34ページ 《偽双の剣技》

 私はその言葉を聞いて、静かに歯噛みする。

 圧倒的な威圧感。私はそれを肌で感じつつも、動かない左腕を庇うように足を前後に開き、右腕は正面蒸気の吸血鬼に向かって軽く伸ばす。私は敵をまっすぐ見つめる。

 応戦の構えだ。こんな構えをするのは初めてだと言っていいくらい、経験の浅い構えだ。けれど、左腕が使えず攻めあぐね易い、手数が足りないという事情を踏まえると最善なのだ。攻撃を捌くには有利な構えだ。人体に存在する120の急所のうち鳩尾から脳天に到る正中線を右側面で隠し、かつ正面を見せないことで攻撃を受ける面積が小さくなる利点もある。片腕というハンデでは左半身の防御が行き届かない可能性を考えれば、左半身を隠すことでより攻め易くなっていると言える。

 私は自分が少しでも有利にあると考えたかった。

 蒸気の吸血鬼は足を肩幅より広く開き、右の二の腕を上体に密着させ拳は私の方に直角に、左腕は顎の高さで軽く拳を握っていた。未知の構えだ。

 そんな私の様子を見て、蒸気の吸血鬼は怪しく笑う。

「気が効いているな」

 そんな言葉を言うが、その表情からは考えが読めない。それが助長して、私を絶え間ない切迫感が襲う。

 次の瞬間には、蒸気の吸血鬼はにじり寄るように足を動かした。

 間合いは思っていたほど遠くない。2m強というくらいだ、私の首を掴んだ時の速度を思えば近すぎるくらい。

 私は待てなかった。

 私は走馬灯のように思い出す。片腕を失い不慣れで身体のバランスが保てない今、行おうとしている歩法のことだ。私はジェシカにそれを見せたことがある。ジェシカは確か「ありがとう」と柄にもなく礼を言ったのだった。クレアはそうだ、あの風貌で武に卓越していたのだった。

 私は右足から力を抜く。すると右半身は右へ倒れる、そして身体が倒れないウチに右足を軸に左足で跳躍するように腰を捻り前へ。

「ピチャッ…」

 足音が、緩んだ地面を踏む音だった。それを聞いて私は立ち止まる。まるで雨上がりのような地面だった。

 それだけのことに、私は気を取られた。

 目の前には蒸気の吸血鬼の拳がひらりと迫っていた。

 耳元を高温の物体が通っていくのを肌で感じる、左耳を掠めた。けれど左腕が動かず迅速な反撃ができなかった。そうしてる間にも第2撃が来る。その拳を上げた足の左膝で受ける。だがその威力はとても膝だけで受けられるものではなく、私は受け流す方向にシフトせざるをえなかった。それはつまり。私の武がついえることを意味していた。

 私は拳を受けた左足を下手しもてに回す。そうして受け流し、左足が着地した直後すぐさま背面の姿勢から右足で後ろ蹴りをする。

 悔しいかな、いつものような速度が出ない。左足が踏ん張れないからだ。上手く地面を掴めず、上手く地面の力を扱えないからだ。軸の足が磐石でなければ、蹴りの威力は到底見込めない。分かっていて、私は戦わずにはいられなかった。

 コンと、簡単に私の蹴りは弾かれる。オマケに背を向ける事になってしまった。

 私は振り向く。

 そこで私は目撃した、蒸気の吸血鬼は右腕を持ち上げ振りかざして、体内から放出する蒸気はその手の中でつるぎの形を模していたのだった。その迫力に私はたじろいだ、恐怖したのだ。しかし私の直感は囁いた。

「まだだ!!!!」

 私は叫ぶ。つるぎは振り下ろされる。

 私と蒸気の吸血鬼との距離は、拳の方が早く届くようなそんな距離。通常ならあまりの愚策だと言える、けれど瀕死も同然の私の息の根を早々仕留めるには最良策だ。しかしそれは私から見て、あまりに油断が過ぎていた。

「ダン!」

 拳と拳がぶつかった。振り下ろされる剣の、それを持つ拳に拳をぶつけた。直後、お互いの動きがお互いの後方に弾かれる。

 ――一瞬の制止が、両者に訪れる。それでも、速度で勝るのはローラだった。

 私はその時の前足にあたる右足で前蹴りをする。しかし手応えは浅い、足蹴あしげに出来た感覚が薄い。

 それを受け私は、その蹴りを前座に利用することにし、右足から力を抜いて股関節の力で素早く着地させる。脱力すると早く動ける、これは常識だ。続いて素早く左足を振り上げる。この時、私は身体のバランスに慣れ切っていた。

