第14話
「この嘘つき! よくも騙しましたね! 小太郎君の好物、全部嘘だったじゃないですか!?」
「あはははは! バーカバーカ! あーしら敵同士だし? 三条みたいななにか企んでそうな奴に素直に教えてやるわけないじゃんか!」
放課後の廊下である。
ゲラゲラ笑いながら逃げ回るリリカを、栞は必死になって追い回していた。
小太郎はなにも言わずに食べてくれたが、明らかにクッソ不味そうな顔をしていた。
それで聞いたら、栞の用意したおかずは全部苦手な食べ物なのだという。
リリカにまんまと一杯食わされたわけだ。
ショック過ぎて栞の頭は真っ白だ。
入念な準備も計画も二人っきりのロマンティックなお昼休みもなにもかもが台無しである。
バカなギャルだと見下していたリリカに騙された事も屈辱である。
知性派のプライドを傷つけられ、ぶっ飛ばしてやろうと思って廊下で見つけたリリカを追い回している所だ。
「てか普通に考えてこもりんがイナゴの佃煮とかナマコ好きなわけないっしょ! 騙される方がどうかしてるって! 三条って実はバカなんじゃない?」
「うるさいうるさい!? バカって言った方が方がバカなんです! ギャルの漆場さんには言われたくありません!?」
真っ赤になって栞が叫ぶ。
確かに栞もちょっと変だと思った。
でも、小太郎は少し変わった所があるからそんなもんかなと納得した。
まさかリリカがあの局面で嘘をつくとは思わないし、サブカル好きの栞的にもそういった変わった感性の持ち主は歓迎である。
凡人コンプレックスのある栞は変わった物に憧れがあるのだった。
それで食用イナゴを通販して佃煮にし、朝一で市場に行ってナマコを買って捌いたりしたのだ。キモかったが、中々面白い経験である。ちなみにちゃんと保冷バッグに入れて持ってきたので衛生面は問題ない。
「いやいや、バカはバカでしょ。それにあーし、テストの点数結構いいし? 毎回学年ベストテンには入ってるし?」
「ギャルの癖に!?」
栞は愕然とした。
ちなみに栞は中の下だ。
本は沢山読んでいるが、勉強は苦手である。
だって仕方ない。学校の教科書がつまらないのが悪いのだ!
それに、テストの点数で頭の良さが決まるわけじゃない。
雑学や発想力には自信がある。
だからわたしはバカじゃない! バカじゃないもん!
バカにありがちな負け惜しみである。
そんなこんなで追いかけっこを続けていると、前方に千鳥の姿が見えた。
「鶴川さん! 漆場さんを捕まえてください!」
「聞くなよ鶴川! お前にはかんけーないから!」
千鳥は無視する事にしたらしい。
一瞬不愉快そうにリリカを睨んだだけで、返事もせずに歩き続ける。
と、おもいきや。
「うぎゃぁ!?」
すれ違う瞬間、千鳥はそしらぬ顔でひょいっと足を出し、躓いたリリカが盛大にすっころんだ。
「うわぁ……」
顔面からビタン! と廊下に叩きつけられる様に、思わず栞は顔をしかめる。
アレは痛い。絶対痛い。ものすごく痛い。
それだけで騙された事がどうでもよくなるくらい痛そうだ。
とりあえず、ざまぁみろと思っておく。
「が……ががが……」
呻き声をあげながら、うつ伏せに倒れたリリカが死にかけの虫みたいにヒクヒクしている。千鳥はそれを、家の前に転がった犬の糞でも見るような目で見下ろしている。
どうやらリリカにやらせた唐揚げ作戦が予想以上の効果を上げていたらしい。
正直ちょっと怖い。
大抵の事は苦笑いで済ませるお人よしの生徒会長だと思っていた。
もしかすると、虎の尾を踏んだのかも。
戦々恐々していると、不意にリリカが跳ね起きて千鳥の胸倉に掴みかかった。
「てめぇ鶴川! なにしやがる!?」
「廊下を走るな。危ないだろ」
冷たい目を向けたまま、リリカの手を蠅のようにパシっと払いのける。
「薄汚い手で私に触れるな。鼻血がつくだろうが」
ビキリ。栞には、リリカの額に怒りマークが浮かぶ音が聞こえた気がした。
「はぁ? あーしの手は汚れてないんだけど?」
確かに、リリカの手は血で汚れてはいない。
だが、そういった意味で言ったのではないだろう。
あてつけるような千鳥の言葉は、剣山のように刺々しかった。
「君がそう思うならそうなんだろう。汚れた人間に自らの汚さを自覚しろと言っても無理な話か」
「……あ~。そういう事。鶴川、あーしがこもりんにお店の唐揚げ食べさせたから怒ってんだ? 完璧超人の生徒会長のくせに、案外心狭くない?」
鼻血をボタボタさせながら、挑発するようにリリカが言う。
「……私は一度だって自分からそんな風に名乗ったことはない。勝手な言い草はやめて貰おう。不愉快だ」
「あははは。マジオコじゃん」
全く笑っていない顔で言うと、リリカは片方の鼻を指で押さえてフンッ! と息を吐いた。噴き出した鼻血が千鳥の制服を赤く染める。
「……やってくれたな」
「それはこっちの台詞なんだけど? マジ痛いし、鼻血出たし、どーしてくれんのこれ?」
「知るか。どこかの運動音痴が勝手に転んだだけだろう」
「わーお。本性表したじゃん。この性悪が」
「私は聖人じゃない。ただの人だ。醜い心の一つくらい持っているさ。君には負けるがね? 勝手に被害者ぶって悲劇のヒロインを気取り、他人の足を引っ張る事しか出来ないクズが」
リリカの瞳孔が開き、咄嗟に上がった右手を左手が押さえる。
食いしばった歯の奥でフーフーと灼熱を息を吐きながら、憤怒の眼差しで千鳥を睨んでいる。
いけ! 殴れ! やっちゃえ!
