第5話 姉妹の差

岡本好美は妹を憎んでいる。小さい頃は仲良しだったが、いまは違う。


 8歳下の妹の莉子は小学生になった途端両親に溺愛されるようになった。

 私が好きなケーキを食べようとした時に、妹も食べたいと言った。取り合いになり、喧嘩をし始めると、両親は妹に譲れと言われた。好美は仕方なく譲った。


 それからだ、沙耶は莉子のことが嫌いになったのは。


 莉子はいつもサラサラの長い髪をなびかせていた。性格は大人しい、沙耶とは大違いに大人しい、そのおかげか莉子はモテている。好美の好きな人だって振り向かせてしまうほどだ。


 そんな莉子に、好美は妬ましく思って仕方ない。


 仕事の帰り、好美は少し遠めの会社から自分の家に帰ってきた。


「はぁ、疲れた」


 ため息を漏らして帰ると、リビングから足音が響いてきた。


 顔を上げると、そこには会いたくない子が現れた。


 それは莉子だ。


「お帰りなさい、お姉ちゃん!」


 目の前には、笑顔でエプロン姿の莉子が笑顔で迎えてきた。


「ただいま、」


 莉子の目を合わせないように自分の部屋に向かおうとしたが、莉子は明るい声をしながら付いてきた。


「あのさ、ご飯を作ったんだ。今日、お母さんとお父さん用事で帰っってこないんだって、だから代わりに私が作ったんだ」


 好美は「今日もか」と感じた。


 好美が家に帰るときはいつも両親は不在だった。


 しかし、莉子はいつ帰っても両親がしっかりと家にいた。


 姉妹の差は、小学生のころで崩れた。


「要らない、ご飯はもぉ食べ終わったわよ。だから要らない、帰ってきたら父さん達と食べれば?」


 好美は苛立ちを見せながら言うと莉子はしょんぼりして、沙耶の肩を優しく撫でながら慰めた。


「また嫌なことがあったの? それなら相談乗るよ?」


 莉子の優しい言葉に苛立った好美はその手を振り払った。


「うるさい! なんなの、私が要らないって言ったら要らないのよ! そいう所がムカつくのよ! 溺愛されてるからって調子のんじゃないわよ!」


 好美はそう怒鳴ると、いつの間にか父さんや母さんが帰ってきていた。


「なんなのさっきから? 好美、あんたまた莉子を怒鳴ってたの?」


 母の佳代子は好美を叱った。


「外からお前の声が響いてきたぞ! 何回目だ、莉子を怒鳴るのもいい加減にしろ!」


 父の晶一はほぼ毎日怒鳴り、好美はついに耐えきれなくなり、ついに三人に向かって怒鳴ってしまった。


「ふざけないでよ! お父さんもお母さんもいつもいつも、私を怒鳴ってばっかで!なんなのよ! 私はあんたらのことなんて、小学生の時から大っ嫌いよ!」


パチンッ!


 リビングに乾いた音が響いた。晶一は勢い余って好美の頬を叩いてしまった。突然の出来事に莉子と佳代子は言葉を出せなかった。


「親に向かってその口は何なんだ! 好美!」


 好美は手で頬を押さえて、三人を睨みつけた。


「莉子の方が、もっと嫌いだ!」


 好美は走って自分の部屋に行き、カバンを床に投げつけ、ベットに飛び込み涙を浮かべた。


(なんなの? お母さんもお父さんも莉子のことばかりかばって、イラつく)


 好美はカバンの中には、莉子の写真を眺めると、イラつきカッターでその顔を刻み始めた。


(ムカつく、ムカつく、本当にムカつく。なんかあいつに仕返し出来ないかな? そうだ! あれに頼んで、調べてもらおう)


 そう思い、ベットから降りるとそのままパソコンに向かい電源を入れ、闇掲示板を

開いた。


 最初に闇記者と検索をしクリックすると、電話番号と会う日時が出た。


 これは莉子がいつも何しているかを友人に話したときに聞いた話だ。


 闇掲示板に闇記者と検索をすると、闇記者が表示され、電話番号と会う日時と、地図が出るという。


 好美は最初は嘘かと思ったが、そうではないらしい。何人かの人が闇記者に頼んだと聞いたりもした。


 好美は会う日を日曜日と確認し、イラつきながら風呂の支度をした。



 暗い部屋の中、大きいベットの上に寝ている闇はミカンを食べながら天井を見ている。甘酸っぱい味が口の中に広がる。


 大体の場所はわかる。ここは紗季達の住処の地下の一部だ。


 ここは薄暗く、とても息苦しい。ここが闇にとっての調教場だ。


 闇はあのホテルの一件以来、八人の恋人に一か月間調教され続けていた。


 いろんな行為をされ、時には三人、四人、五人、八人と同時に行為を続けた。


 今は首輪にショートパンツに男物のTシャツを着ていた。


「はぁ……痛っ」


 少し動いた瞬間、痛みが走った肩をさすりながら、シャツのボタンを外し中を見た。


 服の中は、6人の歯形が付いていた。行為をされるたびに噛みつかれては血が垂れている。


 お陰で今も歯形は消えてはいなし、痛みも消えない。


 闇は、紗季はもちろん、5人の男たちを二度と怒らせないようにしよう、そう思ってミカンを食べ続けていると、ドアの開く音が響いた。


 見てみると、まだ怒りが余っている紗季だった。


 闇は手を振りながら、微笑んで挨拶をした。


「やっほ、紗季、まだ怒っているか?」


 紗季に向かって話すと、紗季は闇が繋がれている鎖を手繰り寄せた。


「えぇ、もちろんよ。まだあの女を殺し足りないわ、もっと派手に殺せば良かった」


 握り絞めている紗季の手を見ていた闇は、恋人の独占欲は凄いと感じてしまった。


 闇は微笑みながら紗季の頬に両手を置き、顔を近づけた。


「もぉ、あんなことは起こさないからさ、この首輪取ってくれない? お願い、紗季」


 優しく問いかけると、紗季は闇の優しい言葉に唇を嚙みしめた。紗季は闇の優しい声には思わず許してしまう癖がある。


「ん―――――! もぉ、その声やめてよ! 許しちゃうじゃない!」


 紗季は闇を抱きしめながら、頭を闇にこすりつけた。


「はは、まぁ紗季は私の優しい声にはかなわないわよね?」


 一旦紗季を離し、再び笑顔を見せると紗季はこの前の件でのことを話した。


「じゃあ、この前にみたいに身体を求められたら私達に話すんだよ。分かった?」


 顔を近づけて言うと、闇は優しく頷いた。


 紗季は笑顔のまま、首輪の鎖を取り、小さいハートを付けた。


 闇のスマホを返すと、紗季は一声上げた。


「あっ、着替え持ってくるから待っててね!」


 笑顔で話すと、弾みながら部屋を出て行ってしまった。


 闇は一か月ぶりのスマホに電源を入れると、


(あっ、久々の依頼だ)


 久々に見たスマホには、一通の通知が来ていた。


 見てみると依頼者に会う日は明日らしい。久々の仕事に体はもたないと思ったがお金の為にやるしかないと闇は思った。


 すると、紗季が闇の服を持って薄暗い部屋に来た。


「はい! 闇、お洋服って、仕事!? 勘弁してよぉ、また調教しなきゃなんないじゃん!」


 紗季は仕事にがっかりしていると、闇は早々と服を着替えて笑ってしまった。


「フフ、まぁその代わり紗季は、人を殺せるじゃない?」

「あっ、ならいいや」


 紗季は殺しと聞くと、あっさりと認めてしまった。


「じゃあ、私はあんたらのお陰で疲れているから久々に事務所に帰るよ。じゃあね、紗季」


 闇はジャケットに片手を入れると、後ろ姿でもう片方の手を振りながら薄暗い階段を上った。


 階段を上り終えると、辺りにはソファや面積が広いテーブル、ビールの缶にゴミや雑誌と新聞やテレビにアーチェリーに大きいラジオ、ゲーム機にムチやロウソクにのこぎりやナイフが転がっていた。5人のベットは右の部屋にある。


 床は古い、派手な敷き物が敷いている。


 闇は1か月前の新聞をあちこち探した。


「えーと、あった」


 ソファの上にあった新聞を見ると、早速紗季が殺した瑠璃のことが書かれてあった。


 “ホテルで記者が滅多刺しにされる! 犯人の目星無し”と大きく書かれてあった。


(これは大きな報道ね、今頃穂香刑事達の調査は難航中だな)


 闇は一通り見終わると、ソファの上に新聞を置き、残りの花を食べ終えて紗季達の住処から出て行った。


 久々に外に出た闇は暗い中、存分に外の空気を吸った。


(はぁ、良い空気だ)


 心の中でそう呟き、光る街中を歩きだした。

 


 優は亡くなった後輩の部屋を片付けていた。


 周りには可愛いお人形と家族との写真、白い本棚の記事に関するファイルが沢山積んであった。


 後輩の家族はあまりの娘の姿にショックを受け、心の整理がつかず娘の部屋をまとめるのも出来ないと言い、優は出来る限りの整理をしますと言ったが、仕事が忙しかったために遅れ、せっせと箱の中に物を詰めていった。


 その他は警察が必要なものは全て持っていったらしい。


(はぁ、それにしても、本当に酷い殺され方だったわ。体中を滅多刺しなんて)


 優は後輩が発見された時の事情を聞いたときは、強い吐き気に襲われた。


 瑠璃の体には刃物による刺し傷が沢山あり、ベットの上を赤く染めるほどの出血量だった。


 再び思い出してしまい、優はまた吐き気が込み上げてきた。


 手で口を押さえて本棚をずらすと


「ん?」


 本棚の奥に、一枚の白い紙切れがあった。


(なにこれ? 白い本棚のせいか警察の人が分からなかったのかしら?)