 私は蒸気の吸血鬼のそのアゴを蹴り上げた。その感触は、文句のないほど確かなものだった。

「!?」

 困惑したのは私の方だった。威力は十分だったはずだ。けれど足を掴まれてしまう。

 さっきまでのコイツなら、今の蹴りで意識を失っていて可笑しくなかった。それくらいの耐久力だったはずだ。けれど実際にはこうして掴まれてしまっている。

 マズイぞ。私の本能が危険を知らせる。私の足を持つのは左手だった、それが私の死を意味していた。

「終わりだな」

 蒸気の吸血鬼は冷たく言葉を発する。

 蒸気の吸血鬼の右手には剣があった。そんな中、私を支配していたのは死への恐怖ではなく、夢である平和をもう見ることができないという失意だった。それだけが私に死にたくない、と思わせていた。

 つるぎは振り下ろされる。

 その瞬間のことだ。私の視界には、私の足のその先に黄色い液体が飛び散っていた。蒸気の吸血鬼の右腕が、胴体から切り離されて宙を彷徨っていた。

 そして、ザクっと、重たい金属が土に沈む音が鳴る。その次の出来事だ、丁度ワンテンポほどの差で目の前に巨体の男が飛び出して来る。

 その男は登場直後、直剣を蒸気の吸血鬼に振り下ろす。蒸気の吸血鬼はそれを難なく避けるとそのまま数歩退く。その間に切られた右腕はすぐにあっさりと復活していた。

 直後、陽気な声が耳を刺激する。

「偽双の剣客、ピンチに参上致しましたっ! と」

 それはディミトリだった。どう考えてもディミトリだった。

「私1人で事足りるわ!」

 私は状況を自覚していないわけではない、ただ部下の前では虚勢を張りたかったのだ。

「悪いローラさん、今は戯れ言に付き合えないんだわ、周りを見な」

 ディミトリは指さした。

「防備の甘かった城壁が破られたんだ。ココの吸血鬼が片付いてきたからソッチに人数を回したんだ。被害は未測定だ、悪けりゃ既に数十人の絶命も有り得る」

「今戯れ言と言ったか!!?」

 そんな話を聞いても、私は見栄を貼ろうとしてしまった。きっと過度な威圧感を受けていたせいだろう。

「戯れ言以外のなんだと言うんだよ! そんなボロボロで、戦えるだなんてウソをつくなクソアマが!」

 ディミトリのこんな怒声は初めて聞いた。それだけに私には深く響いた。

「悪い…言い過ぎた」

 そしてディミトリは謝った。それを私は聞いて、ここでやっと自分の状態を確認しようと思えた。

 左腕は依然として動かず血の気が引いている、このままでは壊死えししかねないほど深刻だと分かる。左足の膝は脱臼だっきゅう、それを知って初めて痛みが私を襲う。右腕は重度の火傷、風が染みて痛みを感じていて、拳は潰れていた。この調子だと背中にはきっと痣があるだろう。無事なのは右足くらいだ。

