03.贖罪の始まり


「大丈夫ですか……?」


 飛び起きたウェインの目の前にいたのは、あの金髪碧眼の美女、セリーナだった。

 外套を脱いでおり乳房の膨らみから腰にかけてなめからな曲線をえがいて造られた板金鎧姿となっている。そして足元には血を吸った斧槍があった。


「ここは……?」


 ひどく薄暗く、頬に触れる空気は湿気に満ちていた。


「洞窟です。霧が出たおかげで避難できましたが、魔物はまだ外を徘徊してるようです」



 憚るように声量を落とされ、思わず身を固くした。

 ふと。

 沈黙の落ちた洞内に啜り泣く声が聞こえた。

 目を転じると馬車にいた少女が泣いていた。

 両隣には私兵がおり、レイズたちも立っていた。


「つまり貴方たちは、王女様を護送していたの?」


「なんだと?」


 レイズの質問に、ウェインは耳を疑う。

 王女?

 あの娘が王女だと?


「そうです。『竜子』を覚醒させない為に旅をしておりました。護衛が少数なのは内通者が紛れるおそれがあったからです」


 竜子?

 内通者?



「私が説明します」と、セリーナが王女の傍で膝をついた。


 王女の体内には悪竜の幼体が植えつけられ、春の訪れと同時に肉体を喰い破って誕生するという。

 無理に摘出すれば王女は死ぬが、竜が産まれれば同じ運命となり、幼体とはいえ暴れれば王国は焦土となる危険がある。

 解決法を探る為に国王たちは尽力しているが、厄災が生じる前に王女を殺そうとする派閥もおり、兵のなかにはそれらと内通する者もいるらしい。

 そしてセリーナたちは春から王女を逃がす為に移動する部隊なのだという。



「なるほど~~。そういう事情だったのね」


 レイズが目配せするとヴィクトルが頷いた。

 瞬間、私兵たちが悲鳴を上げる。

 レイズが目にも止まらぬ速さで矢をつがえ、彼らの脳天を射ったのだ。


「お、お前たち、なにをしている!」


「見ればわかるでしょう? 報酬をいただくのよ」


 慣れた手つきで死体の懐から財布袋を抜くと、レイズは恐怖に震える王女を見下ろした。


「貴女を差し出せば報酬をくれる人がいるのね?」


「王女から離れなさい!」


 セリーナもヴィクトルに斧槍を踏まれ、喉元に懐剣を突きつけられていた。


「やめろレイズ! こんなことは許されないぞ!」


「浪漫のない男だな! 不労収入も得られて、大金も手に入るかもしれないのに、こんなチャンスを逃すつもり?」


 と、高笑いするレイズ。

 それを覆い隠すように王女の慟哭が響き渡る。


「はいは~~い、静かにしてね。とりあえずお洋服を脱ぎ脱ぎしようか? 高く売れそうだし、死体に服なんていらないもんね?」


 王女の額を撫でながら、レイズは悪魔のような笑みを浮かべた。


「ウェインも賛成でしょ? 善人ぶる必要ないわ。あんただって本当は嬉しいでしょ?」


「なんだと?」


 なぜかウェインの脳裏に、夢の光景がよみがえった。

 病床に伏した妹の姿だ。

 なぜかそれが涙でぐしゃぐしゃに歪めた王女と重なってしまう。

 妹と年頃は同じだろう。

 おまけに境遇も似ているかもしれない。

 不治の病に犯された妹と、竜子を植えつけられた王女とは。


 そして


「あんただって本当は嬉しいんでしょ?」


 目の前のレイズの声と


『本当は嬉しいんでしょ?』


 遠い日の妹の声が



「『責任から逃れられて?』」



 重なってしまった。


「ほら、ウェインの取り分だよ?」


 レイズが財布袋を投げ渡してきた。


「ちがう……」


「は? なんか言った?」


「ちがう!」


 甲高い音を立てて洞窟に硬貨が散らばった瞬間、ウェインの体から黒い粒子が吹き出した。

 ボルトスが、呆気にとられたレイズたちを薙ぎ払う。

 その隙に王女を抱き上げると、セリーナに手をかし、ウェインは洞窟から飛び出した。


「あの、今のはいったい?」


「いろいろ訳があってな。体内に他の生物を飼っているのは君だけじゃない」


『お、幼女と美女がいる。誘拐したのか?』


「黙って‘隠せ’、魔物が来るぞ!」


 霧の帳の向こうから人狼たちが押し寄せるが、ボルトスが粒子を振りまいた瞬間、足を止めて四辺を見渡し始めた。

 完全にウェインたちを見失っている。

 代わりに標的となったのは、洞窟の入口で叫ぶレイズたちである。


「くそっ! てめぇらどこへ行きやがった!」


 新たな標的を見つけた人狼たちが洞窟へ押し寄せる。

 彼女たちが悲鳴を上げるが、情けをかける義理はなかった。


「俺は依頼主を裏切ったりはしない。最後まで護送させてもらう」


 しがみつく王女に囁くと「お手数をおかけします」と、ひしと抱きつかれた。

 一方のセリーナは疑いの目を向けていた。

 仲間を殺され、裏切られたばかりとなれば仕方ないだろう。

 むしろ安易に信じないのは、護衛として真っ当とも思えた。



 走りながら、ウェインはルールを整理する。

 護送の進路は北だ。

 春が来なければ同緯度の移動は可能だが、日数は減る。

 南下は危険なので通過した都市や、換金アイテムのある森や迷宮は二度と入れない。

 

 北の最果てに到着するまでに、国王たちが治療法を見つけるか、自分たちで解決法を見つけなければ王女は死ぬ。

 人の多い都市での情報収集を続ければ国王たちに新たな情報を届けられるだろうし、他の解決法も見つかるかもしれない。


 もちろん、都市では宿泊費が高いので換金アイテムで所持金を増やしておく必要があるが、戦力となるボルトスは休眠を挟むので乱用はできない。


 

 魔物の群れを駆け抜けると、小高い丘に出た。

 一陣の風が吹き、濃密だった霧が嘘のように消え、晴れ渡った盆地を見下ろすと、目的地である都市を認めることができた。

 だが、レイズたちのせいで所持金が減っている。宿泊先の再検討もすべきだろう。


「俺はウェイン。ウェイン・ロックソードだ」


「エミリア・ゲーテリクです。こちらはセリーナ・ネルヴァーリ。私の護衛です」



 抱き下ろした王女と、セリーナと握手を交わしながら「最初の選択だ」とウェインたちは北を見下ろしたのだった。




Q 目的地をどこにしますか?


 → 中都市・アミステル

   街村・レドクエド 

   灰色の森

   亜人の古城


・所持金 ¥ 800

・残り日数 約 10日

・ボルトスの状態……覚醒



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Dead with Spring 王女と姫騎士との旅路 りす吉 @risukiti

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