ウイロウと知の女神について

新棚のい/HCCMONO

第1話

 飼い犬のきなこ、カブトムシの甲太郎、それと人間のウイロウ。以上が僕の少な過ぎる友達。

 ウイロウは苗字がういろう屋さんと同じだからウイロウと名乗っている。ぬるい麦茶が嫌いで、ジャイアントモアという絶滅した巨大な鳥が好きな本屋の子だ。ジャイアントモアは売り物の図鑑で知ったらしい。

 ウイロウは学校の授業が嫌いだ。授業は全て退屈だと言う。授業中は黒板の上の時計ばかり見ているし、ずっと鉛筆を回している。   

 そしてウイロウは授業が嫌いな割に変な話ばかり知っている。昔使われていたパリスグリーンという緑色の絵の具がヒ素で出来ているとか、切羽詰まるは刀の鍔の周りにある切羽という部分が詰まると刀が抜けなくなることが由来だとか。それらも売り物の本を覗き見て知ったらしい。

「そんなの知って何の役に立つんだ」

 僕が問うとウイロウは半分に割ったモナカアイスをこちらに差し出してきた。

「一見無駄に思える知識こそがキャバクラでは役に立つんだよ」

 ウイロウは将来キャバクラのナンバーワンになる気らしい。目の前の芋臭いジャージ姿と華やかなキャバクラのイメージが結びつかない。それ以前に僕にはウイロウが大人になった姿が全く想像つかない。ウイロウは大人になってもウイロウのままじゃないのか?

「まぁ、お前には分からないんだろうけどさ」

 ウイロウは残り半分のモナカアイスをかじって、わざと呆れ顔をしてみせた。

「与えられる知識だけで満足する奴の前には知の女神は現れないんだって爺ちゃんが言っていた」

 ウイロウの言う爺ちゃんとは本屋の店長のことだ。博識だし、最新の情報にも詳しい。間違った書名や断片的な情報を言われてもお客さんが求めている本を確実に見つける達人だ。ウイロウは爺ちゃんを尊敬している。でも、その発言は疑わしい。

「じゃあ、ウイロウは知の女神を見たのかよ」

 するとウイロウは自信満々に言い放つ。

「おととい夢で会った」

「本当か?」

「本当本当。美術書のギリシャ神話の絵そのままの彫りの深い美人だった。ピンクベージュのエンパイアドレスを着ていて、周りにキューピットみたいな小さい天使が飛んでいて、すごく神々しかったなぁ」

 ウイロウは恍惚とした顔で更に続けた。

「それでな、女神は三方金が施された小さい本を持っていたんだ。中のページを開いて見せてくれたけど、眩くてよく見えなくて、そこで目が覚めたんだ」

 嘘にしては細か過ぎる。そもそもウイロウはこんな魅力的な嘘をつかない。嘘みたいな変な話ばかり言うやつではあるけれど。

「だからさ、お前も教科書とか親に与えられた本だけじゃなくて、自分で本を探して読むといいぞ」

 ウイロウの話を信じた訳じゃないけれど、女神を見てみたくなって図書館に通うようになった。気に入った本はウイロウの家の本屋で買った。そうしているうちに知識が増えた。僕はウイロウのように授業が退屈になりはしなかった。むしろ先生が言っている話が深く理解できるようになってきた。成績も少し上がった。

 そんなある夜、遠くから光が見えた。あたたかい光が。光は段々近づいてきて正体を表した。エンパイアドレスに三方金の本を携えた美しい女性。知の女神だ。ウイロウが言っていた通りだ。でも、よく見るとウイロウの話とは少し違う。美術書の女神ほど彫りは深くない。それに神々しいというより人懐っこい雰囲気をしている。

 僕は恐る恐る訊ねた。

「あなたが知の女神ですか?」

 女神は頷く。

「まさしく私が知の女神だ。何か知りたいことはあるか」

 知りたいことと問われても思いつかない。あの頃よりだいぶ本を読むようになったから、記述されている程度なら調べれば分かるようになってきた。だから本を読んでも知りようがないことを訊いた。

「あの、未来のことは知っていますか?」  すると女神は答えた。

「漠然とした未来については話せないが、君の友人ウイロウは錦三丁目のキャバクラのナンバーワンになる」

 どうして教えてくれたのがウイロウの将来なのだろう。

「こればかりは本には載っていない。自ら探求するといい」

 そう言って女神は消えた。僕は明日の朝ウイロウに会ったら何と言おうか考え始めた。

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