最終界—終 『朝日昇流』


——本物の世界……その展望台


「あッ——ようやく出てくれた!」

『なんだよこんな時間に……もう3時だぞ……』

「3時ッ……!? もうそんなに経って……いやそんな事より!」


 肌を凍てつかせる様な寒さの中、啓示は耳にスマホを当て……そこから聞こえる朝日の声と会話する。


「今すぐ……”戦い”が終わる前に展望台に来てほしいんだ!」

「はぁ? 戦いって……というかなんでこんな時間に展望台に行かないとならないんだよ」

「それは……」


 朝日の言葉は至極真っ当であり……納得の出来るモノであった。

 でも……それでも朝日にここに来てもらわなければならない——そう思える。


「上手く言えないけどとにかく! 朝日は今すぐッ——」


 言葉を上手くまとめられないまま、思いつきで朝日に意志を伝えようとした……何とかして朝日を展望台に呼び出そうとした——その時だった。


「うぉぁッ……またか……!」

『おいなんだ!? 今の音……爆発か!?』

「そっか寝てたから知らないんだ……というかやっぱ同じ反応するんだね」


 展望台の柵……その先から聞こえてきた衝撃音により会話は1時中断される。

 その音の方を向くと灰色の煙が舞い上がっており……そして夜空を見上げるとそこには空が変形し、雫の様になって地上のあちらこちらに降り注ぐ光景があった。

 また夜空は雫となるだけではなく、重量に耐えきれず底が歪む棚の様に地上との距離が近づいている風に視界に映る。


『なんだよこれ……夢か……!?』


 スマホ越しに朝日の驚愕し、動揺した様な声が聞こえてくる。

 きっと部屋から夜空の雫が降ってくる様子を見ているのだろう。


「ッ……とにかく! 何でもいいから来てッ……今すぐ!!!」

「いやこんな状況で展望台までいくなんて無謀だろッ……」

「アーマードナイトが命を懸けてるのに朝日がッ……本物が何もしなくていい訳がないだろ!?」


 そんな事を……朝日に分かる訳がない事を口走ってしまう。

 アーマードナイトの事なんて言っても朝日が動こうとするはずがないというのに——


「ナイト——」

「朝日……?」

「……分かった。今すぐ行く」


 それだけ言って朝日は通話を切った。

 切られる直前にバタつく様な音が聞こえた所から本当にここに向かって出発したのだろうけど……


「なんで今ので来る気になったんだろ……」


 アーマードナイト……その言葉を、その存在を知らないはずなのに。



——



「づ……ぐ……!」

「ハハ……分かるよ、苦しいよねッ……窒息はさァ!」

「流石ッ……ほんに……んじゃないとはいえ詳しいッ……なァ!?」


 アーマードハデスは両腕を微かに震えさせてアーマードナイトの首を締め……喉仏を強く押さえつけながら叫ぶ。


「随分と余裕があるね……この死によって私がどうなるかも分からないのに……本物の朝日を殺すかもしれないのに」

「そうはならないッ……から余裕がある……!」


 アーマードナイトはそんな今の状況からは考えられない様な事を言う……が、その声は嘘とは思えない程真っ直ぐとアーマードハデスの人魂を見つめていた。


「へぇ……なんだか本当の事を言っていそうだけどさ……私を殺せるの? 朝日を恨んでいなくて、それどころかギリギリまでこの殺意に抗っていた私を……さ?」