ぞろぞろと集まりだした野次馬に紛れながら、栞は胸の前で拳を握っていた。
これぞ作戦通りだ。
このまま二人が殴り合ってくれれば小太郎も幻滅するだろう。
「どうした? 殴りたいんじゃないのか? 私はいいぞ? 本音を言えば、随分前から君の事をぶっ飛ばしてやりたいと思っていたんだ」
「奇遇じゃん。それ、あーしもだから。被害者ぶってる悲劇のヒロインはお互い様でしょ?」
「私は被害者ぶってなんか――」
「待ちなって優等生。喧嘩するなら一人足りないから。唐揚げ作戦は根暗女のアイディア。あーしを鶴川にぶつけて潰す作戦だから」
鶴川の肩越しにリリカが栞を睨んだ。
サァーッと、栞の顏から血の気が引く。
「あんたも人の事見下しすぎだから。あーしバカじゃないし。てかバカはそっちじゃん? わかっててのっかってやっただけだっつーの」
「本当かね。三条君」
氷の刃のような視線を向けられて、栞はふるふると首を横に振った。
「ま、まさか。わたしがそんな事するわけないじゃないですか」
引き攣った薄笑いで否定する栞を千鳥がじっと見つめる。
そして、軽蔑しきった表情でフンと鼻を鳴らした。
「放っておけ。こんなザコモブ、相手をする価値もない」
それで栞はプッツンしてしまった。
「だああああれがザコモブだああああああああ!?」
猛ダッシュからパンツ丸出しのドロップキックを放つ。
後ろを向いたまま千鳥はひょいっと横に飛んで避け、その先に立つリリカの腹に当たった。
「ほごぇ!?」
栞は全く気にしなかったが。
「モブにだって意地はあるんです! 鶴川さんが相手だって、わたしは絶対に負けません!」
「日陰のウジ虫が吠えるじゃないか。卑怯者め! その腐った性根ごと叩き潰してやる!」
「そうやって本当は周りの事見下してるんでしょ! 本当やな奴! うわぁ!?」
倒れたリリカに後ろから両足を掴まれ、そのままグイっと引っ張られる。
支えを失い、栞は顔面から床にダイブした。
「いってぇだろこのバカ! これでも喰らえ!」
「あははははははは!? ちょ、それ、反則!? メガネ、割れたあああああ!?」
リリカに電気アンマをかけられて、栞がパンツ丸出しでバタバタと笑い転げる。
「ふっ。無様だな。下衆なモブ子にはお似合いの――うがぁ!?」
栞が投げた文庫本の角が額に突き刺さり千鳥が悶絶する。
「隙あり!」
栞を投げ出すと、リリカは素早く千鳥のスカートを膝まで降ろした。
「ひぃ!? なにをする!? うわぁ!?」
スカートに引っかかって転ぶ千鳥にリリカが馬乗りになり、脇腹をくすぐった。
「あひゃひゃひゃひゃひゃ、あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!? わ、腋はやめてくれ!? よ、弱いんだ!? 本当、あひゃひゃひゃひゃ!?」
「だったら猶更やめないし! このままおしっこ漏らすまでくすぐってやるから!」
「メガネ弁償しろおおおおお!」
起き上がった栞が後ろからリリカに近づき、鼻穴に指を突っ込んで引き倒す。
「よくもやりやがったし!?」
「こっちの台詞です!」
「この私に恥をかかせてくれたな! 二人ともぶち殺してやる!」
廊下の真ん中でくんずほぐれつ、キャットファイトの始まりである。
周りにはあっと言う間に大量の野次馬が集まって、当然のように賭けが始まる。
一番人気はダントツで千鳥、二番リリカ、大穴栞だ。
いけいけやれ! と囃し立てる周りの声に、三人はますますエキサイトする。
騒ぎを聞きつけた小太郎が止めに入るまで、大乱闘は続くのだった。
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