 手に取り、裏返しにしてみると。


 “里美は闇と紗季という奴らに殺人を頼んだ? 闇記者”と書かれていた。


(どういうこと? 里美ってことはその日に会ったってこと? それに闇記者?)


 優は訳が分からずにいたが、闇記者と言う言葉に思い出した。


(そうだ! この前、記者仲間の中で噂されていた奴だ。けど、里美さんが闇記者に頼んだってことはこの先生のこともこれで分かったことなのかしら? これは調べるしかないわね)


 優はそう思いながらポケットの中に紙を入れ、瑠璃の荷物を再び片付け始めた。



 明るい朝を迎えた好美は、あくびをしながらベットから起き上がり、洗面台に向かった。


 階段を下りる途中、莉子に会った好美は、ため息をついて挨拶を交わした。


「おはよう、莉子」

「あっ、おはようお姉ちゃん」


 笑顔で返す莉子の顔を見ると、昨日のことを思い出し、また苛立った。


 好美は洗面所に向かい、顔を洗い終わると、莉子に向かって言った。


「そうそう、お母さんに今日は早く出掛けるからご飯要らないって言っといて」


 険しく言い捨てて部屋に戻り、化粧をする為に向かうと、莉子は悲しい顔で好美に近づいた。


「まさか、昨日のことが原因? あの後母さんとお父さんと私で反省……」

「うるさい! 何が反省よ! どうせ皆で私の悪口言ったんでしょ! もぉ良いよ!」


 朝からのイラつきが収まらず、好美は自分の部屋へと戻った。


(何なのよ、朝から)


 心の中で毒づきながらメイクを済ませ、カバンの中にお金と充電をしたスマホと電車での暇つぶしの本とsuicaをリュックに詰め、部屋を出た。


「あっ、好美、莉子、ご飯……」

「要らないわよ!」


 母の声に耳を傾けない好美は顔を怖くし、家を出た。


 電車までは徒歩で十分、駅に着くまで好美は莉子の悪口を独り言のように言いながら歩いて行った。


 駅に着き、改札口を通り電車に乗り込んだ。


 乗るとまだ人は少なく、椅子の空席が沢山あった。好美は座席に腰を下ろし、リュックから本を出し読み更けた。


 本を読んでいると、いつの間にか人が沢山乗り込んでいた。


 そして、沢山の人を乗せた電車は動き始め、ガタゴトとうるさい音を立てながら乗客を揺らした。立ち上がっている人達は皆苦しそうな顔をしていた。


 座っている好美には、立ち上がっている人達の顔が見える。休みの日でも仕事がある人なのだろう。


 本を読むのに飽きた好美は、着くまで外を見たりスマホをいじった。


 しばらくすると、目的地に着き、好美はそそくさと電車を降りた。駅を出た後、徒歩でその建物に行くだけだ。


 好美は近くのコンビニに行き、おにぎりとパンと飲み物を買い、食べながら歩いた。


 しばらくすると、その建物に着いた。建物は思ってたより古く、ツタが上までも着きそだった。


 身震いしたが、好美はゴミを袋の中に詰め、リュックに入れた。


 中に入ると、そこはバーのように広く、ゴミがあちこちに散らばっていいた。


 古い椅子やテーブルまであった。


 奥のドアを目指して歩いた。


 古くて鉄臭いドアノブを握り開けるとそこは暗闇の世界だった。


 階段は長く最下にドアがあったが、降りたくない気持ちだったがせっかくの予約を無駄にしてはいけない。


 深呼吸をすると、ゆっくりと階段を一段、一段と降りて行った。


 足音が響く中、好美は面会を朝にしておいてよかったと感じた。夜だったら今頃帰っていたのだろう。


 そう思いながら階段の最後の一段を下りた。


(ついに……着いちゃった)


 好美の心の中には罪悪感が少しあったが、自分が決心をして決めたことなのだからここでやめてしまったら予約もこの思いも全て水の泡となってしまう。


 意を決し、ドアに向かってゆっくりとノックをした。


『どうぞ』


 可愛らしい声を聞き、好美はそっとドアを開けた。最初に目に飛び込んだのは、ソファと本棚とソファの後ろにあるドアだ。


「こんにちは」


 後ろからの声に、少しドキッとした好美はすぐに後ろを向いた。


 目の前には血が滲んでいる鎖骨をした女の子がいた。


「あっ、こんにちは……あの、鎖骨についている歯形は?」


 思わず聞いてしまったが、その子は肩を見るなり「あぁ」と声を出して、顔を歪ませ、鎖骨を撫でた。


「これは気にしないでください、一か月間噛まれっぱなしだったからまだ消えないんです。痕」


 笑いながらも、好美はその子にゾっとしてしまった。ただし、好美が一番気になったのは目の色だった。


 短いミディムヘアの隙間から覗く瞳は、左目が紫、右目が青となっていた。


「まぁ座ってください」


 目の色に思わず気を取られてしまった好美は我に返り、そそくさとソファに腰を掛けた。すると、ソファの横から黒い猫が好美の座っているソファに乗り込んだ。


「可愛いーーー!」


 好美は可愛らしい黒猫に思わず、裏声を出してしまった。


「ありがとう、その子あまり人懐っこくない性格なのに珍しいわね」


 目の前の子は不思議そうに、好美とクロを眺めていた。


 好美は自己紹介をし忘れた事に気付き、慌ててその子に体を向けた。


「申し遅れました。私、岡本好美です」


 姿勢を整えて自己紹介をすると、猫はその子の膝の上に乗り、寝込んでしまった。


 次は目の前の子が、笑顔を見せながら自己紹介をし始めた。


「こんにちは、私は黒川闇と申します。では、依頼の内容を言ってください」


 優しく話しかける声に、なんだか落ち着いてしまう。何かを隠している様にも見えてしまうが、悪い相手には見えない。


 好美はこっそり撮った莉子の写真をテーブルの上に置いた。闇はその写真を手に取りマジマジと眺めた。


 好美は写真を眺めている闇に向かって話した。


「岡本莉子で、私とは八歳年下の妹です。今は大学生一年です。実はこの人を撮って欲しいんです。私、この妹が大っ嫌いなんです、小学生になった途端に急に差を付けられたんです。親はいっつも妹ばかりを可愛がっているんです! 私のことなんか空気みたいに思ってる。最近になってこの子、私がいない間何しているだろうと思ったら……。きっとどこかに遊びにでも行っているんだろうと思ったので、莉子が遊んでいる姿を撮って欲しんです。お金はいくらでも出します」


 好美は必死の思いで闇に伝えると、闇は猫を撫でながら写真を見て、口元を上げた。そして、好美に目を向け、目の前で両手を広げだした。


「では、多くて十日分にしましょう。初期費用は十万です。良いですね。」


 好美は戸惑ったが、莉子の真実の姿を見られるなら安いものだと感じ、莉子はゆっくりと頷いた。


「では明日から撮ります。休みの日は取らないで平日の日だけ撮ります。後日、電話をしますので、この紙に電話番号を書いてください」


 闇はそう言って、紙とペンを好美の前に置いた。闇は「では、」と一言言うと奥の部屋へ猫を抱え、好美に貰った写真を持って消えて行ってしまった。


 好美はうす気味悪い部屋に一人残された。


 紙に電話番号を書き、カバンを抱え、長い階段を駆け上がった。


 長い階段を上り建物の外へ出るとそのまま息が切れるまで走った。その後、好美は呼吸を整えた。走ったお陰で喉はカラカラだった。


 カバンの中に入っている飲みかけのペットボトルを取り出し、蓋を開け、喉に冷たい水分を流し込んだ。


 肩の力が抜けると、思わず後ろを振り向いてしまった。


 建物から出たというのに再び恐怖が込み上げた。


 好美は後ろを振り返らないように去った。



 闇はシャワーを浴び、目の前にある鏡を見た。


 体には6人に噛まれた痕が足や鎖骨、腕に赤黒い歯形が付いていた。シャワーに当たるたび傷がしびれてくる。本来なら数日で消えるはずが、1か月経っても治っていない。


 むしろ一生残るような痕にも見えてきた。これからも、あいつらを怒らしたらこうなるかもしれない、ため息が出るほどのだるさが昨日から取れておらず、花ばかり食べているお陰であれがどんどん近づいてきてる。心臓の鼓動が止まらず息は荒くなる。もう一度鏡を見ると、紫と青の目が赤に染まろうとしている。闇はその場に座り込んでしまった。


