第15話

「……それで、どうしてこんな事になっちゃったの?」


 千鳥に手配してもらった進路指導室にて。


 不貞腐れた顔で正座する三人の美少女を見下ろして小太郎が尋ねた。


 三人の喧嘩に介入したくはないのだが、こうなってしまっては仕方ない。


「私は二人が廊下を走っていたから注意しただけだ。そしたら逆ギレされて襲われたんだ」


 子供みたいに頬を含まらせ、ムスッとしながら千鳥が言う。


「はぁ!? よく言うし! 走ってるあーしに足引っかけて転ばせたくせに!」


「人のせいにするな。勝手に躓いて転んだだけだろ」


「嘘つくなし! 聞いてよこもりん! この女、あーしがお店の唐揚げ出したから嫉妬してんだよ!」


「してない。誰があんな、愛情の欠片もない出来合いの料理に嫉妬するか。自惚れるな」


「嘘ばっか! 大体、あーしが走ってたのは三条が追いかけてきたからだし! 元はと言えば全部こいつのせいだから!」


 指を指されて、それまでずっと黙っていた栞が凄い顔でリリカを睨んだ。


「それは漆場さんがわたしを騙したからでしょ!? 聞いて小太郎君! 漆場さん、わたしに小太郎君の好物だって言って嫌いな物教えたんだよ! だからこの前のお弁当はわたしの趣味じゃないの! 本当はもっと普通の料理が好きなんだから!」


「都合の良い口をしているじゃないかモブ条君。もとはと言えば君がうるビッチと結託して私を貶めようとしたのが原因だろう」


「モブって言うな!?」


「誰がビッチだぁ!?」


「黙れゴミ共! 私は正々堂々フェアにやっていたんだ! それを邪魔して来たのは貴様らだろ! 聞いてくれ小太郎君! 私は悪くない! 悪いのは全部こいつらなんだ! うるビッチは料理なんかしていない! 絆創膏はモブ条の入れ知恵でただのフェイクなんだ!」


「ビッチさんが料理してないのは本当だけど、わたしは相談されてアドバイスしてあげただけ! 入れ知恵なんかしてないもん!」


「なに三条までビッチ扱いしてるし!? てか、あーしはちゃんと料理頑張ってるし! ほら見てよこもりん! ちゃんと手怪我してるでしょ!?」


 リリカが絆創膏を剥がす。


 指には治りかけの切り傷や火傷の跡が残っていた。


「はっ。どうせアリバイ作りに自分でやったんだろ。ビッチの上にメンヘラとは救えないな」


「そうですよ。ビッチさんならそれくらいの事平気でやります」


「三条! お前どっちの味方だよ!?」


「わたしは小太郎君の味方です。聞いて小太郎君! わたしは二人が喧嘩してるのを止めようとして巻き込まれただけなの! 痛い!? 生徒会長が暴力振るった!?」


「貴様が平然と嘘を吐くからだろ!? どこまで性根が腐ってるんだ!?」


「きゃー! 怖い! 生徒会長がイジメる! 小太郎君助けて! いったぁ!? ビッチさんまで!?」


「悪事がバレた途端に鶴川に便乗してあーし責めて嘘ついて自分だけ無実の振りするとか、流石に許されないっしょ? こもりん! こいつらマジ性格終わってるから、騙されないで!」


「こんなモブカスと一緒にするな!」


「モブって言うなって言ってるでしょ!?」


「あああああああああああもう!? いい加減してよ!?」


 千鳥と栞が取っ組み合いの喧嘩を始めて、小太郎も堪忍袋の緒が切れた。


 あまりにも醜い争いに、頭痛がしてきたほどだ。


「原因を知りたくて黙って聞いてたけど、三人とも言ってくる事がめちゃくちゃでわけわかんないよ!?」


「それはこいつらが嘘をつくからだ!」


「鶴川だってついてるじゃん!」


「わたしは嘘は言ってません! 信じて小太郎君!」


「貴様は嘘しか言ってないだろうが!」


「喧嘩しないでってば!?」


「なぜだ小森君! 私は間違った事は言ってない! 優等生の生徒会長だ! こいつらの言葉なんか聞く必要ないじゃないか!」


「化けの皮が剥がれましたね。小太郎君、鶴川さんはこういう人なんだよ! 真面目ぶって本当は周りの人間を見下してる酷い人なんだから! そんな人と付き合ったら絶対苦労するよ!」


