第13話 魔法の先生がやってきた!

「アリー、ローザ先生が来たわよー」


「はーい」


 今日は待ちに待った魔法の授業日。

 今回はハーゲン王国からの魔法の先生も来る日なので、迎え入れようにシシリーのお母さんにも来てもらっていた。

 なんと言ってもかつて宮廷魔道士だったからね。ツテって奴だよ。


「今日は宜しくお願いしますにゃ」


「アリーちゃんにはいつもシシリーが世話になってるから、叔母さん張り切っておめかししてきたわよ」


「んにゃあ、綺麗にゃ」


「アリーちゃんには負けるわよぉ」


 別に毛並みの話はしてないんですがねぇ。

 ローザさんは本当に綺麗だ。スタイルだって崩れてないし、うちの母より美人だ。

 そして王宮魔道士時代のローブ姿は現役を離れていたとは思えないほどの貫禄がある。

 つーか僕だけ普段着でいいのか若干不安だ。


「言ってるそばから来たみたいよ」


「あれが新しい先生かにゃ?」


「ええ、こっちよー! カナリア、ラッシー!」


「ローザ! 本当に久しぶりだな。当時は驚いたぞ、職場を辞めて田舎に引っ越すと聞いた時は」


「ローザ、久しぶりね。あの時と全然変わらないわ」


 カナリアさんとラッシーさんは鳥の獣人、バーディアンと呼ばれる種族だ。と言っても両手が翼ではなく、背中から羽が生えてる天使タイプ。嘴とかもなく、耳が羽根みたいになっている。


「ローザ先生、僕の紹介もして欲しいにゃ」


「あらごめんなさい、アリーちゃん」


「こちらは?」


「今私が教えてる生徒なの。実は今日あなた達を呼んだのはこの子に魔法を教えて欲しいからなのよ?」


「まぁ、そうだったのね。てっきり同窓会感覚で呼び出したのかと思ったわ。王都だとほら、どこに目や耳があるかわからないじゃない?」


「それもあるけど、本当は私の弟子を自慢したかったのもあるのよ」


「そうなのね、でもこの子、ケットシーよね?」


 カナリアさんが困ったように僕の種族名を語る。

 あん? ケットシーだと何か問題があるのか?


「大丈夫よ、この子規格外だから。この町のライフラインも、この子が全部整えたのよ。外観だって随分と変わったわ」


 ローザさんが感慨深い様に言う。

 まぁ、それほどでもあるかな?


