36ページ 《ミレニアム》

 吸血鬼との戦いの全ては、宵闇から始まり朝焼けに終わる。人間にとっては視界困難な戦いであることは一目瞭然だが、視界の悪さを言い訳にする兵士は何処にもいない。

 それであってこそ、私という存在が「孤高の狼」として強者つわものの背中を見せることが出来る。

「実に、ほふり甲斐のある戦いじゃないか」

 そう言って、私はディミトリとすれ違い様のハイタッチを左手で交わす。

 ランチを見る。私が見据える相手は戦略ストラテジーに相当する吸血鬼で間違いない。

「言ってくれる、私が格上だということを理解できていないようだ」

 ランチは今になっても私に尊大な態度を取る。それはローラの時とは状況が違う。

 その言い終わるタイミング、この瞬間にお互いは両者に向かって駆け出した。

「とても右肩をまるまる失った俗物がいう台詞じゃないな、その程度の陳腐なセリフに信憑性が宿ると思っている時点で、足元が透けて見える」

 軽口を叩いている間も、日本刀を用いた私とつるぎを扱うランチとの鍔迫り合いはキリキリと続く。既にランチの右肩は回復しつつある。

 私は緩んだ足場を広く移動し神出鬼没に踏み荒らし、打ち合う度に青色の火花が散る。それらの火花は、未だ冷めぬ高温多湿の中で消えることはなく、蒸気が冷え水分で濡れた地面に触れ、淡さを残して沈んでいく。

 私は日本刀の持ち味を利用すると同時に、私の知る物理現象の全てを利用して戦略級と打ち合う腕力を抽出している。

「脱力こそが物理現象の鍵だ」これはローラやジェシカはもちろん、過去に出会った多くの戦士を見て理解して、結論づけた法則だ。脱力は回転力と〈=〉だ。

 肩を回せば遠心力を作り、脊椎を回せば可動域が回る、つま先を回せば瞬発力が一段上がり、腰を回して落とせば体重が前に落ちる。この全てが脱力によって始まる。

 そう、私は小賢しい戦いをしているのだ。

 情報収集力と思考速度は絶対記憶によって衰えることはない。心肺機能の安定により、酸素が行き渡った筋力は無制限に回復していく。相手が吸血鬼であることを踏まえても、長期戦になればなるほど情報収集力によって私の方が有利になっていく。

 その時、ランチは視線を落とした。それは隙だった。

 私は腰を捻るようにして繰り出した左足で、ランチの胴体を蹴る。そしてランチから見て死角にある私の右手には長尺の銀杭を錬成する、それは錬成によって長さを伸ばした時にランチの喉を貫く角度で。

 私の精製速度は光速に等しい。銀杭は素早くランチの喉元を貫いた。

―――が、ランチは前のめりに銀杭にも目もくれず、ズルズルと私に迫ってくる。正直、この時初めて私はランチに恐怖を感じた。恐れを憶えた。

 "熱気"が私を焦らせる。

 ランチは喉元に銀杭が刺さたまま、私の肩に左腕を伸ばす。私は反射的にそれを弾く。その鳥肌が立つ感覚は、生理的な嫌悪感そのものだった。

私はそんなランチの形相に、背後へ退かずにはいられなかった。直後に一瞬ランチの身体が膨張する、僅かに、湿気を含んだ空気がランチの方へ集束しているように肌で感じる。それは瞬く暇もない間に辺りを覆い尽くした、蒸気だ。私は火傷を負い、大きく吹き飛ばされる。

 私の視界は再び濃い蒸気に覆われた。AK‐74を錬成すると、その傍から通常弾を横一線にフルオートでブッ放なす。視界を拓く為ではなく、ランチの居場所を掴む為だ。

 ランチは思っていたより近くにいたことを知る。すぐ近くで着弾した弾丸が、火花を散らせたからだ。それが分かった直後にランチはその数歩によって私との距離を詰める。

 ランチは素早い足取りで近づき、私の顔に硫黄色の剣を突く。およそ身のこなしに長け、深く体重をかけたような鋭い突きだ。私はバク転し、後屈するようにそれを避ける。手の中のAKを気体に還しそれぞれの両手の平にガトリング砲を錬成する。ランチのその剣を回避する最中、二丁のガトリング砲による近接距離での銃撃がその胴体を襲った。