「貴様は!?」


「てかこもりん、あーしら全員嘘ついてるし。都合の良い話が大体嘘で、都合の悪い話が全部本当。でも料理の練習してるのだけは本当だから! パパに誓って! なんなら今度作った奴持ってくるし!」


「ズルい! 素直に認めて一人だけ許されようとしてる! 小太郎君聞いて! 確かにわたしも悪い事したけど、小太郎君が好きだからやった事なの! だってわたし、二人みたいに可愛くないもん! 不安だったんだもん! 出来心、魔が差しただけ、愛ゆえなの!」


「私は悪くない! 悪いのは全部こいつらだ!」


「わかったから落ち着いてってば!? みんなで喋られてもわけわかんないよ!?」


「わかってないのは小森君だ! どうして私を信じてくれない!? 私は被害者だ! こんな奴らと一緒に並べて悪者扱いするなんて、あんまりじゃないか!?」


 千鳥が泣きだし、進路指導室を飛び出していった。


「千鳥さん!?」


 咄嗟に追いかけようとする小太郎の腕に二人がすがりつく。


「こもりん行っちゃダメ!」


「そうだよ! あんなのウソ泣きに決まってるよ! ほら見て! わたしだって。う、うぅ、うぅぅ……。ね? 泣くのなんか簡単なんだから!」


 目に涙を浮かべて泣き真似をする栞は、言われなければウソ泣きとは思えない。


「でも……あぁもう、なんでこんな事に……」


 困り果てて小太郎は頭を抱えた。


 いざとなったら自分が仲裁する?


 とんでもない!


 女の子が本気で喧嘩をしたら、自分なんかの手には負えない。


 現に今だって、なにが嘘でなにが本当かもわからないでいる。


 大体、嘘か本当かわかった所でどうしろと言うのだ。


 それぞれがそれぞれに事情と理由を抱えている。


 そして、三人が三人ともここまで豹変する程小太郎に好意を抱いている。


 正しかろうが悪しかろうが、誰かを庇えば余計に拗れるのは目に見えている。


「てかさぁ、こもりんが曖昧な態度なのも悪くない? さっさとあーしとくっつけばこんな事にならなかったし」


「そ、そんな事言われても……」


「わたしは小太郎君が悪いとは言わないけど、漆場さんの意見には賛成だよ。わたし達三人とも、本気で小太郎君の事が好きなんだもん。喧嘩するなって言われても無理だよ。自分の知らない所で二人が小太郎君と仲良くなって、明日には取られちゃうかもって不安なの。そんなのが毎日続いたら、普通じゃいられないよ。片思いってそれくらい大変なんだよ?」


 あんなに巧妙なウソ泣きを見せられた後では、栞の目に浮かんだ涙が本当かどうかわからない。


 けれど、小太郎は天地がひっくり返るようなショックを受けていた。


 三人の事を思って、真面目な態度を取っていたつもりなのだが、実はそれは大間違いだったのかもしれない。


 なら好きでもないのに取り合えず誰かと適当に付き合えばよかったのか?


 それもまた違うと思う。


 けれど、事実として三人を狂わせ、傷つけてしまっている事は確かだった。


 三人の告白を保留にしたまま、いつまでものほほんと過ごしているわけにはいかないのかもしれない。


「……ごめん。その通りだね」


 それだけ言って、小太郎はよろよろと進路指導室を出て行った。


「こもりん、そんな気にしないでよ。あーしらが勝手に喧嘩してるだけだし」


「そ、そうだよ! さっきはああ言ったけど、小太郎君が悪いわけじゃないんだから!」


 一緒に帰りたいのだろう。


 ぞろぞろと付いてくる二人に小太郎は力のない笑みを向けた。


「ありがと……。でも今は、ちょっと一人にして欲しいかな……」


 いったい僕はどうしたらいいのだろう。


 さっぱりわからない。


 だからこそ、必死になって考えなければいけないのだ。


 †


「う、うぅ、うわああああああああああん。最悪だぁああああ! あんなの絶対、小森君に嫌われたああああああああああ!」

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