 あの病気のせいか、頭がクラクラする。色んな花を食べても食べても収まらない。


「はぁ、気分悪っ」


 そう思いながら闇は立ち上がり、風呂場を出た。


 濡れた髪をタオルで乾かしながら冷蔵庫から水を取り出して飲み込んだ。




 その頃、好美はレストランで飲み物を頼んで、窓ばかり見つめている。


 飲み物を一口もつけないせいで、氷は溶け、グラスには水滴が出てきた。テーブルはコップから出る汗で濡れていた。


 頼んでみたものの、本当にあれでよかったのだろうか。闇掲示板は全部読んでは見たものの、あの依頼で合っているのだろか。それとも間違っているのだろうか、好美は心配しながら、飲み物に口を付けた。


 飲んでも落ち着かない。ただ冷たいのが喉を通った感触しか残ってなかった。


「はぁ、」


 思わずため息が漏れた。すると誰かが声を掛けてきた。


「あの、莉子のお姉さんですか?」

「えっ」


 何故私が姉だと気付いたのかと思いながら、好美は振り返るとそこには一人の女子が立っていた。顔から見ると、大学生だろうと思った。


「あの、誰でしょう?」


 好美は警戒心を強めて話すと、女の子が慌てながら自己紹介をしてくれた。


「あっ、私莉子の友達です」 


 莉子と聞くと苛立ちが走った。鈴というらしい。莉子の女友達なら仕方ない。好美は席に座るように勧めた。


 女友達は申し訳なさそうに、前の席に座った。


 好美は飲み物を飲み、友達に顔を曇らせて向けた。


「で、何? 私なんかに話しかけて」


 思わず厳しい言い方をすると、女友達は姿勢を良くして説明をした。


「あっ、実はお姉さんに会ったら話があって声を掛けたんです」


 話? 一体なんの話だろうと思いながら飲み物に口を付けようとすると、


「莉子の話なんです」


 莉子の名前に、好美は思わず飲み物を飲むのをやめてしまった。


「莉子? あいつなんかしたんですか?」


 好美は釘付けになってしまったが、女友達は首を振って話し始めた。


「いや、何かをしでかしてはいませんよ。あの子、成績も優秀ですし、心も優しいです。ですが、あの子1か月前から大学にあまり来てないんですよ」

「えっ、休んでるの? あの子が」


 好美がそう言うと、鈴はゆっくり頷いた。


「はい、というか何も聞かされてないんですか?」


 友達は口を不思議そうにしながら話したが、好美は莉子が大学に行ってないという新たな真実を知った。


 どういうこと、あの子は家では大学には行っていると話すが、それが嘘だっなんて初めて知った。むしろ莉子が嘘を付いたいたのは初めてだ。莉子は嘘をつかない性格だ、なのに私にだけ嘘を付いていたなんて、おかしい、あの莉子が私だけに嘘をつくなんておかしすぎる。


 好美はお金を置くと、不愛想にレストランを出て行ってしまった。鈴は何か言いたそうだったが、そんな話を聞いている暇などなかった。


 好美はそのまま走り、駅に向かった。


 一人残された友達は、何か食べようと思いメニューに手を出すと、誰かに声を掛けられた。


「お姉さん」


 声を掛けられ後ろを向くと、背の低い女の子がいた。


「何?」


 思わず声を掛けると、その子は微笑んだまま友達の目の前に席に座り込んだ。


「えっと、何かごようで?」


 目の前の女の子に話すと、その子はいきなり「莉子の姪っ子です」と笑顔で話した。


 莉子に姪っ子いたっけ? 心の中でつぶやいていると、


「ねぇ、莉子お姉ちゃんの話をしてよ。ちょっと遠くで聞こえていたからね。」


 笑顔でそう言われ、ただ鈴は「はぁ」と声を出し、莉子の事を話し始めた。


 莉子は自分の部屋で薬を飲んでいた。飲み終わるとそのまま自分の机に座り、赤い日記を出した。そこには自分で書いたステップの文字の隣に、チェックが赤いペンで書かれていた。


(後は、お姉ちゃんとお出かけがまだ、)


 そう思っていると、急にドアが開かれた。


 莉子は直ぐに日記を隠しながら後ろを向くと、そこには息を切らした自分の姉の好美が怖い顔をしていた。


「おっ、お姉ちゃん! お帰りなさ、」

「あんたどういうこと、大学ちゃんと行ってるんじゃないの?」

「えっ、何でそう思うの?」

「あんたの友達が言っていたのよ! 休みがちだってね、どういうことよ! あんたずる休みしてるの!」


 怒りながら莉子に近づく好美に、莉子は言い訳を探そうとすると、


「好美! あんたまた莉子を叱ってどうしたの!」


 佳奈子が揉めている声を聞いたのか、険しい顔をしながら好美を莉子から離した。


 再び莉子を庇う母を見て、好美は我慢が出来なかった。


「はぁ? 分からないの? こいつはね、私が一生懸命働いているのにこの子は大学を休んでばっかなんでしょう、なのに、お母さんもお父さんも皆嘘つきよ!」


 好美は泣きながら莉子の部屋を出た。


「好美!」


 佳奈子は好美の後を追うとしたが、それを莉子は止めた。


「やめてあげて、お母さん!」

「莉子……もぉあの事を話しましょう。お母さんもう黙ってられないわ」


 佳奈子は莉子の肩を掴みながら、哀しい顔をした。


 そんな母の姿を見た莉子は、母の肩を掴んだ。


「だめ、もう少し待って、お願い」


 莉子はそう言い、ドアを思わず見つめてしまった。



 好美はカバンを思いっきり壁に投げつけ、ベットに飛び乗り顔をうずめ、涙を浮かべた。


 だけど好美には裏の手がある、10日後には莉子がなんで休んでいるかがわかる。


(今に見てろよ莉子、あなたが私がいないときに何をしているか分かるのだから)


 好美は心の中で言い聞かせ、涙を流しながらベットのシーツを握りしめた。


 翌日、好美は仕事に出かけた。


 好美は闇に家の近くに待つように昨日の夜にメールで言っといたから何とかなるだろう。仕事の気合を入れ、走りながら駅に向かった。


 闇は久々に触った自慢のカメラを持ち、莉子の後を追っていた。


 好美に聞いた莉子の通うB大学。尾行を始めると、莉子は大学には向かってはいなかった。これは休みなんかなこだろうと闇は思った。


 歩き続けること20分、莉子は人々が歩き回る場所の前に止まってそのままスマホを使い始めた。


(誰かを待っているのか?)


 そう思いながら待っていると、誰かに肩を叩かれた。


 姿を見ると、刺青を入れたチャラ男と金髪にしているチャラ男が立っていた。


「誰ですか?」


 闇がそう答えると、刺青が入っている男が話しかけた。


「あれ~、わからないの? 俺ら毎日あの店に通っている奴でーす」


 笑顔で敬礼の真似をした。


 闇は考えてみると、確かにこの二人は店で薬をしていた男達だった。なのにどうしてここにいるのだろう。


「なんだ、私になんか用か?」


 闇は目を細めながら言うと、もう片方の金髪が話を始めた。


「いや、毎回あの店で薬やる時にあんたを見かけたから一度は話してみたかったんだ。いやぁそれよりさ、何してるの?」


 顔を近づけてくる金髪の男に、闇は嫌々しながら莉子を見ると莉子は男と楽しくお喋りしていた。


 闇は慌ててシャッターを押した。


「何撮っているの?」


 急な行動をした闇に思わず金髪の男は話しかけてしまったが、闇はその男達を無視し走りながら莉子の後を追った。莉子は隣の男と話しながら大きなショッピングセンターの中に入っていった。闇も中に入り、一目を気にしながら写真を撮り続けた。


 莉子の表情には、何かを隠している様にも見えたが、闇は口元を上げて笑った。


 好美が楽しみになってきた闇は、早く10日後になってくれないかなと心の中で思った。



 そして当日、好美は休日出勤を休み、闇に連絡をした。


 連絡をすると、闇は「準備が整ってから来てください」と言い残し電話を切った。


 好美は直ぐに支度を整え、駅へ急いだ。足が重く感じるが、早く写真を見たい一心で好美は走り続けた。駅に着き、電車に乗り、椅子が空いていたが好美は座らず、出口の場所に立っていた。本来ならスマホをいじるが今はそんなことをしていられない、ただあの莉子の写真を早く見たいという気持ちが高鳴っていた。


 目的地に着くと、電車から飛び降り、駅から出るとそのままあの廃墟まで行った。走り続けると廃墟に思ったより早く着いた。


 廃墟の中に入り、薄暗い階段を駆け下り、最下にあるドアを強く開けた。


 目の前に飛び込んだのは、闇がソファに座りながら猫を撫でていた。横には小さい紙袋があった。


「お待ちしておりましたよ。好美さん」

「えぇ、さぁ早く見せて頂戴」


 息を切らせている好美に、闇は隣にある紙袋の中身をテーブルにバラまいた。紙を落とす音が響いた。見ると案の定、それは写真だった。


 見ると、好美は唖然とした。


「何よこれ……」


 映っていたのは、莉子が母の佳奈子と買い物の写真と父の晶一と遊園地で遊んだり、買い物をしている場面が映っていた。


「あの子……、大学行かないで遊んでばっかいたの?」


 自分だけは一生懸命働いて、莉子は贅沢ばかりしていたの? しかもお母さんとお

父さんは私ばかり働かせ、妹には贅沢ばかりさせてたの?


