第四話 「あるイケメンの災難」

 梅雨に入ると、拙者は下校途中に傘をさしながら雨にうたれボーっとしていた。そんなとき、ふと勝家につけられた己のあだ名について、あることを思っていた。「・・・ふぁた弐ってダサいでござるよな」と。そこで思い切って勝家と皆の前で切り出そうと思っていた。「ふぁた弐卒業していいですか?ふぁたけと呼んでもらっていいですか?」と。

 その一週間後のことでござった。拙者と皆は勝家に指定された場所に集められた。そして、今から遊ぶぞと思った瞬間に勝家の弟のふぁたワンが天災のごとく「ぶぇぇええええん」と突然泣き出したのでござる。そして、泣き声の轟音を響かせながら「僕は『ふぁたけ』って立派な名前があんのに、なんで!!なんで!!『ふぁたワン』なんて呼ばれてるの。勝家兄ちゃんのクソデブバカチンがー!!ぶぇぇえええん」と体をぶるんぶるん震わせて大号泣したでござる。

 そんな弟を勝家は愛でるかのようにクスっと笑い「はっはは。そんなに『ふぁたワン』がいやなのかい!?じゃあ、仕方ないね『ふぁたけ』に戻してやるか」と己の弟の名前を『ふぁたワン』から『ふぁたけ』に戻してしまった。

 この光景をみて拙者は自然と「え!?」と言葉がでるほど動揺したでござる。そして、己の心臓が四つに内部分裂する思いでござった。このままだと拙者は『ふぁた弐』のままだ!!あわてて「拙者も!!拙者も!!」と連呼して勝家の判断に一部の望みをたくしたのでござる。

 その思いもむなしく勝家は「ははは。ダメだ!!ふぁたけが二人はややこしくなるだけだろ!!」とそれを一蹴した。そりゃそうでござる。それでも、拙者は納得いかずに近くにいた姉のみーふぁに「なんで!!拙者は『ふぁた弐』のままステイでござるか⁉・・・なんで?」と愚痴る。

 みーふぁは血相をかえて「あなたはまだいいわ。私なんか沖縄サミットネヴァーエンド号よ!!」拙者を吹き飛ばすかと感じられるほどのギャー、ギャー声で叫んだ。結局、拙者は最後まで何も言い返すことはできなかった。

 その日はサッカーをするため勝家の自宅にたちよった。勝家は己の家にある物置を「ゴンザレス」と呼んでいた。そして、物置のカギを開けてサッカーボールを取り出すと「ありがとう!!ゴンザレス!!」と言って、深々と頭を下げてお礼をしたあと、また鍵を閉めた。それを見て拙者はくすっと笑い、勝家は拙者をぴしっと指差し「ふぁた弐。なに笑ってんだい!!」とお決まりの冗談を飛ばした。

 拙者はニコっと「勝家は相変わらずバカでござるな」と微笑んだ。

 すると勝家は拙者の反応をみて意地悪くニヤリと笑い「お前。・・・ついに、自分のあだ名を受け入れたね。現に今、俺がふぁた弐って呼んでも文句を言い返さなかった!!お前も大人になったもんだな。ふぁた弐!!」と言ってきたのでござる。

 拙者は思わずムッとして「拙者がふぁた弐に慣れる訳がないでござろう。バカ野郎!!」と言い返したが途端に自信がなくなってきた。そして、拙者の中の心の電流が走り、その電流?が拙者に喋った「俺『ふぁた弐』に慣れちゃった!!」と。拙者もビックリした。昼間だというのに一瞬とはいえ夢をみたのでござる。そして、夢にでた電流の正体は己の本心!?そう思うと途端に、なぜか現実が受け入れられなくなった拙者は「うおおおお」と叫びだし、狂ったラガーマン顔負けの瞬発力で勝家にタックルしていった。しかも、それが原因で勝家はズッコケてしまい擦り傷をおわせてしまった。そして、巨漢の勝家の顔が赤とおり過ぎて紫となっていった。そう、拙者はトッサの暴走により勝家の怒りのゲージMAXにさせ、勝家をスーパー激怒モードに変貌させてしまったのでござる。・・・誠に怖ろしい話でござる。

 あたりが突然冷えだして、いてつくなか勝家は目を赤くさせ「おい。ふぁた弐。お前、俺になにしたかわかってんのか!?え!!」と拙者にゲームのラスボスさながらの迫力でせまった。

 その光景を見て、遊び仲間の一人、金次郎がくすっと笑い「勝家、落ち着けって。バカ野郎は事実だろ」と火に油を注いでいるとしか思えない発言をしてしまったのでござる。しかし、勝家はニコッと笑って機嫌がよくなっていったでござる。そして、顔の紫がかった血色も正常に戻り、スーパー激怒モードが解除された。驚くべきことだが、なぜか金次郎の言うことなら勝家も素直に聞くのでござった。

 その日。かくれんぼで遊んでると拙者は金次郎とともに草むらに隠れていた。そのとき拙者は「さっきはありがとうでござる」と金次郎に勝家をナダメテくれたことを御礼をしたでござる。