「それに、この子の発明は魔法だけに止まらないのよ?」


 二名の先生は流石にそれは嘘だろう? と言いたげにローザさんを見つめている。まぁまだ八才の子供だ。

 荒唐無稽に聞こえてしまうのも無理はない。


「にゃあん、そのお披露目はお家に帰ってからするにゃ。先生! 早く行こうにゃ」


「はいはい、全く早く見せびらかしたくて仕方ないみたいね?」


 ローザ先生はそう言うが、バーディアン二名は頭を傾げて後についてくる。

 ローザ先生宅はスラムの奥にある。

 旦那さんが亡くなってからは女で一つでシシリーを育ててきたが、ここでは魔法よりも筋力がものを言う。

 宮廷魔道士なんて一番筋肉と程遠い職業だ。

 ちょっとした労働も彼女には一苦労。

 体を壊して寝込んだと言うわけだ。

 道理で栄養剤が効いた訳である。


 なので僕のアイディア魔道具が絶賛稼働中だ。

 洗濯機に、乾燥機、冷蔵庫に、電子レンジなど。

 シシリーからはズボラだと言われたが、実際は筋力不足。

 日の光にも晒したことのない様な白魚の様な細い腕が力を必要とする洗濯など無理難題。

 食事を作ろうにも、ハーゲン王国とは違い、食糧は枝肉の状態で売っておらず、獲物を捌いて解体する必要がある。

 血は見慣れていても、非力なローザさんには無理だと思う。

 せいぜいが野菜の皮むきくらいだ。

 彼女は料理ができないのではない、サバイバル同然の暮らしでの料理は不慣れだっただけだ。

 なので僕がある程度整えてやればこの通り。

 当たり前の様に使ってみせた。


「これは、本当にここはモーリー大陸の集落の一部なの?」


 ラッシーさんが室内を見回しながら声を大きくする。

 勿論防音の魔道具もあるので室外に届くことはない。


「びっくりしたでしょう、水道も引いているからお手洗いもできるのよ?」


「本当に、何から何まで向こうと変わりないのね。もっと不自由な思いをすると思って、ほら」


 そう言ってカナリアさんが大荷物を見せる。

 きっと向こうの魔道具を持ち込んだのだろう。


「向こうよりすごいわよ。お風呂も案内するわね?」


「王族でもないのにお湯もいただけるの?」


「この子が綺麗好きだったお陰で、お湯のシャワーも出せるのよ?」


「お湯も? その魔法術式はある?」


 カナリアさんは驚き、ラッシーさんが魔法術式を知りたいと食いついた。


「それも勿論教えるわ」


「「わぁ!」」


 二人して喜ぶが、


「でもその前に、きちんとアリーに自己紹介をして頂戴な」


 と釘を刺す。すっかりシシリー宅を気に入っている様だが、メインは僕の魔法の講師であることを忘れないで欲しいものである。


「アリーちゃん、いらっしゃい!」


 シシリーが自室からトテトテとやってくる。

 ローザさんと瓜二つ、とはいかないが8才にしてはだいぶ発育の良いボディに、何やらうんうんと唸る大人達。


「シシリーちゃんよね、覚えてる? 小さい時抱っことかしたのよー?」


 シシリーは首を横に振った。物心つく前ならそりゃ無理でしょ。

 なんだったら大人に囲まれて怖がってるのか、背の低い僕に隠れんばかりだ。


「カナリアおばちゃんとラッシーおばちゃんよ」


「おばちゃん……まだ二十台なのに酷いわ」


「諦めなさい、ラッシー。バーディアンとラビリアンの寿命は違うもの。向こうからしたら同年代はおばちゃんなの」


「うわーー」


 頭を抱えるラッシーさん。

 いい加減僕に挨拶しよ?


 ◇


「と、言うわけでローザの昔の職場の同僚のカナリア・フローレンスよ」


「苗字があるって事は貴族の方ですか?」


「ローザから聞いてないの?」


 僕は首を横に振った。


「アリーちゃん、あなたも向こうではお嬢様になるのよ?」


「にゃん!?」


 そんな事実知りたくもないんですけど?

 え、どっちの家系がお貴族様なの?

 尋ねたらどっちもらしい。

 つーか両親が貴族とかピンとこない。

 こっちの暮らしが長すぎてみんなパワフルになってしまってる。

 母がお嬢様?

 と言うかサーニャ姉がお嬢様だった時代があることの方が驚きだ。

 僕にとっては暴力の権化なのに。


「アリーちゃん、お揃いだね?」


 シシリーとお揃いか。そう聞くと悪くはないな。

 しっかし、今の僕にお嬢様とはハードルが高いな。

 父はお貴族様だから実家に帰りたがっていた?

 そう思えば筋は通るな。


「にゃん!」


 僕はもうどうにでもなれ! と思った。


 ◇


 その日は挨拶もそこそこにシシリー宅の案内と魔道具の説明で一日を終えた。

 その翌日。


「王都に帰りたくない! ここに住む!」


 などと言い出した。

 こんな人が魔法の先生で大丈夫か?

 不安に思う僕に、ローザさんは「腕だけはいいから!」と必死に説得して見せる。

 どうやらこの人達がここに居座るか強制帰還させるかは僕の返答にかかってるらしい。

 いや、そんなの任せないで欲しい。


 とりあえず授業を教えてもらう。

 ローザさんは風と水。

 カナリアさんは火と土。

 ラッシーさんは上位魔法使いで闇と光が使えるそうだ。

 人格面に目を瞑れば僕の欲しい魔法術式が勢揃い。

 