 好美は親や妹に裏切られた気分になり、目から涙を流しながら恐ろしい目で写真を見つめていた。


 闇は好美の姿を見て、微笑みながら説明をした。


「ここ10日間、平日では週に3日は遊んでいました。親とね。まぁ妹さんは黒でした」


 平然としながら話す闇の声に耳を傾けず、ただ写真ばかり眺めていた。


「好美さん?」


 闇が声を掛けると、好美は我に返り涙を流した顔を上げた。


「な……ん……ですか?」

「お金そろそろ下さらない?」


 空気を読んでいない闇に、好美は思わず怒りをぶつけた。


「何よそれ! 今どういう状況か分からないの? 私は家族に裏切られたのよ!空気を読みなさいよ!」


 テーブルを叩きながら立ち上がり、唇を嚙みしめながら闇を睨みつけていると、闇は思わず鼻で微笑んで提案をした。


「だったら、この紙に書かれている街を歩いてください」

「は?」

「実は、その街を歩けば、とっておきの子に会えるんです。しばらく歩けば声を掛けられます。特に悩みを持っている子にだけです」


 人差し指を立てながら話す闇には、ただ噂話にしか聞こえなかったが、好美は呆然

としながら金を置き、そのまま部屋を出た。


 闇は金を確認し終わると、紗季にメールを入れた。


 すると、再び心臓が鳴り出した。


(はぁ、またか)


 闇は花を食べながら天井を見上げた。



 人々の声や車の音が聞こえる中、好美は暗い顔のまま街を歩いていた。家族に裏切られたという気持ちが残ったまま街を歩き続けた。


「はぁ、親ってなんだろう」


 そうつぶやいた途端、誰かに肩を叩かれた。後ろを向くと、闇とは逆の目の色をした左目が青、右目が紫の瞳、背が低く、アメを食べている少女に声を掛けられた。


 もしくはこの子かと、好美は思った。


 眺めている好美に、女の子はアメを転がしながら話し始めた。


「こんにちはお姉さん、何暗い顔をしてるの?」


 可愛らしい声を出し、暗い顔をしていたのを見破られた好美は思わず作り笑顔を出

してしまった。


「えっ、暗い顔をしてたかな?」


 誤魔化しながら話すと、急に女の子は、好美の手首を掴んで歩き始めた。


「えっ! ちょっ! どこ行くの?」


 慌てながら女の子に話すと、振り返って笑顔を見せた。


「えぇ、あなたがそんな暗い顔をしてるから気分が上がる場所に行きましょう。あっ、私雪村紗季、あなたは?」


 歩きながら自己紹介をした紗季に、好美も慌てながら自分の名前を言った。


 紗季という子に手首を掴まれながら歩き始めて数分後、狭い裏道を歩き続けた。人が1人通れるぐらいだった。歩き続けると怖い顔をした人ばかりとすれ違う。好美は顔を避けながらも、紗季は堂々と道を歩んでいく。


 すると、紗季は目の前にある建物の前で止まった。


「着いたよ!」


 元気よく話す紗季に驚きながら、好美は目の前にある建物の看板を見た。看板にはピンクの文字でDREAM(夢)と書かれていた。何よりも音楽が外まで響き渡っている。


「ここは、」


 思わず横目で紗季に声を掛けると、好美はニッコリと笑いながら説明をしてくれた。


「ここは至って自由の場所。自分の姿を自由にさらけ出していいから夢なの!あっ、この場所は秘密よ、誰にも言わなければ警察だって来ないのだから」


 微笑みながら話す紗季に、この店は危ない店だと警戒心を持ったが、紗季は構わず好美の手を再び引っ張りながら建物内に入ってしまった。


 入るとそこは大音量の世界だった。目の前には踊り狂っている男女が見られる。カウンターには動物の仮面を被ったバーテンダー達が黙ってその光景を見ながらお酒を作っている。


 好美は耳を塞ぎながらも、店に入れば夏のような暑さが体を包み込む。


 横を見ると、紗季はいつの間にかオレンジジュースの入ったコップを二つ持っていた。


「はい、ここは暑いので水分をちゃんと取ってくださいね。飲みながらでいいから着いてきてくださいね」


 笑顔で言いながら紗季はもう片方の飲み物を飲みながら、階段へと向かっていった。


 好美も慌てながら、熱さを飛ばすために飲み物を飲みながら紗季の後を追った。


 階段を上るたびに、他の男女や同性愛者の行為を避けながら四階に着いた。


 ドアに特別室と書かれた部屋を開けた。中に入ると涼しい空気が身体を包んでくれた。


 目の前には豪華なシャンデリアとカーテンとソファ、小さいテーブルがあった。


 紗季はカーテンを避けながら真ん中のソファに座り、好美に向かって手招きをした。


 好美はためらいながら前にあるソファに腰かけた。


 紗季は飲みかけのコップを置き、好美に話しかけた。


「さて、何か悩み事あるんですか? 言ってください。」


 優しく問いかける紗季に、好美は同じく飲みかけのコップをテーブルに置き、紗季に話し始めた。


 聞き終わると、紗季は好美に貰った写真をじっくりと眺めている。


「で、街を歩いてたの?」

「はい、もう誰も信じられません。」


 声を低くしながら涙を再び浮かべると、紗季は好美の顔に近づき、囁いた。


「だったら、殺しますか?」

「えっ」

「もちろん、代金は入りません。あなたの手を汚すことだってありませんよ」


 笑顔で言いながらも、左右の目に好美の脳を掻き乱された感がした。目の前が歪む中、紗季は好美に囁き続けた。


「このままだと、貴方は一生奴隷のような物です。それが良いなら私は殺しません。どうですか?殺しますか? 妹さんを」


 奴隷と言う言葉に、好美の頭から想像が浮かび上がった。莉子が一生懸命働いてる好美をあざ笑うかのように見下ろしている、両親はそんな莉子に同情しながらしながらケラケラと笑っている。そんなことを考えると、好美は下を向きながら低い声で言い放った。


「お願いします。こいつらを殺してください。親も莉子も全員殺してください!」


 低い声を混ぜながら恐ろしい声を出した。


 紗季はそんな好美を見ると、鼻で笑いながらソファに再び座り込んだ。


「分かりました。では明日殺して差し上げましょう。あなたは仕事へ行く振りをして出かけてください。急な仕事だって言って外出すればいいです」


 紗季は残りの飲み物を喉に流し、部屋を出て行ってしまった。


 好美は紗季が出て行くのを見届けると、そのままカバンを抱え店を出た。


 紗季は飲み物のお代わりをしている最中に、好美が店を出ていくのを見かけた。


 すると、後ろにいたユソに抱き着かれた。


「なぁ、あいつそろそろ落ちそうなんじゃないか? 目の奥には黒いものが見えたぞ」


 得意げに言うユソに、紗季は飲み物に口を付けながらニヤリと笑った。


「わかるか? 私があの家族を殺せばあの子は落ちるよ。まぁ、それが私達の趣味なんだけどね。あっ、今回全員殺しに参加しても良いわよ。明日は人肉が食べ放題だ」

「マジで! やった。皆に言ってくるよ」


 猛烈な笑顔を見せながらユソは走って六人がいる場所に向かった。


 紗季はアメを包んでいる紙を剥がし、コップの中に刺しこんだ。


 闇のいる場所から帰ってきた好美は、やつれながら家に着いた。


 家に上がると、目の前には憎い女、莉子が現れた。


「お帰りなさい。お姉ちゃん」

「えぇ、ただいま」


 嫌いな奴に話しかける事がそんなに辛くもないはずが、何故か目の前にいる女だけは憎らしくてしょうがない。だけど明日でそれが終わる、遂に幸せな生活が来るのだ。


 好美は怒りに耐えながらも、早歩きで二階の自分の部屋へ戻ろうとすると、


「あっ、お姉ちゃん」


 好美は、ムカつく声で話し掛けてきた妹の莉子に殺意が沸いた。好美は困惑の顔をしながら振り向いた。


「何?」


 返事をすると、莉子は口をモゴモゴさせながら話し始めた。


「あのさ、明日なんだけど、」

「明日急な仕事が入ったから無理」


 即座に断り、好美は不機嫌な顔をしながら自分の部屋に戻っていった。


 ドアを力任せに閉め、机にある家族写真の入った写真立てを壊し始め、カッターで切りつけた。鏡を割る音が響いてくる。好美は目を見開きながら涙が流れてくる。顔が熱くなって何度も刺し続けた。


 破片は地面に落ちてゆく、何分間刺し続けたのだろうか、写真は穴が開き、机はカッターのせいで傷だらけだった。好美はその傷をそっと撫でた。その傷はまるで好美自身についた傷跡のようだった。


(新しく、変えなきゃ)


 好美はそう呟きながら、仕事用のパソコンを開き、仕事を始めた。

 

