。


 こうなると話が面倒である。


 最初に告白してきたのが栞やリリカなら、もしかしたら普通に付き合っていたかもしれない。


 けれど、それではお試し期間中の千鳥を裏切ることになる。


 そう思って二人とも一旦お断りしたのだ。


 その時はそれが最善だと思ったのだが、今になって思うとキープと言われても仕方ない状況である。


「そうやって自分は悪くないみたいな顏してる所もムカつくぜ。甲斐性無しのくせに偽善者ぶってみんなに良い顔してるからそういう事になるんだよ!」


「うわ~、傷つくな。でも、そうかもね。やっぱり大島君に相談してよかったな」


 タイプが全く違うので苦手意識を感じていたが、だからこそ相談役にはいいのかもしれない。嫌われているからズバズバ物を言ってくれるし、慧伍を頼ったのは正解らしい。


「うるせぇ! これ以上話しかけんな! 俺とお前は友達じゃねぇだろ! 飯が不味くなる! あっち行け! シッシ!」


「そんな事言わないで助けてよ。大島君と話してたらなんとかなりそうな気がして来たし。お礼にロイコクロリディウムのカードあげるからさ」


 小太郎が取り出したのは寄生虫王者パラサイトキングのレアなキラカードである。


 ロイコクロリディウムはオカモノアラガイ科のカタツムリを中間宿主として利用する事で有名な寄生虫である。


 スリーブに入ったカードには、カタツムリの触覚に寄生したロイコクロリディウムがカラフルに描かれている(*かなりグロイので気になるお友達は自己責任で検索してね)。


 食事中にそんな物を出されて、慧伍はブフっと盛大に噎せた。


「てめぇチビ太!?」


 目の色を変えて小太郎の胸倉を掴むと。


「それを先に言いやがれっての!」


 あっさり掌を返してキラカードをひったくった。


 現在二年一組の男子の中では、このゲームが大流行しているのだった。


 そこまでではないが、小太郎も少し遊んでいる。


 それを知ったリリカがあーしもやる! とゲーセンで挑戦し、ビギナーズラックで引き当てたのがこのカードである。


『うぎゃああああ!? なにこれ、キモすぎ!? こんなのが流行ってるとか、男子どうかしてんじゃないの!?』


 と速攻で引退し、カードだけ譲り受けた形だ。


 ちなみに小太郎のお気に入りカードはウオノエである。漢字では魚の餌と書き、宿主となる魚のエラから侵入し、舌に取り付いて血液を吸う。最終的に舌は壊死して、ウオノエが舌の役割を果たすという変わった寄生虫である。


 時折スーパーの魚の口から発見される事もあるが、人間に寄生する事はないので心配する必要はない。一部の愛好家の間ではエビやシャコに似た味わいがあって美味だと言われている(*まぁまぁグロイので気になるお友達は自己責任で検索してね)。


 ともあれ、慧伍は協力する気になったらしい。


「それで、結局チビ太はどうしたいんだよ」


 愛おしそうにロイコクロリディウムのカードに頬擦りしながら聞いてくる。


「どうしたらいいのかなぁ。出来れば誰も傷つけないようにしたいんだけど」


「そりゃ無理だ。諦めろ」


「えぇ!? そんなぁ!」


「だってそうだろ。チビ太は一人、チビ太の事が好きな女は三人。どう頑張っても二人余る。小学生だって出来る算数だ」


「そうだけど……そんな簡単に割り切れないよ……」


「仕方ねぇだろ。恋愛ってのはそういうもんなんだよ。上手く行く方がよっぽど少ない。べつに失敗したって死ぬわけじゃねぇんだ。むしろ失敗もしないで大人になる方がやべぇと思うけどな」


「それで慧伍君は女の子とっかえひっかえしてるの?」


「言い方! まぁ、そうなんだが。告られたから取り合えず付き合ってるだけだっての」


「好きでもないのに付き合うの?」


「付き合ってみなきゃ好きかどうかわかんねぇだろ」


「そういうもん?」


「わかんねぇけど。それこそ練習だよ。たった一度の人生なのに一人の女しか知らないとか勿体ねぇだろ。大人になってこんな事してたら不倫だなんだでめんどくせぇし、遊べる内に遊んどけって感じか?」


「ん~。なんか凄いクズっぽいけど、説得力あるなぁ~」


「クズは余計だっての! まぁ、人生経験の差だな? これに懲りたら少しは俺を敬え! なんにしても、ダメな時はダメなんだよ。そういう時は変に良い顔しないで、開き直ってクズになった方がマシだ。それこそ、それで嫌われるならそれまでの相手って事だろ?」


「……そうかも。ていうか、そうかも! わかんないけど、なんかわかった気がする! 大島君ありがと! なんかちょっと好きになれたかも!」


「チビ太に好かれたって嬉しかねぇよ! ほら、用が済んだらとっとと去ね!」


「は~い。あ、そうだ大島君。あと一つ」


「なんだよ」


「なんか彼女っぽい人が後ろで怒ってるよ?」


 ぎょっとして慧伍が振り返る。


 そこにはバレー部っぽい長身の上級生が腕組みで立っている。


「た、谷中先輩? ど、どうしたんすか?」


「……これ、どういう事か問いただしに来たんだけど」


 谷中先輩の突き出した携帯には、慧伍が見知らぬ女子と楽し気に腕を組んで歩いてる画像が表示されている。


「ふーん。そう。そっか。そうなんだ。慧伍にとっては、あたしとの関係も練習でお遊びだったと?」


「あ、あははは、や、やだなぁ。そんなわけないじゃないっすか。先輩はマジっすよ。マジに本命。そいつは従妹で……」


「へ~? あたしって従妹だったんだ? 知らなかったな~?」


 別の方向から、画像に写っていたパンクバンド好きっぽい女の子が登場する。


「紗理奈!? ど、どうしてここに!?」


「谷中先輩と話し合って、二股野郎をこらしめてやろうと思って」


「い、いや、あの、その、ち、チビ太!? 助けてくれ!? 友達だろ!?」


「ただのクラスメイトでしょ? 邪魔しちゃ悪いから、僕行くね」


 小太郎はそそくさと逃げ出した。


 凄惨な絶叫が食堂に響き渡るが、振り返る勇気はなかった。


 まぁ、自業自得だろう。


 慧伍の言葉にも頷く所はあったが、クズはクズである。


 でも笑う気にはなれなかった。


 どうにかしなければ、明日は我が身である。

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