「アリーちゃんの開発したこのブラって言うの? 凄くいいわ? 私は小さいのが悩みだったんだけど、こう、寄せてあげて大きくみせられるのが良いわね!」


 僕が豊胸の甲斐なく開発した寄せてあげるブラがバーディアンのお姉さんに好評だ。やはり世の中の女性は胸のあるなしでそれなりに損害を被るらしい。

 つーか毛並みの良し悪しで美人とかおかしいと思った。


「うちの集落は特に動き回る前提なので、胸があっちこっち大忙しニャン。僕は同年代の子や姉達が苦しそうにしてるのを見て、なんとかしてあげられないかと思ったにゃん」


「いい子ね、王都でも売ればいいのに」


「流石にたくさん作るのは僕が忙しくなりすぎるにゃ。魔法も覚えたいし、色々やりたいこともあるにゃん。だから一日20着までとさせてもらってるにゃん」


「この子、すごく頑張り屋なの。ほんといつ寝てるのかしらってくらいよ?」


 その代わり朝ねぼすけだけどね。

 チロル団の遅刻常習犯とは僕のことである。


「お姉さん達は食べ物で好き嫌いとかってありますかにゃ?」


「そうね、生肉とかでなければ大丈夫よ」


「にゃあん、だったらこれを発情期に飲んでみて欲しいにゃ。お魚味とお肉味なんにゃけど、今なら味をつけてあげてもいいにゃよ?」


「これは?」


「私の種族って発情期が激しいじゃない?」


「ああ、うん」


 ローザさんの言葉に、カナリアさんとラッシーさんの両名が言い淀む。どうすごいのか大体想像できるな。

 シシリーですらアレだったし。


「それが、それ飲むと治るのよ。私達にとっての救世主ね。お肉味とお魚味も組み替えたりしてお料理にも使えるのよ。一番辛い時に飲んでみて? 今までの辛さが一体なんだったのかと思える程あっけなく終わるから」


「「は?」」


 二人してハモった。


「王都にはこう言うのないんですかにゃん?」


「あるわけないじゃない。こんなの世に出たら貴族が買い占めちゃうわよ! 暴動よ、暴動が起きるわ!」


「でもここはハーゲン王国じゃないから向こうの権力は通用しないわよ?」


「ローザが私達を呼んだ理由はこれなのね? 最初手紙をもらった時は、連れてくるのが筋じゃないかって憤ったものだけど、こんなもの見せつけられたら認めるしかないわ。あなたの弟子は天才よ!」


「本当、この子がケットシーなのが惜しいくらい」


 またケットシーについてに言及が出た。

 一体なんなの?


「一体なんの話かにゃ?」


「きっとこの子達は、ケットシー族の魔力適正の低さを言いたいんでしょうね。なんで私が呼んだかも知らずに決めつけるのよ」


「そう言えば、あなたが居ながら私たちを呼びつけたって事は、そう言うことと捉えていいの?」


「そのまさかよ、この子魔力適正はまさかの6属性だから。その為お互いの属性が喧嘩して産まれて二年で死地を彷徨ってるのよ。ミローネ様がここに越してきた理由はそこなのよ」


「まって、今ミローネ様って言った?」


「ええ、彼女は公爵家の御令嬢、ミローネ・シナモン様の御息女よ」


 嘘やん、まさかの母が王族の親戚?

 そりゃ父は強く出れないわけである。

 つーか苗字あったのかよ、僕。

 ずっとただのアルルエルだと思ってたぞ?


 姉達が聞いたら指差して笑うとおもう。

 僕もそうだ。姉がお嬢様って聞いたら指差して笑う。


 唯一セリーヌ姉さんは深窓の令嬢感はあるかもな?

 それ以外は野蛮児認定してる。

 だって自慢の爪と牙でそこらへんで無双してるんだぞ?

 二度と王都の土を踏まないのがお互いにとっていいことだと思うもん。


「お母にゃんがお嬢様……」


「ちなみは私は侯爵家で社交界でよくお話しした仲よ」


「お母さんもお嬢様だったの?」


 シシリーが不躾にそう聞いた。

 いや、シシリーのところはまだお嬢様感あるじゃん、うちなんか面影0だぞ?


「見えないかしら?」


「わかんない。私も、お嬢様になるの?」


「大丈夫よ、私は家出してきたの。お父様ももう娘ともなんとも思ってないわ。シシリーは一般家庭の子よ。それ以上でもそれ以下でもないわ」


「そっか」


 ニコニコと笑うシシリーだったが、ボクの顔をじっと見た。

 まるで僕だけがお嬢様になるのが確定してるみたいな目である。

 いや、ならないよ? 僕は顔の前で手を横に振る。


 シシリーはニコッとした。

 その日は一緒にお風呂に入ってお泊まりした。

 母には事前に連絡してあるが、この事実、姉達に言うべきじゃないだろうなぁ。

 今の今まで秘匿されてきた時点で、きっと廃嫡されたとかだろう。


 翌日から二週間ほど、僕はシシリー宅に通って魔法を習った。

 四つの属性の使い道を教わり、チューノレをお土産に持たせてお別れした。

 あとはこれをどう扱うかだな。

 やりたいことはたくさんあるが、まずはどれから手をつけるべきか迷った。

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猫耳転生! 〜ケットシーの錬金術師〜 双葉鳴🐟 @mei-futaba

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