 警察署では、数日前に起きた記者殺人事件と高校生放火殺人事件、その前の怪奇事件などを調べていた。


 穂香は無残に殺された記者の写真を見つめていた。


(この殺し方。いつ見ても気が狂いそうだわ)


 ため息を一息に漏らすと、後ろから相棒の声が聞こえた。


「穂香さん。休憩とってます? 顔色悪いっすよ」


 後ろから裕也がコーヒーを入れたコップを差し出した。


「あぁ、ありがとう」


 すると。


「あの! 高校生放火殺人の前にあの似顔絵に描かれた女の子を目撃した情報が入りました」


 1人の刑事の男の声に、皆は集まった。


 男は自分のメモ帳を見ながら説明しだした。


「渋谷区に、この似顔絵に描かれた女の子が酔っぱらった男に絡まれたらしいです。しかも警察官が来たせいで何処かに消えたと言われたらしいですが、もう一つの目撃情報ではその女の子がラブホテルから出てくる正吾に向かってカメラを向けていたらしいです」


 カメラ。あの時カフェで見かけ時にカメラが入る大きさのカバンを下げていたことを穂香は思い出した。


 話を聞いていた憲一は顎に指を置き、話の内容をじっくりと考えていた。


「なるほど、そうか。つまりだ。これは俺の予測だが、きっとカメラを持った女が近づいた人間は誰かに頼まれて殺したか、それとも興味本位で殺したかのどちらかだと思われる。早速この女を探し、任意同行をしろ!」


 捜査一課の言葉にその場にいた刑事たちは「はい」と勢い良く返事をし、それぞれ出ていった。


 穂香も相棒を連れて、捜査に出た。


 

 翌日、好美は紗季の言われた通りに朝早くから家を出た。


 そのまま近くのレストランで紗季からの電話を待った。飲み物でも頼みながらゆっくりと過ごせばいいだけだ。


 莉子は8時に起床した。起き上がると胸の痛みが走ったが、すぐに立ち上がり、リビングへと向かった。


 テーブルには置手紙とご飯が置かれてあった。まだ湯気が立ち上がっているということは、きっと、ご飯を作り終わって間もなく出掛けたのだろう。


 莉子は置手紙を読んだ。


 “莉子へ お父さんとお母さんは今からあなたが通っている病院に行きます。メールが来たからきっと何か手掛かりが見つかったのかもしれません。帰ってきたら一緒に行きましょう。母より”


 莉子は読み上げると、ご飯を寂しく食べ始めた。1人のご飯は初めてだった。姉がいれば両親がいなくても楽しいはずが、今朝は1人で食べている。


 姉とは小学五年生の頃から仲が悪くなり8年。早く仲直りをしたいのに姉は私を嫌ってばかりだった。きっと両親が私ばかり構っているせいだろう。


 私服に着替え、2人が帰ってくるまでテレビを見ようとすると、着信音が聞こえてきた。スマホを見てみると、莉子は笑顔を漏らした。


「あっ! お姉ちゃんからだ!」


 メールを読むと、莉子は顔を輝かせた。


 ”莉子、今から遊びに行きましょ。良いレストランがあるの”


 莉子は急いで支度をし、メイクを終えると再びメールを見た。


 メールの続きには待ち合わせ場所が書かれていた。莉子はカバンを持ち、家に鍵を掛け、待ち合わせ場所の公園へ走って行った。


 公園に行くと、まだ好美の姿は無かった。


 きっと送ったときはまだ会社で今向かっているのだろう。莉子はワクワクしながら待っていた。


 2分ほど待っていると、スマホから再び着信音が流れた。


 姉かと思いながら出ると、予想通りに姉からのメールだった。開いてみると、莉子は顔を歪ませた。


「待ち合わせ場所変わるの? 『変な人に絡まれたから中に居るよ』って、その中に入る時点でやばくない?」


 莉子は久々の姉との買い物にテンションが上がり、再び走り始めた。


 待ち合わせ場所変更には、莉子は困ったが姉との買い物なら文句は言わない。走り続けること10分、久々に走った莉子は息を切らした。お陰で今は心臓が痛い。


 心臓の痛みを抑えながら莉子は待ち合わせ場所を見上げた。


 そこは古びた廃墟の病院、人気がない場所だった。駐車場に見えたが、莉子は恐怖が沸き上がる。すぐにその恐怖を振り払った。ここに姉が入ってしまうのは何か変な人に絡まれたらしい、メールでそう書かれてあった。


 意を決し、莉子は廃墟の中に入り込む。


 中は思ったより寒く、ゴミや古い新聞が散乱していた。蜘蛛の巣が色んな所に付いていて気分が悪くなる。下にはネズミが鳴きながら歩き回っていた。


 2階まで階段を上ると、


「お姉ちゃーん!」


 莉子は誰もいない廃墟の中で静かに歩きながら姉を呼んだ。しかし応答がない、再び叫ぼうとすると、ガシャンという音が響いてきた。


「お姉ちゃん?」


 莉子は目の前の壁越しにお姉ちゃんが何かしているのだろうと感じ、ゆっくりまわり込んで声を掛けた。


「お姉ちゃ、えっ」


 目の前の光景を見た途端、莉子は声を出すのをやめた。


 いるのは姉の好美では無く、上半身裸の3人の男が何かを食べている。地面は凄い血だまりの状態だった。


 莉子は、カバンを握りしめながらその光景を震えながら見ていた。逃げたくても足が震えて動かない、体も震えてばかりで涙が流れてくる。気付かれない様に一歩ずつ後ろに下がると、


 グチャ


 足元から嫌な音が響いてきた。ゆっくりと足元をみると、それは半分切り取られていた母の佳奈子の無残な姿だった。


「ひっ! おっ、お母さん」


 涙声で叫んでしまい、いつの間にか血まみれの男達が莉子の方に目を向けていた。


 すると、一番背の高い男が話しかけてきた。


「あれ~、もう一人の子もここに来たの? ここなら人が来ないと思ったのになぁ」


 ニコニコと笑いながら、怯えている莉子をなだめる。その次に、笑いながら少しずつ近づいてくる男が莉子の怯えている姿を楽しんでいた。


「ハハハハハッ、何この子、面白ーい」


 すると、背が低い男が思いがけないことを口にする。


「見られたし、食うか」


 莉子はそう言われた途端、足が軽くなり、一目散にその男達から逃げ出した。


「あっ、逃げた」


 誰の声か分からないが、リーダーらしき背の高い男が言ったのだろうと思ったが、そんなことは今は関係ない、ただ逃げ続けることを考えた。ここから出るまでも、足音が響いてくる。あの男達が追いかけて来る。


 莉子は額に汗を流しながら逃げていると、1階に誰かがいた。


「あのすいません! 変なひ、きゃあぁぁぁぁぁぁぁ」


 一階には、三人の男が父の晶一を食べていた。同じくその男達も上半身裸のまま血だらけになっていた。


「あっ、あっ、」


 後ずさりする莉子に、チャラそうな男が手を食べながら話し掛けてきた。


「あれれ―、君~、この家族の娘かな~」


 微笑みながら近づいてくる男達に、莉子はカバンを振りながら必死に抵抗をした。


「やめて! 来ないで!」


 食べられたくない一心で抵抗し続けると、真面目そうな男が目を細ませながら口元を上げて笑った。


「あー、後ろに行き過ぎると殺されるよー」

「えっ?」


 莉子はカバンを振るのをやめ、後ろを向いた瞬間、お腹に何かが刺さり激しい痛みが走った。苦しみで顔が歪む。その場に座り込んでしまった。


 お腹を見ると、赤黒い血が莉子の服を染めていく。苦悶の表情で見上げると、そこには目の色が違う女の子がいた。左目が青、右目が紫になっている女の子が莉子の血で汚れたナイフを持っていた。


「フフッ、莉子さんどうですか、痛みは? 居心地が良いでしょ」

(な……ん……で……私の名前を)


 莉子は口から血を流しながら、目の前の女の子がなんで自分の名前を知ってるのか、疑問に満ちていた。周りにはさっきの四人の男と三人の男が莉子の苦しんでいる姿を黙って見ながら微笑んでいる。


 すると、後ろにいるチャラそうな男が目の前にいる子に話しかけてきた。


「ねぇねぇ、あとどれぐらいで食べられるの? 紗季」


 女の子、紗季と言う子は血の付いたナイフをハンカチで拭きながら後ろにいる男に笑顔を見せながら言った。


「あともう少し待っててね、あと言われた通りあれは食わないでね」


 あれ、あれって何?


