150-2 敗戦国のその後

「ヨレイドに来るとは聞いてましたけど、こんな場所でなにしてんすか姫さん」

「それは私の台詞だよ! なんでフレッツが隣国のこんな場所にいるの?!」


 そう、ここは自国ではなくヨレイド国なのだ。フレッツがいるなんてどう考えてもおかしい。

 フレッツはいつも通り真顔のまま、首に手をあてて少し考える素振りを見せた。


「いやまあ……姫さんになら教えてもいいか」

「なにを?」

「俺の家族の話なんてした事ありましたっけ?」

「ええと、前に少しだけ? 下に弟妹が沢山いて港町に住んでるとだけだったかな?」

「そこまででしたっけ」


 フレッツは扉の下敷きになって唸っている男をトドメとばかりにかかと落としをして完全に気絶させた。


「もしかしたら、俺も姫さんを襲った阿呆共みたいになっていたかもしれないんすよ」

「どういう事?」

「歩きながら話しましょうか、西区では比較的安全な場所にご案内しますよ」

「分かったよ」


 私が迷わずついていく意思を見せてフレッツに近寄ると、フレッツは何故か嬉しそうに笑った。


「姫さんとヴォルフ様ってやっぱり似てますよね」

「親子だからね! でもどこが似てるの?」

「善悪の区別を本能で察せられる所とか、道に迷った者を救ってくれたりだとか、そういう所ですかね」


 フレッツが歩きだしたので後ろをついていく。そして、私の更に後ろをリュオがついて歩いているけど、何も話さずにフレッツを凝視している様子から、かなり警戒しているようだった。


「リュオ、大丈夫だよ。フレッツで間違いないよ」

「いくらポジェライト家の騎士だからって、隣国のこんな場所にいたんだよ? 素性を怪しむのが普通だよ」

「リュオ~」

「まあそれが普通の反応でしょうね」


 フレッツは道に落ちているゴミなどを足で蹴って道端に避けながら私が歩きやすいように先導してくれる。


「お嬢様もご存じの通り、ポジェライト兵は訳ありの人物も多くいるじゃないですか、そこのリュオもそうだと思うけど」


 フレッツの視線から逃れるようにリュオは視線を逸らした。


「ヴォルフ様は信頼した人物ならば過去の事を何も聞かずにいてくれる。完全なる実力主義であるあのお方は素性不明の俺も軍に受け入れてくれたんすよ」

「フレッツも訳ありさん?」

「ウィズ様、俺の弟妹はマーフィー領に十二人います」

「わあ、ご弟妹沢山いるんだね!」

「あと父が三人と母が四人います」

「うん……うんっ?!」

「そのうち三組が夫婦で、今年で七十になる母は夫を亡くして独り身です」

「ま、まって? どういう事?」


 普通はお母さんとお父さんって一人ずつだよね? あれ? マーフィー領って一夫多妻制? ち、ちがうよね、そういう問題でもない気が?


「簡単に教えますと、全員血が繋がっていないんですよ」

「え……」


 驚いて足を止めた私に、フレッツもまた足を止めて振り向いた。


「彼らは血の繋がった家族を戦争で失い、身よりもなく、ほうっておけばきっとこの貧民街の者達のような末路を辿っていた事でしょう」


 フレッツの瞳に悲しみの色はないけれど、それが軽薄という事ではない。いつも飄々としているように見えるのは、感情を抑え込む事で己の境遇に堪えてきたのかもしれない。


「ウィズ様、俺はハフィルル国の人間だったんですよ」

「ハフィルル国……?」


 聞いた事が無い国だと思っていると、リュオが教えてくれた。


「ハフィルルは今はもう滅ぼされて無くなった国の名前だよ」

「滅ぼされた?」

「戦争に負けて、国そのものが滅ぼされてしまったんだ。敗戦国として資源は全て奪われ、国民達の殆どは奴隷として売り払われたと聞いたよ」

「えっ?!」


 フレッツは肯定するように頷いた。


「今、マーフィー領にいる俺の家族達はその戦争で本当の家族を失い血眼になって一緒に逃げて来た者達すよ。ボロボロの船に乗って身を隠しながら、何日も漂流して……飢えて死にかけていた所をマーフィー家の方々に救われました。家を与え、働く場所も提供してくれて、人としての尊厳を奪われる事なく暮らす事が出来ています」


