悪役の宇宙人

海沈生物

第1話

 青い空に白い雲、ギラギラと輝く真夏の太陽。「これこそが真夏である!」と断言できるような気象条件の下、私とその自称「悪役の宇宙人」を名乗る長年バディを組んでいる男は、二人してみたいに固い岩の宇宙人の死体を薄暗い森の中で埋めていた。


 その宇宙人は言わずもがな、私とそのバディの男が一緒に見つけた宇宙人である。一般的に考えられる「火星人的タコ型宇宙人」ではなく「あずきバー的岩石型宇宙人」という特殊な宇宙人を私たちは見つけた。彼は私とその男が一緒に散歩しているところに、突然死体のまま空から落ちてきたのである。宇宙人が空から落ちてくること自体は別に今時珍しくない(なぜなら、今はだからだ)のだが、それでも、目の前に突然死体が――――それものように固い――――落ちてくれば、誰だってビビるものだと思う。私は実際ビビった。頭に当たったら死ぬし。


 私たちはスコップで深さ三メートルほどの穴を作ると、その中へあずきバー的岩石型宇宙人……長いので「岩石人」の死体を捨てた。ガコンッ、と鈍い音が鳴り響いたのを聞くと、二人でその死体に土を被せはじめた。森の中とはいえ、岩石人の死体を埋めるのは割と重労働である。普段から工事現場で働いているわけでもない、体力無し人間の私の体力はもう尽きかけていた。というか、尽きた。スコップを投げ出したついでに私の身体もその場に投げ出した。

 木々の葉がギラギラと輝く太陽の光を多少遮ってくれているおかげか、作業の手を止めてみれば思った以上に涼しいことに気付いた。このまま、一眠りしてしまおうか。そう思った瞬間、彼のいた方向からバサッと土が飛んできた。思わぬ行動に口の中に入った土を「ぺっ、ぺっ!」と吐きながら、私は彼に向かって睨み付けた。


「なになに、私を埋める気なの? マジありえないんですけどぉー」


「ドラマや小説に出てくるいじめっこみたいな裏声を出すのはやめろ。そもそも、こんなキモい岩石の宇宙人を可哀想だから埋めよう! と提案してきたのは誰だと思っているんだ」


「はいはいはい、私がわるぅーございました。埋めれば良いんでしょ、埋めれば」


「お前なぁ。人間じゃない俺が言うのもなんだけど、今までよく”生意気”とか”キモい”とか言われて、学校でいじめられずに生き延びて来られたな。……もしかして、悪口言ってきた奴等も全員殺してきたのか?」


「さすがに失礼じゃない!? それは人間の一人や二人を殺して埋めてやりてぇ! と思ったことは一度や二度や三億度ぐらいはあるよ? でも、実際に殺して埋めたことはないよ。みたいな大義名分もないのに人を殺してしまえば、それは他者から殺されることを許容することになるからね」


 そんなご高説こうせつを彼にのたまってやると、まるで「こいつ、こんな真面目なことを言えたんだ」みたいなことを言いたげな目線を向けてきた。二十数年も生きていれば、人生に対する哲学の一つや二つや三億つぐらい手に入れているわ、人間なんだし。

 私は両手で近くの土をすくってやると、さっきの仕返しに土をかけてやった。彼の「火星人的タコ型宇宙人」のぬめぬめとした肉体には、納豆に土をかけたようなイメージで、土がよく絡みついたらしい。彼は「と、取れねぇ!」とその場でジタバタしはじめた。私はそんな哀れな姿に「ざまぁみろ!」とケラケラ笑ってやると、土をどうにか払おうと努めていた彼の方から「むっ」とした目線が向けられた。


「もぉー許せん。今度という今度は、お前とのバディも解散だ! 俺はいつもお前に優しくしてやっているのに、お前はいつも俺に対して失礼な態度を取ってくる。そんなやつを同じ天の下には生かしておけん! 〝悪役の宇宙人〟らしく、ここで岩石の宇宙人もろとも、お前も殺して埋めてやる!」


「突然そんな不俱戴天ふぐたいてんみたいなこと言われても困るんだけど!? 本当に殺し合うの? 今からここで? スコップしかないのに?」


「殺し合う! 俺にはこの肉体を纏うがあるからな。これでお前の食堂を正月の餅みたいに詰まらせて、窒息死させてやる!」


 「ヌゥーメッメッ!」と取って付けたような悪役みたいな裏声を出すと、彼は地面に大の字になっている私の上へ馬乗りになってきた。スコップを投げ出して寝転んでいた私は完全に不意打ちを喰らい、圧倒的不利な状況に陥った。


「こういう時、ここがならさ。突然チート能力に目覚めたり、あるいは強力なスケットが助けに来てくれることが結構あるよね」


「でも、ここはだ。チート能力にお前が目覚めることはない。しかも、今日は太陽がギラギラと輝く真夏日だ。ネットニュースでも”気温四十度越え”が多々取り沙汰される昨今だぞ? 強力なスケットが助けに来ることはないぞ! ……あっ、ヌゥーメッメッ!」


「……そのいかにも付け加えたような変な語尾、本当にいる?」


「いるだろ、それは。”黒っぽい服を着る”と同じぐらいに分かりやすく悪役っぽさが出せるし。…………あぁっと、ヌゥーメッメッ!」


「忘れるぐらいなら、その変な語尾やめなよ。ついでに私を殺して埋めようとするのもやめよう」


 サラッと殺して埋めるのをやめるように頼めばどうにかなるかな、と言ってみた。多分この流れだと「どっちもやめるわけないだろ!」みたいなツッコミが来るのかと予想していた。だが、彼は突然黙ってしまった。まるで刑事ドラマで東尋坊とうじんぼうの崖っぷちに追い詰められた犯人が、「故郷のお袋さんが悲しんでいるぞ!」と言われて動揺した時ぐらいの深刻げな表情をしていた。

 あまりに私の心へ迫ってくるようなその表情に、つい「やっぱり語尾カッコイイし付けなよ」「私も殺して埋めても良いから」となぐさめようとした。だが、彼は私の提案に対して頭を振った。


「俺が……俺が全部間違っていた! 変な語尾を付けたところで、俺は悪役になることはできない。それに、俺は大切なバディであるお前を殺して埋めることができるほどの度胸がない。俺が……俺が全部悪かったんだ!」


 そう言って私の身体から立ち上がると、彼はそのまま森の外へと走っていった。私は追いかけようとする隙を与えないまま、彼は去っていった。そんな姿に「一体どうすれば……」と深刻げに頭を抱える。

 するとふと、ポケットの中のスマホが動いた。「ここ一応森の中なのに圏外じゃなかったんだ」と意外に思いつつ開くと、ついさっき去って行ったはずの彼からメールがやってきていた。まさか遺書を送ってきたのではないか、と動揺した私は急いでそのメールを開く。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

差出人:親愛なるバディ様 >

宛先:ningen18@outlook.jp >

20XX年9月18日 午後15:30


もう暑いし疲れたしこのまま帰るわ。

あと死体を埋めるの任せた! 

事務所でご飯作って待っておいてやるから、

さっさとあのキモい宇宙人の死体を埋めて帰ってこいよ!

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 私はそのメールを見て、つい「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ?」と叫んだ。森の中に木霊こだまする自分の声に愕然がくぜんとしながら、とりあえず私はメールで「死ね」とだけ返した。一通り叫び終えると、私は「ほんとあいつはだな」と頬を緩めて悪態をついた。

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