 莉子はあれという言葉に何なのかを考えていると、大きな影が莉子を覆いかぶさった。


 見ると、血だらけの男達が莉子を恐ろしい目で見下ろしていた。その後ろには紗季

が微笑みながら何かを語りかけようとしている。


「言い忘れていましたが、あなたの家族を殺すように依頼をしたのは、莉子さんのお姉さんです。残念ですね、実の姉に憎まれていたなんてね」

(えっ)


 莉子は姉という言葉に絶句してしまった。


 この人達は単に見つけて食べたのではなく、食べる前から私達をターゲットにしていたのか、それも実の姉が頼んで殺すように仕向けた。


 莉子は声を上げることもなく、一筋の涙を流した。まさかこんなにも私達を殺したいほど恨まれていたなんて思いもしなかった。あの事を早く伝えておけばこんなことにはならなかったはずだ。


 言わなかったせいで、お父さんもお母さんもこの人達に殺された。しかも無残な姿で殺されたのだ。


 放心状態のまま、いつの間にか5人の男達に取り押さえられていた。


 そして、次々と男達が首や腕や足に噛みついてきた。その痛みすら感じないまま、莉子は涙を流している感触しかわからなかった。ただ痛みがないまま食べられていくこと考えながら、莉子の意識は遠のいた。


 紗季は残忍な音が響き渡る中、莉子が食べられていく場面を写真に収めた。


(はぁ、美しい。やはりたまぁにこいつらは私の芸術作品としても使えるな)


 ニヤつきながらアメを咥えると、ソジュンが血まみれになっている何かを掴みながら紗季に見せた。


「紗季~、頼まれたものだよ」

「あっ、ありがと!」


 笑顔で受け取りながら、血が垂れないようにビニール袋に入れた。


「なぁ、それをどうするんだ。少し汚れているからいいけどさ、誰かに見せつけるのか?」


 ミンスは食べながら、紗季が持っている物に疑問をぶつけた。


 紗季はミンスに見破られ、血の付いた手を拭きながら答えた。


「えぇ、そうよ。それもこれも闇に頼まれたんだ~」


 明るい声で、紗季は手を拭き終わると出口に向かいながら5人の男に声を掛けた。


「あとその遺体は食べ残したらどっかに放り込んどいてね。」


 そう問いかけながらも、5人の男達は嫌な音を立てて莉子を食べ続けた。


 紗季は外に出ると、闇に電話をし始めた。


 トゥルルルルルルッ


 電話の音楽が響くと同時に、愛しき恋人の声が紗季の耳に響いてきた。


『もしもし』

「あっ、闇! 取ったよあれ!」

『あぁ、ありがと、感謝するよ』

「いえいえ、あっ、あとさ、あんたあれがもうそろそろじゃあない。大丈夫なの?」


 紗季は闇のあの病気が来ることは、昔から知っていた。あれは、ときには暴走するような病気なために、紗季は近づいて来る時は部屋に来たり、電話を掛けたりしている。


 そう答えると、闇はため息を漏らしながら紗季に問いかけた。


『あぁ、安心しろ。なんとか花で抑えてるよ。おかげで毎日が花三昧よ。で、今から渡してくれる?』

「うん、もちろん! 今から行くね」


 明るい声で伝え、紗季は電話を切った。電話を切っても中々紗季の胸の中のぞわぞわは止まらなかった。


(また、あぁいうふうにはならないといいが)


 紗季は2年前に闇が人を殺す瞬間を初めて見たときを思い出し、思わず身震いしながら歩き始めた。


 闇はレイプされそうになったときに、その男達を凄惨に殺してしまった。


 おまけに殺した後にその男達を食べてしまった。


 紗季は過去の光景に、初めて恐怖を感じた。


 闇以外は恐怖を感じないが闇には恐怖を感じる。怒りは闇の方が上だ。


 あの子の怒りやその病気に触れてしまっては命がない。あのときの闇の返り血を浴びた時の姿はまさに悪魔にしか見えなかった。美しいとも言えたがその域を超えていた。


 あの人食いさん方はまだ闇の病気を知らない。このまま隠し通せても、いつかはバレてしまう。


 紗季は闇の秘密をいつカミングアウトしようかと考えながら闇の家まで走ろうとしたが、先に好美に家族を殺し終わったと伝えてから走ろうと思い、スマホを再び取り出した。


 あれから二時間、一向に紗季からの連絡がない好美はサラダを食べながら待ちくたびれていた。


 頼んでいたハンバーグもそろそろくるだろうと思いながら、飲み物のおかわりをしようとすると、


 トゥルルルルルッ


 電話の着信音が鳴り出した。見てみると紗季からの電話だった。


 好美は店員に外電話をすると伝え、早々とレストランの裏で電話に出た。


「もしもし」


 心臓の高鳴りを感じながら話すと、紗季の声が聞こえてきた。


『あぁ、好美さん? たった今、莉子さん、お父さんやお母さんを殺しました。』

「えっ! 本当ですか! ありがとうございます!」


 好美は、邪魔者が居なくなったことに思わず歓喜の声を上げてしまった。好美は声を抑さえ辺りを見回すと、声を潜めてから話しかけた。


「本当にありがとうございました。あの、死体はどうしたんですか? 警察にバレますか?」


 好美は警察にバレるのかと思うと緊張が走ったが、紗季は笑い飛ばしながら話してくれた。


『いえいえ、私の仲間が食べましたので遺体は見つかりませんよ』

「えっ、食べた?」


 思いがけない言葉を口にした紗季に好美は思わず驚いてしまった。


『あっ、すいません。でき過ぎた言葉を申しました。今のは忘れてください。明日捜索願いを出してください。もちろん、友達とかには悲しんでいる演技を見せてください。それで終わりです。ではお幸せに』


 可愛らしい声と共に電話は切れた。好美は紗季が言った「いま食べた」に疑問を持ったが直ぐに消え、レストランの中に入っていった。


 椅子に座ると同時に、好美が頼んだハンバーグがテーブルの上に置かれていた。女の人は笑顔を見せながら、伝票を置き、去って行った。


 好美はやっと差別をされない日常がくる喜びが沸きあがり、ハンバーグの一かけらを口の中に運んだ。ここのハンバーグはいつも普通に美味しいが、今日は特別に美味しい。中に油が広がり幸せな気持ちになっていた。


 食べ終わり、会計を済ませ、自分だけの家に戻った。


 着くと辺りはシンと静まり返っている。


 好美はジャンバーを脱ぎ、テレビの前にある小さいテーブルにお菓子とジュースを置き、テレビゲームをし始めた。今までは親の前で長くやったら何回も怒られていたが、今はそれがない、誰にも邪魔されずに居られるこの時間がついに叶った。


 明日の7

時ぐらいには捜索願いを出そう。そうすればミッションコンプリート。これで自由な時間を手に入れられる。


 しばらくゲームをやり過ごした好美は、疲れたのか眠気が襲ってきた。


「ふぅ、仕事の疲れかな」


 そう思っていると。


「こんにちは、好美さん」


 後ろから聞き覚えのある声がし、好美はソファから起き上がるとそこには闇が微笑みながら立っていた。


「あなた、一体どうやって……」


 鍵は掛けたはずが、今、こうやって闇が簡単に入り込んでいるのはおかしい。


 鍵は親と莉子が持っている。なのになぜ闇が今、家の中にいるんだ。


 闇は幼女のような微笑みをしながら、家に入った説明をした。


「いやごめんなさいね。勝手に入り込んでしまって、あっ、この鍵返しますね」


 可愛らしい顔をしながら、血のついているピンクの熊のストラップが付いた合鍵をテーブルの上にカチャリと音を鳴らして置いた。


「えっ、何であんたが持ってるの?」


 殺しは紗季に頼んだはずなのになぜ、闇が莉子の合鍵を持ち込んでいるの?


 訳がわからない好美に、闇は優しく説明をした。


「実は、私の恋人が莉子さんを殺した後に盗んだんです」

(恋人?)


 頭の中で考え込んでいる好美に、闇は『あら』と口にした。


「掲示板見たんじゃあないんですか? あそこの一番下に死神と書いてあるんですよ。ちゃんと読みませんでしたか?」


 闇が話すに連れ、好美は頭の中で考えていると確かに一番下の文章に死神と書いてあった。しかし、恋人がまさかの殺人鬼で死神と例えられていることに驚きながらも、闇は話をやめずに続けてた。


「まぁ、それは別として、好美さんに見せたいものがあるんですよ。」

「見せたいもの?」


 闇は持っていた小さい紙袋と少し大きめの袋を取り出し、好美の前に投げ捨てた。


 好美は何だろうと思いながら拾い上げ、中身を見てみるとそれは写真だった。


(えっ、何の写真だろう?)


