35ページ 《ニノの一言》

 私はランチと相対して、左手に鉄の棒を錬成する。「錬成」とは名ばかりで記憶を対価にする分、物質的には召喚に近い。けれど、対価を払っている分、私に対し幾許かのアドバンテージがある。もっとも大きいのは私に対して重さの概念が働かないことが挙げられる。私はこの点最大限に利用することでやっとローラたちに並び立てている部分がある。

 とは言え、私の身体はティネスのように再生することはない。だから私もローラのようにギアを一段階上げる必要がある。

「悪い、先に始めていてくれ」

 ディミトリに言う。

「3秒な?」

 ディミトリは真剣な眼差しのまま、鼻で笑うように口角を上げる。そしてスグにランチへ向かっていく。

 私も私でギアチェンジの儀式をしなければならない。

「我が抑止を解く、絶対記憶ミレニアム

 膨大な量の情報が脳内で肥大する。一瞬にして膨大な情報が脳を横切る。それは昔に慣れ越した感覚だ。私の記憶メモリに存在する苦楽も禍福もどんな災いの思い出も、敵を前にした私の心を揺るがすことは既にない。

 私はディミトリの背に向かって歩き出す。歩きながら錬成する。順手で持つ棒を胸の前へ運んで、右の手のひらでなぞる。手のひらが通過した傍からダガーを錬成していく、ダガーの刃先を上にした8本を棒に立てていく。

 歩きながら棒を上段に持ち上げる。そして言う。

「伏せろ!」

 ディミトリに言ったんだ。その瞬間に棒を振り下ろし、8本のダガーは回転することなくまっすぐランチに向かっていく。私はそのまま走っていく。

 私には錬成した物質の重量概念が通じない。つまり棒の重さが分からない、けれど棒には重さが存在する。棒術は棒の重さを感じながら振るうのが基本で、だから操る時は記憶で制御しなければならないのがミソだ。それだけに私が受け取る情報量は常人を逸するが、それを制御できるだけの経験は積んできている。

 私が向かう先ではディミトリがダガーを上手く避けてくれていたが、ダガーは蒸気の風圧によって力なく弾かれる。

 私はランチの間近に迫る。走りながら後ろ手に棒を回し、右の手の中でそれを受け止めると、ディミトリの背後に追いつく。そして私は攻撃の為に棒を振り上げる。それを感じてか、ディミトリは私を見ることもなく左側に逸れる。

 私は瞬時に棒を振り下ろす。

 ザクッ、肉の裂ける乾いた音と共にランチは悶えることになった。

「っ…」

 私の棒はランチの剣によって受け止められたが、それを想定していた私は左手に別の武器を生み出し、それによって腹部を刺傷させた。刺したのは銀の杭だ。

 続けざま、鉄の棒を銀の棒に錬成してランチの横腹を薙ぎ倒す。次にするべきは、そうだ。

 考えながら私は無表情だった。無表情のままランチ殴った棒を気体に還して続け様に90年代モノの銃を錬成する。私は武器を再利用されない為に、手元に残った武器は気体に変化させることで消費しているのだ。

 私は利き手とは逆の右手に、コルトM16A2を作り出す。理環の居た世界の技術であるこの自動小銃には、スタンダードな薬莢やっきょうと銀性の弾頭を仕込んだ弾薬を備えている。

 私はアドバンテージから無反動で自動小銃を扱うことができる。

「ディミトリ、邪魔だ」

 そう言うと私は地面に倒れ銀の杭に怯み、及び腰になっているランチに向かう。左手にも同じM16を作り二丁の自動小銃を用ってランチを掃討する。

 棒で脇腹を殴ってスグのことだ。辺りに激しい銃声が何度も響く、そして薬莢から出た装薬の白い煙が私の視界を覆った。ホンの2秒間に起こった出来事。毎秒15発のM16が二丁、秒速970mで銀の弾丸が60発。

 普通の吸血鬼ならハチノスだ。けれどコイツはどうにも容易くはないようだ。

 私は二丁のM16を消すと銀の棒を作り出し、左手に持ってランチに向かって歩き出す。煙の外に出る為だ。

「死亡確認というのでもないか」

 既に死んでいるのだから。そう考えて一瞬、ティネスを思い出す。すぐに頭から消して、目の前に向かう。

 地面に倒れているランチに向かい合う。ランチの身体もまた煙に覆われていた。否…。

 私は煙を真上から棒で打つ。ガリっと石が欠けるような音がすると、煙はその風圧によって押しのけられる。そこにあって私の棒を防いだ物体の正体が見える。

 黄色の宝石…いや、結晶が見えた。!?

