#’14 山林の狩手


詠唱・短縮スペルレイズ


 下級の魔術であれば詠唱をこの一説で代用できるという、有用な代物だ。さらにこれは、行使する魔術の固有名を言わなくて済むため、対人戦闘において多様される。


 双方が同時にこの詠唱を開始した。

 ミコトの傍らからブルーが強靭な四肢を以て跳躍し、彼女もまた風を纏う短剣を閃かす。


 男が両の手をかざし、そこから炎が円を描いて盾を形成する。


(瞬間的に防壁を二つ…!)


 衝突。しかし、貫けるという確信をその手ごたえに感じた。


「──せやぁ!」


 乾坤と共に束ねられた風は迸り、鋭利な爪と牙の猛攻の前に、ほんの僅かに攻撃の進行を止めた炎の円盾は、火の粉を散らして瓦解した。

 盾が破壊される直前、それを悟った男が後退あとしさった。


(…ッこれ程とは!)


(狼狽しろ治外賊ラプトル……!)

「追撃!」


 ブルーが瞬時に身を翻し────


「 あ

   まい…!」


「!?」


 男は余裕と高らかに咆え、追撃を寸でのところで躱した。

 見れば、ブルーの後肢こうしに紐状の火が巻き付いている。

 

「舞い散る火の粉を見るがいい! こちらこそ本命よ…!」

「!?」


 ミコトは巻きついた蛇を切り裂き、脚に燃え移った火を風で飛ばした。


(術が破られることを発動条件にした複合魔術、けど、これは……)


 舞っていた火の粉は刃に絶たれた部分をも含めて集結し、形を変えた。


 その胴体は獅子。

 だが頭部は山羊。角は天を向き螺旋を描き、

 先の蛇は尾。


 そして、大型の熊は有ろう程の巨体であった。加えて、火で出来た身体は一層大きな影に見せた。


「『模倣の火:混成魔獣アルテェゴ・キマイラ』 研究の副産物として生まれた魔術だが、このように十分に有用である。ただの人間一人では太刀打ち出来ようもなく、獣が直に触れれば即座に燃え移る……!

 そして、

 この通り、私も無傷だ。戦力の差が理解できるのではないかね?」


 それが紛れもない事実だと状況は物語っている。

 男の魔術が襲ってこないのもその気になっていないから。自身の優位性を誇示し、それを信じて疑わないが故に───


「……よく喋る」


「なにか?」


「三つ勘違いがあるようだから訂正してあげる。

 まず、私一人だろうがそんな紛い物の魔物なら仕留められる。

 二つに、ブルーに私の魔術を施せば、そんな火なんて容易に突破できる。」


「……それで?」


「戦力差。見る目ないよ、あんた」


「強がりかな? 恐ろしい怪物を目の前にすれば致しかた……───」


 この会話の間、ミコトは一定間隔の瞬きをすることがあった。

 男に悟られる事無く届いたそれは、


  僕への合図だ。


「───!?」


 全くの意識外から飛び出した第三者に、今度は男の方が不意を突かれた。


 遅い。


 縮地によって一息の内に接近した僕は、既に苛立たせし獣腑イリテータの間合いに捉えている。


「『手に宿れマヌス』!」


 男が苦し紛れに銀朱色に光る手を水平に薙ぐ。

 しかし狙いは単調。勢いを殺す事無く、僅かに身をかがませるだけで攻撃は空を切った。


 丁度良い。低い姿勢から地を踏みしめ、それを攻撃に繋げる。

 片刃の魔剣のみねを上に持ち、下段に構え、先の力を以て半月を描くが如く振り上げた。


(”逆月さかづき”。)


 振り上げた剣は男の、最早無防備になった下顎に命中し、骨を砕く感触を僕の手まで伝えた。

 嫌な触感だが、この一撃が会心のものである事を物語っている。


 数本の歯が血塊と共に飛んだ。


「が…っ! ぐ、ぉお! おあぁぁ……───」


 慟哭は痛みと怒りと、複合された混乱によるものか。

 しかし、何をするもなく、男は気を失った。

 


 逆月は踏み込みの力を利用し、人体の急所たるを打つ体術。


 名の由来は『さく』 月の無い夜、新月を意味する。

 顎の側面を強打された者は脳が揺れ、その意識は暗い闇へと落ちていく。

 それ故、この体術は闇夜の名を持っていた。


 今まさにそれが体現された状況だった。



「シューユ!」

「…!」


 ミコトの声に振り向くと、主の制御を失った魔術の獣が、今まさに此方に襲い掛からんとしていた。


 獣とは言うが実態は炎の塊だ。

 そんなものを防ぐ手段は持ちえない。



「任せて。」



 短い、確かな芯を持った言葉にはっとする。


 この世界の事は分からない。この人達の事だって殆ど知らない。

 でも、知っていることもある。


 彼女は、強い。

 信頼におけるほど。


「『捩じ巻く空塊プルト・ヴェント』」


 獣が飛び掛かるよりなお早く、ミコトが魔術をはつどうさせた。

 獣の足元から白緑色の風が巻き起こる。旋を描く風達は収い、一切の火の粉すら逃す事無く、火の獣の形を変えるほどの収縮で拘束した。


「………!」


 冷静な、ある意味素面の状態で魔術が魔術を制す瞬間を目の当たりにし、ただ息を吞んだ。


 そして僕は本能的にその場から動かなかった。

 ここから先は狩りの時間だからだ。


「─── 樹林を奔り、機動し絶つ。


 『樹林の双牙シルヴァ・リンクス』!」



 翡翠の風の如く二つの影躍動すした。

 交差する。牙が、爪が、刃が。

 ミコトとブルー。ヒトとケモノ。


 それは異種でありながら圧倒的な阿吽で以て

 渦巻く風に拘束された『模倣の火:混成魔獣』を瞬く間に八つ裂きにした。



 散り往く火の粉には先の集縮に向かう指向性は無く、魔力は残っていない事が伺える。ただ消えるのを待つばかりだ。


 そして、子どものこぶし大の銀朱色の塊がミコトの手に握られていた。


「それは…?」 

「これは核」

「核…。」


「そ。ああ言う生き物を模った魔術には必ず核になる部分が有るの。確かにこの手の魔術は強力だけど、魔術の基点になる核がある。

 そして、破壊しちゃえば、修復も形を変えて別の魔術に変える事もなくなる。こんな風にね。」


 薄いガラスが割れるような、カリ…と言う音とともに、核はミコトの手に中で砕け散った。

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黎明の三日月(クレシエンテ) 蓼丸咬白狼明愛 @kousirou-akitika

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