開けるな

関根パン

開けるな

 「絶対に開けるな」と書かれた箱がある。


 開けるなと言われたら、開けたくなるのが人の心というものだ。人の心をもとに作られたロボットであってもそれは同じ。


 さっきまで、一台のロボットが絶対に開けるなと書かれた箱の前で、逡巡を繰り返していた。


 ロボットなる存在は無機物で構成されている。よって、完成されたロボットもまた無機物であるといえよう。


 人の心というものはどこにあるのか。物を考える頭であるのか。体の要たる臓器であるのか。あるいは体を巡る神経や血であるのか。


 いずれにせよ、人の体のどこかに宿る人の心は、もしも「開けるな」と書かれた箱が目の前にあれば開けたくなるのである。頭か、心臓か、神経か。いずれかが「開けなければ」という衝動にかられるわけだ。


 では、無機なるロボットの場合、逡巡は何ゆえに引き起こされるのか。


 CPUなのか、電気回路なのか、あるいは作った人間にさえもまだ科学で解明できぬ領域であるのか。いずれにせよ、逡巡させている何らかがそこに存在しているはずである。


 さて、指示に従うのがロボットである。「開けるな」とはまぎれもなく指示であり、指示通りに振舞うならば、開けるべきではない。


 一方でロボットは、人の心により近づけるべく作られたものでもある。「開けるなと言われていたら開けたくなるのが人の心というもの」という情報もまた、ロボットにはプログラムされている。プログラムには、準じて行動しなければならない。


 従うべき指示と、準ずるべき規範が相反するものであった時、結果としてどちらの行動が取られるのか。


 これまでのロボットたちは、結局いずれも開けることはなかった。どうも「禁止」の指示は、規範を凌駕してしまうほど厳格な効果を持つらしい。


 対して人の場合、どちらの結果も得られる。自らを律することに長ける者であれば開けないし、己の欲に忠実な者であれば開ける。その差を生む要因を、世に「性格」という。


 我々は性格をロボットに備えたいと願い、試行錯誤を繰り返し、そして、きみを作った。この試みの成果は、箱を開けて中に入っていたこれを読んでいるきみにはもうわかっているだろう。




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