 すると、金次郎はさわやかに笑って「ふぁた弐に御礼いわれるなんてマジで気持ちわるいな。次は気をつけろよ!!」とボサツ感丸出しの優しさで言ってくれたのでござる。 本当にイケメンで運動神経もよくて、勉強もできる金次郎が拙者は大好きでござった。

 

 そのあとのことでござった。突拍子もなく金次郎はニコッと笑って「ふぁた弐はなんでメガネをはずさないんだ?はずせば、きっと女の子にモテるぞ、俺みたいにな」と拙者が一番嫌がる話題をふってしまったのでござる。

 悪気がないのはわかっていたはずでござる。でも、イラっとしてしまった拙者はさっきの恩も忘れて、丸めた紙を広げたかのようなクシャクシャな顔をし「拙者はいつも学校のプール授業のときメガネをはずすとイケメンとからかわれる。中身のないポンコツだって知らないのに。金次郎みたいにイケメンで中身もあって、勉強もできて、運動神経もいい。オヌシには、この屈辱はわからない!!。・・・だから拙者は絶対にメガネをはずさない」とかくれんぼだということを忘れて怒鳴ってしまったが、周囲に鬼はいなかったようだった。

 すると、金次郎はニコッとハニカみ、サラリと大人の対応をするかのように「お前。自分で自分のことを中身がないとか言うなよ。それに俺は無駄に勉強と運動ができるだけだ。・・・無駄にな」と言うのでござった。そして、なぜか、このときの金次郎の表情は悲しそうに見えたのでござった。拙者はこのときまだ金次郎がいった「無駄」という真意がまだ何もわかってなかったでござる。

 かくれんぼが終わると金次郎の母が彼を迎えにきていたでござる。とても優しそうで気品がある母親でござった。まさに、この親にしてこの子ありという、いい見本でござった。拙者も周囲も少なくとも最初のうちだけはそう思っていたはずでござる。しかし、次の瞬間でござった。拙者たちの考えはあっという間に一変することになるのでござる。金次郎の母が金次郎の傷をみるなり突然、その気品に見合わないツバを飛ばして激昂しだしたのだ。「なに!?その傷はダメじゃないのよ!!」と金次郎を平手うちで殴った。金次郎の母は続けて「あなたの体は神様からもらった大事な体!!傷など汚らわしい」と奇天烈な大声をだした。その光景を目の当たりにした拙者たちに戦慄がはしる。

 そのはりつめた空気を打ち破ったのは勝家だった。勝家は群れを守る雄ライオンの如く「なんだい!!このクソババアは!!!」と猛った大声をだすのでござった。

 金次郎の母は一瞬たじろぎ、赤い線がいっぱい入った目をギロギロさせて勝家を指さし「悪魔の子!!金次郎!!この子は悪魔の子よ!!!」とさわぎだして、金次郎の腕をひっぱっり「神の子にケガをさせた罪で地獄に落ちろ!!この悪魔の子!!!」と勝家に捨てゼリを浴びせ、その場を去ろうとした。すると、金次郎は自分の運命をうけとったかのような寂しそうな顔になり、母親に連れられていった。その金次郎の寂しそうな表情は拙者は一生忘れないでござろう。

 次の日のこと。下校途中のことでござった。拙者がいつものようにメガネを手入れしながら学校から帰っていると金次郎がこっちを見ていた。拙者が手を振ると金次郎はそれを無視をして遠くへ行こうとしていたのでござる。拙者はあわてて金次郎を追いかけた。そして、追いつくと金次郎に死んだ魚の目をしていて「バカ。おまえ。誰だ?」と冷たくあしらわれてしまう。

 拙者はあまりにビックリして金次郎に「なに言ってるでござるか?拙者とオヌシは友達でござろう!!」とケンカごしにつっかかった。

 すると、金次郎はけむたそうに「わかんねぇな。・・・俺とふぁた弐は友達じゃない」と態度とは裏腹にほんのり寂し気なトーンで言葉をはっしていた。

 まさに、その瞬間。この寂しい空気感とは場違いなパチパチという拍手の音が突如聞こえてきたのでござる。そして、車が拙者と金次郎の前に急ブレーキで止まりドアがカッチャとひらいた。そこから、金次郎の母親がでてきた。しかも、金次郎の母が不気味にニコニコと笑い「ブラボー。大人になったわね金次郎」と金次郎に駆け寄り抱きしめるのでござった。

 拙者はふと金次郎の顔をみると、あの端正な顔立ちが、涙でグチャグチャになっていることに気づく。そして、車の中にみるみるうちに吸い込まれていった。

 そこへ勝家が突然現れた。拙者は「勝家、引き止めなきゃ。金次郎がいなくなってしまうでござる!!」と必死に勝家のもとへ駆け寄り祈るように言った。

 すると、勝家はそれまで一度も拙者がみたことのない涙を浮かべて「俺たちは所詮子供なんだ。親のいいなりに生きるしかないのさ。・・・俺たちには金も力もないのさ」と優しく拙者に笑った。

 勝家は大きな声で金次郎が乗ってる車に「大きくなったら自由になれよ!!」と叫んだ。この言葉が金次郎に聞こえたかどうかは誰にもわからない。

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