 動きがあった。結晶が透けて見えた結晶の下、それは影とも言えないほど不鮮明だったが、動きがあった。凄まじい勢いで私の方に来る!!

 私はすぐさま棒を消して左手に剣を錬成し、結晶の下から影が顔を出した瞬間に切り伏せる。しかしそれは蒸気の集まりでしかなかった。そんな無駄骨にも思える攻撃を行った最中、向かって右側面から煙が揺らいで何かが飛び出ていたことを知っていた。だから私は右手に作った剣で煙から飛び出した影を切る。

 その時鍔迫り合いが起きた。けれどソレの手応えはとても軽かった。一合の重さがかつてないほど軽かった、まるで私が剣を振るうことで持ち上げているような、そんな手応えだった。

 そのすぐ後に、私はその姿を確認した。胸より上だけの肉体だった。

 胸から下は捨てたようだ。どうやら銀の杭が相当に響いたらしい、再生は遅れているようだ、そんなランチもやがて落下する。

 その落下地点に向かってディミトリが走っていく。

 正直、二刀による偽双の剣技というものには興味があった。見せてくれ、そう思いながら歩いて向かう。

 ディミトリは剣は早技を見せた。

 直剣での二刀流の強みは手数が多いこと、欠点は剣の重みに身体の重心を振り回され易く手元が絡まり易い為に隙が生まれやすいこと。明らかに釣り合っていないデメリットを、ディミトリはクリアしていた。

 ディミトリは二本の剣を同時に振り回す。その攻撃は両腕に持つ2つの剣を大きく振りかぶって落下するランチを下から上へ切り飛ばすような、そんな直上的な攻撃だった。

 また、ランチは蒸気を纏った。ランチは落下しすぐに蒸気から出てくる、そこをディミトリが攻撃したのだ。

 また、浅い鍔迫り合いが起きた。

 ランチはまた攻撃を防いだ。ランチもまた二刀流を扱うことで防いだのだった。ランチはまた再び上空に打ち上げられたその最中に、少しずつ身体が復活していく。再生の影響なのかランチは頭を下にして落ちている。

 それを見て私は対物ライフルを錬成する。

 私は狙いを定める為に、スタンドを使わず両手で狙う、宙を舞う獲物を狙う為だ。

 対するランチは蒸気を生み出し、その中から弓矢を取り出した。さっきの二刀流も同じ方法だったように見える。

 私は次の瞬間には風を読み終え、狙撃式を計算し終えていた。対するランチも同様に、弓に矢をつがえていた。その時、ディミトリもまた落下予測地点に向かって走り出していた。

 私はスコープを覗く。ランチは矢を搾る。

 私とランチは同時にった。

 私の思考は加速した。

 そもそも銃と弓矢では放物線が全く違う。加えて互いの高低差、弾丸と矢は入れ違いにお互いに向かう。

 対物狙撃銃M82A1の弾速は秒速800mを越える。対する弓矢の射速は高くて400m程度、一射一殺は私の手にある。そう思っていたが。

 お互いの距離はせいぜいが20mだ。着弾までの時差は限りなく小さい。そこまでは想定内だった、けれどその矢は黄色の結晶をやじりにして絶え間ない蒸気を上げていた。それは、絶対記憶ミレニアムの情報処理能力で反響定位エコーロケーションの音を聞く限り時速500kmを越えていた。