 私は、正真正銘のボロボロだった。

 ディミトリは敵の方へ振り返る。

「俺の弟子は師匠超えしたクセにすぐ伸びてるしよ、上司はボロボロだしよ、中間管理職はツラいぜ」

 ディミトリは私に背中を向けながら言う。

「正直、手負いの獣を怒らせたくはないんだ。多くは語らせないでくれ…ここから先は交代だ。任せなお嬢ちゃん」

 その言葉は、とてもキザで気色の悪いセリフだった。ブタのエサにくれてやりたくなるようなセリフだった。けれど、頼もしくもあった。

 私は火傷した顔を微笑ませ、火傷した喉で賞賛の言葉として発する。

「上司に孝行してどうする、バカは目の前のことに集中してろ」

 その時、そのセリフを言った時、私の火傷した肌に沁みるような塩水が、頬を伝った。

 頼り甲斐がある男になりやがって、そんな気持ちで私はこの場を預けることにした。

「参りましたぜ、虚影の戦姫様」

 その言葉は、私をイジるような言葉は、付き合いのあったこの2年以上のウチに聞くことがなかったセリフだ。初めて私を小馬鹿にしたセリフだった。

 幾分か、釈然としなかった。

 私は歩いてディミトリの右横に行く。悪いがディミトリ、私にも見栄を張らせてくれ。

「さっきクソアマって言った罰だ、私も加勢する」

「え?」

 頼り甲斐のあるディミトリから、マヌケな声が出た。やっぱり"任せ切れ"ないな。

「私の左腕分くらいの働きは見せてくれよ、ディミトリくん?」

「…………」

 ディミトリは黙った。

 そして私とディミトリは蒸気の吸血鬼に向かい合った。

「作戦会議は終わったか?」

 戦場が煮詰まっても、その冷たい声は変わらない。



 ローラさんがまずは軽い足さばきでフットワークを取りながら、カウンターが来ても対応できるような体重を乗せていない手打パンチちをし、それを弾かれた後、ワンテンポ待って攻撃が来ないと判断し早々、右足で吸血鬼の左足を引っ掛けるように、前身し踏み込んで貼山靠を入れる。その直後に俺が前に出て、貼山靠のおかげで足が不安定な状態の吸血鬼に俺が剣技を繰り出す。

 俺は右手で剣身けんしん90cmあまりの直剣を振り下ろす。それは軽々避けられて地面に突き刺さる。その剣は次の瞬間には左手にある。そして順手で横薙ぎにし、それも避けられ勢いそのままに刃先をしたに回し、右手でそれを受け取り逆手のそのままナイフの用量で切り上げ、吸血鬼の頬をかすめる。それ見てすぐ様肘を曲げながら身体を左回し、しながらも左手順手に受け渡し、また左に回りながら横薙ぎにする。

 それすら避け切った吸血鬼は、忙しく動いた直後に、ローラさんから蹴りから成る猛攻を受けるのだ。こうして交互に攻撃を加えるのは、実に連帯感を感じられる戦い方だと思った。

 俺の剣術は、知能のある敵にこそ通用する。それは予想に反する動きをするからだ。けれどこうも避けられ続けると、ローラさんが居るとは言え、そろそろ動きを読まれてしまいそうな気配がしてくるものだ。

 そんなことを考えながら戦っていた時。

「ガンッ」

 刀剣の一撃をぶつけ合ったような音が鳴る。俺はその時、身体に悪そうな匂いと熱気が感じて取った。

 それは瞬時に現れた。さっきの気体のような剣ではなく、硫黄色の、見るからに固体と言えるような…それは刀身だった。

「ひれ伏せろ」

 これまでと違ったその意外性に、一瞬の動揺を憶えてしまった。対する吸血鬼はそれを好機と見たのか剣に乗せる力を強くする、体重を掛けているようだった。俺はそれに右腕一本と剣のみで応戦した。それは押し合いの疲れよりも熱気によるストレスが精神をむしばんでいるように感じた。

 そんな中、次に吸血鬼が取った攻撃は横蹴りだった。吸血鬼が横蹴りに移る際、わずかに重心が後ろに逸れ鍔迫り合いの重さが軽くなるのを感じていた。俺はすかさず剣を持ち替えた。

 剣身は90cm、それは俺の胴を覆うには十分な大きさだ。俺は左手順手持ちから逆手に切り替え、剣戟けんげきの打ち合いを放棄するカタチで姿勢を屈めて剣を地面に刺し、剣背けんぱいを直角に曲げた右手で抑えて蹴りを受ける。正直言えばその後のことは場当たり的で良いとすら"思えた"。

 その直後、視界を広く持っている俺の目に、ローラさんが身をかがめながら足を持ち上げる動作をしているのが映る。それは一目瞭然だった。

 俺もそれに合わせて剣の左袖から、吸血鬼の腹部を目掛けて前蹴りを加える。そしてローラさんは想像通り側頭部を蹴ってくれたのだ。

 2人の蹴りが同時に蒸気の吸血鬼を強撃した。

 ここは流石と言うべきか、吸血鬼の方も只者ではないという実力を露出しているような有り様で。蹴り飛ばされることも無ければ尻もちを付くことも無い。ただ一瞬、静止した。

「喜べ」

 強い熱量を持った吸血鬼は、それに反して冷たく呟く。

 直後、吸血鬼のその右腕にある硫黄色の剣が横薙ぎに振るわれる。俺たちはほぼ同時に身体を後ろに引きながら屈むことでそれを避ける。

 その間際のことだ。淡黄蘗うすきはだの色を出した白い蒸気を怒涛の勢いで発生させた。

 それは濃霧のようですらあり俺たちの視界を塞ぎ動きを封じるには十分な手段だった。俺はこの自体に危機感を感じつつも、俺に向けられる視線に敵意を感じなくなったことに違和感を憶えながら、取るべき手段を取る。一刀による剣閃の気迫で霧のようにまとわりつく蒸気を薙ぎ払う。

