私の可愛い吸血鬼

ミドリ

第1話 憎めないサイコパス

 魔獣に襲われた血の匂いが立ち込める村で、私は彼に出会った。


 男はふらりとやってきて、身の丈はある長剣を音もなく振り回し、私の家族を食った魔獣を切り刻んだ。


 息絶えた魔獣の胸に手を突っ込むと、ぐちゃ、と音を立てて赤く輝く石を取り出す。


 家族の亡骸に縋りついていた私は、その神秘的な輝きに一瞬で目を奪われた。


「綺麗……」


 思わず呟く。


 すると男は、初めてそこに生きている人間がいることに気付いた様に視線を向けた。


 牙の生えた口でニッと笑うと、私の襟首を掴んでワイバーンの上に放り投げる。自身は宙を舞いワイバーンの上に立つと、見事な操作で絶壁の孤島に聳え立つ巨城へと降り立った。


 以来私はその男の城に寄生している。


 まだ若干未熟ではあるが一応女なので、てっきりそれ系の奉仕をするかと思っていたけど、彼は私に手を出さない。


 代わりに、今日も彼は偉そうに朽ちた玉座に踏ん反り返りながら語る。


「それでなミア。俺は巨大な猿の魔獣の首を捻ると両手で引き裂いたんだ! どうだ、さすがだろう!」

「凄いねジャン様!」


 黙っていれば容姿端麗で長い黒髪が月の女神の化身の如く色気があり凄く素敵な青年だけど、口を開くと誇張した自慢話ばかりなので途端に残念度が増す。


 だけど、そこがよかった。


 褒められると満面の笑みで私を見るから。まるで純真な子供の様だ。


「そうだろ!? やっぱりミアだけだ、俺の素晴らしさを分かってくれるのは!」

「じゃあ、私をお嫁さんにしてくれる?」

「な、ななな……っ」


 ジャン様は、途端に顔を真っ赤にして顔を背けた。


「私じゃ駄目?」


 しょんぼり悲しそうな目で彼を見ると、彼が嬉しそうな顔になるのも毎度のことだ。求められ相手に追い縋れられる自分が最高に好きな彼は、私が毎回同じ手を使っていても気付かない。根が単純なんだろう。


「お、お前がどうしてもというなら、考えなくはないっ!」


 足を組み替えるジャン様は、足が長いので様になる。照れを誤魔化す顰めっ面も、堪らなく唆った。


「ジャン様格好いい!」

「へ、へへ、そうか? ……ゴホン! と、とにかく! まだミアは子供だからな、もう少し大人になってからもう一度考えてやる!」

「うん、分かった。優しいジャン様大好き!」


 彼の上に飛び乗ると、か弱くて守らないと死んでしまう存在だと思っている私を落とすまいと慌てて受け止める。脂肪のない胸筋に頬を擦り付けた。ああ、最高。


 ジャン様にとって私は、ペットの位置付けだ。ただし普通のペットとは違い、彼の言葉を理解し彼を褒め称えることが出来る貴重な存在。


 私がこの城に来た時には、若い男女がひとりずつ城に住んでいた。私と同様、滅ぼされた集落から連れてこられて衣食住を与えられた者たちだ。彼はこの行為を「飼育」と呼んでいる。崇高な吸血鬼の血を半分引く彼は、人間を緊急時の餌と認識しているかららしい。


 だけど私は知っている。彼には一度たりと吸血行為の経験がないことを。


 なぜなら、城に住んでいる女が幾度かジャン様に首を差し出すところを目撃したけど、どうしても牙が出なかったからだ。


 その時の彼の捨て台詞は忘れられない。


「ふ、ふん! 初めての吸血は処女のものだと決めているからな!」


 あの顔、あの姿でこの捨て台詞。最高に唆る。


 彼に捨てられては居場所がない女は、別の日にジャン様に迫った。朽ちた玉座に座るジャン様の上に跨り、服を脱ぎ。


 こっそり覗いていた私に気付くと、女は手で私を追い払った。勿論面白いので見続けたけど。


 女は頑張った。本当に心底頑張ったと思う。手やら視覚やら口やらありとあらゆる手段を用いてジャン様のモノを元気にさせようとしたけど、彼のソレは一切反応しなかったのだ。