 それには驚いた。しかし、同時に不可解な音が重なっていた。まるで音速を超えているかのような風切り音、音速の風波を立てて真っ直ぐ私に近づいている。左側からだ。

 私は右手に拳銃を錬成し、ニノに正面を向きながら後方に向かって棒のように倒れる。眼前に迫りつつある矢を避ける為だ。それでいながら、私は宙に照準を合わせていた。計算は正しかった。

 そもそも体躯と剣を握る際のクセから、それがニノだということは分かっていた。けれどその目は血走っていて、正気ではないことを私は悟った、それ故に心臓を狙わなかった。だから私は隙を作るようにした。

「そっちは任せた!!」

 ディミトリの名を呼ぶ余裕もなかったが、私のするべきことは決まっていた。

 私はニノの剣を撃った。

 およそニノの動きが音速を超えていることは目に見えて分かるが、その剣が不偏のものとは限らないはずだ。私は、そうして遅延させたニノの剣に矢をぶつけるつもりだった。

 拳銃に仕込んだ銃弾の弾丸径は45in、コレが銃弾として大きく同時に反動も強いが、無反動で大型自動拳銃を扱う私だけが打つことができる的確な一射。ホンの少しだけ、ニノの動きを止められればそれでいい。

 その時、ジェシカの声が聞こえた気がした。

「神頼みをするな」

 それを受けて、私は考えた。ダメじゃないかと。230g程度で音速の鉄塊を止められるわけがない。

 振り下ろされつつある剣を前にして私は拳銃の内部に再び錬成する。それは精製も同時に爆発するように作る。錬成したのは醐味フレアだ。

 その瞬間、私の拳銃は手元で暴発した。眩く赤い閃光を放って金属が融解するほどの高温と共に暴発した。

 その最中、私は後ろに倒れゆく身体を左足で踏ん張った。

 そんな中でも反響定位エコロケーションは健在だ。もともとフレアは怯ませる為の物だったが再利用できる。フレアの赤光の音で収集した情報では、未だにニノの一太刀は止んでいなかったことが分かる。私は灼熱の中で両の手を伸ばし、対切創たいせっそう軍手を用いた白刃取りを決行する。

 一瞬、止めることが出来ればいい。一瞬でいい。

 次の瞬間、私の持つディミトリの剣の剣背けんぱいに黄色の矢尻が触れ、そこで蒸気が爆発する。

 矢はニノ剣に触れた傍から放射線状に高熱の水分が噴出する。それは私の身体を容易に吹き飛ばした。恐らくニノも同じように飛ばされたはずだ。1度見た技とはいえ、また音速の攻撃が来ては堪らない。

 私は吹き飛ばされて早々にニノの元へ駆けていく。その最中に私は考えた。

 ニノは吸血鬼化したのだ、吸血鬼化直後に正気を失ってしまう症例はいくつもある。その一種だろうと私は考えた。

 ソレは想像していたよりもずっと早かった。ニノの動きは音速を越えている、だから音の反響でニノの位置を掴もうとするのは無駄だった。そしてニノは私が思っていたよりも早く蒸気の霧を抜けて、私が走っている頭上を取った。しかし、絶対記憶ミレニアムの本懐はこの程度ではない。

 私は頭上に迫る音速の一太刀を前に死を感じていなかった。

 私は走っていたことから音速を前に反応が遅れていたが、それは問題にはならなかった。なぜなら私は既にニノの剣速を計算し終えているのだから。

「錬成と記憶」それが私の持つ力だ。けれどこの世の原理にはそれに似た力がある。「創造と崩壊」これは私には錬成を駆使すれば叶う事柄だった。

 武において脱力こそが加速の鍵だ。脱力は全ての物理現象に掛かることができる。私は走るフォームそのまま、振り上げた右手を脱力したまま頭上に上げる。

 なぜいつも手の先から錬成するのか、それは末端神経こそが錬成イマジネーションの集合値だからだ。原理的に錬金術とは「作り替え」に近い。なら、私はニノの剣を作り替えればいいだけなのだ。