 その効果の事だ。真っ先に、近くのローラさんを見つけ、そのすぐ後に吸血鬼を見つける。視界は完全に回復する。

 さっきと同じように、吸血鬼は俺たちと向かい合うような位置にいた。

「喜べ塵芥ちりあくた共」


 吸血鬼は冷たく話す。

「まずは私をここまで圧倒したことを褒めてやろう」

 吸血鬼は物々しい雰囲気を纏いながら。

「ただの塵芥ちりあくたではなかったことを証明したご褒美だ。聞いてやる」

 吸血鬼はご丁寧にも、そんな前置きをしてくれた。

「貴公らの名を問う」

 かつてここまで冷たい名乗り合いがあっただろうかという声だった。

「………」

 ローラさんは口ごもったようだが、応じるようだった。

「ローラ・アンダーソンだ」

「そうか」

 それだけ返すと吸血鬼は俺の方を見る。

「剣客と名乗っていたな、貴公の実名はなんだ」

 問われて俺は思った。吸血鬼は吸血鬼だ、名乗ってどうする。そんなふうに考えていた。

 けれど、吸血鬼の言葉を横目にして聞いたローラさんは俺に目配せをさる。促すように、名乗りを上げていいと言いたげに。

「……グロー・リー・ディミトリだ」

 内心での本音は、促されなければ応じるつもりはなかったくらいだ。

「そうか、私の戯れに応じてくれたことに感謝する」

「単刀直入に言おう」

 少しの間が空く。

「私には名がない」

「………」「………」

 だからなんだ。恐らく俺たちは同じことを思っただろう、そういう沈黙だっただろう。

「私に名前を与えてくれ」

「イヤだね」

 ローラさんが即答する。

「俺はいいぞ」

「??」

 ローラさんから怒りの目で睨まれた。コワイコワイ、ついうっかり言ってしまったんだ。本当についなんだ。

 俺のひと言で、すっかりこの場の緊張感が解けてしまった。

「あ、え〜と……スチームとか?」

 そのままだった。

「ほざくな」

 厳しい審査だ。

「愛着が湧いてもしらんからな」

 ローラさんは呆れたように、俺に口添えした。なるほどローラさんはそういう理由で断ったのか。

「そんな、ペットみたいに」

 そこで吸血鬼は首だけで空を仰いだ。なにかを考えるように。そのすぐ後に思いつく、吸血鬼の様子にお構い無しに言う。

「あ、ランチとかどう?」

 ランチはランチでもLaunchだ。

「…昼飯?」

 俺は笑った。かなり豪快に笑った。そうやって思うのも分かる、けど、その単語が吸血鬼から飛び出すとは思ってなかった。俺は腹を抱えて笑わせてもらう。

「Launch、蒸気機関を積んだ船のことだ」

 俺は一通り笑ったあと、説明させてもらった。

「合点がいった、気に入った、それにしよう」

 吸血鬼は悠々と冷たく言った。

「此処から本命の話をしてやる」

 ここまで来たら、上からの口調は変わりそうにないと思った。

「私が貴公らの技量を見込んでの提案だ。吸血鬼にならないか?」

 見込んだ割には冷徹な声だ。

 聞いて、俺はローラさんと同時に戦闘態勢を取った。無論、答えはノーだ。俺はそれを反射的に忌むべき言葉だと感じ脳が受け付けなかったからだ。

「そう決を急くな。要は私を倒したいのだろ? そこで朗報というコトだ。吸血鬼になってやっと、私と同格に成れるのだぞ。良い提案だとは思うだろう?」

 此処から挽回する方法など遠に無いだろ。そう思う反面、事実として幾らかの犠牲を出さなければこの吸血鬼を倒すことが出来ないだろうと、そんな恐れにも似た感情が頭を過ぎる。