 女の為に弁解しておくと、結構綺麗な人だったと思う。肉感的で女性的で、男がホイホイ寄ってきそうな色気のあるお尻をしていた。だけど無理だった。


 女はとうとう切れた。そして、あろうことかジャン様を「この役立たず!」となじったのだ。


 あ、言っちゃった。そう思った瞬間、予想通りのことが起きた。ジャン様が例の鋭い長剣で女を輪切りにしたのだ。どちゃ、と床に散らばる肉片と大量の血。どこからともなく現れた大勢のコウモリたちが、一瞬で女の痕跡を消していく。


 後に残されたのは、局部を曝け出しながら玉座でしょんぼりと項垂れるジャン様ただひとり。


 何気ないふりをして私が出ていくと、彼は大慌てで乱れた服を整えようとし、いつの間にか役立たずではなくなっていたソコをチャックに挟み、悶絶する。可愛いのひと言に尽きた。


 このことで悟る。ジャン様は、私の様にちょっと幼い感じの女にしか反応しないのだと。


 聞けば、ジャン様に吸血をしてもらい代わりにエナジーを注ぎ込んでもらうと、吸血鬼化できるらしい。


 だったら、まだ少々幼く見えるこの姿でいる内にジャン様に吸血鬼化してもらえば、私は晴れて念願のジャン様の嫁になれるのでは。


 だけど、その時はまだ私とジャン様の距離はそこまで近くはなかった。


 原因は、もうひとりいる人間の男の存在だった。奴は、煽てるのが格段上手かった。煽て上手はジャン様のお気に入りになれる。


 ある日、奴は役立たずと言われたことをまだ引きずっているジャン様の機嫌を取る為、酒席を設けた。


 ジャン様は、吸血鬼には赤ワインだろうと言って赤ワインしか飲まない。だけどいつもそれで悪酔いして二日酔いになるのがまた可愛いのだ。


 男は一緒に飲んだ。


 そして失敗をした。奴がジャン様に助けてもらった時のことを、ジャン様がいつもの如く誇張して自慢話を始めたのだ。普段ならおべっかを使う男は、酔っていたのとジャン様の機嫌がすこぶるいいことで、油断したんだろう。


「やだなあジャン様、それちょっと違いますよお!」


 そう言って、ジャン様が誇張した部分の訂正を始めた。途端機嫌が悪くなるジャン様。だけど奴は酔っていて気付かない。私はそのまま喋り続けろと願った。


 あの男は、ジャン様に捧ぐと決めている私の純潔を奪おうとした。熊みたいな体毛を生やした男に、私の食指は動かない。私が好むのは美しいものだけだ。


 その時は何とか撃退したが、奴はしつこい。相手をしていた女が葬られた以上、次の対象は私しかいなかったから。


 そして私の願い通り、ジャン様は奴を切ってくれた。あの時の興奮は、未だに忘れられない。


「ジャン様」

「な、なんだ」


 ジャン様の元気になりつつあるソコに気付きながら、知らんぷりをして首筋を彼の前に見せつける。


「吸ってくれませんか? 私、ジャン様に一生お仕えしたいんです」

「ミ、ミア……」


 ジャン様の牙が、にょ、と飛び出た。


「吸血鬼なら、若いままでも嫁でおかしくないでしょ?」


 ごくん、と彼の喉が鳴る。そしてとうとう彼は、私の首に吸い付いた。ゴキュ、ゴキュと彼の喉が美味しそうに嚥下する。


 やった、とうとうやった。


 壊したらどうなるんだろうと思った家族の後始末に困っていたあの時、突然魔獣が現れた。家族の死体を先に食ってもらおうと盾にしていた時に出会った、美しい人。


 彼は、困り果てていた私の前に現れた救世主だ。彼ならきっと、私が彼を誘導しているなんて気付かないまま踊ってくれる。


 万が一私が彼に飽いた時には、彼の心臓にもあるであろう魔獣の輝きを手に入れ、その先はそれを愛でて過ごそう。


「ジャン様、愛してます……」


 心を込めてそう告げると、私の首から顔を上げたジャン様が、それは美しく嬉しそうに微笑んだのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私の可愛い吸血鬼 ミドリ @M_I_D_O_R_I

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