151-2 レグルスの価値
薄暗い塔の中に気配を消して侵入した。
どうやら武装兵達は塔の一階部分から探索しているようだったので、物陰に隠れながら他の気配を探る。
「レグルスは多分……上の方かな」
レグルスは前に雷の魔法を使っていたのを見ていた。雷属性の魔力はかなり珍しいもので、私はその魔力を察知することが何故か得意だった。なんとなくだけど上の方から雷の魔力の気配を感じているのだ。もしも私が闇属性の魔力じゃなければ雷と相性がいいだろうなぁと思う程に。
……闇属性といえばアイビーが最近本当にご無沙汰だ。精霊は人間と時間感覚が違うから少し眠るというのが数年になる事もあるらしいからね。子供の頃はよく顔を見せてくれたのになぁ~、メティスに怯えてから一度も姿を見せてくれてないんだよね。そろそろ起きてくれないかな。
そんな事を考えているうちに武装兵達が一階奥の倉庫に入っていったのを確認できた。上の階段を進むなら今がいい。
闇夜に紛れて、足音も消して、風が通り抜けるように静かに階段を駆け上がっていった。レグルスを見つけたら狙われているから危険だと教えて一緒に逃げなくちゃ!
上へ上へと進み、最上階まで到達したものの鍵が壊れていて中には入れなかった。
「ここから気配がするんだけどなぁ」
お城の窓から塔を見た時に最上階に人が入れるような窓がない事は確認していたから入り口はここだけだろう。レグルスに呼びかけてみる? いやいや声が響いたら下の階の兵士に気づかれるだろうし。 扉をぶち破る? いやいや爆音をたてるなんてもっての他。
「ん? そういえばレグルスはこの塔の入り口から入っていったのに、扉が壊れているという事は別に入る道があるという事なんじゃ?」
アルヴィンも正面からレグルスによく会いに来ていたと言っていたし、直接会う為の隠し扉とかありそう……。
「例えば私だったら扉の真上とかに作るけど、まさかそんな安易な場所にはないだろうと思わせて寧ろあるみたいな……」
と、冗談半分で扉の真上の天井を見上げると……ある。そこだけ不自然に埃が無くて綺麗だから分かる。隠し扉があるね?!
「アルヴィンと同じ思考回路ってこと?」
あらまぁと言いながら壁を蹴って天井を押して、開いたそこから屋根裏へと侵入する。そのまま光が漏れている方へ進んで、隙間から部屋を覗き見ると……レグルスがいた。ランタン片手に部屋の中でしゃがんでいる。
よかった無事だった! にしても……ここにレグルスが幽閉されていたのだろうか。窓らしい窓も無く空気が淀んでいて、掃除がされていない汚れた床。寝床らしい場所には藁が無造作に置かれているだけ。人が住めるような場所じゃない……まるで、牢獄のようなその扱い。
その光景が、ハイドを助けた時の姿と重なった。
「……やっぱりこの国、キツめのお仕置きした方がいいんじゃないかな」
ほんの少しの殺気を出してしまっただけなのに、レグルスは瞬時に私がいる天井に振り向いた。
「誰だ」
ま、まずい! 今雷撃の魔法なんて放ってしまったら下の階の兵士達に気づかれてしまう!
レグルスは黒手袋をはめた手を握り指を弾こうと構えた。
「静かに!!」
天井を蹴破り、攻撃が放たれるよりも早くレグルスの真上に飛び降りた。
「はっ?!」
私だと気づいたレグルスの動きが一瞬止まった隙に、レグルスを押し倒して両腕を押さえつけた。
「な、な、ウィズ?!」
「しーーっ! 大声出しちゃだめ!」
暴れる素振りを見せたので、物音をたてないようにお腹に膝を乗せて押さえつける! よし! これで完全に動きは封じた!
「離せ!! な、なにしてんだお前!!」
「大人しくして! その口も塞がれたいの?!」
「馬鹿か!!」
レグルスの顔がもうすっごく真っ赤になっている。照れてる場合じゃないんだよ緊急事態なんだよ!
「部屋に侵入してきたと思ったらなに犯罪まがいな事してんだ?!」
「レグルスだって私を誘拐しようとした事があったじゃない? これで無効ですよ」
「ふざけんなっ!!」
いくら暴れても逃げられないですよ。体のどこを押さえつけたら最小限の力で動けなくさせられるのか! 私はちゃんと学んでいますからね! あと筋肉でどうにかしてる。
「騒がないで大人しくしてくれるなら悪いようにはしないから落ち着いて!」
「なっ……なっ」
レグルスは真っ赤な顔のまま目をぐるぐると回してしまっている。体を押さえつける為にレグルスの胸に乗せた足から心臓が高速でドキドキしている事も伝わってくる。
「レグルスかぁわいい」
「はぁっ?! 誰のせいだとっ、つーかお前! 女の癖になんなんだこの力!!」
私を誘拐しようとした時は淡々としていた癖に、いざ私が似たような事をしたら照れて慌ててしまうとは可愛いね!