「ローラ、グロー、我が高みに上がらないか? 私は猛者つわものとの戦いを欲している!」

 その声は底抜けに冷たかった。その瞬間、俺は心に少しの怯えが生まれていることを知る。

「さぁ――私の血を乞え! 私と死合たたかえ!!」

「断る!!」

 ローラさんは即答する。しかし俺は、足がすくんで喉奥が冷え、息を呑むように発言ができずにいた。死ぬことが怖かった。

「断れディミトリ!!!!」

 背中から叫び声がする。ローラさんの声じゃなかった、吸血鬼のものでもない。しかし冷たい声だ。冷たさの中に感情を積み重ねているような声だ、思いやりを感じる声だ。

 振り向くとそこにはクレア嬢が居た。…「?」俺は緊張感の中でそんな顔をしていただろう。

「私も出る!」

 クレア嬢はそう言った。戦いに参加しないと聞いていたが、確かにそう言った。

 クレア嬢は俺から少し離れたローラさんの肩を叩く。

「少し安め、ジェシカが医療棟にいる。機を見て治療してもらうといい」

 クレア嬢がそう言った途端、構えていたローラさんは糸が切れた人形のようにへたり込む。あれだけ意気込んでいたローラさんが、簡単に戦いを諦めてしまった。およそ肉弾的な戦いに置いて右に出る者がいないはずのローラさんが、言葉を捏ねたり職人の真似事をする程度の人間の一言でこんな風になった。俺はそれがとても恐ろしく思った。

「ディミトリも」「…下がってていい、疲れただろ」

 クレア嬢は俺の鎧の汚れにも目もくれず、向かい合って俺の両肩をポンと叩く。

「いえ、俺はここで終われません!」

 その貫禄のあまり、自然と敬語になる。

「分かって欲しい、ローラの大事な部下を死なせるわけには行かない。ディミトリが死んだら、ローラが悲しむ」

 その言葉はとても重たかった。その声質の冷たさが相俟って、俺の芯まで届いてしまった。俺は号泣する、悔しさから。およそローラさんよりもヒドく、膝をついて泣いた。

 俺だって努力してきた。どんなツラい訓練も堪えて血肉にしてきた。確かな研鑽を積んで来た。それでもクレア嬢からも頼って貰えない、どころかローラさんの足元にも及ばない。それを実感して悔しくて泣き続ける。こうして泣いていることが何よりの証明だ。

「ローラやディミトリを庇いながら戦えるほどには、私にも余裕がないんだ。泣き疲れたら帰ってくれ」

 クレア嬢はその冷たい声で、なんて優しい言葉を言うんだろう。

 俺はこのままおめおめと帰るんだろうか? 既に限界を超えて奮闘しているローラさんと一緒に、なんの負傷もしていない俺が帰るんだろうか? 悔しい。それだけはダメな気がした。

 プライドじゃない、そんな物では語れない。形容できない本能のような何かが、俺にダメだと言っている。そんな渇望が湧いている。

 俺は歯を食いしばる。

「戦わせてください!!!!」

 俺は涙混じりに嘆願する。四つん這いのまま、なんて情けないサマだろう。

「勝手にしろ」

 クレア嬢は俺を見下ろしてそう言った。

「戦士として尊重してやるから、自己責任だぞ」

 それを聞いて俺は立ち上がる。そして頭を下げる。

「ありがとうございます!!」

 頭を下げる勢いで、涙が地面に飛び散る。

「好きにしろと言ったろ、礼は要らない」

 なんて寛大な言葉だろうかと思った。

 俺は手放していた自分の剣をひろうと、その足で同士だった兵士の亡骸の前に行く。

 膝まづいて、手を合わせる。

「ズッ」

 地面から同士の剣を拾い上げる。

 その後に立ち上がるとクレア嬢の方を見る。

「行くぞ」

 そんな風にクレア嬢は目配せをしてくれた。それがとても心強く思えた。

 "最期に"、こんな私情に付き合ってくれた吸血鬼にも感謝しなくてはいけないな。そんな風に思った。

 泣いたことが良い作用を見せたのか、澄んだ気持ちで2つの剣を構えられた。

「偽双の剣客、二刀流」

 剣身90の剣を左手は順手でまっすぐ伸ばして構える、右手は逆手で脇腹に構える。足は前後に肩幅で。そんな俺にクレア嬢は言った。

「そのセリフ、ダサいからやめた方がいい」

 冷たい声で冷たいセリフを言われた。少しだけ傷ついた。

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