 敗戦国の人達の集まりがヴァンブル王国のマーフィー領へ逃げて暮らしているんだ。マーフィー領は港町と聞いていたから移民の受け入れも多いと聞くけれど。


「フレッツは……ハフィルル国でどんな人だったの?」


 フレッツは言い淀み、視線を彷徨わせた。


「俺ね、代々ハフィルル王家の騎士として仕えていた家の産まれだったんすよ。小さな国でしたけど、水源が豊富で自然が近くて、とても綺麗な国だった」

「うん……」

「王家に忠誠を誓って、小さな御姫様を守る事が生きる理由でした。国のみんなも大人しい性格の人達が多くて、小さな国だから結束力が強かった。

弱小国だったけどヴァンブル王国との宝石の貿易が盛んだったからヴァンブル王国はハフィルル国の後ろ盾になってくれていた。だから、今までは攻め込まれる事もなかったけど」


 腰に携えた剣の柄をぎゅっと握り、フレッツは眉を顰めた。


「魔王がヴァンブル王国で甦り、国内が混乱している隙を狙って我が国も攻め込まれ、数日ともたずに負けてしまいました」

「魔王が甦ったというのに別の国に戦争を仕掛けた国がいたの?!」


 ヴァンブル王国に手を貸す訳でもなく、その隙に別の国を襲って私腹を肥やすなんて外道すぎるっ。


「どこの国がそんな事をっ」

「ヨレイド国ですよ」

「え……」

「ここの国ですよ、首都の水路も景観も、宝石も全てハフィルル国の技術を奪って備わったものです。だから、ここの貧民街にはハフィルル国から逃れた民が逃げついた場所でもあるんですよ……こんな見捨てられた汚い場所にはヨレイド国の人間は近づかないんで。奴隷になる位なら貧民街で隠れてのたれ死んだ方がマシだってみんながね」


 ゆっくりと、また歩き出したフレッツの背を追い掛ける。足取りがさっきよりも重い……昔の事を思い出しながら、歩いているのだろうか。


「その戦争で王も俺の両親も死んで、それでも守りたい人がいたから離ればなれになったその人を探して、見つけて、そこから必死に守って、戦って戦って逃げて……死にかけていた所を助けてくれたのがヴォルフ様でした」

「パパが?」

「魔物に囲まれて、それでも守ろうと必死に戦って血反吐を吐いて、もう生きているのが不思議な位だったのに、ヴォルフ様はその魔物の群れを一撃で倒してしまいました。意識朦朧としていたのに、あの瞬間だけは鮮明に覚えてますね、世界一かっこよかったですよ」


 ララフィル国から生き延びた人達を船に乗せて逃がし、その後で人を探してその人と一緒にヨレイド国を横断しながら逃げてきたのだという。あと少しで国境を越えられるという所で魔の森に入ってしまい、死にかけた所をパパに助けられたと。


「それからポジェライト騎士団に入隊して、マーフィー領に逃げた仲間達とも再会して今に至ります。幸いにも騎士の家系で育ったので剣の腕には覚えがあったんですよ」


 少し開けた場所に出た。綺麗とは言いがたいけど大きな家があって、外には少しだけど草花も咲いていた。外を子供達が笑いながら走り回っていて、その奥で大人達が大きな鍋で炊き出しをしていた。


「覚えてますかウィズ様、貴女も昔あの子供達くらいに小さかったんですよ」

「小さい頃はよくフレッツに訓練しすぎないでって言われていたっけ」

「命の恩人のヴォルフ様の娘さんの貴女に会える日が本当に楽しみでね、会えたら想像通りの御姫様だったのに、蓋を開けたら想像以上の勇ましい方で俺は驚きましたよ」


 楽しそうに笑っている。守るべき王国を失って逃げて来たフレッツ……彼にとって私は一体どんな存在だったんだろう。


「ヴォルフ様は空気が読めないようでいて、深い所はよく見通せる方ですよ」

「え?」

「最初はアリネスが姫さんの護衛でしたでしょう? その後に俺がヴォルフ様に頼み込んで姫さんの護衛にしてもらったんすよ」

「そうだったの?!」

「どうしても危なっかしい小さなお姫様を守りたくてね」


 そういえば、ゲームではウィズの護衛はずっとアリネスのような描写だったね。フレッツの姿は……どこにもなかった。

 ゲームという輪廻転生軸の中で、フレッツはどこにいたんだろう? まさか……どこかのタイミングで死んでいたなんて事は。


「途中から俺が姫さんの護衛騎士になって、後にハイドレンジア様の護衛騎士という名誉も賜りました。騎士の俺にポジェライト家の姫と王子の二人と長く時間を過ごさせて、愛着を湧かせて……本当に酷いお方だ。こんなの離れられなくなる」