 私は、その後幾らかの距離を取って肩幅ほどに足を構え、左手に銀性の棒を持ち警棒のように左に流して下段に構えている。ランチは未だに殺れてはいない。

 私が見ているモノはガトリング砲から放出された薬莢の山を覆う無煙火薬の白い煙のその中にあった。

 煙の中では、やはり結晶のような物体が欠け崩れる音がする。私の銃弾が完全に防がれていたことを意味している。

 私は棒を脇の下でスルスルと回してイメージを掴む。ランチを撲殺するイメージをだ。棒の動きを制止させた時、左手に受け止めた感触とその風を切る音が止まる感覚、それが私の持つ技に確信を持たせてくれる。

 右手にショットガンを作り、火炎龍ドラゴンブレス弾を装填した状態から、左手の構えを維持したまま動きを探るような感覚で撃った。

 火炎龍弾に内蔵されたナパーム液が炎に包まれ無煙火薬の煙を真っ直ぐ貫く。

 ナパームは粘着質のペースト状で、一度取り付けば簡単には剥がせない。故に、特にランチの動きを探るには向いている。しかし、煙の中には青い炎が燃えていた。

 その時私は瞳孔を大きく"開いた"。ランチは動かなかった。動かないままに煙は晴れた。

 青い炎は、ランチの大表面から、何かの物質と一緒にゴトンと崩れ落ちる。

「!」

 そこに現れたのは、左の上半身がただれている。いや「爛れ」と表現して良いのか分からない。なぜなら、火傷しているハズのその上半身の半分は、黄色く変色しているのだから。

「そろそろ体調に気を配るべきじゃないのか?」

 言って、ランチは笑った。冷たい笑いだった。そして勝利を確信したような笑いだ。それは非常に私のかんに障る笑い方だ。その言葉は文字通り私の体調を知らせたのだった。

「っ! …」

 私は気づいた。先ほどの生理的嫌悪感の理由を。

 その時、目が痛くなる。続け様に、視界が不安定になりそれが目眩だと気づくには時間が掛からなかった。間を置かずに、私はひざまずいた。強烈な頭痛だ。そこでやっと、蒸気が淡黄肌うすきはだ色である理由に気がついた。気づくのが遅すぎた。

「ぃ…硫黄」

 私は充血した目でランチを睨む。ランチの能力は蒸気などではなく、硫黄だったのだ。

 私の情報収集力でも、この硫黄を見抜けなかった。硫黄は本来、無色無臭、他の物質と化合して初めて特異な悪臭を放つ。それでも蒸気を放っておいて、水と結合しておいて悪臭を放たなかったのはランチの能力によるものだろう。

 けれど少し考えれば分かることだったはずだ。ランチという存在の危険性からか、考えることが多すぎたせいか、環境にまで気を配ることができなかった。私はランチを見つめる。

「…っ」そこで私は何かイチモツを抱えるように唾を飲む。

 鹿を追う者は山を見ず。私はランチとだけ戦うことに意識を向けすぎていた、だから私はランチを謀る為の作戦に出る必要があった。

「貴女の名はなんと言う」

 その言葉は酷く冷えていて疑問符が無かった。恐らく会話の主導権を握っていることや私にはその問いに反抗する選択肢が無いと、ホントウに思い込んでいるコトがその言葉に滲み出ているのだ。私はランチに見えないように、四つん這いのまま俯き笑った。私は激しい頭痛の中、末期の硫黄中毒症状の中で静かに勝利までの算段を完成させた。

「クレア・シアン・ギビングだ」

 私は冷たい声色で言う。そう、応酬ギビングだ。

「聞き分けが良い女は嫌いじゃない」

 そう言いながら、ランチは四つん這いになっている私に近づいている。

 そして私の頭の前で屈み、私の体躯をまじまじ眺めるとやがて口を開く。

「しかし、貧相な体つきが惜しまれる」

 そう言われて、頭に血が昇る感覚を久しぶりに体感した。その時、私は事切れるように崩れ落ちた。

 私はこれで根に持つ方だと思う。それでも今はまだ自制心が利いている、今じゃないことを身体で理解していた。それは私は反撃の準備をしていたからだ、既に体内では硫黄の酸性を中和する塩素を作り出し、私の鼓動は一定のリズムを刻みながら身体を回復に向かわせていた。

「御メガネに、叶えず…光栄至極に…存じます」

 私は今の冷たくなった口で皮肉を羅列する。確か精神的限界を迎えた人間が最後まで忘れない物はユーモアだったことを覚えている。今、回復に向かっている私でも、その通りの言動をしていたのかも知れない。今は心の余力も僅かに過ぎない。