「……」


 アーマードナイトはその問いに対してすぐには返事をしない——というより出来ない。

 その仮面の下の目は泳ぎ……唇は震えていた。


「そのつもりだ……だった」


 現在の意志を示す言葉は言い切られた直後に過去の意志を示す言葉に変えられる。


「けど……やっぱり無理だった」


 その声はあっけらかんとしていながらも悔恨に……そして自らへの怒りに満ちている様に聞こえた。

 そして朝日は語り始める……自身の事……朝日 昇流という人間の事を。


「弱い……アーマードナイトが強かったとしてもその中身である俺は……俺の心は醜いッ……」


 アーマードナイトは声を震わせる。


「俺は——いや、朝日 昇流は全ての罪を背負ったりとかッ……そんな事が出来る程心が強くない……! ヒーローになれる様な人間じゃない!!!」


 現実を前にして打ちひしがれる様に、諦めた様に言葉を紡いで叫びにする。

 声を震わせるアーマードナイトの仮面の隙間からは僅かに……小雨の後、道路沿いを流れる小さな水流思わせる些細な涙が漏れていた。


「……それで?」


 アーマードハデスは両手の力を弱めながら……優しく言い、アーマードナイトの言葉を続けさせようとする。


「だからッ……憎まれてなきゃ……何か理由が無くちゃ殺せないッ! 自分が悪だと理解した上で加害者になんてなれないしッ……被害者を殺す事が出来ないッ——から!」


 隙間から漏れ出す涙はどんどんと量を増し、いつのまにか氾濫する川の如く溢れ出し……そしてアーマードナイトの首を、背に付けられた地面を水浸しにし……アーマードハデスの両手を濡らしていた。


「だから……だからだからァ! だからッ……今から問いかける」


 その言葉の続き……問いの内容は——


「教えてくれ……あの時、俺が川からお前を助けなかった時ッ……本当に俺を恨まなかったのか……? 俺を殺したいって……ほんの一瞬でも考えたりしなかったのか!?」

「……あの時さ」


 そんな、アーマードハデスの……白涙の心を押し殺す様な醜いモノであった。

 それでも……そんな問いを投げ掛けられてもアーマードハデスは怒りに震える様な様子を見せず……それどころかその問いに答えようとする。


「私は朝日の事恨んだりとか殺したいとか思わなかった……勿論今もね」

「……だよな」

「……けど」


 けど——アーマードハデスはその続きを言えず、言葉を詰まらせしばらくの沈黙を作り……そして口を開く。


「怖かった……ただただ怖かった……!」


 その声は震えていた。


「そして不安だったッ……1人が寂しくて怖くて怖くて不安で不安でッ……怖かった……から! だからッ……」


 アーマードナイトと同じ様に仮面の隙間から涙を零して叫ぶ。

 アーマードナイトとアーマードハデスの涙……それは2人の心——本音……つまりこの世界とは……朝日 昇流の理想とは一切関係のないモノであった。

 2人はそれをぶつけ合わせる……さっきまでの様に偽りの言葉で——仮面で心を覆い隠すのではなく、心を露わにする。


「一瞬だけ……ほんとに……視界が真っ暗になるその直前の瞬間だけッ……一緒に死んでほしいって! 1人になりたくないって……そう思ったッ……思っちゃったんだよ!!!」

