151-1 レグルスの価値
人には分かり合えない時もあるのです。
私がよかれと思ってした事が相手にとってはそうでなかったりする事だってあるし、けれど私は自分の矜持は捨てずに私らしく前向きに進んでいこうと思います。
なんでか私がレグルスの手を拘束して押し倒していて、もうめちゃくちゃレグルスにぶち切れられている状況であっても。
「離せ!! な、なにしてんだお前!!」
「大人しくして! その口も塞がれたいの?!」
「馬鹿か!!」
レグルスの顔がもうすっごく真っ赤になっている。
いや別にやましい事はしてないよ! レグルスが危険な事をしないように押し倒して両腕を押さえつけて拘束しているだけであって別にやましい事はしていない!
「部屋に侵入してきたと思ったらなに犯罪まがいな事してんだ?!」
「レグルスだって私を誘拐しようとした事があったじゃない? これで無効ですよ」
「ふざけんなっ!!」
いくら暴れても逃げられないですよ。体のどこを押さえつけたら最小限の力で動けなくさせられるのか! 私はちゃんと学んでいますからね! あと筋肉でどうにかしてる。
「騒がないで大人しくしてくれるなら悪いようにはしないから落ち着いて!」
「なっ……なっ」
レグルスは真っ赤な顔のまま目をぐるぐると回してしまっている。体を押さえつける為にレグルスの胸に乗せた足から心臓が高速でドキドキしている事も伝わってくる。
「レグルスかぁわいい」
「はぁっ?! 誰のせいだとっ、つーかお前! 女の癖になんなんだこの力!!」
私の名誉のために言っておくと断じてレグルスを襲っている訳ではない! レグルスの為にも本当に静かにしないといけない状況にあるんだよ!
──時を遡る事数時間前。
私は城内で愛しの弟、ハイドのご機嫌取りを必死にしていた。
「ハイド! ほらハイドの大好きなチョコケーキだよ! お姉ちゃんのぶんもあげるよ!」
「いらない」
「いらない?!」
あの超甘党のハイドがケーキをいらないと!! 衝撃がズドンと胸に響く。なにより昨夜からハイドが全く目を合わせてくれない……!
西区の貧民街で隠れ住む亡国の仲間達に会いに来ていたというフレッツと偶然再会したんだけど、そこにいたるまでに私はハイドを撒いてしまったのだ。フレッツと別れて戻ってきたのはいいものの、ハイドはとっても機嫌が悪くなっていた。どれだけ謝っても全然振り向いてくれない、今だってチョコケーキをお皿に乗せてハイドに差し出しているのに、なんだったらフォークに刺して口にあーんしてあげるねって言ってるのに、椅子にもたれかかって私とは逆方向を向いたまま拒絶している。
「ハイド昨日は本当にごめんね……! 一人にさせて心細かったよね、ハイドを一人にさせるなんてお姉ちゃんがどうかしてたよ」
「僕のことじゃないっ」
ハイドがようやく振り向いたと思ったら、悔しげに顔を歪ませていた。
「僕はいつまでも姉さんに守られている子供じゃない!」
「ハイド?」
「僕がこの国についてきたのは僕が姉さんをっ」
その時、ノックもなく突然扉が開いた。扉を開けたのはこの国のメイドさんだったけど、あいからわず無愛想だ。
「リュオ殿はいらっしゃいますか? ヴァンブル国王陛下がお呼びです」
「俺?」
「お伝えしましたからね」
バンと音をたてて閉められる扉。私達が歓迎されていないのか、元平民のリュオを下に見ているか分からないけど、その態度は身に余るものがある。
「王様がリュオになんの用事だろう?」
「……ヴォルフ様からの伝達かもしれませんね、少々席を外しますのでウィズ様はくれぐれも大人しくしていてくださいね」
「へへっ」
「返事がない」
まったくもうという感じでリュオは苦笑いをして部屋から出ていってしまった。
「私達以上にリュオはこの城の人達に歓迎されていないから、一人で歩かせるのは不安だね」
「そう思っているのは姉さんくらいだ」
ハイドは立ち上がると、扉へ向かった。
