第6話ハサミを持った婆さんに追われる父上

 今年、うちの家族は沢山風邪をひいている。子どもたちはまだ小さく、小さな子どもは風邪をひくいきものなのだから仕方ない。もう無理だ、終わりだと思いながらも今日も死なずに生きているのでなんとかやっていけているのだろう。


 インフルで休んだ坊やをよく診てくれた夫が「皆勤賞をとる人の体ってどうなってるんだ……?」とぼやいていたので、鋼の体を持ち戦争を生き延びた親世代に厳しく育てられた皆勤賞男・偉大で尊敬すべき我が父上の話をした。

 コロナの時代にはあってはならない古い生活様式の話だ。


 幼少期の父上は、基本的に熱を出しても「学校行ってこい!」と親に叩き出されていた。気の毒な話だ。

 これには根性論的な理由もあるだろうが、近所の新築を破壊するレベルの悪童だった父上を何とか社会の歯車として育て上げねばならないという親側の義務感のようなものもあったようだ。新築破壊事件の詳細を父上は話したがらない。


 それにしても、幼児が新築の家を破壊するなんて、たけしのエッセイでしか読んだことがない。昔の人のエッセイにはよく子どもが人の家を壊した話が登場する。これは昔の家がボロかったからなのか、昔の子どもが異様に暴れん坊だったのか……。


 ともあれ、そんな育てられ方をした父上なので、私たちが熱を出して休むと「俺の頃は無理やり学校連れてかれてたのに……」と少し渋い顔をしていた。

 それでも高熱を出している子を無理に登校させるような親ではなく、しばしば車を駆り病院に連れて行ってもくれた。37度台のうちは熱と認めてくれなかったが。


 叩き出されていただけではない。父上の話によると、幼少期の父上が体調が悪くてグズっていると、婆さんという存在が「そんな軟弱者のチンポは切ってやる!」と追い回してきたそうだ。彼の祖母にあたる人は近隣に住んでいなかったはずだが、他人の婆さんだったのだろうか。怖すぎる。


 血縁だったのか? わからない。婆さんの正体は不明のままだ。

 なんにせよそういう育てられ方をしたので、彼はとにかく学校も仕事も休まない人間になった。激務だったはずなのに、体調を崩して寝込んでいる姿を見た記憶がない。


 皆勤賞を取る人間は、もともと体が頑健であることは間違いない。それと同時に、普通に発熱している時も登校出社している。今のご時世的にはかなり迷惑な行動だからやめた方がいいよね……という無難な話を夫とした。おしまい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

偉大で尊敬すべき我が父上 threehyphens @barunacyu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