「ッ……そっ……か」


 アーマードナイトは小さく返事をし、アーマードハデスの首を流れる涙に触れて……そして。


「けど大丈夫だ……今回は……今度こそは……」


 アーマードナイトは見つめる……アーマードハデスではなく、その仮面の横に見える空を……その下に映る月明かりを反射する一筋の光を……


「今度はちゃんと……俺も一緒に死んでやる……心中してやるからさッ——」


 アーマードナイトがそう安心しきった様な声でアーマードハデスに言葉を掛けた瞬間だった。


 空からギロチンの刃の如く、直前に切り飛ばされたナイトサイザーの刃が舞い降り……2人の鎧達の首を切り飛ばした……2人一緒に死なせたのだった——



——



「ッ……はぁ……!」


 長い階段を登り切った先にある展望台に朝日は辿り着く。

 そこには啓示の姿があり、そしてその後ろにはいつまでも地球を覆い続け……迫り来る夜空が存在した——のだが。


「あッ……」


 その夜空は風に乗せられ姿を消す……そんな煙の様に塵となって消えていき……そして……


「朝日が……昇る……」


 夜空の消えた向こう側では太陽が煌々と輝いて地上を照らそうとしていた……朝日が昇っていた。

 その光に蒸発させられる様にして地上に落ちた……落ちる最中だった夜空の流星群は消失していく。

 残されたのは多くの破壊痕を付けられながらも色があり、命が溢れ……そして朝日に照らされる町であった。


「救ってくれた……のかな」

「……」


 朝日は無言で朝日を……そしてどこかに消えてしまった夜空を見つめ……やがて口を開く。


「夢を……見たんだ」

「夢……?」


 朝日は視線を空の方へと向けたまま啓示に語りかける。


「俺がナイト……っていう誰かと一緒に変身して……それで色んな怪人と戦ってた……断片的でどんな事を思って戦ってたとかッ……そんな事は分からない! けどッ……それでも!」


 その言葉には段々と熱が込められていき、気がつけば叫びとなっていた。


「楽しかったッ……!」


 朝日はいつのまにか泣いていた。

 悲しいわけでも、嬉しいわけでもなく……ただ胸を熱くして……いつかの様に”ヒーローへの憧れ”に胸を踊らせる——その感覚の中で、気が付けば大粒の涙を零していた。


「……朝日がナイトと一緒に変身した……その後の名前は何?」


 啓示は朝日 昇流の方は向かず……背を向けたまま昇る朝日を見つめて問いかける。


「……」


 朝日は右腕で涙を拭い……目の周りを赤くし……そしてその名を口にする。



     『アーマードナイト』



「……行くぞ啓示」

「へっ? 行くってどこに?」


 朝日は空に背を向け、階段を下る。


「街はボロボロ……それにきっと怪我をして動けなくなっている人がいるはずだ……だから助けに行く」

「……それは何の為?」


 啓示は思わず上がりそうになる口角を抑えながら問いかける。


「決まってるだろ……」


 朝日は啓示の方に、空の方に振り返り——


「ヒーローになる為だ!」


 そう言い放つ朝日の瞳には満天の星の様な光が浮かんでいた。


「ははっ……ははははは!」

「っし行くぞ!」


 朝日は瞳を煌めかせながら、啓示は高らかに笑い声を上げながら階段を駆け下り……壊れきった街へ、助けを求めているかもしれない誰かの元へと走り出す。


「あ……こんな時で悪いけど昨日貸した金返したくれない?」

「え……俺借りてたっけ」

「うん。アーマードナイトがね」

「じゃあ俺か」

「朝日だね」

「いくら借りてたっけ」

「ん〜大体3万だったかなぁ?」

「何やってんだアーマードナイト!?」


 2人はそんな事を話しながら、空から……非日常が繰り広げられた世界の存在した所から離れていき、日常へ帰っていく——



——



 ナイトサイザーの刃……それが俺の……偽りの朝日 昇流の喉に接触した——その時だった。

 俺は今更になって、6年ぶりにある勘違いに気が付く。

 俺は白涙が死んだ日から、自分がヒーローになる事を罪だと考え……だからヒーローへの憧れを自ら否定したのだと——そう思い込んでいた。

 だが本当は違った……本当は怖かったんだ。

 自分がヒーローになれる様な人間ではないと思い知ってしまって、その上で憧れ続ける事が嫌になった……本当は現実から逃げ出しただけだった。

 でも……それでも——


『憧れても決して叶うことは無い——そんな現実だとしても』


 憧れ続けていれば、理想を追いかけ続けていれば叶うかもしれない……叶わなくても現実から逃げ続けるよりはずっとマシだ。


 そして、この世界は……俺の、アーマードナイトの戦いは朝日 昇流の夢から作られた。

 だから……もしかしたら夢として朝日 昇流が見るかもしれない。


 もし、それが本当だったとして……

 もし、それによって現実と向き合ってくれたとしたら……

 こんな偽りの俺でも……朝日 昇流という人間にとって——



『十分意義はあったさ——』



 灰色の世界が消えゆく最中。

 地面に落ちたアーマードナイトの仮面は昇る朝日に照らされ、その光を反射し、煌めく三日月のバイザーは……憧れを追いかける少年の瞳の様であった——

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アーマードナイト ハヤシカレー @hayashikare

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