「本当に駄目なんだよ! 下の階に兵士達がいて、レグルスを探しているみたいなの!」
レグルスの動きが止まる。ツイっと視線を逸らして「またか」とつぶやく。
「アルヴィンが無理矢理俺の幽閉を解いただろ。それが気にくわなくてさっさと殺しにきたんだろうよ」
「う、嘘でしょ?!」
「何度も毒を盛られて殺されかけた、この部屋の中に火を放たれて殺されたかけた事もある。また命を狙われても驚かねぇよ」
レグルスの上から退けると、レグルスは壁に寄りかかりながら座った。
「なんで……なんでレグルスがそんな目にあっているの」
「俺が忌み子だから、母親は俺を産んだ後に死んだ。それは俺の呪いのせいだと言われている……そこから全てが始まった」
「産まれた時からって事?!」
「いつか俺はこの国を滅ぼす存在なんだと、だからそうなる前に殺さなくちゃいけないらしい。公式的に処刑しないのは俺を殺した事で呪われるのを恐れているからだ」
レグルスの黒髪の隙間から金色の瞳が無気力に光る。
「お前と出会った地下闘技場、あそこに居たのも自分では手を下さずに俺を殺せる機会を作ろうとしたからだ」
「その話は前にも聞いたけど……!」
「それでも俺は国に戻って来た、そのせいで恐れた奴等が呪い覚悟で俺を殺そうとしてきた。そして、塔から出てしまえば忌み子の俺に国が呪い滅ぼされると本気で思っていて殺そうとしている。国の奴等も、早く第二王子の俺を始末しろと、そうしないと安心して眠れないと嘆願書を送ってくる始末だ」
レグルスは失笑した。希望もなにも無く、歪んだ笑みだった。
「忌み子を作りだしたのは馬鹿なこの国の奴等だよ」
「レグルス……」
レグルスが外に出たら呪い殺されると本気で思っているの? 闘技場で出会ったレグルスは生きる事にいっぱいいっぱいだったのに。一生懸命生きようとしていたのに。私には生きたくて藻掻いている、普通の人にしか思えない。
「……レグルスと前に再会した時は?」
「前って、どっちだ。森でか、屋敷でか?」
「え? 森だよ。それ以降は会えていないでしょう?」
レグルスは切れ長の目でじっと私を見た。
「本当に忘れるんだな」
「え?」
「別に。闘技場から城に戻ってからはアルヴィンが出入り出来る隠し通路を見つけたから、よく出掛けていた。こんな場所には好きでいつく訳ねぇだろ」
「アルヴィンが助けてくれてたの?」
「さあ? アイツは何を考えているのかよくわかんねぇ気色悪い奴だから」
「それでも助けてくれてたんでしょ?」
「解毒薬とかはくれたか……部屋が燃やされた時も助けに来ていたが。そのせいで俺は火あぶりにしても死なない忌み子だといよいよ本物の化け物扱いになったけどな」
レグルスの味方はアルヴィンだけだったという事かな。他の人はみんなレグルスの死を望んでいる……迷信の宗教的な心酔は人の判断力を偏らせるというけど、救いようのない腐った国だ。レグルスの事しかり、フレッツの国を奪った事や、国の在り方やら。
「レグルス、もしも本当に呪いたくなったら手伝うから言ってね」
「そんな事を言っていいのか御令嬢」
「いいんだよ! こんな腐った国の人達はみんな禿げてしまえばいいんだよ!!」
「ぷはっ、お前の呪いはそんなものかよ」
「これでも結構怒ってるんだよ!」
「……俺の為に?」
片足を折って肘を乗せ、挑発するような視線を向けてくる。
「勿論だよ! レグルスが今まで理不尽な目にあってきた分わたしがぼっこぼこにしてあげるよ!」
レグルスは少し驚いた表情をしてから、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「お前は変わらない、俺の人生で最初の【俺の為】に俺に生きる事を願った奴」
「友達だからね!」
「お友達の定義は俺には分からねぇな」
「友達というのは一緒に遊んで喜びを共有して! あと一緒に筋トレもして!」
「常識は俺には必要ない」
レグルスはポケットから何やら布きれを出して見せた。とても汚れている青い布。洗い流せなかった血のシミみたいなのもある。
「これなあに?」
「隠していたこれを取りに塔に入った」
「そうなの? 大切なものなの?」
私には汚れた布にしか見えないけど、レグルスに取っては大切な物なのかも?
「うさぎの林檎」
「うさぎの林檎……?」
何を突然可愛い事を言ってるのだろうと思ったけど、レグルスの顔は至って真面目だった。
「お前が言った言葉だ、うさぎカットの林檎を家に来たら出してやるとかどうとか」
「そ、うだっけ?」
覚えてない……牢屋で捕まっていた時の話だろうか。
「俺が忌み子の話をしても怯えなかったわざと誘拐されにきたとか赤目の話だとか黒髪だと大変だとか色々」
私でも忘れかけている話をレグルスは全て覚えていた。私との会話を全て覚えているのかな。
「レグルス落ち着いて、大きな声出しちゃうと外に聞こえるから」
「お前は俺が生きていて嬉しいと言った!」
視界がぐるんと回転したかと思ったら、今度は私がレグルスに押し倒されていた。泣きそうで苦しそうなレグルスの顔が真上にある。
「俺を生かしたのはお前なのに何も言わずにお前はいなくなった! 再会の約束もなく勝手に! 俺を救った癖にすぐに捨てた……!」
「違うよ?! あの時は本当に急いでいて」
会話の内容の全てを覚えていなかった事が引き金になったのか、レグルスは怒り出してしまった。
「こんな汚い場所に甘んじて幽閉されているのも! ヨレイド国の王子という肩書きを利用出来るからだ! ヴァンブル国に留学する時にも役立つとアルヴィンが言ったからっ」
「落ち着いてレグルス! 大声はだめっ」
「全てお前にまた会う為にしている事だ!」
押さえつけられている肩に添えられた手に力がこもる。
「婚約者がいると言っていたな……メティスだったか」
「そ、そうだけど……」
「残念だったな、普通の育ちじゃねぇ俺は一般常識なんて持ち合わせていねぇんだよ」
レグルスは仄暗く笑み、私に顔を近づけた。
「お前に婚約者がいようが、結婚していようが、俺には関係無い」
「へ?」
「俺を生かし、俺の価値を決めたのはお前だ、今更逃げられると思うな」
ゲームという輪廻転生軸では全て死んでいたというレグルス。その彼を助けたのは私だ。その影響なのか彼は強く私に執着している……いやそれにしても顔が近すぎる。
「脇が甘い!」
「なっ?!」
両手をレグルスの首の裏に伸ばして思い切り引っ張った。体勢を崩したレグルスを避けて、またしても私がレグルスのお腹の上に馬乗りになって両腕を押さえた。
甘い甘すぎるよ! 本気で相手を拘束するんなら肩じゃなくて両手じゃないと! 両手を自由にさせておくなんて反撃してくださいと言っているようなものだよ!
「静かにして! 下の兵士達に! 聞こえちゃうでしょ!!」
「お、おまえが一番大声だろ!!」
形勢逆転した途端、また顔を真っ赤にして慌てだした。さっきまでの威勢はどこへいったの、攻めるのは平気でも攻められるのは恥ずかしいってどういう事可愛い。
「私はレグルスから逃げないし! 貴方が生きててくれて嬉しいと言った言葉を撤回するつもりもありません! 捨てたとか物騒な事いわないの!」
「っあ」
「言い訳無用!」
今度は私がレグルスに怒りながら顔を近づけた。真っ赤な顔、うるると揺れる金色の瞳をどうして嫌いになれようか。
「レグルスはいつでも私の家に遊びに来ても良いし! 会いたいって言ってくれるなら私も会いにいくし! 寂しいなら寄り添うし、復讐したいなら応援する!」
「なん、で」
「貴方の幸せを願ってるからに決まっているでしょう!」
こんな蔑まれて理不尽に死を望まれるなんて間違っている。それに、私は彼の生き方に尊敬している部分がある。そこが人としてとても好きなのだ。
死を間際にしても絶対に最後まで諦めなかった。生にしがみついて死神にすら噛みつく覚悟でいたレグルス。そんな貴方の生き様を、私も見習わなくてはいけないと強く思う。
「私はレグルスを見捨てたりしないよ」
艶やかなレグルスの黒髪の頭を撫でる。
「一人じゃないから、いつでも頼ってねって事だよ」
「……ん」
レグルスが控えめに私の手に擦り寄る。
「改めてわかった」
「え、何を?」
「俺の復讐を成すよりも、お前の方がいい、お前だけがいい」
ぎゅっと手を握られて頬を擦り寄せられる。
「お前がいない世界なんて考えただけでもゾッとする」
「どういう?」
「俺もアルヴィンとお前を──」
ドンドンドン! と扉を乱暴に叩く音が飛び込んで来た。
『やはりここから声がするぞ! ここにいる!』
『扉を壊せ!』
まさか兵士達に見つかった?!
悪役令嬢は魔王と婚約して世界を救います! 水神 水雲 @maoukon
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