「…どうやった?」

 地に突っ伏している私は悔しさを押し殺しながら質問する。

「クレアよ、私は知っての通り嬰児えいじなのだ。しかし、私の力は表に出せと訴えてくれる」

 冷たく言って、ランチは立ち上がり拳を見つめる。

「故に私は肉に刻まれた力を知った」

 ランチがそう言った時、飛び出した私は銀の小太刀でランチの胴体を利き手を用いて側面から深く切りつける。

「……」

 しかし、その胴に刃が入ることはなかった。蒸気を帯びたランチの身体自体、硫黄なのだと思い知った。

 私の算段は打ち砕かれた。

 ランチに膝蹴りを入れられ、それを右の曲げた肘と手のひらをバネのようにして防御する。その次の瞬間には硫黄の剣で上から下に刺突される空気の摩擦を察知し、宙で振り向きながら左腕の小太刀によって手首を突き刺した事で一瞬の遅れを作り紙一重に避けられた。私はランチのニ撃を避けきり少しの距離を取ることでようやく今の反省点を見つけることがた。

 油断と焦りだ、ランチの身体から湧いて出る蒸気の温度が私を焦らせる。十分に計画を立てたところでそれが完璧だとは限らないんだ。ーーー冷静になれ。

 今私はランチの右手首の大動脈を斬った。私はその身の治癒力を観察する。

 ランチの腕からはディミトリが切り飛ばした時と同じく黄色の血が、蛇口のよう溢れ出している。

 ランチはまたゆっくりとした動作で右手首を持ちながら話す。

「抗ったところで死に方がより凄惨な”物“になるだけだ」

 ランチは言うが、私はそう思わなかった。私はまだその右手を観察していた。最後のピースだからだ。

「何を見ている⁉︎」

 ランチは言いながら私から見る右の腕の、硫黄の剣で鋭く切り付ける。私は初めて、ランチが初撃で左手を使ったことを知る。

 その衝撃はあれどは何なく避けた。避けた瞬間にはランチの左脇腹を左手に持つ小太刀で刺した。体重移動の重さを加えた刺突と人体構造上筋肉に覆われない脇腹を狙うことで深くまで刺すことができたのだ。加えて、ピースが揃った。その途端に、あらゆる状況がくつがえされる予感が私を襲う。何かがか変わった気配を感じた。

 その時、ランチは左腕を下に回し右腕を肩で持ち上げるようにしたその右手には、さっきまでのつるぎとはまったく違う、薄く尺の短い…それはまるで中国刀の様だった。それは圧倒的な蒸気を纏いそれを推進力に出力しながら上から回し落とされる。私はそれを右に避ける。刃の薄い中国刀のその勢いでしなる音が左耳に届く、ギリギリだった。その避けたそばから次の攻撃が来た。

 手のひらで真っ直ぐ打つような動きだ、それは掌底だ。それを迎える私は右腕を振る、そして右肩が前に動いて左肩が後ろに動き左の胸も後ろに動く。そんな左胸にランチの掌底が触れる、触れただけだ。掌底がどこを目指しているのか、軌道を読んで左胸をあらかじめ引いておく事で威力を軽減した。例え吸血鬼の力であろうとこの場合威力は減衰する。それは掌底が平手の原理であり平手はインパクトのピークを過ぎれば減衰するからだ。

「っ…」

 しかし蒸気の熱気が私の首を直撃する。私は食いしばってそれを堪える。

 その直後クレアが振るった右手は、ランチの左腕を叩きつけそこで銀杭が錬成された。

 絶対記憶ミレニアムの利点、それは状況の把握力とそれに対応できる思考力によっては的確なアプローチが行えることにある。次に私は左のつま先から錬成した。それは一矢一殺の文字通り手練手管だった。

 つま先という末端神経から発射された銀杭は正確にランチの喉を射抜いた。

「ぃっ………‼︎」

 押し殺すような悲鳴だった。それを好機に、即座に私は同じ箇所から錬成する太く巨大な銀の柱でランチの心臓を貫く。一瞬にして、銀の柱に胴を貫かれ斜めに立つ柱の端に晒された。

 即死だ。途端に辺りの気温が冷えていく。

「最後、動きが変わったのは私的興味が湧いたな」

 私は一人言を漏らす。

 なんの策略もなかった。それはギリギリだった。ランチが私の軽口に付き合っていてくれなければ、私は今頃どうなっていたか分からない。

 私はジェシカ達のところへ行く為に立ち去ろうとした、そこで不審な現象が起きた。

 後ろから、時期に銀の作用で溶けていくはずの、ランチの亡骸から声が聞こえた。その時、空気が亡骸の方へ収束し始め再び周囲の気温が上昇する。

 聞こえた言葉はこうだ。

「………思い出した」

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今日は僕の命日 1部《村入り編》 彩芽綾眼:さいのめ あやめ @0ayame

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