 見てみるとあの憎らしき存在の莉子の写真だった。


 呆れながら捨てようとしたが、闇は『最後まで見てください』と言い、好美は仕方なく写真に目を通した。


 一枚ずつ見ていくと、病院が映し出されていた。

(ん? なんで病院が)


 そう思っていると、紙袋から何か重いものがドサッと落ちる音が聞こえてきた。


 見ると、古くて赤い日記帳のような本が数冊落ちていた。本の斜め下あたりに、莉子のイニシャルが刻まれていた。


「なんだこれ?」


 好美は不思議そうに開いた。見ると、好美は目を見開いた。


「何よ、これ」


 日記には、莉子の重い心臓病のことが書かれていた。余命宣告を受けた日、病院に行く日がいくつも書かれていた。


(は? えっ、ちょっと待って余命の日って、1週間後)


 何回見直しても、確かに日付は1週間後になっていた。


 好美は大きめの袋の中身を見た。袋の中には、莉子の病気の内容や写真が入っていた。


 思わぬ展開に好美は頭が混乱した。


 そんな好美の姿に、闇は微笑みながら説明をしてくれた。


「そこの病院に忍び込んで盗んで、調べたところあなたの妹の莉子さんは小学生から重い心臓病を患っていたんですよ。知っていないってことはきっと妹さんはあなたに心配掛けたくなかったんですね。いない時は病院に泊ってたりしていましたが、心配かけたくなくて黙っていたんですよ。親にも黙っているようにいったんでしょうね。両親は妹を気遣い過ぎてあまりあなたを甘やかせなかった。まぁ、そのことで両親は毎日眠っている好美さんの部屋の前で謝っていたんですよ」


 闇はカバンの中から好美の部屋前に置いてある小さい時計を取り出し、目の前で叩きつけた。


 放心状態のまま好美は粉々になった時計を見ると、中から盗聴器の様なものが出てきた。


「えっ、これ」

「依頼した後に、私の恋人が仕掛けてくれたんですよ。家族全員外に出ている間にね」


 笑顔を見せながら録音したものをCDプレイヤーに入れ再生をした。

プレイヤーには、佳奈子と晶一の涙声が聞こえてきた。


『うっ、うぅ。私たち、親失格ね。あんな風に怒鳴るなんて、甘やかしてもいないのに』


 涙声で話す母親の次に、父親の声まで聞こえた。


『あぁ、俺もそうだ。あの子は一切悪くないのに俺は、頬を引っ叩いて、俺の方が最も失格なやつだ』


 涙声で話している父の声に、好美は思わず涙を流してしまった。


 そんな好美の姿に、闇は鼻で笑ってしまった。


「何がおかしいのよ?」


 失笑をした闇に、好美は涙を流しながら闇を睨みつけた。


 闇は悪く笑いながら好美に話した。


「はぁ? だって自分が殺した家族に向かって涙を流しているのっておかしいなぁって思いましてね」


 闇がそう言った途端、好美は立ち上がり闇の胸倉を両手で掴みかかった。


「あんた! 人の気持ちがわからないの? おまけに何で残りの写真を見せてくれなかったのよ! おかしいじゃない! あの掲示板に依頼したのを見せてくれるんじゃなかったの?」


 涙を流しながら激怒していると、闇は掴んでいる手を思いっきり振り払り、真顔のまま闇が怒りをぶつけた。


「はぁ? あんたさ、私に依頼したこと忘れちゃったの? あのとき、貴方は”莉子が遊んでいるかどうかを撮って欲しい”と頼みましたよね。けれど私は依頼人に言われたことしか撮りませんし見せません。死んだら見せますけどね」


 好美は絶望に陥って、その場に崩れてしまった。


「それと、あともう一つ渡すものがあるんです」


 笑顔に戻ると、闇はカバンの中に入っている紙袋を好美の前に突き出した。


 紙袋を見ると、生臭い匂いが好美の鼻を突いた。頭が混乱している好美に向かって、闇は紙袋を逆さまにした。


 ベチャッと音を立てながら、何かが落ちた。手が何かに濡れ、生臭い匂いが一気に増した。


 好美は手元を見てみると、それは人の心臓だった。


「きゃぁぁぁぁ!」


 好美は思わず叫びながら、後ずさりしてしまった。


「それ、」


 震えている好美に、闇は心臓を見つめながら微笑んでいた。


「そんなに驚かないでください。この心臓は貴方の妹さん、莉子さんのなのですよ」

「えっ、」

「私の仲間が食べるときに切り取ってくれたんですよ。生臭い匂いが家に漂いますが我慢してくださいよ。重い病持ちの心臓を食べたら私の仲間がお腹を壊してしまうのですから」


 笑顔で話す闇に、好美の体は震えた。


(食べたって、まさか……)


 好美は紗季が言った言葉を思い出した。確かにあの時、『仲間が食った』と言い、何の説明もなく電話を切ったのだ。


 すると、闇は新しい赤い日記を好美に投げつけ、膝まづき好美に向かってシャッターを切った。


 撮り終わると闇は立ち上がり、好美に別れを告げた。


「ではさようなら、好美さん。またのご利用をお待ちしております。幸福を願っています。一応その日記見てくださいよ。とってもいいことが書かれています」


 優しくそう伝え、闇は静かに家を出て行ってしまった。


 家に残された好美は、そっと莉子の日記を見てみた。


”11月23日、そろそろ命のタイムリミットが近づいてくる。早く目的を達成したいが、お姉ちゃんをあんなに反抗的にさせたのは自分のせいだ。自分が重い病気のせいでお姉ちゃんは両親にあまり甘えられない。私のせいでいつもの優しいお姉ちゃんじゃなくなってしまった。でも、死ぬまでにお姉ちゃんとお出掛けとかしたい、なんとか小さい頃のように仲良くなりたいな”


 好美は読み終わると、大粒の涙が出てきた。日記の横には”生きてる間にしたいこと”と書かれ、下には莉子の願いがいくつも書かれてあった。

いろんな事が書かれている一番下には、”お姉ちゃんとお出かけ”と書かれていた。

その他に、実現した願いの横には赤いペンでチェックが書かれてあった。沢山実現させていた。チェックされていないのは好美とのおでかけだけだった。


 好美は頭を両手で抱えながら涙を流した。目の前の光景が滲んできた。


 空気が薄くなる空間に貼り付けられたかのように苦しくなってきた。


 自分は家族に差別をされてたんじゃなく、ただ莉子が自分の病気のことで好美に心配をかけたくなくて、両親の看病を莉子だけを可愛がっているように勘違いしたのだ。休んだのはただの病院への通院やこの日記に書かれていることをしていただけ、それぐらい時間が無かったのだろう。


 好美の脳内から、莉子が食われている映像が浮かび上がった。


 食われて苦しんでいる莉子の姿、次々と体が減っていく姿の際に「お姉ちゃん」と小声で言いながら死んでいく姿が脳内に映し出されていった。


 好美は頭を震えながら嗚咽を漏らし、涙を止められずに一人ぼっちの家の中で謝り続けた。


「ごめんなさい、ごめんなさい、皆、ごめんなさい」


 命があとわずかの莉子を無残に殺し、挙句に散々嫌いと言い続けた。最後まで遊んであげられなかった。一緒に買い物も出来なかった。


 あれだけ自由な一人の時間を欲しがった好美は、誰一人家族のいない家の中で叫び続けた。


 生きる気力を無くした好美は棚の中からロープを取り出し、ドアノブに掛けると首を輪っかの中に入れ、手を離した。


 そして、永遠の眠りについた。



 車の音と電車が発車する音、人々の声に信号の点滅が走る中、闇は夜の匂いを嗅ぎながら好美を撮った写真を眺めてた。好美の周りにはいつも兄弟や姉妹との間で差別をされ続け、挙句、嫉妬の炎で皮膚が焼けただれた姿になった女や男達が好美の周りに立っていた。


(差別は人を変えるんですね)


 そして、紗季が聞いた莉子の友人の言葉を思い出しいた。


『莉子はいつも笑顔でお姉さんの話をするんですよ。それは幸せそうな顔でね。あの子こう言ってたんですよ。『早くお姉ちゃんと仲直りして、いっぱい遊ぶのが私の夢なんだ』ってそれはもう笑顔なんですよ。まぁ、結局は仲直りが出来なくても側にいれるだけで幸せなんですって』


 友人の言葉を聞いてあげられなかった好美には、死んでも悔やみきれないだろう。

闇は帰ったらゆっくり休もうと考えていると、いきなり背後から口を塞がれ強引に人気のない所に連れてかれた。


 闇はジョソンかシンと思ったが顔を見ると、全然知らない男だった。


 不良達が集まりそうな空き地に連れていかれると、空き地に捨てられた古いソファに乱暴に乗せられた。


 振り返ると、十人の不良達がにやけながら闇の姿を見つめていた。よく見てみると十人の中には、仕事中に絡んできた二人の男がいた。


「何? 私なんかを誘拐して何をするの?」


 早く帰りたい一心で文句混じりにいうと、あの金髪の男が舌なめずりをしながら闇に近づいた。


「だってさ、あんたあの5人の男達とほぼ毎日やってんだろ。だったらさ、俺達仲間がやっても問題ないだろ」


 笑いながら闇の服を脱がそうとする仲間に、闇は呆れていた。


「やめてくれるかな? でなきゃ私何するか分からないよ」


 強気で言ったが、男達は闇の言葉を聞くと、突然高笑いをしているだけで闇の話に耳を傾けてはくれなかった。


「なーに言ってんだよ、良いからお前は一回だけ抱かれていれば良いんだよ。一夜限りっていうだろ。だったらとことん楽しまなくちゃ」


 悪い顔をしなが闇の上着を脱がせノースリーブにした。


 服の中に手を入れてきた男に闇は顔を歪ませたが、金髪の男は顎を押さえながら話した。


「紗季でもよかったけどなぁ、まぁ今度でいっか」


     プツンッ


 紗季の名前を聞いた途端、闇の中で何かが弾けた。



「いやぁ、今日は本当にありがと! 紗季」


 ジフは昼に人を沢山食べられたことに幸福感で満たされ、昼からずっと笑顔だった。


「何言ってんのよ、感謝するのは闇の方よ。会ったらちゃんとお礼言っといてね」


 紗季は笑顔でそう言いながら七人の男達と住処に帰ろうとしていると、再び強い胸騒ぎがした。


(なんだろう、嫌な予感がしてきた)


