エピローグ

 理彩さんの朝食を食べて、制服に着替える。あけすけにすると決めてからは、弁当を作ってもらうことにしたので、忘れないように気をつけて準備した。


「行ってきます」

「「行ってらっしゃい」」


 俺たちよりも、兄ちゃんが出るほうが早い。先んじて聞こえてくる挨拶に、時雨と二人で声を合わせた。

 理彩さんは、玄関まで見送りに行っている。そこでどういった見送りが行われているのかは、考えないようにしていた。多分、時雨も一緒だ。相変わらず、ラブラブな夫婦であるので、知らぬ振りで準備を進めるのが一番だった。


「貴大君、ネクタイ曲がってる」


 互いに弁当をカバンに収めたところで声をかけられて、ぐいっと整える。しかし、時雨はふるりと首を左右に振った。直っていないらしいと再度手をかけようとしたところで、時雨の指が先んじて伸ばされる。

 ごく自然に直してくれる時雨との距離は近い。あれから兄ちゃんはちょくちょく本気か冗談か分からない牽制を入れてくるので、大層面倒くさかった。

 俺と時雨はそれを微苦笑で受け流している。

 手を出す、と言うのはどういう状況なのか。確認もしないし、気にもしないようにしている。

 ……考えないようにしているだけだと、分かっていないわけではなかった。


「よし、いいよ」

「サンキュ。行くか」


 俺たちは一緒に登校するようになっている。今更慌てふためいてもどうにもならないと覚悟を決めてからは、随分楽になったものだ。噂は消えないが、気の持ちようが変わった。

 雪菜と透流という味方がいるのが分かっているから、俺たちはすっかり平常運転になっている。どれを平常と呼ぶかはまだ不明だが、少なくとも生活は落ち着いた。

 玄関へ向かうと、ちょうど理彩さんとかち合う。


「「行ってきます」」


 他に言うべきこともないものだから、ハモることも多い。理彩さんはそれを聞くたびに、微笑ましいものに出会ったような顔をする。兄ちゃんほど厄介な考えをしてはいないだろうけど、俺たちの仲に安心してくれているのだろう。

 それにつっかかるつもりはない。兄ちゃんのように鬱陶しくもないものだから、穏やかな気持ちで登校をした。

 時雨の足取りは軽やかだ。

 憂いがなくなったわけではないだろう。二人で歩いていると、こそこそと言葉を交わされていることも多い。しかし、時雨は気にした様子もなく、そんなときに限って叔父さんとふざける。一度決めたら徹底しているものだ。

 俺はそれに釣られて、うるさいぞ姪っ子と茶化す。なんてこともない態度でやり取りするうちに、噂しているほうが気まずい雰囲気すら出ているくらいだ。堂々としてることで、少しはマシになっただろう。

 学校の近くで、雪菜と透流に合流した。


「おはよう」

「もう二人が並んでるのもすっかり慣れたな」

「元々違和感もなかったでしょ?」

「雪菜ちゃんが勘違いするほどにはな」

「それはもういいだろ。勘弁してくれ」


 結局、俺と雪菜の関係は据え置きだ。雪菜が何も言わないものだから、俺からいうことはなかった。

 受け身なことは、問題を後回しにするだけのことかもしれない。けれど、今はようやく落ち着いたところだ。周囲との付き合い方も。時雨との関係も。ようやく形が見えてきた。

 今、雪菜との関係が崩れれば、別の何かも崩れると予感がある。俺は今、時雨と叔父と姪である生活に満足していた。

 他の何かを望んでなどいないのだ。


「モテる男はつらいなぁ」


 透流がにやにやとふざけたように言う。これもある種、堂々としているおかげか。少しは恋人話も落ち着いていた。ふざけていることが効果的に働いたようだ。やってみるものだな、という気持ちだった。


「そういうんじゃないだろ」

「叔父さんのこと好きだよ?」

「……JKが言うのは割と際どい台詞だからな」

「おじさんって不特定多数じゃないからね!」

「貴ちゃん、ずっと叔父さんって呼ばれるの気にしてるよね」

「うるさいな。同級生が姪になる気持ちが他に分かるか」

「災難だねぇ」

「お前が言うなよ、時雨」


 悪戯っ子のように、にぱっと笑った時雨の笑顔が弾ける。

 まったく。姪というのは実に面倒で……

 そして、可愛い存在であるらしい。

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お邪魔な弟と迷惑な娘 めぐむ @megumu

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