 私は触れなければ錬成が出来ない、しかし私はニノの剣が私に触れるタイミングを計算し終えている。勝算は十分だった。

 一瞬の出来ごとだ。私は対切創軍手を気体にすると、その直後のニノの攻撃である一太刀をも気体に還す。これは神の所業ではない、錬成という一芸を極めた生物の持つ手練手管でしかない。この点、ローラは直感と本能でこの域に到達しているのだから。

 私はニノの剣を還したその手でニノの首を掴む。

「ゔっ」

 ニノく呼吸をこぼす。しかしこまった、ニノを思い通りにできる腕力が私にはない。せいぜい、他所へ行かないように掴むのが精一杯だった。

 当然、ニノは抵抗を見せる。私はそれが分かっていたから、足を肩幅にし内股で深く腰を据えるように背筋は伸ばして立っていた。武には半可通はんかつうである私にも頑丈な立ち方くらいは心得ている。けれど、正気を失ったニノに数発殴られるくらいは、多目に見ようと思った。

 着地させたニノの足に、地面と繋ぐように銀の杭を打つ、両足だ。ニノは声にならない悲鳴を叫ぶ。引き続き、ニノの背後に銀の十字架を作る、またそこにニノの両腕を貼り付ける。その悲鳴も無視する。なぜなら、無慈悲なくらい容赦してはいけない作業だからだ。

 私は貼り付けにしたことを確認すると、ニノの悲鳴を無視して、後ろ歩きでニノから離れる。

「しかし皮肉だな、剣術を極めた人間ですら、その内面の善し悪しに関わらず吸血鬼になってしまうのは」

 私は一人言を言う。遺伝性の混血「鬼憑き」それは、いつからか人間の遺伝子に混ざりこんだ吸血鬼の血。濃ければ早期に発現するが、希に意志の強さで抑制されることもある、この場合は頻繁に起こることではないが、ニノの場合は恐らくコレに該当するだろう。血が吸血鬼として発現すると、内面に潜む悪感情がむき出しになることが通例で、ひと口に悪感情と言ってもケースにることが多い。ニノが正気を失ったのはその作用で間違いがない。

 言ってしまえば、ニノは鬼憑きの被害者で、ニノが誰かを殺してしまえば、その後に激しく後悔するのはやはりニノなのだ。こうして動きを封じることはこの場の状況では物質的にも気持ちの上でも最善だろう。

「待ってろ、後で治療してやる」

 私は言うと、ランチとの戦線に復帰しなければならないと、ニノに背を向ける。

 その時、声が聞こえた。反響定位エコーロケーションなんて必要ないようなほど生気のある声で、それでも消え入るような声で。

「あ…りがとう」

 その一言を、私は聞いた。

 私は振り返る。正真正銘、ニノの声だったからだ。私は私が貼り付けにしたニノに間近で向き合うと、無言のまま胸に拳をぶつける。私は相変わらず小柄だった、こうしていると、身長差をまじまじ思い知らされる。そして言う。

「おう」

 お前に殴られたあざが痛いじゃないか。そう思いながらのセリフだった。


 私は、遠くで戦っているディミトリの背中を見つめ歩みながら思い出す。私の父が吸血鬼であったこと、こうして私自身が戦えているのは、私の身体に色濃く吸血鬼の血が受け継がれているからだということ。

 私は、フレアで火傷し治っていない左手で、開いた口の歯を触る。八重歯に見えなくもないが、これが私のやいばだ。

 生憎と、私は人間の血も濃く入っていることから、吸血衝動は控え目で穀物で満腹になれるが、代わりに身体年齢は止まっていて自然治癒力は人間並だが、心肺機能は常に一定で身体の疲労に対して酸素供給が的確な為、疲れ知らずの身体に出来ている。

 私は少し焦げた白い長髪を触る。

「こういうのが偶に欠点だよな」

 また一人言を言う。そして思うのだ。

『休憩終わり』

 私はディミトリから少し離れた位置で立ち止まる。そして左手に日本刀を錬成する。

「交代だ」

 私の持つ人遣いの荒さは、きっとジェシカ譲りだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る