 少し顔を曇らせながらいると、


「あっ、闇だ」

「えっ」


 ミンスは声を上げ、街中の奥を指した。

 そこにはいつの間にか歩いてる闇がいた。


「闇!」

「ん?」


 八人は走りながら声を掛けると、闇は八人に虚ろな目を向けた。


「どうしたんだよ、あっ、仕事の帰りか?」


 ジュヌは元気よく話すと、闇はあくびをしながら答えた。


「あぁ、今日は疲れたからお前らの住処には行かない」

「えぇー」


 残念そうにしているシンに、ジュヌはシンの肩を抱いて説明をした。


「いいだろ、たまには闇も疲れるんだから察っしてやれ、闇はもう帰ってゆっくり休みな、相当疲れたんだろう」

「あぁ、ありがとう。じゃあな」


 闇は肩を撫でながら自分の髪をなびかせ、事務所に帰る為歩き始めた。


「いやぁ、しかし珍しいね。あんなに目が虚ろぐなんてね」


 ソジュンは闇の背中を見ながら話すと、紗季は何故か闇を見ていると胸騒ぎがしてきた。


(なんだろう、この感じ)


 すると、ユソは首を傾げながら闇を見つめていた。


「ん?」

「ん? どした?」

 

 シンはユソの行動に疑問を投げかけると、ユソは首を撫でながら顔を歪ませた。


「いやぁ、あのさ俺一番この中で鼻がいいじゃんか」

「えぇ、それで?」

 

 紗季は振り向いてユソに答えると、ユソはどこかを見るような仕草をした。


「なんか血の匂いがしたんだよな。それも闇から」


 ドキッ

 紗季の心臓の鼓動が大きく鳴り始めた。


(まさか……)


 紗季は動揺しながら、ミンスに闇が出てきた場所を何処か聞いた。


「ミンス! 闇はどっから出てきた!?」


 突然声を上げた紗季に驚きながら、ミンスは急いで闇が出てきた方向に小走りで案内をした。


「えっと、確かここだよ」


 ミンスは暗闇の隙間を指すと、紗季は急いで走りながらその中に入ってしまった。


「あっ、紗季!」


 ジフは声を掛けたが、紗季は無視をし走り続けた。5人は何だろうと思いながら紗季の後を追った。


 暗闇の中、見えづらい道を紗季は必死に走り続けた。


(まさかあれが……)


 心臓の鼓動が高鳴るのを感じながら、紗季は暗闇の道を夢中で走った。地面にはゴミが散乱していたり猫が寝ていたが、紗季は避けながら道に沿って走った。


 ここは不良達がよく集まる場所としても有名だから紗季は土地勘がある。


 走り続けると、奥に光が見えてきた。


(あそこだ!)


 紗季は力を振り絞り走ると、血の匂いが増した。


 光が出ている角を曲がると、


「ッ!」


 紗季は目の前の光景に思わず声を詰まらせた。


 目の前の空き地は血の惨状と化し、血潮が散っていた。


 ソファには男の腕や男が食べられた痕跡やその他は首や腹を切り裂かれたり刺されたりしていた。


 呆然としていると、ジュヌ達は紗季に追いつき、彼らも同じ光景を目にした。


「おわっ、凄ーい死に方だな」とソシュン

「あぁ、おそらく十人だろうな」とミンス


 人食いの5人は死んでいる男達を手で掴んだり、眺めていたりもした。


「あれ? この男さー、店に来て麻薬してた男じゃない?」


 ジフは男の頭を持ちながら皆に見せた。


「あぁ、確かにな。けどこの血の匂いは闇から匂ってきた匂いと同じだなって、紗季?」


 ユソは入り口で震えながら立っている紗季に声を掛けた。


 ジュヌは笑いながら紗季に近づいた。


「ハハッ、どうしたんだよ紗季、お前死体に怖がったことなんて一度もないのにどうした?」


 紗季の肩に手を置くと、紗季は何かを問いかけた。


「……じゃない」

「えっ、」

「死体に……怖がっているんじゃない」


 紗季は息を荒くしながら、震える声で皆に伝えた。紗季の状態が異常でおかしいと思ったジフは悪ふざけに話した。


「まさかこの男達、闇が殺したんじゃいないの?」


 そう言うと、ミンスは声を上げた。


「そんな訳ありませんよ。闇は人を殺したことなんか」

「あるんだよ。それが」

「えっ?」


 紗季の言葉に皆は声を上げ、動揺した。


 ユソは紗季にどうしてか話しかけた。


「どういうことなんだよ。紗季」


 質問をすると、紗季は皆を見ると深呼吸をし、震える声で言った。


「私が怖がっているのは、闇なんだ」

「えっ、なんで? 紗季はあんなに闇にすがり付いてるのに?」

「それは私が甘えていることもあるけど、闇のあることをを止める為もあるんだ」

「こと? なんの?」


 首を傾げるシンに、紗季は拳を握り震える体をどうにか抑えて口を開いた。


「あんたらと同じ……人を食う殺人鬼だよ」

「⁉」

「まさか、この時に発症しちまうとはな」


 紗季はそう呟いたが、その場にいる人喰いの5人はそのまま沈黙をした。



 その頃闇は、電灯が寂しく照らされている中、1人で歩きながら殺した男の指を食べていた。


 グチャグチャと音が口の中に響いてきた。このことは2回目で闇はため息が漏れるほどだった。


 紗季のことも2回怖がらせたに違いない、そして、きっとユソは鼻が一番利くからもう少ししたらバレるだろう、まぁ紗季が説明をしてくれるから私から説明をしなくてもいいだろうと思いながら帰ると、猫の鳴き声が聞こえてきた。


「にゃー」


 後ろを向くと、クロが目を光らせながら闇に近づいた。


「あぁクロ、今日はなんだか私疲れたよ。それも心底な。今日は一緒に風呂に入ろう。その方が疲れが取れるからね」


 闇は微笑みながらクロを抱き抱えた。


 そして、夜道の周りにいる浮幽霊や怨念達や訳がわからない物達は浮かびながら、   地面から、左右からいろんな場所から闇を眺めている。闇は夜の空を見上げながら不吉な笑みを見せた。


「勘違い、依存、記憶障害、友情、差別と言うのは恐ろしさやおぞましいところが沢山あって面白いですね。人間の偏った思いと言うのは」


 暗闇の中で呟き、深紅のように赤く染まった目を光らせ、自分の家へと向かった。


 穂香は今日の捜索が終わり、相棒に喫煙所で煙草をって来るといった。煙草を持つ手が震えている。擦っている間に、闇の言葉を思い出した。


『30年前のあの日、まだ5歳のあなたが苦しみを味わった日ですね』

(なんであの子が……30年前のことを知ってるの?)


 穂香は訳が分からないまま、震える手で再び煙草を吸った。




 差別は、おぞましさや恐ろしいことがいくつもある。


 顔や見た目の差別、兄弟や姉妹間の差別、頭の良し悪しの差別、などなど。何らかの差別を一度受けると、その子は誰の事も助けない人間になってしまう。他人を見捨て、同時に、他人からも見放されてしまう。


 愛を沢山与えないと人は凶暴化したり、殺人鬼化していく。


 そうさせてしまうのは凶暴化したり、殺人鬼と化した人間の親のせいだ。親は生まれてきた子にしっかりと愛情を与えないと、娘や息子が大人になった時、ダメ親として見放されしまう。親が子から差別を受けるのである。




 暗い夜、闇はジャケットを脱ぎ、血まみれになったノースリーブの姿になり、二階の少し広めの寝室に撮った写真を飾った。


 寝室の周りには今まで撮った依頼人の数々の表情を映し出した写真が飾られていた。


 闇は眺めながらどれだけの人を落としたのかを考えてみたが、数えきれないほどの依頼人を撮ったなぁと思った。


「やっぱり人間は面白い、殺しは人から頼のまれたとしても罪になりますしね。私がレイプされそうになったのは2回目か、はぁ」


 ため息が漏れると、闇は花を一輪食べながら事務室に行き、棚から古い新聞を眺めた。


 それは穂香の父が横領したと書かれてある新聞だ。


 穂香は父の横領がバレてそのまま家族は白い目で見られるようになり、父の物を消さなきゃいけなかった。


(あの方が刑事だなんて面白い、これであの子は私の正体を知ったら逮捕するだろうな)


 闇はそう思いながら、横にいるクロを抱き上げバスルームに向かった。


 ――闇記者って知ってる?


 ――何それ?


 ――依頼されたターゲットの秘密を写真に撮ってくれるんだって


 ――なんかすごいね


 ――でもね、絶対に言われたことしか見せてくれないんだって


 ――えっ! 調べたもの全部見せてくれないの?


 ――真実を全部知ると死神に憑りつかれるんだって


 ――怖いね


 ――うん、人を呪えば穴二つだってことだよ



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闇記者と死神 羊丸 @hitsuji29

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