 言葉とは裏腹にフレッツはとても嬉しそうな顔をしていた。


「守るべき者が多いというのはいい事ですよウィズ様。その分たくさん生きなくてはいけないと思えますから。守るべきお方の幸福たる姿を為し得る瞬間を見る事が出来ずに命を散らすなど騎士にとっては無念でしかないのですから」

「じゃあフレッツは、これからも一緒にいてくれるの?」


 なんだかいつかフレッツがいなくなっちゃいそうな口ぶりに思えて、不安いっぱいになって聞いたら、フレッツは目を見開いて驚いていた。


「今の俺の話を聞いても俺が疑わしく見えませんか?」

「どうして?」

「元はヴァンブル王国の人間ではないので、身分なんてものもこの通りないにも等しい」

「フレッツがフレッツならいいの!」


 フレッツの腕を掴んで思い切り引っ張った。


「いつだって傍にいてくれたし、冗談を言ってからかってきたりもして、でも危ない時は絶対助けてくれた!」


 他の騎士のみんなよりも心の距離が近かった人だ。小さい私にもいつも声をかけてくれて、同じ目線で話をしてくれたよ。フレッツの背中に私はいつも安心していた。


「ここだけの秘密だけど、私フレッツの事をこんなお兄ちゃんがいたらいいのにっていつも思ってたんだよ」


 満面の笑みで笑って頷いた。


「だからこれからも、ずっと一緒にいてほしいよフレッツ」

「姫さん……」

「私の傍にいてくれるんなら絶対に幸せにすると約束します!」

「……ははっ」


 フレッツは顔を手で隠しながら笑った。少しだけ肩が震えていたから泣いていたかもしれない。


「まったく」


 目元をこすって、顔をあげたフレッツはとても嬉しそうな顔をしていた。


「姫さんの人たらし」

「人たらしとは?!」

「そんな姫さんだからこそ、俺は姫さんの護衛騎士になったあの日からポジェライト家に永遠の忠誠を誓っていたんですよ、この小さな御姫様を守らなくちゃ……ってね」


 フレッツは少し考えてから、今回だけと言ってから私の頭を撫でた。


「貴女も幸せにならなきゃ駄目っすよ」

「……うん!」

「絶対に、絶対に、幸せになってください……トキが言っていたような未来にはならないように」


 声が小さすぎて最後はなんて言っていたのか聞き取れなかった。フレッツは何故か不安そうに眉を垂れながら微笑んでいたけど、私が何か言うよりも先に私の頭から手を退けた。


「ご安心ください、俺は生涯姫さんとハイドレンジア様の為に戦うとこの剣に誓いますよ」

「うん、ありがとう!」

「こちらこそ」


 フレッツは私の前に跪いて私の手を取り、その手を自分の額へと寄せた。


「俺の守るべき御姫様になってくださりありがとうございます」

「フレッツ?」


 フレッツは立ち上がって、いつもの調子で緩く笑ってみせた。


「ですが」


 一言付け加えてフレッツは人差し指をたてた。


「ポジェライトの騎士としてではなく、フレッツ個人として自由にさせてもらう事は多々あるでしょうから、そこは許してくださいね」

「へ?」

「おーいみんなーー、食べ物とか持ってきたよーー」


 フレッツが家の方に声を掛けると、子供達が一目散に走ってきた。遠くでは大人達も笑顔で手を振っている。


「フレッツーー! パンはある? 草も食べたい!」

「お腹空いたー!」

「遊べフレッツ!」

「はいはい、まずは御飯食べてからにしろな」

「はぁい!」


 フレッツは休みの日によく出掛けると聞いていたけど……こうしてここに来て滅びた国のみんなに御飯を提供していたんだろう。元はハフィルル国の騎士だった人だ。国の民を今でも守っているんだね……。


「守ると言えば……フレッツは誰を守って魔の森までやってきていたの?」


 フレッツの回りに集まる子供達とじゃれながら何気なく聞いてみたら、驚くべき言葉が返ってきた。


「アリネスを守って魔の森まで逃げて来たんですよ、今じゃ俺より強くなってしまいましたけどね」



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