「人の心配ばかりして、自分を全く大切にしてくれない」
「そ、そんなことはないよ!」
「僕もリュオも姉さんに守られるだけじゃなく、姉さんの力になりたいだけだ」
ツンと顔を背けてハイドも部屋を出て行ってしまった。
「守られるだけ……か」
ソファーに深くもたれ掛かって天井を見上げた。子供の頃からずっと力が欲しかった。何も出来ない自分が凄く嫌で、何かを成す為に己の力が欲しかった。守られるのが嫌な訳じゃない、けれど守られるだけで何も出来ない自分という事に何故かとてもつもない嫌悪感があった。
戦う力が無かったであろう前世の私と……この思いはなにか関係があるのかな。
ハイドも私と同じように感じているのかな。守られているだけでは嫌だと、大切なものを失わない為に強くなったのかな。
ハイドが数年間の間メティスの訓練に耐えて、どだい無理だとみんなに言われていたそれを成し遂げた。いまではみんなに認められる程に強くなって、戦えるようにもなった。
ハイド……私はね、ハイドを信用していない訳じゃないんだよ。私も貴方が大切だから、危険な目に合わせたくなかっただけ。でも、その気持ちがハイドを傷付けていたとしたら……。
「ハイドの強さを信じるかどうかという話になるのかな……」
大切なあの子を、世界を揺るがすような戦いに巻き込んでもいいのか……。ただでさえ幼少期に劣悪な環境で監禁されていた子なのに、これからはなんの憂いもなくただ幸せに暮らしていてほしいと願ってしまうのは私のエゴなんだろうか。
頭を冷やしたいから景色でも見ようと窓際にいくと、例のレグルスが閉じ込められていたという塔が目に入った。隠し通路の出口になっているという部屋からは変えられて今は別の部屋を借りているけど、その部屋からでも僅かに塔の姿が見える。
「あれ?」
その塔に、レグルスが入っていくのが見えた。確か、もうあの塔からの幽閉は解かれて自由になったと聞いたけど……何故自分から入っていったんだろう?
「あれは?」
少しして、レグルスの後を追うように武装した国の兵士達が数人塔の中へと入っていった。
レグルスの護衛? いや、それだったらぴったりとレグルスにくっついている筈だし、あんな風に気配を殺して塔に入るなんておかしい。
あの空気はどちらかというと。
「暗殺……」
私の身にもよく起きることだ。だからなんとなく察する事もできる。
「レグルスが危ない……!」
レグルスを見た侍女の怯えようを思いだしても、忌み子と恐れられているレグルスを守ってくれる人がこのお城にいるとは思えない。アルヴィンなら助けてくれそうだけど、今どこにいるのか分からないのに探す時間も惜しい。
「またリュオとハイドに怒られちゃいそう」
せめて細心の注意を払おうと思いながら、窓から外へと飛び出した。
◇◇◇
「ウィズは本当に行動力があるなぁ」
ウィズが部屋から飛び出した直後、その部屋の窓から身を乗り出してウィズの背を眺めて居たのはアルヴィンだった。その顔は満足そうに微笑んでいる。
「五行の大精霊と会う事も出来て、この国の情勢を見せる事も出来た。あとはレグルスの方か」
ウィズから離れない護衛執事のリュオをファンボスの助力を得て引き離した、そしてハイドレンジアもあの様子なら少しなりとも傍を離れるだろうことは計算済みだった。
一人になったウィズが、劣悪な環境で育てられたというレグルスの危機を見て動かない訳はないとアルヴィンは確信していた。
本人が理解していようがなかろうが、弟であるハイドレンジアの境遇とレグルスの境遇をウィズが重ねない筈がない。
「レグルスの方が終われば準備は整うね」
窓枠に頬杖をついてウィズを見送る。
「君は気がつくだろうか……」
目を閉じ、願いのように言葉を零す。
「早く、おいでよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます