唯我論

ある日僕は人を殺した。

いや、それは“人“じゃなかった。

それは確かにロボットだった。


包丁で切りつけた傷口からはちゃんと赤い血液が流れ出たし、骨だってしっかりあった。でもそれは人じゃなくてロボットなんだ。限りなく人間に近いロボットなんだ。きっと顕微鏡で見ても遜色ないくらいに精巧なロボットなんだ。


その日から僕は世界というものがなんとも不思議なものに見えて仕方なかった。僕の周りのロボット達は自分がロボットだと知らずに、人間として作られた一生を送っているのだ。きっと彼らは僕が見ていない場所では、僕が来るまで静かに息を潜めて静止しているのだろう。そして彼らは僕という観察者が現れると再び行動を再開するのだ。


ああ、なんて世界だろう。

僕はただひとりぼっちなのだ。

今までの記憶は全て偽装されたものだったんだ。


小学校の頃の友達だって、高校の時に初めてできた彼女だって全員、全員、ロボットだったんだ。そこには真実はなく、ただ虚無が広がっていたばっかりだったのだ。


ああ、知らなければよかった。

無知は救済だったのだ。

知らなければ今頃僕はいつもの日常生活を楽しく送っていたに違いない。


……ああ、ロボットを壊しただけなのに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

凶文狂文強文教文 ぬん。 @AMBERandCYAN

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